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456.雪の銀香町5

「うわぁ……これは銀世界とかいっちゃえばいいのかな」

 わほーと、雨戸を開けるとカメラを外に向けた。

 そこに写るのは見事に晴れ渡った青空と、一面に広がる白。

 晴れるっていう予報は聞いていたけれど、ここまでとは、と、つい頬が緩んでしまう。

 しかも朝日を良い感じな角度で受けているのでキラキラと煌めいているのだ。


「こんなに積もるの何年ぶりだろう……」

 雪かき大変そう、と千紗さんは言うものの、きっちりその景色をカメラに収めていた。

 まだこんな時間というのもあって、雪かきをしている人の姿はない。

 おそらく、もう少しすれば皆さんやり始めることだろう。

 さすがに日が昇る前にやるのは滑って危ないだろうし。


「じゃあ、雪かきが始まる前に、いろいろとやっておかなきゃですね」

 さぁ外に行きましょう! とすでに完全に外出準備が整ってる状態で千紗さんを急かした。

 撮る景色は外にある。ならばさっさと行こうじゃないか! といった感じである。

 千紗さんも寝起きというわけではなく少し前に起きていて準備をしてくれていた。

 これならすぐにでも外に出られそうだ。


「うぅ、なんか昨日の淡泊さんが嘘のようだ……」

 そんなキラキラした目を向けられたらおねーさんは変な気になってしまいそうだ、と千紗さんは言いながら一枚、ルイの写真を撮った。

 うきうきしている顔、というのが思い切りでていたりするのだろうか。


「さあさあ、千紗さん。他の人に踏み荒らされる前に、レッツゴーですよ」

 階段をとてとてと下りて、すでにコロッケの仕込みを始めているおばちゃんに挨拶をする。


「おや、ルイちゃん出掛けるのかい?」

「ええ。せっかくなので町歩きしてぐるっと撮影してこようかと」

 千紗さんもお借りしますというと、朝ご飯準備しておくから、八時くらいまでには戻ってきてね、と言われてしまった。


 うーん。今の時間が六時半くらいだから、さすがに一時間もあれば良い感じに撮影は終わるとは思うのだけど。

 え、おまえならいつまででも撮るだろうって?

 そりゃまあ。雪かきしてる姿、とかも合わせて撮りたいところではあるけれども。

 朝ご飯は大事なのできちんと戻ってくるつもりです。

 据え膳とか、滅多に無いごちそうですからね!


「珍しい雪はみんな滑るから気をつけてね」

 おっと、いま受験生はいないか、と、おどけておばちゃんは送り出してくれた。

 ルイの親なら、めしはまだかーといいだすところなのに、とてもいいと思う。

 

 さくっ、さくっ。

 踏み下ろすその感触は雪を踏んでいるという、とても久しぶりで懐かしいそれだった。

 関東に雪が降るのはそれはもう、数年に一度というやつで。

 ミニ雪だるまはともかく、雪で遊ぶ経験というのはあまりなかった。小中学生のときはとくに、インドア派だったルイにとってはほぼ初めての雪景色といっても過言ではないほどだ。


