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049.

 最近ここらへん界隈の女子高生の間で、一つの噂が流れている。

 それは、あまりメジャーではないけれど、ローカルにとても可愛い「クマのぬいぐるみ」を売っているショップがあるというのである。

 そんな話を聞きつけたら、まー木戸はともかくエレナが黙っているはずもない。

 ついていって欲しいんですといったときの、その感情を表す演技をといったら。

「クマしゃんが欲しいのっ」と、とろけるような笑顔で言い放ったほどである。確かに可愛かったけれど、そのキャラはちょっとなしだと思いたい。かりにも十七才なのだからロリキャラはやめていただきたい。

 とはいえその努力をむげにすることもできずに、今日はエレナと「うわさのクマさん」の発売している場所に足をのばしているのだった。

 翌週にはエレナの学校の文化祭があるので、準備はいいのかと聞いてみたのだけど、別段もう準備も終わってるし問題なしというご回答をいただいた。それならむしろ撮影会をしたかったのだけれど、なんだかんだでクマしゃんはルイも気になるので、合間に町中のお嬢さんという写真を撮らせていただくことでついて行くことが決まったのだった。

「ええと、目的地は雑貨屋さんじゃないんだよねぇ」

 何度も見ているんだけれど、間違いじゃないみたいと、そのお店が入っているショッピングモールの前で、ルイとエレナはたたずんでいた。

 さて。ショッピングモールである。

 ここは、普段の高校や、銀杏町からもちょっと距離がある場所である。

 のだが。木戸の生活圏の一部ではあるのだった。ここは家から電車で二駅、車で行けばものの十五分といった立地なのである。もちろん地方のショッピングモールなので駅前ではなく、バスを経由しないといけないし、エレナなんかはバスとか新鮮ですーなんてお嬢様な意見を狙いかどうかは別に言ってのけた。あれだけコスプレ会場に行ってるならバスも使ってるとは思うので、きっと演技だ。今日の衣装のコンセプトはお嬢様風のオリジナルといっていたしな。

 そんな服装も秋口を越えて、薄手のコートに隠されてしまっている。そのコートもふわふわな素材でとても温かそうだ。

 さくらはルイに衣装持ちだと言ってくるけれど、本当にセレブなのはエレナみたいなののことを言うんだと思う。

「目的のクマしゃんは洋服屋さんのわきの小物コーナーにいらっしゃるっていう話だけど」

「こういうところに来るのってけっこー久しぶりかも」

 地図を見ながら、人工的に作られたそのスペースにうーんと首をかしげる。

 特徴があるとか、行き慣れてるならば問題はないのだけれど、ルイはもともと方向感覚がそこまでよろしくはなく、ショッピングモールみたいに、同じようなところがたくさんあるところは苦手である。

 親と一緒に買い物に来たりはなかったのか、という話は残念ながらそんなにない。高校受験もあったし、それが終わった後は土日というと外に出てしまって撮影タイムなのでそもそも、家族で買い物ということ自体がほとんどないのだ。

