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 咲宮家ご訪問ーお仕事のお誘い3

本日は、別の方視点のため、ナンバリングはナシです。

R7.3.6 写真部の顧問の設定変更しました。

「うわぁ、やっぱり咲宮家のお風呂は広いわー」

 唐突におばさまに呼び出されて、お風呂に入れと言われたわけだけど。久しぶりのこのお風呂はやっぱり私の記憶の通り豪華なものだった。

 小さな頃はよく遊びに来て沙紀と一緒に入ったり、そういえばエレンくんとも入ったことがあったような気がする。

 ちょっとおとなしめな彼が、お風呂を見たとたん、おっきいねぇって目を輝かせてたのは今でも覚えている。


「にしても、こんな昼間にお風呂張ってるだなんてなんて贅沢……」

 それこそ、小さな銭湯くらいはあるんじゃないだろうか。

 たっぷりのお湯に、足が伸ばせる浴槽。

 洗い場のほうこそ、三つしかないものの、これはそもそも学校の寮とは違って、少人数で入ることを前提としているから、それくらいしか用意されていないだけのこと。

 ようは、本当にプライベートでこのスペースを占有するということに他ならない。


「ボディーソープも良い香りだし……あ、でもおばさまちょっと香り変えたかな?」

 あまりの気持ちよさに、ほへーっと、いつもきりっとしている顔を思い切り緩ませてしまうくらいだ。

 先ほど体を洗ったときのことを思いつつ、きっと今すっごい香りしてるんだろうなぁと、幸せな気分になる。

 寮のお風呂では、いちおうきりっとしたお姉様をしていたので、ここまでとろけるような顔はできなかったけど、このプライベート空間なら問題はない。

 入ってきても、おばさまか沙紀くらいなものだ。ご当主さまはお仕事で家に居ないのは確認済みだし。

 え、沙紀が入ってきたらわたわたするんじゃないかって? そりゃ……まあ、そうなのだけど。

 

 い、いちおう、女装の沙紀とは一緒にお風呂に入ったり、最初のその……目をぐるぐるさせながら、助けを求める彼に、女性に慣れるためのレッスンなんかをしてみたりはしたしそっちは慣れたけど。

 そうか。ここだと、思いっきり男性のまま入ってくることもあるというわけか。

 もしかして、おばさまは、なかなか進展しない私達のことを心配して、その切っ掛けを作ろうとしているのかもしれない。


 でも、改めて思い出して見ると、今日は大学の友達と遊びにいくとかなんとかだったような気がする。

 先輩、だったかな? 行ったことのないラーメン屋にご招待! とかなんとか。

 本当は一緒に行きたかったけど、残念ながらこちらはおばさまのお願いは断れなかった。


 なら、本当に今日は、お風呂に入ってゆったりしながら、おばさまのお相手という形になるのだろうか。

 正直、おばさまに呼び出されることはそれなりに今までもあったことだ。お風呂までとなると初めてだけど、話し相手とか、お茶の相手とか、そういう感じといえばいいのだろうか。


 思えば、おばさまも可哀相な人だと思う。

 おじさまが家を出たのはもう、だいぶ前の話だ。

 その当時は、まりえ(わたし)ですら、家に近づくことはできず。

 一年ちょっとが経って、この家に居を移してから、なんとか交流できるようになったほどだった。


 まあ、今のおばさまが心痛中か、と言われれば、元気に理事長の仕事をやっているのだから、もう吹っ切れているのだろうと思うのだけど。

 