「さて、じゃあ、足跡をせっかくだから撮りましょう」

 えいやっと、新雪のうえに足をずもっと沈めたところを撮影。

 千紗さんもこういうのおもしろいかもーと、ほっこりしている。ちなみに普通にコート姿で防寒対策はばっちりだ。


「その脇に比較でやっぱりたばこの箱とか置いちゃう感じかな?」

「残念ながら身の回りに吸う人がいないので、手持ちはないです」

 なんだって、比較となるとあの箱や、マッチ箱なんでしょうね、と首をかしげると、大きさが想像しやすかったからなんじゃない? と返された。

 まあ確かに昔はそうだったかもしれないけど、昨今の禁煙活動でたばこの箱なんて見たこと無いって人の方が多くなっているような気がする。


「おぅ。ルイちゃんとこはみなさん禁煙派かぁ。まあ私の身の回りもそうなんだけど」

 でも、やっぱり大きさの比較はそれっていう風習があるような気がする、と千紗さんは首をかしげた。

 まあ、最近じゃほんとたばこを吸う人が減ったので、大きさ比較で使う人も減ったように思う。


「でもいちおう仕事柄、たばこ自体は扱ってますよ? 時々ご購入な方もいますし」

「あれ。ルイちゃんってコンビニな人だっけ?」

 こんな子が売り子さんだったら、みんな鼻息荒くしちゃうだろうなぁ、と千紗さんも足跡の写真を撮りながらなぜか制服姿のルイを想像していた。


「去年の春先はこの状態で眼鏡かけて仕事してましたけどね。いろいろバタバタしちゃったので」

 取材とかまじうざいと、むぅと顔をしかめながら、家の屋根に積もった雪とそれが溶けてしたたり落ちる水滴を撮影。

 やはり朝日を浴びてすごく綺麗だ。


「へぇ。職場の人は女装なのわかってるんだね。まあそれだけ可愛ければ文句もでないだろうけど」

 むしろそっちでこいってなるのかな? と言われて、イベント事の時は駆り出されますねぇと、げんなり言った。

 きっと今年のバレンタインも、さぁ売り子をやるのだ! と店長から言われるに決まっているのである。


「で、でも普段は男子ですからね? もさ眼鏡ですけど」

「ま、前に来たときみたいなイケメンモードだとみんながほっとかないだろうし」

 静かに撮影したいルイちゃんとしては、さすがに嫌か、というと、んー、と軽く考える。


「男の服ってあんまり可愛くないし、がんばってどうこうしようと思わないんですよ」

 自分の服よりも撮影優先です、とにこりと言ってあげると、このカメラオタクさんめーと言われてしまった。

 いや、でも、女子の装いの方はしっかりとこだわりますよ。可愛いの好きだし。


「さて、雪兎とか雪だるまとかカマクラとかつくって撮影したいとこですけど、とりあえず神社に向かいましょう」

「うわぁ、ハードモードきたこれ」

 うへぇ、あの階段を雪の日に登る上るだなんて、と千紗さんは嫌そうな顔をした。

 でも、今日は動きやすい靴にしてるし、登れると思うんだよね。


「石段は一歩一歩進むようにしましょう」

 怖ければ手を引いてあげますから、是非! というと彼女は、なんか急に頼もしくなったと驚いていた。

 いや、だって神社行きたいし。そこで撮って、最後に銀杏様にご挨拶をして終了の予定だ。


「しかし、ものの見事に雪景色ですね! まさかここまで積もるとは」

「だね。大雪って言われてたし。ルイちゃんは電車止まってたらまずいんじゃない?」

「その時は、もう一泊ご厄介になろうかと思います」

 そうならないことを祈りますが、と苦笑を浮かべつつ、普段とは違う銀香町を撮影していく。

 もちろん隣にいる千紗さんもだ。彼女も一眼を持っているのでそれを使って思う存分、景色を撮っている。

 あとで、自宅で品評会でもさせてもらおう。

 ま、景色はあんまり撮ったことがないというので、これがルイどのの視線でござるか、なんておどけていたりしたけれども。


「さてと、神社の石段前にご到着。……まだ誰も踏みならしてない感じですね」

 さぁ、この姿も撮らせていただきますよ、と神社にご挨拶をしてから、一枚撮影。

 真っ白な景色と、鳥居にも雪が乗っていて、滅多に見られない風景となっていた。


「ねえルイちゃん。ホントにこれ昇るの?」

 危なくない? と言われてじっくりと登りましょうと彼女の手を引いた。

 まあ、確かに石段の上の雪は滑りやすいので注意は必要だ。

 足跡を一歩一歩つけながら、千紗さんにはそのあとをたどってもらう。


「ゆっくりならなんとか、かな……でも、行きは良いけど、帰りが怖い!」

「んー、まぁほらそれはちょっと落ち着くまで神社で過ごすとか」

 とりあえずそれよりはじっくり登って、ばちばちいきましょう! というと、千紗さんはひぃひぃ言いながら階段を進んでいった。


 寄る年波には勝てませぬ、とかなんとかいってるけど、千紗さんだってまだ若いでしょうに。


「さぁーそろそろですよー」

「おっ、おぉ」

 やったー登り切ったー、と千紗さんは満足げな顔を浮かべた。

 でも、千紗さん? ここからが本番ですからね?


