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451.八瀬さんからのお誘いー男の娘ゲーについて

久方ぶりに少し間があいて候! 遅くなってごめんなさいな!

まとまらずにちょいと今回は長めです。一万字強。

 前回のお仕事の写真を納品してから少しして、八瀬に相談があるから会わないかと、ルイ(、、)あてにメールがきた。

 改まってそんなことを言うので、ん? となったのだけど。

 まあ、別に今なら八瀬とのつながりがしっかりと出来ているから、ルイとして会うことに特別葛藤もないのだけど。


「女子同士で、だと思いきや……今日は男バージョンですか」

「ちょ、どうしてその、女装してきて当たり前な空気だしてくださってるんだよお前さんは」

 待ち合わせ場所にいた男性に声をかけると、逆にお前様はどうしてそうなのか、と深いため息をつかれてしまった。

 今日の八瀬紬は、ウィッグも化粧もなし、しかも普通に男子大学生風味な落ち着いた服装だ。

 パンツスタイル、といってしまうとあれだけど、まあ男性用のちょっとぶかっとした感じのジーパン姿なのである。


「僕だって、男の娘は大好きだけど、常日頃日常からそれでいられるほどの勇気はないよ」

 どこかの残念美人と違って、と言われてしまって、こいつもかー、と内心でため息をもらしてしまった。

 ちなみにもう一人はクロやんである。あいつはコスプレなら出来るけど、町中での女装はちょっとという感じなのだった。


「んで? こちらの方は?」

 ちらっと視線を向けると、そちらにもう一人。二十代後半くらいの女性がわくわくしながら立っていた。

 こちらのやりとりを見てなにか思うところがあったらしい。


「ああ、初めまして。笹草ひよりといいます。職業はゲームクリエイターやってます。企画とかシナリオとかね」

 ほい、と名刺を渡されたので、こちらも反射的に豆木の名刺を渡しておく。

 八瀬が隣で、ほほぅとため息を漏らしていたのだけど、そんなの前のお仕事の時に見ていると思ったんだけれども。ああ、あのときはバツが悪くてあんまりこっちを見れませんでしたか。


「それで今日は、男の娘に滅茶苦茶詳しい、ルイさんにいろいろお話を聞けたらなぁって思って」

「えっと、確か昔八瀬がおすすめしてきた作品だったり、あとこの前は追加ディスクで男の娘が攻略できるアレとかやってましたよね」

「おおおぉっ。あのルイさんに知っていてもらえるとは」

 エレナさんと一緒に買いに行った作品を作った人がまさに眼の前にいるこの人、というわけなのだけど……

 まさか、あちらもルイのことを知っているというのは驚きである。

 あれ、でもたしか……


「この前の結婚パーティーの時に出席されてました?」

「あら。気づいてたんだ? 結構人もいたし薄暗かったからさすがに覚えられてなかったかなと思ってたんだけど」

 あんがい記憶力抜群? と聞かれて、それなりには、と答えておく。被写体になった相手のことはよく覚えているルイさんである。

「それに、あそこでは珍しかったからちょっと目を引いたんですよ。男の娘の比率が圧倒的に多かったし」

「あら。でも他にあそこなじみの女の子だっていたけど?」


 うーん、とその時の印象を言ってもいいのかどうか、悩みながらもこそりと伝える。

「他の子は、結婚式ーとか、おっかなびっくりというか、ちょっと壁があったんですけど、貴女はなんというか……思い切りガン見してて、いいもん見させてくださいな、って感じだったので」