 両親はよく来て買い物をしているみたいだけれど、木戸が来たのは中学二年の頃に一回きりじゃないだろうか。

 ルイとしての買い物は別の町を使うのが一般的だし、わざわざバスに乗るのがちょっと面倒でなかなかここまで来ないのである。

 家に近いから、知り合いがいるかもという懸念が少しはあったのだけれど、それらしい姿は全くない。

 もちろん中学の頃の知り合い、同級生は、この姿を見ても素通りだと思う。別人だと。

 でも、年上は? 木戸は中学一年の半分以上の季節を、素顔で過ごしている。しかもあのとき……いや、思い出したくもない。

 同級生達は二年以降の木戸のスタイルに上書きされてるだろうから、それは心配はしないのだが、それ以外の木戸の素顔を知っている人間と鉢合わせするのは勘弁だ。

「あれ? でも、お洋服は外で買うっていってたよね?」

「んー、あんまり大型ショッピングモールって来たことないんだよねぇ。しかも家が近いからそんなに寄り付かない感じ」

「あー、知り合いとかいそうなの?」

 それならやめておいた方がいいのかな? と言われて、首をふるふると横に振る。

「今のところ知り合いっぽい人いないし、むしろ地元から離れちゃって大学行ってるとかって人のほうが多いのかもね」

 おそらくこれだけ印象が変わってれば問題はないだろうし、と答えつつ、エレナのほうにも同様の質問をする。

「むしろエレナのほうが大丈夫なの? 知り合いいたりとかしない?」

「んー。ま、こっちもルイちゃんと同じ感じかな? 普通の発想としては親戚とかを疑うところだと思うし」

「まーそうだね。この前もそんな感じになったし、あんがい女装してるっていうのをみんな信じない感じかも」

 きっと大丈夫でしょうとそのときまでは思っていたともさ。

 目的地のそのショップにつくまでは。

「あっれ? もしかしてカオたん? うっわーちょー久しぶり」

 目的地のショップにつくと、一人で店を取り仕切っていたおねーさんが、一瞬こちらの顔を見て瞳孔を広げながらじぃーっと凝視した後、そう言いやがったのであった。

「ぐっ。聖さん。まさかここで働いているだなんて」

「んー、もー二年くらい働いてるんだけどね。牡丹から聞いてない? 高校卒業してからだけどっていうか」

 そこで何かに気付いたのか、にまぁと彼女は表情を緩めたのだった。

 彼女の名前は木村聖。姉の悪友で小学校高学年から中学にかけて木戸を着せ替え人形にして遊んでいたうちの一人だ。もう一人のほうがさらにたちは悪いのだが、この人も十分かわいい服を着せるのが楽しいという人なのである。

 それを考えれば洋服屋さんで働くというのは理に適っているように思う。

「めっちゃ可愛い格好してるけど、どうしちゃったの? え? 目覚めちゃった?」

 ん? とすさまじく嬉しそうに彼女は頬を緩めた。あのころの思い出が再びとでも思ってるんだろうか。罪悪感はかけらもないらしい。

「まだ寝てもいないです。それと私のことはルイと呼んでください。牡丹先輩の後輩という設定になっていますから」

「あらまぁ。ルイちゃんか。なーんか中二くらいからもさぁっとしてるっていうから、心配してたんだけどねぇ」

「普段はもさっとしてますよ。土日だけです。できればそっとしておいていただけると」

 お願いしますと胸のあたりで手を合わせて上目づかいでかわいらしくおねだりをしてみる。この人は昔もこの笑顔に弱かったはずだから効果はあるだろう。ばれてどうのこうのというのは気にしていないけれど、やはり騒ぎになるのは避けたいところなのだ。

「えー。そっとしておくのはいいけど、せっかくだから洋服みていこうよー。彼女さんと一緒ならなおさらだよー」

 後ろをちらりと見ながら、むふりと楽しそうな笑顔を浮かべてくださる。エレナを見て彼女扱いというのはけっこうレアなケースなのでこちらとしては苦笑しかでない。

「こちらはただの友達です。彼女だなんて相手に申し訳ないのです」

「あら。じゃー普通に女友達かー。理解があるなぁ」

 いいないいなぁと彼女はまぶしそうに目を細めていた。もちろんもう言うまでもないのだが、町中だと完璧にエレナは女子にしか見えないらしい。

「それと、今日は衣類ではなく、ここで売っているというクマのぬいぐるみを見に来たのですよ。けっこー女子高生の間で噂になってるやつ」

「そっかー。カオたんいまだに可愛いもの好きなのねぇ。おねいさんは嬉しいぞー」

「だから、ルイって呼んでくださいよ」

 どこで誰が聞いてるかわからないんですから、とこそりと言ってみても、にまにま笑っているだけで修正するつもりはあまりないらしい。

 それでも話題のクマしゃんのコーナーに連れて行ってもらう。

 はて。このクマさん、どこかで見たことがあるような気がする。というか、今日のバッグにつけてる子にとてもそっくりである。うちの子はリボンの色がオレンジなのだけれど、それと同じ色をつけているのはいないようだ。

