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048.

「牡丹が男を連れて帰ってきた」

 急いで家に帰ってきたら絶望的にどよんと表情を曇らせた父が開口一番そんなことをいってきた。急いだかいもあってまだ外は明かりを残していて、夕飯にはまだ早い時間帯である。

 言っておくがウチの父は普通である。「父だからチチとか」そんなことはないし普通にサラリーマンだ。

 あ、ごめん。普通じゃなかったかも。実の息子が全力で美少女でも驚かないのだし。けれど本当の娘のほうに彼氏に対してはわたわたするのは、割と普通なのかもしれない。姉のことはそうとう可愛がっているしな、木戸の父は。

 むろん女装関係で慌てられても困るのでこっちへの動揺が少ないのはいいのだが、それにしても男を連れ込んだだけで驚きすぎだ。姉だって二十歳なのだしもう少し大人扱いしてあげてもいいだろうに。

「あら。新宮さんお久しぶりです」

「馨さん。お帰りなさい。お邪魔してます」

 そこにいたのは、以前姉に連れていかれた合コンであったことのある新宮さんの姿だった。前に会ったときよりもその表情は硬い。当たり前か。

 四人掛けのテーブルに座らされていて、思いっきり家族全部に囲まれるという少し重たい空気だ。

「馨は知ってたのかい。牡丹にその、お、男がいるっていうのは」

 父はあからさまにきょどりながら、こちらに話を振ってくる。新宮さんと親しげなところを見ての反応なのだろう。

「どうしてこっちが恋人つくるのはさんざんノリノリなのに姉さんはダメなんですか」

「そりゃお前、牡丹は結婚なんてしたら、嫁にいってしまうじゃないか、くふぅ」

 父さん、それはさすがに気が早い話です。

 けれどもう、すでに結婚式の想像なんていうのが頭に浮かんでいるのだろう。

「どうして付き合ったら即結婚なの? そりゃ家に挨拶って堅苦しいかなって思ったけど、付き合いだして半年以上になるし、是非ともって言ってくれたから連れてきたのに」

 姉は新宮さんの二の腕をつかみながら、てんぱっている父につげる。

 それだけで、父のえいちぴーはがくんと減ったのだが、姉は気にしないようだ。

「そうですよ。姉さんが選んだ人ですし、恋愛経験の一つや二つはしておいた方がいいです」

 もう大人なんですから、と大人ぶって言っているものの、木戸自体だって恋愛の経験は、ない。そしてするつもりもないというのだから、矛盾はしているのだろう。

 とはいえ、父の理性が削られ続けるのは可哀相としかいえない。

「しかしまだ早いだろう」

「そりゃ、姉さんはアレだし、どう転んでも男の人とうまくいかないと思います」

「あのねぇ。言うにことかいてそれはひどい」

「姉さん。今までのもろもろを忘れていますか……」

 うーんと遠い目をする。姉は友達や仲間へはとても真摯で情に厚い。心の機微もわかる。けれどもそれが異性相手となると、鈍感で鈍いのだ。これまでだって身体目的の相手をなんど通り過ぎただろうか。木戸の姉なのである。美人な上にあんな立派なおっぱいを持っていたらそれに惹かれる男も多いのである。

「でも、それでも残った人なら悪くないんじゃない? って思いますけど」

 家族中が渋い顔をしていた。姉のことはよくわかっていて、それでこんな話が来ているのならと、少し心が揺れてるんだろう。

「というか、馨はいつまでその格好でいるんだ。早く着替えてきなさい」

「だって前に新宮さんと会ったときもこっちだったから別にいいの。それより二人ともいい加減なれようよ。黙認してくれてるわけだし、いまに始まったことじゃないでしょ?」

 話す内容がないからなのか、矛先がこちらの格好のほうに向いてしまった。いつまでそんな格好というくだりで新宮さんははてな顔をしていたのだが、詳しい話をしてやるだけの余裕はない。

 確かにルイの格好なので、普通にみれば「そんな」格好なんて言われる必要は全くないのである。

「そりゃそうだけど、普段とのギャップがありすぎ。別人見てるみたいで」

 母が頭を押さえながら言ってくる。だいたい家に帰るとメイクを落として着替えてしまうから、長時間こちらの格好で話したことはあまりないせいだ。この前は電話してるときでさえそれを言われた。姿と声が合いまってしまえば印象はずいぶん違うかもしれない。

