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453.雪の銀香町2

「では、いただきます」

「あぁ、ご飯が座ってて出てくるだなんて、幸せです」

 はぅ~とお箸を持ちながらうっとり、つやつやな白米に見惚れてしまった。

 テーブルの上に並べられているのは、特別豪華というわけではない、普通のご飯に違いはなかった。

 野菜類は、温野菜と味噌汁でたっぷりと。副菜もきちんとあるし、メインは豚の生姜焼きだった。

 コロッケがあがってないのは、まああれが売り物だからなのだろう。


「あら。ルイちゃんの家は、ご飯は作って貰えないのかい?」

「んー、高校に入ってから、家にいるときは私が作ってるので。あとはバイトばっかりで夜は家にいないことが多かったんですよ」

「なんというか、すごい教育方針なのねぇ。うちもそうしようかしら」

「そ、それは勘弁して……」

 そりゃ、ちょっとの料理ならやるけど、家にいる間くらいは……と、千紗さんが悩ましげな声を上げた。

 そもそも、一人暮らしの時はやってたし、メイド喫茶で厨房のヘルプもやってたらしい。千紗さんはいちおう出来るけどやらない人なのである。


「月に何回か、手料理を振る舞うとかどうですか?」

「それはいいね。母の日くらいしかこの子ご飯作ってくれないんだもの」

「う……それはその……ええとぅ」

 て、手伝ってないわけじゃないもん、と千紗さんが少し子供っぽく口をとがらせたので、その写真は抑えて置いた。

 ちょ、まっ、とか言われたけど気にしてはいけない。


「うぅ。わかりましたよー。でもその代わり。かーさんは手を出さないでまかせること」

「はいはい、あ、あとお父さんがいる日にお願いね」

 あの人も、娘の手料理を楽しみにしてるだろうし、とおばちゃんはにこやかに笑っていた。

 むぅ。うちは手料理だすと父様が、無駄に美味いよなぁとか複雑な顔をしますが。


 そんなことを思い出していると、ふとおじさまがいないことにいまさらながら気付かされた。

 ここにいるのは千紗さんとおばちゃんだけだ。

「えっと、その、旦那さん、というかおじさまは今日は?」

「ああ、あの人は町内会の会合で呑み会ね。若い娘さんが来るからむしろ、別の家で泊まれって言ってやったのよ」

 きっと、朝までよその家で酔っ払ってるだろうから、心配しないで、といいつつおばちゃんは生姜焼きをはむついた。

 あらま。なんか追い出しちゃったような形になってしまったけど……


「だいじょぶ。もともと会合は予定にはいってたし。ルイちゃんが来ることになったからってわけじゃないから」

 申し訳なさそうな顔しなさんなーと千紗さんにおでこを突っつかれた。

 なるほど。それならちょっと安心かな。

 ルイとしてはもちろん、お泊まりをする上ではかかわる人は少ない方がありがたいというのはある。

 それにおじさまとは面識がまったくないわけではないけど、じっくり話したこともそんなにないので、お泊まりの時に鉢合わせになったら何を話せばいいのやらという感じだったのだ。

 

「泊まり込みを指示したのはあたしなんだけどねぇ。あの人ったら、ルイちゃんにお酌してもらう想像とかしちゃってさ。鼻の下伸ばしてたから懲らしめてやったんだよ」

「うわぁ、なんか……申し訳なく思いつつ、ちょっとぞわぞわしますね」

「そこらへんは仕方ないところもあるからねぇ。男なんていくつになっても若い娘さんに釘付けなのよ」

 ま、ちょっとくらいなら許してあげるけど、今回はちょっとお灸をすえてあげたわけ、とおばちゃんは笑った。

 その台詞に千紗さんは思い切り吹き出していた。


 いや、千紗さん。それたぶん突っ込みどころたくさんだとか思って笑ってるんだろうけどさ。

 