 そう。彼女が目に留まった理由の大半は、彼女の男の娘に向ける執念みたいなものを感じたからだ。

 目の色が違う、とでもいえばいいだろうか。昔の八瀬よりももっとこじらせた感じなのだった。

 そしてさらには、他の人は新郎新婦×2の方に視線を集中していたのに、この人ったらじろじろと他の人にも視線を向けていろいろと観察していたのだった。


「なるほど。さすがプロの目はごまかせないなぁ。それでね、早速なんだけど、いろいろお話を聞かせてもらいたいの」

 きちんと報酬やら経費やらはこっちが持ちますのでお願いシマス! と手を合わせられてしまうと、ルイは困ったように八瀬に視線を向けつつ、こいつにもいろいろ話を聞くといいと思いますと答えた。




「普通、こういうのって喫茶店とかを使うものだと思っていたのですが」

 明かりがつけられたその部屋は、せいぜい二畳程度のスペースがあるばかりだった。

 長いすを少しゴージャスにしたような、つるつるの席がいくつか。

 そして真ん中には小さめなテーブルが置かれてある。

 極めつけは、外から漏れ聞こえてくる重低音と、テンションあげあげで昼間から歌っている男性達の声。


「ナイショ話をするには、最適な場所なんだけどな」

 ルイちゃんは普段あんまりカラオケは行かない人? と言われて、うんうんと頷いておいた。

 残念ながら、話す声は問題は無くても歌うのはなかなかに骨が折れるのである。


「一回エレナと行ったことがありますけどね……まあ、私は撮る方なので」

 歌うのはみなさんにお任せいたしますと、肩を竦めておいた。

 八瀬が、おまっ、あのエレナたんとカラオケとか……と口をぱくぱくさせているけれど、絶対連れて行くわけが無い。カラオケボックスみたいな密室で、男の娘好きをこじらせた人の前に、エレナを配置するなどもはや、正気の沙汰ではないのだ。


「つぐちゃんはカラオケはどうなの? なにげに潜入系男の娘ゲーってそこを描くことはあんまりないわけだけど」

「僕もカラオケはダメですよ。まぁ……知人にカラオケ大好き男子がいますが」

 あれは男の娘ではありえないから、と八瀬がとある悪友の姿を思い浮かべて首を振っていた。

 まあ、女性ボーカルを歌いこなせたりはするんだけどね、あいつ。


「それと、潜入系はお嬢様学校に入るのがほとんどだから、そもそもカラオケっていう庶民文化より一緒にオーケストラの演奏を聴きに行ったりなんじゃないですかね?」

 思えば、あれも、あの作品、ほっとんど上流階級じゃーないですかーと、八瀬は指折り世の中に存在する男の娘ゲーを上げていった。

 確かに彼の言うとおり、そういう作品で一般庶民というのはあまり聞かない。


「まー確かに、一般の学校に女装潜入ってなると、キワモノ感というか違和感が強くなっちゃうね。そもそもお嬢様学校じゃない女子校なんて……うぅ……」

 ひよりさんは、視線をあさっての方向に向けて、うぅ、とうめき声を漏らした。

 もしやこの人ったら、女子高出身なんでしょうか。

 確かに、お嬢様学校だからこそ、ああいう感じに仕上がるのであって、普通に女子高に潜入しただけだと、まじだりぃーとか、地べたに座る女子高生ばっかりという地獄絵図が……

 男の理想なんて木っ端微塵の、魔窟と言われる場所である。 


「へぇ、一般の学校に女装潜入ねぇ……」

 八瀬は八瀬で、その単語になにか思うことがあったらしく、じぃと視線がこちらに向けられた。

 で、でも知らないもん。

 別にルイとして写真部に行ってたのは、潜入じゃなくてきちんとした招きに応じてなのだから、まったくもって問題はないのである。

 おまけに! あそこは女子校ですらないのだし、おまけに言ってしまえば制服の項目すら校則で決まってるわけではない。

 ああ、男装してた後輩達は今はどうしているだろうか。


「でもひよりさんが作ってた、男の娘も攻略できるアレは、設定はちょっと特殊だけど生活水準は普通の人って感じじゃありませんでした?」

「もともと、企画段階だと男の娘攻略パッチなんて却下されてたわけでね。それでその……」

 あー、うーと、ひよりさんはちょっと言いづらそうに、体をもじもじさせた。


「ちょいと睡眠時間削って、テキスト書いて、んで、すでにあった背景と立ち絵とシステムと使って、最後のころにばーん! とみんなにお披露目してやったわけさ。そしたらね、納期やばいんだからちゃんと仕事しろー! って周りから締め上げられて……うぅ。可愛い男の娘がオトされるのいいのに! BLじゃないのに! どうしてみんなやれ腐ってるだのなんだのと……」