「踏み荒らされてない境内……そして、雪に包まれた(やしろ)! 神様! 撮らせていただきます!」

 いちおうこちらでもご挨拶をして、撮影を始める。

 全くもって別の表情を出していて、前に撮った時とはまるで別物である。


「たしかに、登った価値はあると思うけど……」

 千紗さんもいろいろなところに進みながらも撮影スタート。


「ふっふっふ。けれど私の本命は神社の写真ではないのです」

 神社ももちろん雪が綺麗なうちに撮影したかったけれど、本命はその脇にある。


 そう。一番の目的は、これである。

「うっわ。たしかにこれは……くぅ。さすがルイちゃんだな。いい場所を選ぶのが上手い」

 カシャリと音が鳴ると、その景色がカメラに収められていく。


「絶対ここからの景色は綺麗だと思ったので」

 前にも撮ったことがあるんですよ、といったその先に広がるのは、銀香町の景色そのものだ。

 高台から撮る町の全風景。ぼちぼち雪かきを始めた人達がほんのり小さく見えるのもいい。

 二人して、全景からいろいろな方面にカメラを向けて無言で撮影を続けた。

 

 あっ、朝の配達なのか、トラックが走っていっている。


 そんな景色をわくわくしながら眺めつつ、そろそろ満足した頃合いになって、ルイは、んーと、大きく伸びをした。

 あんまり大きくない胸がしっかりと強調されたりするのだけど、まあ他に見てる人もいないので、気にしないことにする。

 そして、すっかり満足したルイは千紗さんに声をかけたのだった。

「さて、帰って朝ご飯食べたら雪かきのお手伝いでもしましょうかね」

「って、お客さんにそれをやってもらうのはちょっと気が引けるというか」

「それでもやるのが私なので」

 いい景色を撮らせてもらったお礼ですから、というと、あぁ……うちの親がまたルイちゃんを良い子認定してしまう、と千紗さんは苦笑を浮かべた。


「でも、銀杏の撮影はいいの?」

「おぅっ。そうでした! それが終わってからですね!」

 また今日一枚、新しい顔を見せていただけるとはっ、と元気に答えると。

 あぁ、良い子というよりは写真バカだ……と千紗さんはぽつりと呟いたのだった。

 

 何はともあれ、石段を慎重に下りて銀杏の撮影へと乗り出すルイさんなのだった。 




「雪か……」

 そんな外の景色をちらっと眺めながら、未先は学校のタワー型のパソコンをなでなでしていた。

 暖を取るため、というのもあるにはあるけれど、純粋にパソコンの処理速度が羨ましいのだ。


「ふむ……外と同じくお財布もそこまで温かくもなく……」

 専門学校の設備はさすがと言えるほどのもので、もちろん未先がメインに使っているノートパソコンより処理速度は速い。うん。それも爆速的にだ。

 ここまでのものは、今パソコンの値段が下がっているご時世でもそれなりなお値段はしてしまう。

 というか、タワーならばまだいくらか安いけど、これと同じレベルでコンパクトなのが欲しいのだ。

 確かに、立派なパソコンではあるけれど、さすがに未先も家にこれがあるのを考えると、ちょっと無骨かなぁという気はするのである。


「でもバイトを増やすのも……」

 今でも仕事はしているけれど、アルバイトの日数を増やしてこちらの作業ができなくなるのは本末転倒というものだ。そうなるともう少し先まで新しいのはお預けということになる。


