450.撮影依頼ーとあるお店で披露宴だそうです3
「ふにゃー、つっかれったにゃー」
へたんと、テーブルにへたり込むにゃーさんの緩んだ顔を一枚カシャリ。
なるほど。こうやって表情を作らないようにするとちょっと少年っぽい感じもでるなぁと思いつつ、はむりと残り物のピザをはむつかせていただいた。ちょっと冷めて硬いけどまだまだ美味しい。
無事に結婚式というか、披露宴というか、二人の結婚報告会は終わった。
新郎新婦×2? も、幸せ一杯でいい顔もいっぱい撮れたし、まあ普通とは違った感じの結婚の形なのだろうけれど、二人がそれで幸せなら良いのじゃないだろうか。
現在は一般のお客さんたちは撤収して、残っているのはお店のスタッフが数名といったところだった。
会自体は終わっても後片付けやら掃除やらをしなければならないのだ。明日もまたここは営業をしなければならないからね。
「お疲れ様。残り物で悪いけど、食べるなら遠慮しないでいいわ」
ほれ、飲み物もどうぞ、とすすめられたのは先ほど乾杯で使ったのと同じ物のようだった。
やや黄色みをおびた液体からは、ぷつぷつと炭酸が浮かび出ている。
「残り物にしては炭酸がしっかり入ってるような……」
自分用にグラスを用意してそこにもスパークリングワインを注いで、さゆりさんはルイの隣に座りこんだ。
他のスタッフはいろいろ動いているようだけど、なんとなく余韻を味わっているような、そんな心地なのだろう。
なんというか、文化祭の後のちょっと寂しい感じ、というのに似てるのかもしれない。
まぁここまで手作りで企画を作っていけば、やりとげた感というのは大きいものなのだろうと思う。
「いいじゃないの。こんなめでたい日なのだもの」
貴女だって呑めないわけじゃないでしょ? といわれてとりあえずグラスを受け取っておく。
たしかに、彼女達からしたら大きなイベントごとだったのだろうと思う。
なかなか、同性愛の結婚というのも大変だという話だし、ここまで綺麗にしっかりしたものが出来た、というのは大きな意義があるに違いない。
「ふにゃっ。さゆ姉ばっかりずるいにゃ。にゃーも呑みたいにゃ」
ぴくんとその匂いを嗅ぎつけたのか、にゃーさんはむくりと起き上がった。
いちおう司会をやらなければならないのもあって、彼もそこまで飲食というのをきっちりできていない。
お酒も乾杯の時の一杯しか呑めていないはずだ。
「疲れたからへにゃってますって言ってたじゃないの。きんちょーしたにゃー、司会とかマジつらいのにゃーとかなんとか」
普段お店やイベントで堂々としているにゃーさんでも、今回の会はなかなかに緊張したらしい。
ぐだぐだな司会っぷりは天然というわけではなくて、狙ってやっていたようだった。
「食欲は確かにちょいおち気味にゃけど、お酒となれば別腹ってぇやつにゃ」
「空腹で呑むと胃に来るわよ」
なにかつまみながらにしなさい、と言われてしぶしぶにゃーさんは少し乾いてしまったサラダに手をだしていた。
もしゃもしゃ葉っぱものを食べてる姿を撮影しておく。
「にゃー、ルイにゃ、どうしてこんなへろへろ状態撮っちゃうにゃ? お化粧とかも崩れてないかちょっと心配……」
「青ヒゲは浮いてないから大丈夫デス!」
まだまだいけるっ、と言ってやると、ひどい切り返しきたにゃー、とにゃーさんが苦笑を浮かべる。
そしてグラスに注がれたワインをくぴりといただいていた。
「いいなぁ、オーナーとにゃーさんばっかり-」
少し離れたところでテーブルを運んでいるつぐたんから苦情が届く。
でも、こればっかりは仕方ないと思う。
イベントの間中、仕事をしていた身なのだから、少しくらいは役得があってもいいというわけだ。
え、さゆりさんはオーナーだからなんでもありですよ。
「きちんとイベントに参加してた子は、後片付けを担当しなきゃね。ぱっぱと片付けが終われば合流してもいいけど」
「うぅ、ご飯食べて終わらないと片付かないんですけど?」
それは因果が逆ではありませんか!? とちょっと泣き言がきた。
なんというか……みなさん仕事時間が終わっても女声を維持していてすごいなぁと思ってしまう。
正直、こういうところでちょっと男声が出てしまっても普通と思うんだけどね。
「……じゃあ、それ以外」
なんなら、残り物食べてくれてもいいわよ、とさゆりさんが苦笑ぎみに八瀬の合流を認めてくれた。
とはいっても、飾り付けとかもあるし、全部を撤収するにはそれなりに大変だろうとは思うけれど。
八瀬は、はぁいとちょっと甘い声で答えた。
妹キャラっぽい演じ方なのだろうな。そんなちょっと拗ねた感じが可愛くて、一枚写真を撮らせていただいた。
自分で協力しておいてなんだけれど、ずいぶんとやつも女の子っぽくなったものだと思う。
本人は、だが、男だ! と声高に叫ぶだろうけれど。
「さて、じゃーお疲れ様にゃー!」
そんなつぐたんを放置しつつ、こっちはこっちで打ち上げスタート。