「そりゃごもっともですけど。でも今はそうじゃなくて、姉さんのことのほうでしょ? 結婚を前提にーとか言われちゃったの?」

「結婚って……そんな。牡丹ー」

 父が結婚という言葉に反応した。わしりと姉の手首を握って迫っている。とても面倒くさい。

「姉さんと一緒になってもいいことはありませんよ? 家事できないしずぼらだし、酒癖悪いし」

「うぅ。お酒はあのときだけだもん……節制してるもん」

 姉から気弱な反論がきた。

 さすがにあれには懲りたらしい。翌日は頭痛いとか散々な状態だったのだ。

 そんな姉のかわいい姿を見て思いついた。一つチェックといこう。

「それなら新宮さん、私と付き合いましょうよ。賞味期限はちょこっと姉より長いですよきっと」

 おいしく味わってくださいな、とうるんだ瞳で見上げると新宮さんが困った顔をする。

「ちょ、ちょっと馨さん、女の子がなんてこと言うの!? そういうのはダメだってば。自分を大切にしないと」

「どうです? この生真面目っぷり。姉にはこれくらい堅い人のほうがあってますよ」

 ふふっと上目づかいをやめて、両親に向き合うとあからさまに新宮さんがほっとした顔をした。

 自分でやっておいてなんだけれど、割と破壊力があるらしい。

「もう、わざとにしても馨のそれはちょっと威力が危ないんだからやめてー」

 姉がかーおーる、と肩をつかんでぐらぐら揺らして抗議してくる。

「いいじゃないですか。どうせネタばらしすれば諦めもつくんですから」

「それで諦めつかなかったらどうするの!?」

「殴って逃げる」

 うん。それで正しい。ルイは知らないが馨には男との恋愛をする気はさらさらないのである。

「ま、でもできれば穏便にね? 面倒事はごめんだもの」

 そしてこちらのほうがもっと正しい。決別したときのダメージの大きさは心情的には相手が、社会的にはこちらが不利なのだ。

「あの、馨さんって、どういう……」

 今までのやりとりで中身はわからなくても、何かあると思ったのだろう。新宮さんが姉さんに解説を求めるような声を上げる。

「この子、うちの弟なの。趣味で週末こんなかっこしてるのよ」

「女装が趣味ってわけじゃないですよ? あくまでも撮影を円滑にするためのスキルです」

 すちゃっと装備したままのカメラを見せると、カメラ苦手と、新宮さんが顔を隠す。

 うーん。ちょっとここはマイナス査定だ。写真に写れないというのは、自分に自信がない証である。

「なら、二人で写ってみましょっか? 初めて彼女の家を訪ねた記念。結構緊張しちゃってます的な、ね?」

 気をほぐすように並んだ二人を狙う。姉さんはいえいと新宮さんの二の腕をつかんだ。

 焦点は二人に合わせて回りはとばす。

「こんな感じな二人の世界。どうでしょうか?」

 人物は得意ではないけれど、今の気分を伝えるにはこんなもんじゃないだろうか。

「相変わらずこのサイズじゃ確認がしんどそうね」

 やれやれと姉はバックからタブレットを取り出してくれる。

「いいなぁタブレット。しかしそこにお金を出す余裕はあんまりない!」

 ぐすっと嘆きながらSDカードを渡すと姉が、ぱーっと一括でデータを吸い出す。昼間にとってきたのまでむさぼり持っていくのだから、さすがだ。

 別にみられて困る写真も撮っていないのだけれど、一言いっていただきたい。

「ほっほぅ。いい感じに写ってるじゃない。ひさしぶりに見たけど上手くなった?」

「そりゃそうです。前に姉さんに見せたのって半年以上前じゃないですか」

「今日も銀杏さまか。でも今日は少なめ?」

「ほんとは呼び出しがなければ夜まであいなさんと一緒に撮影予定だったんです」

「相沢さんと一緒の日か……そりゃ申し訳ないことをした、かな」

 ごめんねぇと姉が頭の上をぽふぽふなでてくる。ウィッグ越しだけれどその体温は伝わってくる。

 姉もいちおうは相沢さんがどんな相手なのか知っている人だ。ルイとして一緒に撮影していると楽しいと今まで散々伝えている所もある。

「他にもちょっといろいろあったんですが、そっちは内緒ということで」

 さすがに青木と木戸のコラージュ写真が出回っていたことは家族には知られたくないので伏せておく。

「ふぅん。まっ、詳しくは聞かないでおきましょう」 

「えと、その馨さん。君は本当に男なの?」

 姉がタブレットに夢中になっている間に、放心していた新宮さんがようやく口を開いた。