 ちなみに、デモ版は一枚絵が無かったので、やらかすシーンは真っ黒でテキストのみです、といらん解説まで入れてくれた。


 ええと。隣で八瀬がうんうん、わかるわかると肯いているけれど。

 やっぱり、男の娘好きをこじらせてしまっている人で間違いはないらしい。ひどいこだわりようである。


「でも、その甲斐もあって、無事に追加パッチとして限定採用していただいたわけで! ここまでされたらもう一枚絵も気合い入れて描く! ってイラストの子ががんばってくれたわけです」

 ああ、いいお尻だった……と、ひよりさんは明らかにその絵を思い出すかのように中空に視線を向けた。

 いちおう、その姿は撮らせていただいた。うん。ちょっといっちゃってる顔というか、新鮮だったので。


「さて、それでね! 今日はいろいろと聞いていこうと思うんだけど、まず最初に、私の作品をやってみてどうだったかな?」

 男の娘を撮りまくってる専門家に是非意見をいただきたいっ、と彼女は前のめりになりながらきらきらした目をこちらに向けてきた。

 なんというか、自分が大好きなモノにまっしぐらというその姿勢は、ちょっとばかり共感のようなものを覚えるものだ。 


 そんな風に聞かれたら、いちおうこちらも真剣に答えなければならない。

「いろいろな葛藤やら背景があって、面白かったです。ただ……んー」

 言って良いもんか、とちょいとばかり悩みながら、前置きを入れておくことにする。

「私は、エレナがコスプレしたものを撮影する人なわけです。それで原典をやってるわけで、ドハマリしてやりこんでいるわけじゃないってのを前提に。実際の三次元の男の娘に比べると、そうとう美化されてるなぁって感じがしあましたね。等身大じゃないというか……まあそういうのにみんな魅せられるんでしょうけど」


 イベントのために、無茶な設定がでてきたりとかもあったし、というと、あぁ、それは……シナリオありきじゃなくて、エッチシーンありきだからで、その……すんません、とひよりさんはへんにゃりした。

 もともとライターだった彼女は、いくらか整合性が合わない場面があることを自覚はしているらしい。


「まー、ご指摘の通り。実際ゲームの上でくらい、現実離れしてたいっていう傾向が昨今の業界にはあると思うの。それは確かなの。ちょっとふしぎ、な、それでいて女の子が可愛く微笑んでくれるのがいいの。へたに現実的過ぎてもしょうがないしね。理由があれば入れるけど」

 たとえば、潜入系で、男の娘をトイレにいれさせるとかね! と息を吹き返したひよりさんは、あれはいいものだ! と拳をぎゅっと握りしめた。


「いいっすよね、男の娘の、初めての女子トイレ経験。あぁ、入ってしまっていいものか、いや、でもここは神聖な場所だし……あぁっ、尿意がっ」

 そしてそこで、体をぶるりと震わせて、えいやっとトイレに入るんですよ! と八瀬がテンションを上げてくる。

 幸い防音になっている部屋なので、外へ声は漏れていないようだ。


「トイレなんて、みんな入るものなんだから、別にそこまでベタベタに心配しなくても……」

「……それはおまえだから言えることだ」

 普通は、背徳感とかがぞくぞくぅっとな、と八瀬が体を変にくねらせる。

 