にゃーさんの音頭で、からんとスパークリングワイン入りのグラスが打ち鳴らされる。
先ほどいただいたのと同じく、つぷつぷした感触と、白ワインの風味が鼻を抜けていった。
「今日はありがとうね。カメラ二台とか使ってもらっちゃって」
撮影についてはほとんど任せてしまったけど、まさか一人でそうくるとは思わなかったとさゆりさんはねぎらいの言葉をかけてくれた。
なんというか、ルイとしてきっちり仕事をこなして、こういう風に言葉をかけてもらえると、ちょっと照れくさいというか、むずむずしてしまう。
「ま、いつかは男性恐怖症克服を手伝ってもらいましたしね?」
サービスも込みでがんばりましたよ? と首をかしげながらにこりと笑顔を浮かべておく。
今まであんまり話題に上がってこなかったけど、仕事が終わった今なら、前にここに来た時の話くらいしてもいいだろう。
「ええと、そんなことあったかしら?」
そんな風に思ったのだけど、さゆりさんはあのときのことを思い切り忘れているらしい。
「うわぁ、すっかり忘れられてる……まーでもあれから四年くらいになりますし」
無理ないかぁ、と改めて感慨深いなぁと思ってしまった。
あの頃は高校二年で、やっぱりあのときもいろいろなことがあったなぁと懐かしく思ってしまう。
「んー、四年前……えっと、腕相撲した、子?」
「そです。その節は、お相手をしていただいて……」
まあ、それで克服できたわけでもないのですが、というとまぁ、そうよねぇとさゆりさんはため息をこぼした。
そりゃ、それで克服できてしまったら男の娘としてどうなのという話になってしまうしね。
「今は大丈夫なの? 壁ドンとかやられちゃって、びくってしそうだけど」
「ルイにゃは、その瞬間まで自撮りしちゃうような子にゃ。男性恐怖症とかありえにゃい」
男性レイヤーさんたちとも和気藹々やってるにゃ、とにゃーさんが不思議そうな声を上げた。
そりゃそうだね。今はすっかり治っているのだから。
「あの後もいろいろと試しまして。それでなんとか克服した感じです。基本変な事する相手には、撮るぞって脅すようにしています」
「それ、脅しになるの?」
あんまり意味なくない? と生ハムとオリーブのクラッカーをつまみながら、さゆりさんが疑問を浮かべる。
「やましいことをしているって思ってる人の場合は、効果ありますよ。まあ翅さんみたいにやましいことなんてなんもねーっていうなら、堂々としたもんですけどね」
「あれは宣伝にゃのだし、やましいんじゃないのかにゃ?」
あ、でもちょっとあんなイケメンの壁ドンはどんな感じするのか気になるにゃと、にゃーさんはくぴっとグラスをあおる。なぜかお酒のペースが上がってるような気がする。
「そこは割り切りとかがあったんじゃないですか? 演技のプロでもあるし」
撮られ慣れてるってのもありますしね、と無難な答えをしておくことにする。
へたに、本気だったからやましくない、だなんて言えない。
「ふにゃ。もー、身の回りはこーも恋愛恋愛なのに、にゃーには春の欠片の一枚もふってこにゃい……」
ううぅ、身を焦がす恋ってやつをしてみたいのにゃー、というにゃーさんに、とりあえずで話をしておこうかと思う。
「春は探すものだ、といいますよ? つぐたんとか落とせばいいじゃないですか」
「だが、男にゃー! 男の娘は好きだけど、恋愛対象っていうより、愛でる対象っていうか……競争相手っていうか」
せっかく、ご紹介してみたのに思い切り却下された。
なるほど。にゃーさんはこんな感じだけど、女の子の方が好み、ということなのですね。
「じゃあ、女の人のほうで? お店に来る子に声かけたりしないんです?」
「あら、うちの店員にはお客に手を出すようなのはいないわよ」
問題になっても面倒だもの、とさゆりさんが釘を刺してくる。くっ、店内恋愛は良くても、お客とはダメなのか。
「でも、探すってフレーズはちょい気に入ったにゃ。あー、でもルイにゃから見て、女装趣味のある男は恋愛相手としてどうなのにゃ?」
不毛地帯の予感、と言われて、へ? と変な声を漏らしてしまった。
だって、別に女装してる男子とか否定しようがないじゃないですか。可愛いは正義ですから。
「こいつにそれを聞くのは、ヤボってもんですよ。というか、男の娘の存在を全力で受け入れてくれるけど、本人が被写体としてしか相手を見てないから恋愛にいたらないはずです」
もー、男女ともに人気あるくせに、いつまでもお子様で……と不憫そうな声をかけてきたのは八瀬だった。
やっと仕事が終わったのかって感じだけれど、確かにテーブルはいつもの配置に戻っていた。
「あ、あたしだって恋愛の一つや二つ……」
「まじかっ!」
あ、なんか八瀬があんまり驚いて普通に男声に戻ってる。
「す、すまぬ。ちょっと見栄張った……っていうか、はい。恋愛経験なんてございませんです。撮影の方優先ですもん」