「千紗さんは、釘付けにしちゃう男の人とかいないんですか?」

 なのでちょっとカウンター気味に、その話を振っておく。

 本人は、まだまだレイヤーとして遊びたいし、レイヤー友達は友達だよ! とかなんとか言ってたけれど。

 なんだかんだで男性レイヤーさんとも最近は仲良くなってるし、そもそも男性カメコさんからは熱烈な視線を受けていたりもしている。


「それがこう、まったくもって……」

 そりゃ、コスのときはお客さんから、その、あの……と千紗さんはそこでもごもご言葉を濁した。

 さすがにちょっと露出が多めのおねーさんキャラとかのときに集まる視線を親には言えないらしい。


「じゃあ、きっと就職したら上司の皆さんから可愛がられるわけですね」

 千紗さん綺麗だからきっとみなさん見とれちゃいますよ-、といいつつしれっと温野菜をいただいた。

 んむ。チーズソース美味しい。


「うぐっ……就職かぁ……あと二ヶ月くらいで就職しなきゃなんだよね……」

「なに暗い声だしてんのよあんた。自分で選んだ先じゃないの」

 はぁ、とため息交じりな千紗さんに、不思議そうな視線を向ける。

 おばちゃんも言ってるように、早めに自分で決めた就職先だったと聞いている。

 というか、新卒の就職活動というのは、かなり前に内定というものを貰うものらしい。


「そりゃそうだけどさぁ。ひさぎと違ってあたしは就職決めた理由が……その」

「あれ? でも就職決まってホッとしたーとか言ってましたよね?」

「……えっと、あとで部屋で話す、でどうかな?」

 ダメかな? と言われたものの、じぃーとおばちゃんが千紗さんの顔を覗き込んでいた。

 かなり心配そうな顔をしているので、ここで取りやめて良いものかとちょっと思ってしまった。大切な話ならきちんと伝えておいた方がいいように思う。


「あなた、就職のことあんまり詳しく話さないじゃない? 東京にでてメイド喫茶に就職するって言わないだけでホッとしたんだけど……」

 なにかあるの? とおばちゃんは箸の手を止めて千紗さんに詰め寄った。

 それは確かにルイとて思うところだ。千紗さんならそれこそメイド喫茶でそのまま働くという選択肢だってあり得たと思う。実際、ヘルプで呼ばれて仕事を手伝ったってこともあったみたいだし。


「そもそも千紗さん、どこに就職する予定なんです?」

 おばちゃんはもちろん知っているようだけれど、ルイはまだそれすら知らされていない。

 まずはそこから聞かなければ話に入っていけない状態である。


「ああ、ごめんごめん。あたしね、ここから二駅先の小さめな会社の事務で内定もらってんの」

「へぇ。意外です。なんかもうちょっとコスプレとかそっち関係に関係するのにするんだとばかり思ってましたけど」

 ひさぎさんがアパレル系に内定を取っているように、千紗さんだってそっち系なのかなと思っていたのに。

 思った以上に堅実な仕事で驚いてしまった。


「そうよねぇ。せめて接客業とかそっちになるのかと思っていたんだけど」

 でも昔から地元に根付いているお店なのよと、おばちゃんは補足をいれてくれた。

 ううむ。どうして千紗さんがそこを選んだのかがいまいちよくわからない。


「で? それでいまさら別のところで働きたいとかそんな話なのかい?」

「いえ! め、滅相もないですお母様!」

 きらんと視線を向けられた千紗さんは、あわあわと手を体の前でぱたぱたさせながら、それを否定した。

 なんだ。仕事に熱がないからてっきり、内定もらったけど辞めるとかそういう話なのかと思ってしまったよ。

 でも、そうじゃないとしたら千紗さんのバツの悪いような表情はなんなのだろう。


「そうじゃなくてね……その、仕事先を選ぶ条件は、したい仕事がどうの、じゃなくて」

 ああ、もう、ルイちゃんの前だとなんか言いにくい、かも、とお茶をこくりと飲み込んだ。

「おばさまに、じゃなくてあたしにですか?」

「だって、ルイちゃんなんだかんだで、好きなことを仕事にしたクチじゃない? ひさぎもそう。だからちょっと引け目って言うか……」

 夢に向かってがんばってるって、かっこいいじゃない、と千紗さんははぁとため息をついた。

 

 うーん。いまいちよくわからないな。好きなことはただやりたい。それでそれが仕事として通用するならそれはすばらしいことだと思うけど、それがかっこいいかどうかと言われるとちょっとどうなのかと思う。