「そういえば、つぐたんは女子トイレ使うの? あのお店はトイレ男女兼用だったっけ?」

 まああれくらいの規模のお店で男女トイレ別というのはあんまりないか、といってやると、だから僕は外で女装はしないと言っておろうと、切りかえされた。

 

「ほらほらー、一回くらいあるんでしょー? おねーさんに打ち明けちゃいなよ」

 さぁ、さぁ。とICレコーダーのスイッチをいれながら、ひよりさんが八瀬にずいと詰め寄る。

 ふいと視線をそらしているところを見ると、つぐたん。君、入ったことあるよね、その感じ。


「べ、別に変な意味じゃないしっ! ただ、一回その……お店のものの買い出しに行ったときに、外でトイレを借りることになって……」

 案内されたのが女子トイレだっただけだし! となぜか八瀬は、変な弁解をしはじめた。

 おっかしいなぁ。別に女装状態なんだったら、女子トイレの方が混乱が少なくていいと思うんだけど。


「下着売り場の時は、あんまり顔を赤らめてなかった様に思うんだけど?」

「へ? ルイちゃん……もしかして連れてったことあり?」

 八瀬には、女装スキルをいろいろと教え込んだ時期が確かにあった。

 その一つが衣類売り場であったり、下着売り場だったわけだ。

 その時の八瀬は、ちょっとだけ目を伏せていたものの、そこまで嫌がっている感じには見えなかった。


「あ、あれはだって、お前がいたっていうのもあるしさ、それに布だろ? 試着はさすがに遠慮するけど、買っちゃえば自分専用になるわけだし」

 トイレみたいな公共物と一緒にすんなといわれて、そんなもんかと思ってしまった。


「下着イベントも潜入系の華なんだけどなぁ。ここは二人でいったというのがダメなのかなぁ。もーちょっと大人数でみんなできゃっきゃしながら行けばあるいは……」

 ふむ、とひよりさんがあごに指を当てて考え事をし始める。

 普通の男の娘潜入ものであるならば、どきどきがたくさんの下着購入イベントなのである。

 それを、眼の前の相手は、あっけらかんと布だし、と言い切る。

 男の娘好きにしては、少しばかり感覚がおかしいような気がしてしまうのは、ひよりの気のせいというわけでもないのだろう。


「あぁーでも、つぐちゃんが男の娘になっていくところをサポートしたなら、なにかこう、変なおもしろエピソードとかないかな? ネタとしてつかえそうなのを是非ともっ!」

 ほらっ、と言われても、さしあたって何かあったかなと思いだしてしまう。

 女装をする上での必要なスキルのサポートをしただけというのが実際で、それこそ表記すらしないレベルで面白いエピソードなんてものはなかったように思う。


「お化粧教わった時は、ちょっとドキドキしたかな。綺麗な子に口紅塗ってもらうって、なんかゾクゾクするというか」

「変態か……そうか。お前は変態か……」

「お前にいわれたかねぇよ」

 素直な感想を述べただけだというのに、なぜか八瀬には妙な反応をされてしまった。


「ふむ。メイクレッスンか……確かに唇に触れられるって、けっこうアレね。わざとぶっさくしてる子にお化粧を教えるシーンってのは、かつての名作の中であるわけなんだけど、もうちょっとこーナチュラルにそのシチュに誘導できるようにしたいところね」

 あああ、その時の一枚絵が頭をよぎるっ! とかなんとかいいながら、絶対恥ずかしそうにちょっとうつむいて、でもほっぺた赤い感じで! とかなんとかひよりさんはメモを始めた。

 どうやら使う気満々らしい。


「服装、下着、メイクに……あとは、仕草とかは教えた覚えないし」

 あとエピソードっぽいのってないよね? と八瀬に確認をしておく。

 仕草に関しては、ルイが目指すモノと八瀬が目指すモノは別物なので、そこはむしろエレナを参考にしてもらったり、すでに世の中に出回っている男の娘情報から抽出した方がいいだろうということで、おまかせしたのだった。