「こいつがいまぷち話題なクマさんでございます。全部ハンドメイドでね。作り手は内緒なんだけどーって、そのバッグについてるのって?」

 はれ? と不思議そうな顔をされてしまった。今日の目的はクマさんだ、ということで今日のバックには例のクラスメイトにもらったあの子をつけてきていたのである。

「ああ。これは……あ。いえ。知人からもらったものですよ?」

 目を泳がせながら、このクマの作り手のプロフィールを思い出す。

「まさか悟と知り合い?」

「ノーコメントです。誰にも言わないって約束したし」

「ああ、それはあたしもだけどねぇ。てか。誰にもばらしたくないとか言っちゃって、ルイちゃんにはプレゼントしてるだなんて、どういうことよ」

「これは木戸くんからもらったものですからね。制作者が誰かはあたしはしらない設定です」

 えっへんと胸をはりながら、しりませーんと言ってやる。こいつをもらったのは九月のころのことだ。ひとけがなくなったのを見計らって、こいつをもらってくれと木戸を相手に渡してくれたのだ。そのときに、もしかしたらくま好きに上げちゃうかもしれないけど、いいかとは聞いてある。

「ふぅん。木戸くんが制作者さんと知り合いなのかぁ。いやぁ、でも彼が学校で男の子やってるっていう時点でなんか笑える」

 男の子のところだけひそやかにつぶやきながら、彼女は愉快そうに笑う。制服姿でも想像したんだろうか。彼女の中ではあまりもっさりした木戸の男子姿を想像できないのだろうな。話に聞いただけだろうし。

「それで、結局このクマさんを作ってる人って、お二人の知り合いなのですか?」

 かわいいと、頭のあたりをなでなでしているエレナがぽわーんと言った。とてもかわいらしい。ちまっとしたエレナにはこれくらいのクマさんがとても似合っている。

「本人が正体をばらすの嫌がっててねぇ。別に恥ずかしがらなくていいのにっていっつも言ってるんだけど、どうしても嫌だっていうから」

 ごめんね、と聖さんは悪びれずにあやまった。

「ま、作り手さんはともかく、この子、いただいていっていいですか?」

「あら。お買い上げかー。それはありがとうございます。君みたいな美少女につけてもらえるとなると、もー作り手は大喜びするでしょう」

 じゃあ、つけちゃいましょーと、エレナはお買い上げしたうえでバッグに括り付ける。そのつけ方はまさにルイがつけてるのと同じようなところだ。

「なんか、リボンの色が違うだけ? かぶってるように思うけど」

 エレナが選んだ子は、ルイが付けているくまさんと同じ色合いの、似たような子だ。茶色いふわふわな生地で、ルイのものがオレンジのリボンをつけているのに対して、エレナのは緑だ。

「え。女の子っぽくていいじゃない? お揃いって最近はやりだし」

「エレナがいいなら、いいんだけどね」

 うーん。似たようなのがいるというのは、ちょっと一安心ではある。

 一応これを渡してきた人には、友達に上げちゃってもいいかとは聞いてるし、それがルイにわたっていたとしても問題はない。

 でもある程度人気で、誰でも持ってるとなると、安全性は飛躍的に上がる。

「さて。じゃあお目当てのものも手に入ったし、あとはどうしよっか? 私は今のところ秋冬物はある程度固めちゃってるので……」

 服を買う余裕はあんましないのです、といいつつ、ちらちら服のほうにも視線は向ける。普通にウィンドウショッピングだけならしていってもいいかなぁとは思っているのだ。見るだけならタダである。