「まあ、いいんじゃないのかい? あたしだって最初はコロッケやをやろうなんて思っちゃいなかったんだし」

 返答に困っていると、おばちゃんがちょっと柔らかい顔で話し始めた。

 その答えに千紗さんですらぽかんとした顔をしてしまっている。もちろんそれは撮らせていただいた。

 どうやらお仕事をし始めた頃のことを娘にも話していなかったようだ。


「へぇ……おばちゃんはずぅっとこのお仕事なんだと思ってましたが」

「親の仕事を継いだ、といえば聞こえはいいけど、元々はうちの両親がやっててね。それであたしが結婚したら、店は任せたって引っ越ししちまったんだ。別の町で新しく店を始めたいとかなんとかいってね。いちおう手伝いはしてたから仕込みも仕入れもなんでもできたけど、後を継ぐかどうかってのは選択肢なんてなかったんだよ」

 ま、それでもこれまでやってきたし、あの人とも出会うこともできたしね、とおばちゃんは肩を竦めた。


「続けていればその仕事の良さもわかるかもしれない。合わなかったなら辞めちまえば良いだけのことだ」

 それに、とおばちゃんは苦笑気味にちらりと自分の娘とルイを見比べた。


「あたしに似てあんたは天才肌じゃないだろう? だからむしろきちんと自分の事がわかって地に足がついてる方があたしには嬉しいことさ」

「で、でも、趣味に時間使いたいから近くの職場にしたのよ? 残業少なくて土日も休めるようなところに」

 そんな選び方、恥ずかしいじゃん、と千紗さんが不満げな声を上げる。

 なるほど、さっき言いよどんでいた、仕事を選んだ理由というのはこれのことか。

 なにげにこれ、はるかさんもコスプレのために仕事場の近くにすみかを持ってたし、みんな無駄な時間はなるべく省いてそっちに注力してるってことなのかな。

 そして、千紗さんはそのことにちょっと、引け目を感じている、と。

 


「いいじゃないか。それで近場でいい男でも捕まえてくれたら、交流も簡単だしねぇ」

 孫の顔が見れるなら、それはそれでいいじゃないか、となぜかおばちゃんは変なことを言い出した。

 千紗さんもさすがに、はい? と驚いた顔をしている。


「ま、孫って……あたしまだ22だよ!? 早いでしょう明らかに」

「もう22歳じゃないか。それに、仕事に集中して今は結婚する気が無いっていうよりは、余力があったほうが結婚だってしやすいだろ?」

 どこかの誰かさんみたいに、一つに熱中しちゃうと他になにも入る余地はなくなっちゃうだろうし、とちらりとおばちゃんがこちらに視線を向けた。

 なるほど。そういう考え方もあるのか。

 でも、ルイとしては熱中できるものに突き進んでいる方が、しっくりくると思っている。

 モテがどうのとか、結婚がどうのとか、考える余裕もないというものだ。


「んー、かあさんがそういうなら、そういうもん……なのかなぁ。身近にいるのが趣味につっぱしるのばっかりだからなーんか引け目がね」

「ホントのこと。っていうか、自分で働いて稼いで生活できてれば満点だよ。それ以上は苦しむ覚悟ができる人達の領域だとおばちゃんは思うね」

 うんうんと、おばちゃんはなぜかちらりとルイのほうを見てしみじみ肯いた。

 ええと、別に苦しむ気とかあんまり無いんだけどなぁ。努力はするけどそれだって楽しいことだし。


「テレビとかだとどうしても、夢を追うことがかっこいいみたいに言われるけどね、夢は追っても良いし、追わなくても良いものさ。あまり無茶をすると体を壊しちまうからね」

 チャレンジしない選択だって、堅実な選択だって、してる人は一杯してるんだ、とおばちゃんは年配者らしい助言をしてくれた。


「体を壊してまで掴むっていうのは、私も無理ですね。もちろんやれる範囲ではばちばち行きますけど」

「あら、ルイちゃんにとって、写真家になることは夢なんじゃないのかい?」

 意外だねぇと言いながら、おばちゃんは最後の生姜焼きをはむついた。こっちが手を止めているから最後を食べちゃえということらしい。


「んー、夢っていうよりは目標です。さしあたってはもっと人物を撮るのが上手くなること、ですかね。それに夢っていうのは、もっと遠いものを言うものだと思うんです。たとえばうちの祖父や、憧れの写真家さんレベルを越える写真家になる、とかね」

 撮影することは当たり前なことだし、それで食べていけることは目標で、夢とまでは言えませんよ、というと、二人が驚いたように目を丸くした。

 実際、すでに佐伯さんのところでお世話になっている身としては、写真家としての入り口には入っている状態だ。ならば、あとは収入のアップを目指すというのが順当なところだろう。


