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460.咲宮家ご訪問ーお仕事のお誘い1

私生活があわただしくて一日遅くなる&本日短めです。

週の中のアップはやっぱり、あっぷあっぷしますね。

「本日はお招きいただきありがとうございます。写真家の豆木ルイと申します」

 立派な門扉に唖然としながらも、凛とはる声で挨拶をした。


 咲宮のおうちは、三枝とはことなり立派な和風建築だ。旧家というのが一目でわかるほどに大きくてさらに驚くべきことに平屋だった。真のお金持ちは土地を持っているから上ではなく横に広い家を持つと言うがまさにそんな感じだ。

 ちなみに、咲宮の家はここが本家だけれど、他の親戚のうちもかなり豪華な建物だという話だ。

 沙紀矢くんとそのお母様である理事長がここに住んでいるのは、お父様が不倫したのちに失踪してしまって、元すんでいたところからこちらに戻ったからだった。


 別に跡取りだからじゃないよ! と前のめりで、湯豆腐大会の時にいった彼の姿は覚えている。

 うん。あのおじいさまとおばあさまなら、傷心の義理の娘を放置はしないよね。うちの愚息がすまんことをしたーとかいって。本人はバリバリ仕事してましたけど。


 さて。とはいえ、ここが咲宮の本家ではあるわけで。さすがに礼を失するわけにはいかないなぁということで、「洗練されてない上での最大限」を発揮してルイさんはこの場に立つわけだった。


 せめて、背筋はぴんとのばして、清潔感を失わない。

 それくらいしか、ルイとして上流階級の方々に合わせるものはないのだ。

 服装? ああ、それは、動きやすくしつつ、学生の感じというか。

 素直にひざ丈のスカートと、カーディガンと。そして、冬なのでコートを身にまとっているところだ。

 仕事関係なら、スーツが必要か? とも思ったのだけど、別に気楽に来てくれればいいよと沙紀矢くんが言ってくれたのでそれに従うことにした。


 いちおう寒くてもニーソは遠慮して、膝丈くらいの靴下を着用。

 靴は高校の頃に使ったローファーを使用している。


 今回の訪問は、なにも「友達のおうちにきた」だけではない。

 お正月前から打診されていた、場合によってはもっとお仕事お願いしたいなんていう理事長の言葉を受けつつなので、それの審判の日でもあるわけだ。

 もちろん、そのお仕事の内容もまだ、具体的にはわかっていない。それこそそれぞれのイベントのときに専属で来てくれなんて話になったら、仕事もぐっと増えるしありがたいばかりなのだけど。


 まあ、今日はそれを踏まえたうえで、人となりを知りたいということなのだろう。

 いちおう、おばさまには、沙紀ちゃんの件について知っていることも伝えているし、それも合わせて話がしたいというところもあるんだろうけど。


「本日はようこそお越しいただきました。奥様がお待ちですのでご案内いたします」

 出迎えてくれたのは和服を着たおねーさんだった。年の頃は三十路を過ぎたあたりだろうか。おっとりしていそうでそれでも働き者という感じだ。和装エプロンというカテゴリはこうしてみるとありだと思う。


「そう、まじまじと見られると照れてしまいますね」

「お手伝いさんがいるおうちというのが珍しくてつい」

 三枝のおうちは洋式だからか家のことをやっているのは執事さんが多い。本宅のほうにはメイドさんが多いとはきくけれど、たいていルイが通されるのはエレナが好き勝手やれる第二キッチンなんかがあるところである。

 そちらのほうは料理から掃除までエレナがやってしまうものだから、執事さんたちは我らの仕事をとらないで欲しいと言ってしまうほどである。


「ルイさまはなにかと話題になる方ですから、こういうところにも慣れていらっしゃるのかと思っておりましたが」

「いえいえ、庶民ですよ? 本当にどこをどうしたって庶民です」

 かなりのお屋敷で、うずうずしていますというとあらまぁと言われてしまった。


「願わくば、立派なお庭などをぜひとも激写したいところなのですが」

「ふふ。本当に聞いてた通りのお方なのですね。それはいろいろ済んだら、しかたないわね、と仰せですから」

 まずは奥様とお会いになる方に本腰をお入れくださいといわれて、まあそりゃそうか、とうずうずする腕を下げた。

 咲宮の本宅。平屋の家も素晴らしいし、先ほどからちらちら覗いているお庭も。

 それこそゼフィ女の上を行く庭園はもう見事なものだった。

 そこに和装姿の沙紀ちゃんあたりを置いたらたまらないと思う。鯉に餌をやるために屈んでるところとかもよさそうだ。

 

「さすがは銀香のルイさんですね。物怖じしない性格というのはうらやましい限りです」

 ではこちらでお待ちください、とゴージャスな和室に通される。

 掛け軸やら生け花やらまであって、まるで旅館のような趣だ。しかも庭が見える。

 庭が見える。うん。ゼフィロスも見事な風景があったけれど、理事長の趣味があそこにも反映されてるのかもしれない。


「ようこそ当家へ。私がゼフィロス女学院の理事長、咲宮呉羽です」

 背筋をぴっとはってそう挨拶をする理事長は、沙紀矢の母という肩書きではなく理事長として振る舞った。

 学院から話があったように、お仕事の依頼ということなのだろう。

 彼女を見るのは卒業式の時以来なのだけど、まだまだ若々しい雰囲気たっぷりの女性である。


「そんなに堅くならなくてもよいのですよ。今日は理事長として貴女をもっと知りたいと思ってお呼びしたのだから」

「お答えできることなら、答えますが……面接のようで緊張しますね」

「一応面接ではあるのよ。貴女にはゼフィロスの写真部の顧問になってもらおうかと思っているのだし」

「コモン?」

 はて、とその単語がいまいち頭の中で意味をなさなかった。

 