 そんなことを思ってパソコンを撫でていると、声がかけられた。

「よう、みさきち。そんなに愛おしそうにパソコン撫でてどうしたんだよ?」

「見ての通り暖を取っているところです。そして、さぁがんばって働けと応援しています」

 彼は、同じ専門学校生の一つ上の先輩だ。そろそろ卒業も間近というところではあるものの、いろいろとこの一年未先に絡んできた、まあ悪友のようなものだった。


「相変わらず変な趣味してるよな……でも、まあそれはいいや」

 ごそごそと彼はバッグからSDカードを取り出すと、未先に見せた。


「仕事頼まれてくれないかな? この中に入っている画像のモザイクと、音声にかぶせてるピーってやつ消す仕事」

「そこは先輩が自分でやればいいのでは?」

「いや、俺がやってもいいんだけど、二年の最後は卒業制作が忙しいだろ? それでお前に譲ろうというわけなんだよ」

 なぁ、手を貸してくれ、といわれて少し悩んだ。

 確かに彼の言い分は正しいところもあるだろう。そしてこちらの画像加工の腕についてもそこそこ評価してくれてることも知っている。

 

 モザイクの除去というのは厳密には上書きしてしまうので、それを修正していくのはちょっと大変なのである。


「ちなみに、それ、画像なんですか? 動画なんですか?」

「動画だな。だいたい十分や十五分くらいのだ」

「先輩は中を見たんです?」

「そりゃ、見なきゃ判断つかないからな。なに、お前にとってはお宝画像だと思うぞ」

 どういう意味でお宝ですか、とげんなりした声を漏らした。

 そりゃ、ルイ先輩がくれる写真レベルなものならお宝だとは思うけれど。


「ちなみにやってくれたら報酬で十万だす」

「それ、やばい仕事じゃないですよね?」

 確かに労力としてはかなりな物ではあるけれど、その金額をいきなり提示してくるあたりは胡散臭く感じるところもある。

 それに。


「先輩はいくらもらったんです?」

 元請けの手数料どれだけ引いたんですか? というと、うぐ、と彼は渋い顔をした。

 これは結構値引きされてるのかもしれない。


「さぁ、いくらなんです? このお仕事の元値は」

 そこは確認しておきたいところだ。こちらの報酬をつり上げるため、というのもあるけれど、仕事の危険度を測る意味合いでも重要なことである。


「さ、三十万です……はい」

「それで、先輩は、なんの作業もしないで二十万手にしようとしてた訳ですか……」

「うぐっ、そういうなよ。これは極秘なデータなんだ。危険な橋を渡るんだし、俺だって報酬もらう権利はある」

 紹介料だよ、と言われて、しらーっとした視線を向けてしまった。


「せめて二十五万はこっちの取り分じゃないですかね?」

「ちょっ、おま、それ無茶ぶりだろ……せめて、半々で十五万じゃね?」

「二十万。これ以上はまけられません」

「……なら、口止め料込みな。いちおうクライアントからは、その画像について知ったことを一切公表しないことと言われてるんだ」

 もちろんコピーとるのもなしな、と言われて、なおさら胡散臭い仕事だなぁと思ってしまった。

 どんな画像が入っているかわからないけれど、それにぽんとその金額を出してくるあたりが常軌を逸している。


「わかりました。納期などはありますか?」

「でき次第でいいと言われてる。でも、なるべく早いほうがいいってさ」

 なでているタワー型のパソコンが処理をしていないせいか少し冷めたようだった。

 そう。今の未先にはお金が必要なのである。

 それもグラフィック系の仕事でというのであれば、願ったり叶ったりだ。


 こうして、例の画像は変なところに流れることになったのである。


ようやっと、雪景色の撮影ができました。ルイさんもご満足でございます。

きっとこの子なら、溶け始めてべちゃべちゃになったところも喜んで撮るんだろうなぁ。


最後の方に例の画像がどうなってるのか、をおまけでつけました。彼女がアレを見つけてまだ騒ぎを起こしてない理由は、これだったわけなのです。特に女の子のほうが誰なのかわからないという。

事件が起きるのは解析ののち、ということで。


さて、次話ですが、咲宮家ご訪問にするか、特撮研にするかで悩み中でございます。


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