「なら、お店みてこ? 自分の服もみたいけど、ルイちゃんをいろいろ着せ替えして遊びたいってのもあるし」

 なかなか一緒にショッピングってきても、洋服屋さんはあんまり行かないもんね、と彼女は言ってくださる。

 確かにそう。避けてはいたのだ。見るだけで、似合いそうだねーって言い合うだけならまだいいのだが、エレナと一緒だと試着もしようよという話になりがちなのである。

 もちろん服はお店で買うし、最終的には試着もするけれど、買う予定がない服を試着するというのがどうにもルイ的にはもやもやしてしまうのだ。

 だって、買うかもしれないならしてもいいとは思うけど、買わない服を男子である自分が着ることはいいんだろうかと思ってしまうのだ。エレナはそこらへんあまり意識してないようだけれど、木戸は気にするのである。

「着せ替え! それはおねーさんも興味津々ですな」

 他にお客さんもいないしー、二人とも是非試着してってよー、と勧められてしまった。ううん。エレナもきらきらした目でこちらを見ているし、どうしたものか。

 うぅ。自分の服はともかくエレナがいろいろ着飾るのは見ておきたいような気もする。

 ちょっとした罪悪感をもちながらも、聖さんの意見も取り入れながら大試着大会のスタートである。

 試着室は三つ。その中の二つをそれぞれ使って着替えタイムとなる。

 エレナには珍しくパンツスタイルを勧めさせていただいた。タックしてるからいけるよー! と笑顔で言っていたのだけれど、あのきらめくような太ももを思う存分堪能させていただきたかったのだ。コスプレキャラとしてはパンツスタイルもやりこなすエレナだけれど、私服で女物はだいたいふわっとしたスカート姿が多いので、是非とお願いしたのだった。女の子の凜々しさというものはルイも好きなものである。

 逆に、ルイはお嬢様風というか、ふわっとしたフレアスカートを主体とした甘めコーデを勧められている。

 そういえば小学生のころもこんな感じで、あれやこれやと着せられてたっけなぁと遠い目である。ルイをプロデュースする上で、というかあんなことをやろうと思いついたのも、全部彼女達が着せ替えごっこをしたからこそである。女装慣れしてなかったらまず、出来なかっただろう。 

「試着室ってちょっとどきどきするといいますか」

 いつもはだいたい買う服を決めてから、最終チェックで試着するくらいなのだけれど、試着だけするというのの背徳感がどうにもあるのである。とはいえそのままにしている訳にもいかないので、いそいそと着替えを始める。その間に外では女子高生が例のクマさんをお買い上げしていったようだった。在庫自体はけっこう減っていたようだからそこそこの売れ行きなのだろう。

 さて。着替えが終わったところでお披露目ということだったので、こそりとカーテンを開けて外の様子をうかがう。シャッとあけてもかっこいいとは思うのだけれど、それで目の前に人でもいたらさすがに赤面ものなのだ。

 けれども、静かに開けたところで、ばったりと目の前にいた人と目が合ってしまったのだった。

「君はっ、その……あの」

「ん? あれ。私のこと知ってる人? どこの知り合いだろう」

 彼は、ただの客の一人でしかない自分の顔を見てあからさまに驚いた顔を浮かべていた。けれどルイのほうからは面識がない男性なので、すでに名前さえ知っていたとしてもきょとんと首をかしげながら問いかけるしかない。

「ほら、君この前体育祭で、写真部で出てただろ。確か……ルイさんだっけ?」

「あー、あの学校の方ですか。あのときは少し悪目立ちしちゃいましたからねぇ」

 しれっと知らないふりをできるようになったのはそれなりに、ルイとしても木戸としても会っている相手が増えてきたからかもしれない。焦らずに対応すれば良いだけのことである。

「おお、弟よ。カオたんに絡んで何やってるの? それより私にクマを献上なさいな」

「かおたん?」

 は? と彼の、木村悟の表情が固まった。

 嫌がらせなのかこれは。さっきからルイでよろしくと散々言って置いたのにまったくこの人は。

「ああ、ルイっていうのはペンネーム的なものなので。聖先輩とは昔から交流があるので、ときどきぽろっとそう呼んじゃうんです。もーダメってさっきから言ってるじゃないですかー」