「普通のエルフとかそういうことですか?」

「はい?」

 コモンといわれたら、コモンエルフが有名だとエレナが言っていた。

 うっかりそんな反応になってしまったのだけど、さすがに理事長もその話にはついていけないようだった。


「まあ、貴女も他の仕事もあるだろうから、月に二回以上臨時でうちの写真部を鍛えてくれないかっていうお願いだったんだけど」

「こもん、顧問ですかっ」

 やっとそこまで話を聞いて、おぅ、と納得がいった。

 つまり、あいなさんみたいなポジションに収まれ、ということだ。


「察しがいいのか悪いのかわからないわね」

 もっと利発な子かと思っていたけれど、と少しだけ理事長は苦笑を浮かべた。

 そうはいっても、さすがにそんなお仕事が舞い込んでくるだなんて思ってなかったのだから仕方ない。


「それで、来年度の四月からなのだけど、まず貴女はこの仕事、受ける気がある?」

 あるかどうか、と尋ねられれば、それはもちろんある、なのだけど。

 場所がゼフィロスなのがさすがにちょっといただけない。

 学園祭だとか、卒業式とかでぽっと入るのであればさほどの危険性もないけれど、頻繁にとなるとまた話は変わってくる。


「別に、一週間も学院で生活していたのだから、怖気づく必要はないと思うのだけど」

「なっ……んですか? それは」

 ちょっと返事に困っていると、理事長からは突然の情報がもたらされた。

 えっと。いきなり何を言い出し始めるんですかこの人は。


「だから、貴女は立派にうちの学院で一週間過ごしたじゃない? 大空奏さん」

「ひっ」

 なんとまあ。理事長先生はなんと、ルイと奏の関係性に気付いてしまったようだった。

 けれども、それを知っていてなんでわざわざ写真部の顧問なんて話になるのだろう。

 むしろそれはブラフで、ルイの学院への潜入についてつるし上げられるのだろうか。


「だから、別に今更あなたがわが校に来たところでなんの問題もないのではないかしら」

 そんな風に緊張していたのだけど、理事長はことさら表情を柔らかくして、別に咎めたりはしないわよ、と言ってくれた。

 まあ、そりゃこちらも咲宮の秘密を知ってしまっている人間というのもあるから、そこらへんも加味はされてるのだろうけれど。


「うーん」

「って、それは大丈夫って太鼓判押してあげてるのに、どうしてまだ悩むのかしら」

 とりあえず一つ目の懸念はとれたといっていいだろう。

 むしろ事情を知ったうえで最高権力者がOKをだしているのなら、思う存分みんなと写真が撮れるというものだ。


 けれども、一つだけルイには気がかりがあった。

「トラブル体質なもので……今後どんなスキャンダルがあるか分かったものではないってのも気がかりで……」

「そっちなの!? まさかそこを気にするとは思ってもみなかったわ」

 あらまあと理事長は驚いているけれど、なんだろう。

 これからも色恋沙汰でいろいろと問題がでそうな気がしてならないのである。

 崎ちゃんと付き合うかどうかは別として、それ以外にも問題を起こしそうな相手はいるのである。


「いちおう、ゼフィロスは厳格に恋愛禁止じゃないですか。そこに私がぽんと入るのは大丈夫なのかなって」

「……そうよね。ルイさんは色多い女として有名だものね」

 あんまり有名になりたくないのですが、というと、うーんと少しだけ彼女は考えてから切り出してきた。


「なら、契約に特約を付けましょう。もしなにがしかのスキャンダルが起きた場合は、月二回以上っていう条件をなしにしてあげる。確かになにか問題になったら、あの子たちもキャーキャー言っちゃうだろうし」

 ああ、若いって罪ね、と理事長先生は遠い目をしてくださった。

 そうはいっても、おばさまもまだまだアラフォーといったところだ。

 そろそろ成人する息子さんがいるとは思えないほどのスタイルの良さだった。


「さて、これでどう? ルイさんとしてはうちの学校の敷地、撮りたいでしょう?」

「それはもう! あとこのお庭も撮りたいです!」

「あらあら。でも、その前にやっておかなければならないことがあるの」

 庭は逃げないから、そんなにわくわくした顔を向けないで、と言われてしまったものの。

 うーん、日の当たり方で庭なんて顔が変わってしまうのだから、むしろ今も、後も撮っていたい。

 けれども、雇い主がいうのならば、その言葉に従わねばならないのだ。


「顧問をやってもらう話はしたけれど、はたしてそれが貴女にふさわしいかわからないわ。だからちょっと、いくつか試験をさせてほしいの」

「試験、ですか?」

 そ、採用試験。と気楽な感じで言われたものの。

 はたしてどんなものなのだろうかと少し身構えてしまった。

 カメラのことなら問題はないけれど、教養がどうのと言われたらとてもお嬢様学校の皆様についていけるようなものは身についていないルイさんなのである。


咲宮家ご訪問ということで、沙紀矢くんたちは、お父様が出奔してしまった関係で、本家での生活をしているようです。大きなお庭とお池。そんなのあったら、ルイさんはうずうずしてしまいますね。


さて、次話は採用試験になります。どんな試験になるのやらーってな具合で。

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