 まあ、こっちもいろいろあったから、あんまり手をかけてられなかったというのもあるけれど。


「なるほど。美女の仕草を真似て完璧なる淑女を……って展開にはならなかったのね」

「だって、これをマネしたら、カメラ持って町中徘徊して、げひゃひゃひゃって笑ってないといけないし」

「……誰が、ゴブリンか……それにあたしはそんな笑い方しないし!」

「これ、お前だよな」

 頬を膨らませながら反論をすると、八瀬はすいっとスマホの画面をとりだしてきた。

 そこには、カメラを持ってとろけそうな顔をしているルイの姿が映っていた。


「さくらか……さくらのやつか……これ。銀香で良い写真撮れたときに、表情緩みきってたときのだ……」

「とろっとろな顔してんだろうが。こりゃあげひゃっひゃとか言ってそうじゃね?」

「いわないし。はわーってなってるだけだし」

 内心で、あのかなりやばい写真じゃなくてよかったなぁとちょっとだけほっとしているところもある。

 泊まったときにさくらに言われるままに撮られた写真の数々はさすがに外に出すにははばかられる品なのである。

 

「ほんと、二人ともびっくりするくらい仲良しよね」

 仲良きことは美しきかな、とひよりさんはうんうんとにこやかに肯いていた。

 けれども、そこで少しだけその表情が変わる。一瞬ぎらりと目が輝いたような気さえしたほどだ。


「やっぱり、男の娘同士だから、仲良くなるのかな?」

「はい?」

 一瞬、何を言われているのかわからなかった。

 いいや、もしかして八瀬から話がいっていたのだろうか。じぃと視線を向けても彼は肩を竦めるだけだ。

 そりゃ、敢えて言いはしない……いや、男の娘ゲーにいろいろつぎ込んでいるあいつのことだ。なんか限定の特典あげるとか言われたらほいほい吐いてしまうような気がしなくも……いいや! それでも親友は信じてやろうじゃないか。


「ふふ。視線がいろいろいって、表情もころころかわってかわいいなぁ。ああんもう。これで男の娘とか、もう、おねーさんも直接じっくり話してみるまでは確信がもてなかったよー」

 いやー三次元も捨てたもんじゃないっすなーと、ひよりさんはふぅ、と満足げに息を吐いた。

 ええっと? これ、どういうことなんです?

 まさか、八瀬と同じく、男の娘好き過ぎて見破ったって感じなのですか?


「ああ、どうしてそんなに言い切れるのか、ってとこだけど、正直私も半信半疑だったんだけどね。さっきの二人の会話を聞いてたら、それにしても仲良すぎじゃない? ってな感じで」

 それに、確かつぐちゃんの師匠は、モサ眼鏡の男子なはずでしょ? と言われて、あぁそこまで知ってるのかこの人はと、うめいてしまった。


 なるほど、確かに女装の世界に引っ張り込んだのがルイである、というのはまだいいにしても、いろいろレクチャーをしたのはあくまでも、木戸馨だというわけだ。そこらへんの整合性をあまり考えていなかった。


