455.雪の銀香町4
「ええと。それって、ルイちゃんが? え? へ? 珠理ちゃんレズビアンさん?」
「それ、別の友達に相談したときもまったく同じ反応だったんですが?」
千紗さんの反応に、またかーと思いながら、こほんと、軽く咳払いをした。
この姿であまりやりたくはないのだけど。
「告白自体はまあ、俺が受けましたよ。残念ながら、こっちのかっこでしたけど」
少しだけ表情を引き締めて、男声を出す。
後半は苦笑気味に女声である。
千紗さんは、ふぉっと驚いた顔を浮かべた。
我ながら、確かにその反応も仕方ないかなぁと思うところはある。
その原因は、馨の濃度の薄さっぷりだ。
言い訳をさせてもらうならば、ルイとしての生活が充実しすぎていて、比較して馨の方が薄いだけ、だと思っている。
確かに、木戸馨という男子大学生は、主人公たりえない、それこそモブその1というところだろう。
けれども、それはどこかおかしいことだろうか? みんながみんな崎ちゃんみたいに、出たがり、ということもない。普通に生活を送れていて、ちょっとばかし男友達は少ないけれど日常を過ごせているのだから、それでなにかが足りないということはない。
でもだ。
それが、崎ちゃんのような、キラキラした子と付き合うとか、どうよ?
ルイとしてなら、隣に立つ自信もある。二人で育ってきたところもちょっとはあるかもしれない。
でも、そこに馨は介在したのだろうか?
というか。
そもそもからして、なぜに崎ちゃんが、木戸馨を好きになるのかがわからない。
二人で出かける時は、ほぼ、ルイとしてだ。スキャンダルの問題とかもあって、というのはあるけれど。
それ以前に、こちらがルイとして外に出ることが多いから、馨として会うことなんて本当に、ちょこっとだったと思う。そりゃ、崎ちゃんからすれば「そういうのが珍しかった」のかもしれないけど。
はっ、まさかみんなが言うように崎ちゃんったら、そういった嗜好……なわけもなく。
「いちおう男子としても、面識はある……んだ。ふむん……」
千紗さんは、いちおうの馴れそめ的なものを伝えたら、んーと、考え始めた。
さすがにちょっとぶっ飛びすぎで、予想は外れると思って! と、微妙な顔をされたのだけど。
「こういうのって本人達の思いだと思うのよ。例え見た目とかがどうであれね」
たぶん合ってると思うと、千紗さんは、自信なさげな声をあげた。
千紗さんだってあんまり恋愛絡みくわしくないだろうから、仕方ない。
「ルイちゃんが女装するのを、彼女は許しているの?」
「それはいまさらなんじゃないかな。付き合ったらダメだって言われたら、速攻で断る」
ルイとしての撮影はまだまだ必要と、前のめりでいうと、お、おぅ、と千紗さんはちょっと引いた顔をした。
彼女としても、いいカメコさんがいなくなるのは死活問題だと思うのだけど。
今、ちょうど良い感じに仕事も来ているのだし、突然それを全部すてて、私を見て、なんて言い出したらとてもじゃないけど、受け入れるわけには行かない。
「んー、じゃあ選択肢の一つはつぶれたね。後は、もしルイの存在を認めた上でそれでお付き合いをしようっていわれたらどうするの?」
「……そこが悩ましいところで」
うぅ、と弱々しい声を上げていると、ルイちゃんでもそこは悩むのか、と千紗さんは感心した声を上げた。
「まったく脈なしなら、悩む必要もないんじゃない?」
「そりゃそうなんですけどね、困惑の方が強いというかなんというか」
一月近くたってやっと落ち着いてきたもののやはり困惑はかなり強いのだ。
「あとは、付き合うといっても、そもそもそれ自体がよくわからないんですよね。正直外に出るのはルイ状態であることが多いわけだし、それで外にでかけても、果たしてそれは恋人同士なんだろうか」