「ほら……かあさん。身近にこんなのがいたら、自分ってどうなんだろうって思っちゃうってば」

「そうねぇ。でも、千紗。ルイちゃんみたいな子、そうそう居ないから」

 特殊例です、と断言されて、えぇーと不満げな声を上げておく。まさかおばちゃんにまで特別視されてしまうとはちょっとショックである。


「ま、だからみんな注目しちゃうんだろうけどねぇ」

 似たような子がいっぱいいるなら、話題にもならないわよ、といいながら、おばちゃんは食後のお茶を鉄瓶からいれて、飲み始めた。

 あれ。なんかちょっとこっちに淹れてくれてるのと色が違う気がするのだけども。


「ああ、これかい? イチョウの葉っぱのお茶なんだよ」

「へぇ。イチョウってお茶になるんだ……」

「っていっても、この町で作ったヤツじゃないんだけどね」

 飲んでみるかい? とおばちゃんに聞かれたので頷いておく。

 別の湯飲みにちょっとだけ注いでくれたそれを味見してみることにする。


「町のイチョウから作れないかって町内会でも話をしてるんだけど、普通に作るとアレルギー物質が残っちゃうんだって話でね。ギン……なんだったかな」

「ギンコール酸、でしょ。上手いこと除去できないうちは町の特産として売るのは難しいんじゃないって話だったよね」

 だから、葉っぱ拾って来て家で作るってのはあんまりおすすめできないんだよ、と千紗さんが補足してくれた。

 問題点までわかってるとなると、結構町起こしとしてしっかり検討されたネタらしい。


「うわ、ちょっと苦いですね。美味しいかっていわれるとちょっと……」

「あはは。どっちかというと薬草みたいな扱いだからねぇ。血行がよくなったりとか、記憶力が増すなんて言われてるんだ」

 耳にもいいとかって話もあるみたい、といいつつ、でも医薬品ってわけじゃないんだよね、と千紗さんが説明してくれる。

 ふうむ。民間療法的なものなのだろうか。


「って、血行がよくなるってことは、冷えとかにも効くんですか?」

「あら、ルイちゃんも冷え性なの?」

「いえ、あたしじゃなくて姉とか母がよく、冷えるーって言ってるんで」

 そこらへんにも効くのならいいのかなぁと思って、と言うと、そっかぁルイちゃんは冷えないかぁ、さすがだなぁと意味ありげに千紗さんに突っ込まれた。

 いや、だって血管は男子なんですよきっと。冷えとかはほんとぜんぜん縁がないし。

 

「なら試してみてもいいんじゃないかね? ちょっとなら葉っぱはわけてあげるから」

 いちおう注意事項とかもあるから、その紙もコピーしておいてあげるよとおばちゃんは快くこちらの申し出を受け入れてくれた。

 母様が味見をしてくれるのかどうかは謎だけれど。お土産一つ入手というわけで。


 改めて淹れてもらったほうじ茶をいただきながら、あぁやっぱりご飯作って貰えるのっていいなぁとしみじみ噛みしめたルイさんなのだった。

 いつか出そうと思っていた、イチョウ葉茶。ここで登場です。

 ドイツでは医薬品として研究されているイチョウ葉なのですが、日本だとサプリメントとして販売されています。

 血流改善効果による、各種効能が見込まれるのだそうです。薬じゃないから薬効は宣伝しちゃなんないんすけどね! あ、でも機能性表示食品になってるのもあるのか……

 他に血液サラサラな薬飲んでると一緒に使っちゃダメなので、注意が必要にございます。

 せっかく立派なイチョウがあるのだから、と思って町興しと思ったのに……アレルギー物質入ってるのは厳しいっす。


 さて、そんなわけでおばちゃん達とご飯回でした。

 夢に向かわないで堅実に生きるのもOKって言い切るおばちゃんかっけぇと思いました。

 思えばルイさんも遠くにきたもので。

 それは夢じゃない、目標だとか言えちゃうのもかっこいいなぁとしみじみ。

 歩んできた結果が、そう言える原動力ですね。


 では次話なのですが。風呂上がりとすっぴんの話に行こうかと思います。

 さぁパジャマパーティーの始まりだよー!

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