「ルイさんはどうして女装するようになったの?」

 っていうか、そういう人なのかな? と興味津々な目を向けられてしまったわけだけど、まずは確認しておかなければならない。

 取材という形で話は始めたけど、それってどっちの取材なのさということを。


「実はひよりさんが新聞記者で、夕刊のスクープになる、とかそういうことはないんですよね?」

「秘密は厳守しますよー。あくまでもいい男の娘作品ができるのが一番なのだし」

「熱意は認めますけど……それを信じろと?」

 いちおう、ルイのことは極秘でないけれども、影響を考えるならやっぱりすっぱ抜かれるのは困るのである。


「じゃあ、これ。これでお願いシマス」

 ぺりっと封筒くらいの大きさの紙に書かれたのは誓約書というタイトルの書面だった。

 その先には、秘密を破ったら針三本飲みます、とかかれている。


「針三本……千本じゃないんだ」

「だって、千本だと無理だよーとかいって泣き落としできちゃうでしょ? でも三本なら現実的にやれるし、破ったらこうなりますってわかるじゃないですか」

「スクープのためなら針三本ぐらい喉に刺すって宣言してる感じもしますが」

 生理的に想像するとたしかにかなり痛いな、これ。むしろ千本だとささらずにどうなるのやら。

 千本だったらのませるより全身にのほうが痛そうな気がする。うぅ、想像しててぞくっとしてしまったけれど。


「じゃあ、この針を30本にしてくれるなら、いいでしょう」

「うぐっ。えげつない……」

 でも、いいですよぅ、破りませんよぅといいながら彼女はボールペンで修正をした上ではんこまで押してくれた。正式な誓約書という演出なのだろう。


「じゃ、これいただきましょう」

 さぁ、ではどうぞ? と答えるよりも早く、彼女はノートを開いてわくわくしていた。

 本当に目をきらきらさせて、一言も聞き逃さないぞというオーラがでている。

「じゃあじゃあ、さっきも言ったこと。ルイ誕生の秘話を是非」

 始まりから話を始めたら、十分ぐらいかかっただろうか。


「うわ。じゃあ、写真を撮るためだけに、そのクオリティなの?」 

「だけって、言いぐさはちょっとないと思います」

 ぽかーんとひよりさんにされてしまったのだけど、それはさすがに失礼という物だろう。こちらもぷぅと頬を膨らせておく。


「私が心がけてるのはただ一つです。被写体をおびえさせないこと。だからメイクもきつくならないように、やさしめに作ります。声音だってフレンドリーに、なるべく警戒されないように」

 望遠で狙うならいいんですけどねー、やれないですしねーとげんなりいうと、きょとんとされてしまった。

 動物ならともかく、人間を望遠で撮るとか、盗撮まがいの形になってしまう。


「あー、ひよりさん、こいつ写真馬鹿なのです」

「馬鹿はひどいよー。つぐちゃんの艶姿だって撮ってあげたのにー」

 ぐすっと泣き真似をすると、ぴくんと八瀬の体が震えた。ルイとしてのこういう掛け合いがこいつは大好きだものな。演じているわけではないのだが。


「じゃあ、女の子になりたいとかもないの?」

「ないですね。ていうかどっちでもいいというのが正直なところです。たまたま、写真を撮るのにこっちの姿のほうが都合がいいからしてる、くらいな感じです」


「それにしても、違和感なさすぎなくらいな力の入りようだと思うけど」

「もともと、女装(、、)が好きでやってる感じじゃなくて、普通に服を選んで普通に着こなして、普通に話をしているだけですから。感覚としては普通の女の子と変わらないですよ」

「それにしても、切り替わりすぎだと思うけどね」


 八瀬から呆れたような声が漏れたのだが、それはお前もだろうといいたい。

 あれだけばっちり女装のお店で大人気なのだから。


 ルイがおそらく他の女装の人に見破られにくい一端は、自然体というところだろうと思っている。

 女装の人はなんというか研究しすぎな感じで、力が入りすぎてしまう。

 もちろんルイだってファッション誌は見るし、それなりに力はいれるけれど、あくまでもそれは女子レベルでということで、それ以上ではない。その手の人はおしゃれで美容に気を遣うといわれてしまうけれど、そこまでやらないのがポイントだ。むろんスキンケアだけは別だけれども。