今はこっちがすべてです、とカメラを見せると、ふにゃっとにゃーさんが変な声を上げた。
「あんなに人気があるルイにゃに恋人いない件……なんだかちょっとだけ安心にゃ。恋人できる人なんてこの世の中では希有でめずらしーことで、にゃーたちできない子たちこそがマジョリティにゃ」
勝ったな! とぐっと拳をにぎるにゃーさんに、いやいやそれはないと三人から突っ込みが入った。
「ちなみに、あたしの小中の同級生たち、ほとんど結婚してて、子持ちよ?」
「あにゃー、聞こえないにゃー、三十路間近に空前絶後の婚活ブームがきて、ハラポテエンドとか、しらないにゃー」
「にゃーちゃん。貴女に世の理を教えてあげるわ。三十路まで童貞だと魔法使いになれるという都市伝説があるのよ」
さゆりさんは、少し寂しげに変な事をいいだした。
っていうか、あれかな。いづもさんと仲がいいのって、実はこういう恋愛観のほうで居酒屋とかで仲良くなっていたりして。
「まほーつかえるようになって、どうなるにゃ?」
「今、あんたが言ったみたいに、結婚できないのが常識だって本気で信じられるようになるの。あいつらはリア充だから爆発してろっ! ってなもんで」
サトリが開けるのよ、と肩を竦めてくださった。
うーん、なんだかみなさんしょぼーんとしているけれど、そこまで落ち込むことだろうか?
別に、このお店をしっかり切り盛りしているのだから、それはそれでいいような気もするのだけど。
「ちなみに、さゆりさんは男女どちらの方がお好きなんです?」
とはいえ、いちおうガールズトーク的に話はしておこう。
確認を取っておくのは大切なことだ。
「好きになる相手は、もっぱら女の子ばっかりかなぁ。そこらへんがいづもとは決定的に違うところね。女装は趣味だし、男の娘も好きだけど、別に女性になりたいってわけでもないし」
今の若い子とはちょっと感覚違うかもだけど、と三十中盤の彼は頬杖をついた。
んー、可愛い格好はしたい。でも心の性別がどうのはわからないといったところだろうか。
「だとしたら、女の子にどんどんアプローチかけてくしかないんじゃ?」
「女同士として仲良くなって、がばーっていうのはあたしの趣味じゃないからね。かといって男として街コンとかに出るのも、可愛くないし」
そもそも、そういう出会いの場で知り合っても女装の話とかどうやって切り出すのよ、とさゆりさんは言った。
「逆転の発想で、それをネタにして興味ある子だけひっかけるのは?」
意外に、見てみたいっていう人はいると思いますというと、えぇー、とさゆりさんは嫌そうな声を上げた。
いや、でもほら、あの姉様三人組みみたいに、女装の人好きですってのもいるよ。
「ネタはあくまでもネタじゃないの。奇異の目で見られるのはゴメンだわ」
そういうのもあって、この店はお客との恋愛は推奨していないところがあるのだそうだ。
「じゃあ、俺はルイたんといちゃつくということで」
「わわっ」
少し湿っぽくなってしまった中で、つぐたんの声が耳元で響いた。
いきなり背後から抱きついてきて、やっぱ華奢でかわいいーと体をすり寄せてくる。
ちょ、なんてことをしてくれやがりますか。
「見た目、女の子同士で抱き合ってるってところかしらね」
ぴぴっとデジカメのシャッターの音が鳴った。どうやらあわあわしているルイさんの絵柄を撮られてしまったらしい。
さゆりさんが言うように、今撮られた写真は若い子同士がじゃれついてるように見えるだろう。
まあ、男同士なんですけどね。
もともと、八瀬が抱きつくプランは最初からあったのかもしれないね。
「いちおう、今日の撮影者ってことで、データのディスクの中に入れたいなと思って」
「ちょいと画像チェックいいですか?」
「はい、どうぞ」
カメラの背面に映し出されたそれを、チェックさせてもらう。
変な角度で撮られていると困るからね。
いちおう、見せてもらったものは、男っぽいパーツは隠れているから、特別問題はないとは思うけど。
「ええと、リテイクとかダメですか?」
もうちょっと、良い感じに撮っていただきたいのですがっ、と熱心な視線を向けると。
さすがはお馬鹿様だ……とつぐたんに呆れた顔をされてしまったのだった。
本番の後のけだるい時間といった感じで、ガールズトークさせてみました。いや、男の娘トーク?
八瀬たんも抱きつけて、なんて役得! みたいな感じです。まあルイさんからすればこいつならいっか、とか思ってそうですが。翅さんに抱きつかれたときは、ひっつくなーって拒絶しましたが、男同士と見た目女同士だと話は変わるってなもんです。
さて、そして! やっとこのお話も300万字突破です! 長いお話とあいなりました。
これまで付き合っていただいたみなさま、今後とも話は続きますので、末永くお付き合いいただければとぞんじます。
次話も、この会からの派生のお話となります。