「あー、うん。なんかゴメン」

 それよりクマと言われて今度は、弟のほうがさっと顔を青ざめさせる。

 クマの制作者が思わぬところで暴露を食らってしまったわけである。

「さっきも売れてたし、なんだかんだで評判いいのよね。ルイさん? もこれのためにわざわざウチに来てくれたっていうし」

 彼女さんも一緒に、といいつつ、隣の更衣室のほうに視線をやる。おそらく着替えは終わっているのだが、出てかない方がいいかなぁとでも思ってるのだろう。そりゃどう話が転がるかわからないし、その判断は正しい。

「だから、彼女じゃなくて、友達ですってば」

 勘弁してくださいよーと、言っていると彼の視線は更衣室の中に注がれていた。

 べ、別に脱ぎたての衣類を凝視しているわけではない。どうやらバッグに彼の視線は行っているようだった。

「そのクマ、木戸にあげたやつだ……」

「え?」

 最初は、お買い上げしたクマをつけてくれているから気にしてるんじゃないかーと思ったものだけれど、なんとピンポイントで持ち主を言い当ててしまって驚いた。

「いや、まーあいつ、他の誰かにやるって言ってたしな。あいつのイメージのオレンジのリボンつけてるのってそいつだけなんだよ」

 ほう。木戸のイメージカラーをオレンジだといった人に初めてあった気がする。どっちかというとクールな印象のほうが全面にでるので、寒色のほうがそれらしいとよく言われるのだが。

「じゃあ、貴方がこれの作者さんってことでいいんですか?」

「あ、いや。あの……あいつは何も言ってなかったのか?」

 はて、と首をかしげておく。実際木戸はルイに対してわざわざ制作者を伝えてはいないし、嘘はついていない。鏡に向かって話しかける趣味は自分にはないのである。

「それで、その、やっぱりショックを受けたりとかは……」

「あー、ちょっと意外って感じはしますけど、むしろこんなに可愛い子をつくれるなんて、すごいと思います」

 七月の時は目をそらしながらだったけれど、今回はきちんと目を見て、すごいすごいと褒めてあげる。

 こいつはもうちょっと自分の趣味に対して自信を持っていいはずだ。秘密にしなきゃいけないだなんてもったいなさ過ぎる。

「もう、かおたん。うちの弟たぶらかさないでくれますー?」

「たぶらかしてないですよ。素直な感想を述べただけです。それと、かおたん言うな」

 そういえば、昔姉たちのおもちゃになってたときも、この人はずっとカオたんって呼んでたんだよね。それもあってなかなか名前を呼び慣れないのかもしれない。でも何度も連呼はしないでいただきたい。

 ほら、悟くんがなにか悩ましそうな表情になってしまったではないか。

「て、かおたん……馨? え。は?」

 いや、まて、となにかを思い出すかのように視線を宙に投げている。

 古い記憶でも掘り返しているのだろうか。すくなくとも木戸のほうには面識はないはずなのだが。

「なあ、ねーちゃん。ルイさんって昔うちに来たことある?」

「ん? ルイさんはないよ。かおたんは来たことあるけど」

 はて、と素で答える聖さんに頭を抱えてしまいたくなる。どうしてこの人はこうあっさりとアウティングしてくださるのか。秘密を抱えられない人なのか、まったく。

「かおたんは来たことあるって……なんかねーちゃんたちが集まって、年下の子を着せ替え人形にしてたあれか?」

 びくりと、何かに気づいたような、値踏みするような視線をこちらに向けてきた。

 たしか、あの頃は我が家と、木村さんち、そしてもう一人の姉の友人である野々木さんのお宅を回りながら、いろいろな服を着せられたのだった。そのときに弟のほうに見られていても何らおかしくはないのだ。

 木戸としては周りに人がいた記憶などさっぱりなかったし、ご家族から何かを言われたというような覚えもない。うちの両親は少しだけ苦言を姉にしていたようだけれど、ほら、すっごい可愛いでしょって押し切られて、そのまま続いたのだった。