 さすがに、某美術科の大学院生ほどなにもしないというのはちょっとどうかと思うのだが、やり過ぎてしまうとどことなく演技臭さが出てしまうのである。

 女よりも女らしいといわれる時点で、それは普通の女子ではないという話になるというわけで。


「今だと、もう当たり前になっちゃってる感じでしょうか。演技とも思っていませんし、自然にこんな感じ」

 ぎこちなかったの最初に二週間くらいかな、と過去を思い出す。

 銀香に行ったときに堅くなっていたのは、女装で人前にでるのもあったけれど、カメラで人を狙うという行為への緊張もあった。

 結局は、撮影自体がすごく楽しくて自然とそんなものは吹っ飛んでしまったわけだけれど。


「ちなみにHAOTOのメンバーともめてたけど、あれは? つきあってたりとか?」

「それ、どこでも聞かれますけど、彼らとはお友達なだけです。そもそも高校時代からつきあいがありましたしね」

 っていうか、あれですか。攻略対象として見られているわけですか? と聞くと、ひよりさんは目をきらんと輝かせた。


「だって-、男の娘が主役で女子校に潜入って感じよりも、メインヒロインを喰うくらいの魅力的な男の娘が欲しいんだもーん」

 そもそも女装潜入物なんてもーまんねりなのーと彼女は体をくねらせた。

 ああ、この人ガチで男の娘へのこだわりたんまりな人だ。八瀬の同類である。


「ルイが攻略対象になるなら、僕は徹夜して発売日を待つね」

「やめとけ、そんなこというと、嬉々としてあの廃工場での話をぶちまける」

 ぼそっと男声に戻して八瀬につっこみをいれると、おおぅ。とひよりさんのテンションがまたあがった。


「な、なに?! 事件の予感? っていうか割と地声もショタっけたっぷりでかわいい」

 やばい、なにこれ。レコーダーオンにしておけば良かったーと全力で嘆かれてしまった。

 いや、ショタ声って……別に特徴のない普通の男声だと思うのだが。


「あーえーとですね、ひより先生。実はルイさんは男の娘なんじゃないかって思って、それを問い詰めるために廃工場で軟禁したことがあったんですよ」

 いやぁ、若気の至りですーと八瀬は自ら和やかに物騒な話をしはじめた。普段は絶対内緒とか言ってるけど、作品につかえるなら! とか思ってしまったらしい。


「あれのどこが軟禁ですか。椅子に縛り付けられてしばらく手首もしびれてたんだから」

「でも、あのときのルイたんかわいかったぁ……やめてくださいって上目使いで懇願してきて、なんでこんなことするんですか……とかうるんだ目を向けられて」

「それで? そのあともしかして肌色なCGになっちゃうの!?」

 テンションマックス! といわんばかりにばんっと、身を乗り出してひよりさんははぁはぁと息を荒くしはじめた。まったく。なにを想像してくれてやがるんですか。


「いえ、こいつにぎったんです。今はタックできるからいいけど、ほんともー。あれはひどいよ。ないよ」

「その件の謝罪は済んでるじゃん。修学旅行の時だって助けてあげたし、割と役に立ったと思ってるんですがね」

 ほれほれ、私なしじゃー、学園生活大変だったじゃないですかー、となぜか胸をはられてしまった。男状態なのにこっそりテンションが女子のそれになってるのは、どうなのかなと思う。


「それっ。そのシーンシナリオで使わせてもらうね。もちろんその後は肌色CGで! あはん。もーみなぎってくる。そこまでの導入とか逆算でわんさと頭に浮かんでくるー」

 こりゃやべぇーちょっと集中させていただく、といいきると彼女は高速でペンを走らせはじめた。


「ふふふ。うふふ。好きになった相手が男かもしれないっていう状態で、軟禁。その子はクラスメイトで目立たない地味な男子で。でも密かに主人公に好意を寄せていて」

 休日だけは女装して歩いているという設定はいただきますと、ぶつぶつつぶやきながら設定を書き込んでいく。


「カメラはさすがに持たせられないから……うーん。なにかの目的のために女装しているっていう感じか。あーでもルイちゃんのカメラ並な理由が思い浮かばないー。痴漢されるためーとか、メイク会社の跡取り息子とかーそういうのはでがらしちゃっているし」