 出てくるのはやはり疑問の声ばっかりだ。

「そうですねぇ。着替えちゃった方がわかりますかね」

「そうだぞ。さっさと着替えて戻ってこい。その……なんというか父さんは黙認はしているがその、正直見知らぬお嬢さんが家にいるみたいで落ち着かない」

「はいはい、わかりました」

 まったくもぅ、と苦笑を浮かべながらとりあえずカメラ機材を居間に置いて洗面台へ向かう。

 洗顔が終わったらすぐに化粧水をつけるのは反射といっても差し支えない。

 そして服装の方を変える。基本下着類も性別を変えるときは変えるようにしているのではき替える。下着女装を否定はしないけれど、男物の服の下にきらびやかな下着というのはどことなく危ない空気があるのである。

 眼鏡をすちゃりとかけると、木戸馨のできあがりである。

「というわけで着替えてきましたけ、ど?」

 居間に戻ったら家族がタブレットの周りに集まっていた。

 そこに映し出されているのは、今日あいなさんに見てもらおうと持って行ったSDカードの中身だ。

「ちょ、なに勝手に見てんの!? それってここのところの撮影じゃん」

 バックの脇ポケットのところに入れておいたカードケースが抜かれていて見られている。

 確かに見られて困るものは入っていない。入っていないのだが、それでもあんまりいい感じではない。

「馨? このお嬢さんはその……馨の」

「馨さん、君はエレナちゃんと知り合いなの?」

 そう。もちろん中にはエレナの写真がそこそこ入っているのである。

 あの姿を見て、おまえはなんてものを撮っているんだと言われても仕方ないのかもしれない。見る人が見ればコスプレは特殊な世界なのである。

「まずはみなさんに。エレナはコスプレイヤーで、別に俺の彼女とかそういうんではありません」

 これを先に伝えておく必要がある。他のレイヤーさんの写真も何枚か撮っているけれど、エレナだけ突出して多いとなると変な誤解をされかねない。

「それと。どうしてがんばって着替えてきてるのに、そっちにはNOつっこみなのか、わけがわからない!」

 そう。いまはもう普通に男声で話している状態だ。それなのに家族はともかく新宮さんまで写真に見入ってしまってこちらを見てくれない。

「あ、ああ。ごめん。いや。確かにそう、そのかっこなら男の子にも見える、ね?」

「てゆーか、どうみても男でしょうに」

「ごめん。どことなく女の子の空気もあるというか、さっきの印象の方が強くて」

 がーん。男の自分のほうがインパクトないって……確かに木戸はルイでいたときのほうが鮮烈だけれど、さすがにそのいいぐさは傷つく。それとも先入観の問題だろうか。思えばルイ状態で会ってから、木戸のほうを見せたのってこれで二回目だ。一回目はエレナだけれどあいつも、男の子やってても十分かわいいよーと、言ってきていたような気がする。

「それより、エレナちゃんとの関係の方が気になる、かな」

「新宮さんはコスプレとかわりと見る人なんですか?」

 ちょっと意外、と伝えるとふるふると彼は首を横に振る。

「うちの兄貴がそういうの大好きでね。漫画とかアニメとかも大好きだしコスプレなんかも好きで、この前、写真集が買えなくてがっくり来てたから、割と印象深くて」

「ああ、それなら納得です。でも俺とエレナの関係といったら、友達としか言いようがないです。コスプレイベントですれ違うよりは頻繁に連絡とってますけど」

 なんせその写真集を撮ったのはルイなのである。それを言うかどうかで少し悩む。

 たとえば最悪のケースとしてはあのコスROMを見て撮影者覧を開いた時にうっかり新宮さんがこっちの素性をばらすってことはないとは言えない気がする。

 それなら最初から言い含めておいた方がいいのかもしれない。

「それと、ルイの方は撮影者とモデルって関係、なのかな。あの写真集とったのあの子だから」

 あの子扱いだが、言うまでもなく同一人物である。

「馨、その写真集って今あるの?」

「数冊は手持ちであるけど?」

「なら、見せてもらおうではないか」

 姉にそう言われると従う以外に他はない。サンプル用に部屋に置いてあったものを持ってくる。

「もう重版で結構な冊数作ったみたいなんで、たぶん新宮さんのお兄さんの手元にもあるとは思いますが」

 木戸はどれくらい作ったのか把握してないけれど、欲しいという人のところには届いているはずだ。初版を出した後はプレミアがついた時もあったそうだけれど、今は落ち着いている。