「となると、単に、茶飲みに誘われた……とかなのかなぁ」

 それならそれで、まあいい。

 久しぶりに本家のお風呂は楽しんでいるところだし、あぁ、もう。

 このお湯に浸かっているととろとろにとろけてしまいそうだ。

 お風呂を上がったらきっと、冷たいものとか、甘いものとか、いろいろ用意してくれているのだと思う。 

 沙紀が来る可能性がないなら、まぁ、緩んじゃっていいや。


 そんな風に全力で油断していたときだった。


「あれ? まりえちゃん?」

 体の前をタオルで隠した女の人が、湯気まみれの浴室の中に現れた。

 肩下くらいのウィッグを被ったその子は、え? なんでここにいるの? という不思議そうな顔をしている。

 そして、レアい顔だ……ここにカメラがあればー! なんていう顔にシフトしていった。

 いちおうあちらの中で、まりえはこの家の関係者という扱いで納得したのだろう。

 いやいやいや、まだ、全然、沙紀との関係は進んでないし、もうこの家の人だよね扱いとかされても困ってしまうのだけど。


「は、へ? えええ。ど、どうして? え、何事?」

 思わず、硬直しながらどうしてここにこの人が現れるのか訳がわからなかった。

 うん。確かにタオルで隠しているから、その姿は普通に同級生とお風呂に行ったときとなんら変わった事は無い。

 無いのだけど。

 ルイさん。どうしてあなたは、異性であるはずの私の前で、そんなに気楽に接しておいでなのですか。


 これが沙紀だったら、「えっ、ごめっ、あの、見る気は無くて……」とか、少なくともこっちの姿を見た時点で、視線をそらすどころか体を後ろに向けるものだと思う。

 それが、その仕草はまったくなく。いや、いちおうはちょっと視線は背けてるのかな。

 それはあまりに、男の人が迷い込んだときのアクションとはとことんずれていた。


「ああ、今日は理事長先生からお呼ばれしてたんだよね。なんかゼフィロスでお仕事貰えるみたいでさ。それの採用試験みたいなやつ」

 あ、洗い場三つもあるや、と彼女は大喜びで体を洗い始めた。

 気分は大きなお風呂にやってきました、と言わんばかりだ。

 あれか? これは、私が女として見られていないのか? 

 いいや。これはこちらの問題ではなく、きっと、あちらの問題なのだろう。


「それでいちおうこちらの写真を見せたり、あちらが見せてきた写真を見たりやったんだけど、ちょっと考えたいからその間、お風呂入ってまってて、って感じになったのさ」

 いやぁ、手応えはあるんだけど、どうなんだろうねぇとほわんという彼女は、ふぅとシャワーで泡を流し始めた。

 なんというか、沙紀のお風呂は色っぽかったけれど、ルイさんの入浴シーンはそれとはまたベクトルが違った色っぽさがあった。


 肌の洗い方はまずとても丁寧だ。しっかり泡をたててからそれを滑らすように肌を洗っていく。

 ウィッグをつけたままだから、頭は洗うつもりはないようだけれど、それでもきっと頭だってすごく丁寧にあらうんだろうなぁというのが察せられるくらいだ。


「面接でお風呂入れとか……って、あっ」

 そこでようやく私は気付いた。唐突に遊びにいらっしゃいと言われてのこのこ来たわけだけれど。

 おばさまったら、試験の道具として試金石のように私を使ったというわけだ。

 これで相手がルイさんでなかったら、どうなっていたことだろう。

 正直、不快感は、ない。

 というか、今までだって、ルイさんや奏といった、女性としてを相手にした付き合いの比率が多くて、男性として何かをしてもらったことがほぼ無いのだ。

 黒縁眼鏡の彼と眼の前の彼女。それを同一人物だ、ということを、すっぱり脳が拒絶している。

 

 私の中で、やっぱりルイさんは女性のカメラマンであり、食卓を囲む友人の一人でしかないのである。

 だって、眼の前の裸の姿とか、どう成人した男子のものだと思えばいいのだろう?

 沙紀もそうだけど、ウエストのほっそり感ははんぱなく、肌も驚くほどに白い。


「えと、離れて入った方がいいかな?」

 どう? まりえちゃん、と言われて、呆れたようなため息が漏れてしまった。

 いまさらになって断りを入れられても、といった感じである。


「別にいいんじゃないですか? 女同士なのだし」

「まー見た目的にはそうだけど、あれだけ男女交遊にきっちりしてたまりえちゃんとしてはどうなのかなって」

 まあ、あたしもあえて言わなくてもいいかなぁって気分ではあるんだけど、いちおうね、と困ったような顔をされてしまった。


「あれは学則が厳しいからそうしてただけで、私だって異性交遊に興味はあるんですよ?」

「ふふ。沙紀矢くんとの仲が進展するといいね」

 では、お邪魔いたしますと、ルイさんは隣にとぽんと入ってくると、ふぃーと柔らかい声を漏らした。

 これで、成人男子である。 


 エレナも可愛いけど、ルイさんも正直、普通の男という感じはしない。

 やっぱりこの顔を見せられてしまうと、あのモサ眼鏡とこれが同じ人だとはとうてい思えない。

 というか、リラックスした時にでる声がこれなのだから、あっちのほうが演じているのかもしれない。


「あぁ、ほんと贅沢だなぁ。こんなに多くのお湯を二人で占有しちゃうとかさ」

「普段はお手伝いさんとかも、あとで入るみたいですね。ご当主様たちがもちろん一番風呂で。ご一緒することもあるみたいですが……」

 さすがに成長した今では同性同士でしか入らないみたいですけど、と注釈を入れておく。


「むぅ。まりえちゃんったら、せっかくのお風呂なのに硬いなぁ、とかエレナなら言いそうだね」

「年配者に対する癖のような物なので、口調は仕方ありません」

 せっかくだから、もっとリラックスしようと言われても、相手はあのルイさんである。

 誰かが居てくれれば、それなりにフレンドリーにもなれるけれど、一対一だとどうしてもかしこまってしまう。

 