「んー、肩書きでテンションって結構変わるものなんだけどな。普通の男子なら、ああこんな可愛い子が俺の彼女なんだって、独占欲を満たせるものじゃないの?」
ってか、男の知り合いには相談はしたの? と千紗さんにいわれて、曖昧に肯いた。
「バイトの先輩には、付き合ってうまくやって、据え膳食っちゃえよって言われました」
「……うわ、男同士だとそういう会話もでるってわけか……」
んな台詞、女子が言われたら村八分決定なのにと、千紗さんは困惑顔だ。
まあ、木戸も聞いていて、ちょっとそれはないわぁと思ったものだけれど。
「あとはもう、中途半端ならすっぱりお断りしてしまったほうがいいんじゃないの? それで新しい恋をしてもらうってことで」
その方が珠理ちゃんも新しい生活が始められていいと思うけど、と千紗さんは同情混じりの視線をどこかに向けた。
女の恋愛期間というものは貴重なものだ。楽しい思い出がいっぱい出来るというならいいものの、中途半端に片想いを続けるというのも、あまりにも不憫なものである。
「でも、あの横顔は……撮りたかったんですよ」
断る、といわれたときにふと浮かんだのは、あのときの崎ちゃんの表情だった。
「へぇ。告白の時の表情、さすがにルイちゃんでも撮れなかったか」
しれっと撮りそうと思ったんだけどな、といわれて、えぇーと不満げな声を漏らす。
さすがにそこまで、空気読めない写真バカだとは思っていないのだけど。
「告白の時よりもその前ですね。グラスを選んでるときに、ちょっと」
これから、誕生日のプレゼントを始めようよと、恥ずかしそうに、それで言ってやったという咲いた顔は、不覚にもどんな写真集の顔よりも、可愛いなと思ってしまった。
それがこの手で撮れたのなら。
それはきっと、とても幸せなことに違いない。
「じゃあさ。お付き合いしていっぱいいい顔浮かべてもらえばいいじゃない? 恋人じゃないと見せない顔ってのもあるよ? 家族に向ける安心した顔ってのともまた違うのを見せてくれるんじゃない?」
どう? といわれて少し言葉に詰まった。
確かに、それは魅力的な提案だ。けれども。
そんな理由で付き合って良い物なのだろうか。
崎ちゃんのことは、いままで交流してきて、いい子だなという認識はある。
一緒にいて楽しいし、いろいろと助けてもらったこともある。
けれど、それが恋愛感情なのかどうなのかがいまいちわからない。
そんなこちらの葛藤を見抜いたのか、千紗さんはしかたないなぁとため息混じりにルイに近づいた。
「じゃあさ。ここで一回、ルイちゃんが……じゃなかった。馨くんが女の子の体に反応するのはちょっと、試してみないかな?」
「へ?」
「だから、実験に付き合ってみようって言うわけさ」
ほれほれ、と気がつけば、がしっと手を掴まれて、それをそのまま胸に持って行かれました。
「ええと、痴女さん?」
「ちがうわ! こっちも恥ずかしいってのはあるんだよ。でもここは友人のために一肌脱ごうっていうお姉さんの心意気をわかって欲しい」
というか、そこで普通に質問できてるあたりで、無反応じゃないの、と千紗さんには言われてしまった。
「でも、おっぱいは姉のを見慣れてますしね。さすがに触ったことは……あまりないですが……変な幻想はないですし」
さすがにシリコン製のパットよりは柔らかいなぁと、素直に言うと、た、淡泊さんめ……となぜか千紗さんはしゅんとしながら掴んでいた手を引っ込めた。
うーん、確かに淡泊な自覚はある。高校の頃とか同級生は女子のおっぱいがどうのという話をしていたものだけど、木戸はそんなにそこに幻想は持っていなかったし。おまけに今のルイの状態だとなおさらだ。
それこそ女子同士のスキンシップとして更衣室できゃいきゃいやる感じに近いとも言えるだろうか。
あぁ、ほのかは元気にしてるかなぁ。