「そう。あのときウチにきてた子がこの子。あんたが着替えを見ちゃって、赤面しながら、ごめんっ、て言った相手もこの子」

「あれ? そんなことありましたっけ?」

 はて。そんなことがあっただなんて、まったくもって記憶にないのだが。

「確かに面影はある……かも。でもっ。ねーちゃん! あのとき言ってたじゃねーか」

 姉、曰く。すっごいかわいーけど、男の子だから好きになっちゃダメよって。

 そのときはあんまりな出来事に二日寝込んだものだが。

「ってことは、ルイさんはうちのクラスメイトってことか……確かにあのときも学ランであんだけ可愛かったしな……」

 弟のほうは名前を出すような愚考は控えてくれたらしい。

 まったく。

「聖さんは要注意人物として記録しておきます。いくらなんでもひどいです。黙っておこうと思ったのに」

「ごめんごめん。でもね、あたしとしてはお互いが仲良くなってくれるといいなぁって思っただけなの。同じクラスなわけでしょ。それでお互い秘密を抱えているわけで……」

 むすぅとしていると、にやにやとした微笑を浮かべながら聖さんは言い訳を始めた。

「それに、これだけぶっ飛んだ人がいるってわかれば悟も、クマ職人としてもっとオープンに動いてくれるんじゃないかなあって」

 そっちが本命ですか。たしかに昔からこの人は目的のためには手段を選ばない人だったし、自分が着せたい服があればあれやこれや策を弄したものだけれど。こういうのは正直やめて欲しい。

「たしかに、いろいろ隠そうとしてたのはばかばかしくはなった……けど」

 改めてこちらの姿を頭から足までじっと見据えてから彼は言った。

「じゃあ青木と付き合ってるって話は?」

 え。あれ? といろいろな情報が頭でぐるぐるしているのだろう。

 コラージュ写真が出回ってからまだまだ噂も払拭できていないのだ。

「青木さんは女の子のほうが好きな人ですし、告白はされましたけどきちんとお断りしましたよ?」

 彼には内緒ですと言うと、確かに、マズイかもしれないよなぁと微妙な声が漏れた。

 そう。青木のルイ大好き発言はクラス中の人間が聞いているのだ。どうなるにしても、同一人物だというのは隠しておいた方がいいと納得してくれたようである。

「まっ。おまえにはこっちのこともずっと内緒にしてもらったし、俺もその、あんたのことは誰にも言わないと約束するよ」

 言っても信じないだろうけどな、と彼は頬をかいた。

「お話は無事に終わった感じ?」

 シャッと思い切り更衣室のカーテンが開くとエレナがじゃんと、着替え姿をご披露してくださった。やはり思った通りハーフパンツ姿は最高だ。わざわざウィッグも後ろで軽く縛ってスポーティーな感じにまとめている。普通に活動的なお嬢さんという感じな仕上がりだ。

「うん。ゴメンね、なんか待たせちゃって」

「別にいいけど……お兄さん? うちのルイちゃんのこと、いじめたら許さないから」

 きりっと、にらみつけるようにしていうエレナは、女の子らしい凜々しさが十分あった。さすがはキャラクターをやり慣れてるだけあって、十分な迫力である。

「わ、わかった」

 それに気圧されてしまったのだろうか。彼はこくこくうなずきながらも、その姿に見とれているようだった。

 昔なじみは、木戸くんを小中学のころに女装させてあそんでた姉の友人たち、でした。そして木村くんに目撃されてるとか、私も書いてて初めて知ったよ!

 ばれる場面は無理なく、危なくなくを念頭においていますが、今回ほどアウティングしっかりやられるのって、今回きりにしたい。他人の秘密をぺらぺらと喋ってはいかんのですよ。


 え、ああ。かおたん呼びは、とあるカメラが出てくる作品のオマージュです。狙ったわけではなく偶然、「かおたん言うな」になってしまった。

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