「セカンドキッチンの時みたいに話してくれてもいいのに」

「あれは、その……みなさん一緒ですし。それにその……エレナとは幼なじみなわけで」

「おぅ、つまり、私だけちょっと仲間はずれ感というわけで」

 寂しいなぁといいつつ、頬を緩めて湯船に浸かっている姿は、まったくもって寂しそうな感じがゼロだった。


「ならっ、ちょっと趣向を変えて、お姉様と一緒に入る寮生活っぽい感じでいかがです?」

「って、そこで奏を持ってきますか、この人は……」

 まあ、下級生扱い、ということであれば、それなりな口調で話せるとは思うけれど。


「お美しいですー、まりえお姉様ー」

「なんていいつつ、すごく棒なのが、あれね……」

 お世辞にもルイさんは演技があまり得意ではないように思える。

 あの一週間の潜入の時を思えば、立派に女子高生をやっていたように思えるし、誰に聞いても理想の妹! なんて言われていたのに、どうしてちょっと演じるとなるとこうなるのだろう。


「でも、こうやってお風呂にいれちゃうってことは、おばさまは、奏とルイさんの関係を見破ったってことなんですか?」

 いちおう可能性としては、まったくなにも知らずに、池ぽちゃとかして、じゃあお風呂に入りなさいなというような流れはあるかもしれないけれど、そこに私までを呼び出すとなれば、知った上でという線の方が色濃いだろう。


「そうみたいだねぇ。黒縁さんは鉄壁のガードがあるけど、シルバーフレームだけだとちょっと弱いみたい。結構奏とルイさんは印象違うはずなんだけど、逆にあんまり触れあわずに写真だけ見た場合は、わかっちゃうみたいだね」

 露出は気をつけねばなりますまい、というルイさんだが、今までのお騒がせな感じを思えば、「ルイさんの露出」はこれからも減りはしないように思う。

 となると、眼鏡バージョンの方の露出を減らそうという話になるのだろうか。あっちはあっちで大学でいろいろやらかし放題な気がするのだけど。


「見破った上でも、ゼフィロスに行かせようというのは、おばさまも英断というかなんというか」

 ゼフィロスは基本的に女の園である。

 教員はほぼ学校のOGで構成されているし、そこに男性の姿は無い。

 それこそ、用務員のおじいちゃんがいるくらいなもので、ほぼ男性と触れあう機会というものがないのだった。

 え、五十歳くらいのおじさんならいいんじゃないかって? それくらいでも男性はオトコなのだそうだ。

 確かに六十を過ぎてから初めての子供ができました、なんて話もあるから、言い分はわかるけれど。


「そういえば、ゼフィロスの写真部の正式な顧問さんって、どんな方なんだろう?」

 前に潜入したときは、特に挨拶してないし、学園祭の時もなにも無かったなぁと思い出しながら言うルイさんに、いちおうお伝えしておくことにする。

 これでも生徒会の元副会長だ。それぞれの部活や同好会の内情にはそれなりに詳しい自信はある。


「ここ一年くらい新任の先生が顧問をされてます。その前は十年くらい顧問をされていた先生がいるけど、お二人とも写真に関してはまったく専門外でとりあえず責任者として付いてるだけって感じですね。そういうのもあって、ルイさんに目をつけたんだと思いますよ」

「あぁ、だからか……アナログ時代の縛りとかがあったのは」

 納得、というルイさんに、少し疑問を覚えた。


「ほら、あたしが潜入することになった例の事件の時のことね。写真部ったら古くさい慣習に引きずられてて息苦しそうだったからさ」

 あー、でもそういうことなら、割と好き勝手やれるのかな、とルイさんはへんにゃりと湯船に体を委ねながら幸せそうに言った。


 ああ。やっぱりこの人はルイさんだなぁとしみじみ思いつつ。

 私も湯船に体を預けたのだった。 


おばさまがちょっとアレな顔をしていたのは、すべてこの試金石のためでした、というわけで。

これで問題が起きないなら、女子高にいっても別になんら問題はないなーという感じでした。

まりえちゃんの反応も、すでにそうとう毒されている……


さて、次話はルイさん視点でお風呂の続きという感じになります。


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