 くぅ。好きな人は好きで、周りから見るとこんなことのためにっていうのが欲しいと、メモしながらぐりぐり○を書いている姿はどうにも声をかけられない感じだ。


 女装の理由……か。憧れ系ではなくいくとしたら、レディースデーのためになんてのもあるけれど、割とそれも出がらしである。むしろいづもさんのところにはそんな人がごまんといるし。


「主人公に好かれるためーっていうのもパンチにかけるのよね。もっとこう別の理由で。人から嫌われない……おぉっ。孤児院。これだな! お手伝いにいくおねーさん。男の娘! 教会と男の娘はよく似合う。そうなるとその孤児院になっている教会の出身で、五歳くらいまでそこにいて、大きくなって手伝いにくるんだけど、男の格好だとなんかかっこわるいから、女装する。もしくは募集が女性のみ、とかか。手伝ってるうちに自然にその姿でいるのが当たり前になっていく」

 いまどきというか日本に孤児院をやっている教会なんてあるんだろうかと思うが白熱している目の前の人に声はかけられない。

 その間その光景を写真に撮っておいた。カラオケルームは薄暗いから設定もいじらなければ。

 カシャカシャと撮影していたら、とりあえず一段落したひよりさんは、むはーと盛大にいい表情をしてくださった。


「ありがとう! シナリオこれでだいぶ書けそう。今度の企画会議が楽しみ」

「ひよりさんはどうしてそんなに、男の娘愛がすごいのです? つぐちゃんのは、男の娘への憧れでしたけど」

 そういうのではないのでしょう? と聞くと、うーんと彼女は透明な笑顔を見せる。


「私は、男の娘の持つ、好きって気持ちに憧れちゃうんだよね。常識を越えるっていうかさ。そういったところのエネルギーってのに惹かれちゃうんだ」

「ひよりさんだってエネルギー有り余ってると思いますが」

 さっきの、リミッターが解除したような状態はさすがにひどい感じだったと思う。

 それと……うーん。いまいちルイとしてはこれが常識を越えてるのかどうかはなんとも言いがたいところだ。やってみたらできちゃったし、女装のほうだって小さい頃からやらされていたのだから。


「いや、お前が考えてることはわかるけどな。今回のはひよりさんの意見が正しいから」

 お前が規格外なだけだ、となぜかいわれてえぇーと不満げな声を漏らす。

 正直、千歳みたいなタイプなら大変かもしれないけれど、女装までならそこまで手間ではないと思う。

 声の練習と服の知識とメイク法あたりを抑えれば、とりあえずは大丈夫なのだ。


「まあ、つまりは、大好きなものを形にしているだけ、と?」

「その通り! 見たいものを自力で作り出すっていうのかな。そういう意味ではルイちゃんとも近いところもあるのかもね」

 はっ、結局、お仲間って流れなのか……っ、とひよりさんは愕然とした。

 まあ、なんでかんで、大好きなものがあってそれに向かえるというのは幸せなことなのだろうと、少し暴走気味のクリエイターさんの横顔をため息交じりにカメラに収めることにしたのだった。

ここの話は原案あり、だったので改修にむしろ手間取ってしまった感じでお時間をいただきました。

最初ひよりさんを半陰陽に、とか思ったんですが調査不足なので諦めた次第にございます。


まーなんていうんでしょうね。自分が好きな物に突き進む人というのは、まぶしいものかと思います。

そしてその魔眼たるや……ルイさんもナチュラル度が上がってはいるものの、それでもといった感じでした。


さて、そしてこれから作者、書きため期間に入らさせていただきます。ホントは三年次になるまえにと思ってましたが、まだ三月イベントいっぱいアルし……私生活ガタガタなんで。

とりあえず、1~2週という感じにしようかと思ってます。もちろん男の娘ものを充電するのです。

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