「あああ、もう、じゃあ、ルイちゃんとしては逆に揉まれたいの? 翅さんに押し倒されたいの?」
こんな感じで! と、今度は千紗さんはベッドから立ち上がると、強引にルイをベッドに押し倒した。
実に百合百合しい光景である。
「ほら、可愛いよルイちゃん。って、まじで変な扉を開きそう……」
「そういうのは、他の人とやってくださいよ、撮れないじゃないですか」
「……うぐぅ」
ルイちゃんが意地悪だ、と千紗さんは諦めたように、ぽふんとベッドに崩れ落ちた。ルイと二人でベッドに入るとけっこう狭いのだけれど、遠慮するつもりはまったくないようだった。
「こ、こうなったら、意地でもルイちゃんに女の子の良さを教え込んでやるんだから」
あまりに無反応すぎたからか、千紗さんは逆に燃え上がってしまったようで。
拳をぐっと握り閉めながら、今夜は寝かせないぜ! と言い放ったのだった。
ーちゅん、ちゅんちゅんー
雀の可愛らしい鳴き声が部屋に聞こえていた。
さぁ、起きろちゅん、さっさと起きろちゅんと言わんばかりのそれを、千紗はゲンナリしながら止めた。
スマホのアラームである。
朝日を見たら綺麗だよ! なんて話をしてた手前、五時に予約を入れておいたのだ。
音に関しては、ひさぎがおもしろがって、「これであんた、毎日朝ちゅんやなぁ」と言われながら設定されたそれがそのままなだけである。
さて。昨晩のことなのだけれど。
「うむぅ。鉄壁というか絶壁というか」
千紗は一人まだすやすやしている無邪気な寝顔を見ながら、お子ちゃまめと渋い声を漏らした。
いろいろと、少ない経験と知識を元に誘惑してみたのだけれど。これがびた一乗ってこない。
そして、しまいにはうんざりした顔をされて、千紗さん、あんまりしつこいとエレナ特選写真集見せてあげないですよ、といわれてしまい、そのまま鑑賞会へと流れ込んでしまったのだった。
千紗の部屋にも32型のテレビがあるし、そこにSDカードをさして、ここのところの撮影の結果を見せてもらった。
相変わらず、すさまじいクオリティのコスと相まって、エレナたんの表情がとても豊かで正直見入ってしまった。
怒った顔や、拗ねた顔や、笑った顔や。ちょっと大人っぽい恋する顔なんてのまで入っているのだから、どれだけ引き出しがあるんだ、こんちくしょーといったところである。
あとは、ルイさんご推薦の風景写真も展開されていった。
秋の景色を中心にしたそれは、鮮やかで目を見張るようだった。
これは4Kテレビで見ないと駄目なヤツでは? と思ったくらいだ。
「ま、写真が一番ってのはわかるけど、さすがにここまで淡泊さんだともったいないんだけどな」
あどけない寝顔を隣でさらしているルイをもう一度見下ろしつつ。
おぅ、とちょっとひらめいて自前のカメラを持ち出した。
関西に居たときから使っている、愛機である。
「ちょっとした悪戯ということで」
フラッシュはたかないようにして、寝息を立てているルイを数枚撮影した。
その出来は、あどけなく可愛い姿で。
「すっぴんで女子にしか見えないのは、やっぱり反則だよねぇ」
メイド喫茶で会った時よりも少しばかり洗練されたその姿を撮影しながら、けれども残念美人か……と、みなさんがよく使うフレーズを彼女もまた口にしたのだった。
さぁいつかやりたいと思っていた「朝チュンネタ」でございました。
若い男女が同じ部屋で寝ても、まぁ……お察しの通りです。
でもでも、まだ一縷の望みはのこせたのではないかと思って下ります。絶壁にかすかにひびがっ。
没ネタとしては、いちゃついてるところをおばちゃんに目撃されて、「あぁ、ルイちゃんうちの嫁に……」っていうのもあったんですが、さすがに気まずいのでやめました。
さて、次話ですが、よーやく朝になります。雪の銀香町です。雪の日の景色って綺麗ですよね。大変だけど。