「これはまた……キャラがなにかとかはわかんないけど、めちゃくちゃきれい」

 さっき入ってたデータより断然きれいと姉が褒めてくれた。

 そりゃそうだ。モデルと徹底的に話し合って作った作品である。週末の撮影で撮ったものと比較されても困る。

「そして半端なくかわいい。くう、同じ女としてはちょっと悔しくなるレベルね」

「そんなわけで、ルイとエレナは知り合いですが、お兄さんには内緒ということで」

 お願いシマスと、あえて女声にしてお願いをしておく。

 弟に、エレナとのツテが出来たとなれば、彼女についてあーだこーだと聞きたがるに決まっている。それだけは阻止しないといけない。 

「もちろん内緒にしておくよ。っていうか、熱烈すぎて部屋に写真とか引き延ばして張ってるくらいだから、いろんな意味で危ないだろうし」

 アイドルのポスター貼るみたいな感じなんだろうけど、と新宮さんは困ったように頬を掻いていた。なんというか、エレナのアイドル性がまた一段と強く感じられる発言だ。芸能人のポスターやらアニメのポスターならまだしも、一介のコスプレイヤーの写真を部屋に貼ってしまうっていうのは、どれだけ大好きなのだろうか。

 ちなみに、姉が同じ女としてなんていう台詞を言っているがあえてそこには触れないでおく。ルイの性別ばれはそこまで問題にならないけれど、エレナのあれは死活問題になってしまう。

「ああ、そうだ。映像研究会のあいつがまた会いたいなぁとか言っていたんだけど、会う気はある?」

「このまえの合コンの時の人ですか。個人的にというのであるとちょっとなぁ」

 ルイともっと話をしたいというのは、映像についての話題なのかそれ以外なのか。どちらにしてもいろいろとまずいような気がする。

「まーあいつも下心もあるだろうし、俺から断っとくよ」

 さすがになんかいろいろまずい気がすると新宮さんは悩ましそうに言った。

「あっちの馨さんに純朴な男が何度も会ったら、その気になっちまうだろうし」

「あー! その自分もやられそうですっていうのは無しっ。駄目よっ。男の子同士でそんな」

 ひぃっと姉が両手を頬にあてて引きつった声を上げる。まったく、別にルイにそんな気はないしただ単に誰に対してでも遠慮なく話をするだけのことなのに。

「なにもかも馨が、あれだな……おまえが悪いな、うん」

 父までそんな風にこちらを責める目で見てくる。

 まった。別にこちらとしては何も悪いことはしていない。

「はいはい。あんまり男ひっかけないようにしますよー」

 もともとその気はまーったくないのだけれど、むぅーとふてくされたような返事をする。むしろだからいけないんだろうか。

 ルイはどんな相手でも屈託なく話すのが特徴だ。苦手とするのはあえて言えば自分に自信があって押しが強いタイプの人間だろうか。逆に少し控えめで押しが弱いタイプとなると、ルイから話しかけるのでそれで勘違いをしてぞっこんということだって起こりえるかもしれない。

「そういう仕草はさすがに……男の子には見えないね」

 やれやれという新宮さんの言葉に家族一同はぁと深いため息を漏らすばかりだった。


 最初どちらの格好で会ってるか、というのは割とゆゆしき問題であります。

 幼なじみとかは昔の意識のまま相手を見るものだし、それが違ってしまうと、ん? となってしまうわけで。

 木戸くんの幼なじみはいずれ登場予定です。小学生時代の木戸氏はそれはもう理想的なショタ少年という設定なのでー

 昔なじみは次回登場予定です。エレナの学校の文化祭に行く前に、ちょっと一本挟みましょうというくらいであります。

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