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448.撮影依頼ーとあるお店で披露宴だそうです1

「さてルイちゃん。君ご指名で仕事が来てるんだけど、やる?」

 佐伯さんからそんな話がきたのは、お正月のイベントもあらかた終わったころのことだった。

 事務所から呼び出しを受けて、写真館を訪れて。

 詳しい話を聞くことになった。


 ただし、ゼフィ女の時より話はもちろんスムーズだ。

 あの時は、いろいろと話さなければならないことがあったから、時間もかかった。

 それがたった四か月も前の話だというのだから、かなり濃い生活だったなぁと思うばかりだ。 

  

 さてさて。そんなわけで久しぶりに請け負ったお仕事は、秋葉原にある、とあるショップで行われるようだった。

 とりあえず仮契約って感じで、話を聞いてくるところからね、というわけで本日はまずは顔合わせから。

 どうにも、ちょっと特殊なお店だよ、と地図を渡されたのだけど。

 

「って、ここかぁ……」

 なんとか地図を見ながらたどり着いたそのお店は、かつて訪れたことのあるところだった。

 ルイとして、もともかく、木戸としても来たことがある店だった。

 え。ついに方向音痴を払拭したのかって? まぁ都会はいまでもあんまり得意ではないけれど、さすがに二度も来ていれば場所も覚えるってなもんだ。

 

 そう。そこは以前、さくらに連れてきてもらった男の娘カフェである。

 あの時はルイとして。

 そして、まぁ。木戸としては大学に入ってから、特撮研の男子達と訪れた。

 八瀬がアルバイトをしている、あの店だ。

 さて、どうしたものか、と思いながらも、とりあえず覚悟は決めておく。

 たとえ知り合いがいようと、きちんとお仕事はこなさなければ。 


「どもー、佐伯写真館のルイです。今日は打ち合わせよろしくお願いシマス」

「にゃにゃっ、ホントにルイさんにゃっ。こんなプライベートなところで話せるなんて、幸せすぎにゃん」

 さぁ、入って入ってにゃ、とスタッフさんに案内されて椅子を勧められた。

 口調からもわかるように、今回のことを依頼してきたのは、前に木戸さんも絡まれたにゃーさんだった。

 相変わらず、猫耳をひょこひょこさせて、これでもかと可愛らしいオーラを出している。

 だが、男だ。


 まだお店は準備中の様子で、他にお客はいない。それなのににゃーさんは仕事状態と同じテンションでこちらを出迎えてくれた。


 そして案内されながらも周りを見回しておく。 

 スタッフは何人かだろうか。

 とりあえず勧められた席の前には三人のお店の人が座って向かい合っている状態だ。

 厨房の方では作業している人がいるし、開店準備ですこしあわただしい様子でもあった。


 三人の表情はそれぞれだった。大喜びで迎えてくれたにゃーさんは真ん中に。

 さて、いちおうルイのことを知っていることからもわかるように、彼女は女装レイヤーさんだ。ルイが直接撮ったことはないけれど、イベントでちらっと見たことがあるし、話もしたことがある。昔は声もかけられなかったけど、最近は自信もついてきたとかって話らしい。

 きっともうちょっとすれば、撮ってと言ってくることだろう。


 その横に座っているのは三十半ばくらいだったかな。さゆりさんは少し不審そうな顔をこちらに向けている。腕相撲した仲だというのにすっかり忘れられてしまったのだろうか。ちょっと寂しい。

 そして。最後の一人はばつが悪そうに視線をそらしていた。そう。

 完璧に女装しているそいつ、八瀬はやっぱりまだこのお店で働いていたようだった。


「佐伯写真館の前を通った時に、所属スタッフの名前が見えて、そこになんとっ! ルイさんが乗ってるじゃにゃーですか。なら、ダメ元で声をかけてみよーって思ったら、もー新人価格でいいとか言われちゃって」

 こりゃ、とんでもないラッキーなことにゃ、と、にゃーさんに思い切りきゅっと手を握られてしまった。

 少し大きい手のひらの感触がこちらに伝わってくる。

 まったく。ほんとに表情がころころかわってかわいらしい人だ。

 まさに、こんなにかわいい子が女の子のはずがない。である。


「まだ駆け出しですしね。それなりにコスプレ写真なんかでは知っていただいてますけど、佐伯さんのところに入って半年たってないですし」

 さて。佐伯さんとルイの雇用契約は、あくまでも出来高制のおつきあいである。

 いい仕事があったら割り振ってくれる、という話ではあったものの、現在ルイが行っている宣伝は佐伯写真館の店頭での、撮影承ります、というスタッフ紹介くらいなものしかない。


 そして、ホームページの方にもお仕事始めました、というお知らせはしていない。

 これは、佐伯写真館のスタッフ紹介の方もそうで、新人さん入りました、くらいなあっさりした説明で終わっている。

 名前は出しているけれど、まさかそれが、あの(、、)ルイだと思う人はまずいないだろう。

 佐伯さんは一部の人の中では有名人だけど、一般の人に広く知られているわけでもないし、もちろんルイとの関係で名前があがったことだってない。


 そんなわけで。

 それこそ本当に偶然店頭に訪れた人しか、依頼ができない仕組みになっているわけで。

 にゃーさんが偶然にそれを発見できた、というのはとても幸運なことだったのだと思う。


 なんで、そんな面倒なことをしているのかというと、あまりにも仕事量が多くなると困るからだ。これは佐伯さんから言われたこと。

 ルイの写真の腕ではなく、知名度で客が入るというのは正直カンベンして欲しいと言われてしまった。

 そう。撮影家ではなく、アイドル(ぐうぞう)として生のルイを見たいというだけで依頼がきたら困るというわけだ。今の状況だとそういう冷やかしは増えるよと、佐伯さんは断言していた。

 こちらも佐伯さんの言い分はその通りだと思っているので、少なくとももう少し慣れるまでは細々とした仕事をこなしていこうという対応をしているところだ。

 いずれは冷やかしも含めて対応できるようにはなりたいものだけれど。


「それで? つぐちゃん。どーして依頼の話がでたときに君が話を持ってこなかったのか、親友のわたくしにご説明していただけるのかしら?」

 目ぢからを思い切り注ぎ込んで、視線をそらしている八瀬を凝視する。腰のあたりにつぐという名前がついているので、その名前で呼びかけた。つぐたん大人気だものな。


「あー、それはそのー、いそがしそーだったし、ルイはどんどん人気になるし、もうちょっといっぱしになってからでいいかなって」

「それでも、写真のご用命があるなら、連絡してくれてもよかったんじゃない?」

 まったくもぅ、と頬を膨らませていると、あにゃ? どういうことにゃ? っと、にゃーさんは不思議そうな顔を浮かべた。まあ八瀬がルイ(、、)と知り合いというのは確かに不思議だろう。


「まさか受けてくれるとは思わなかっただけだって」

 けれど、今はそんなにゃーさんを置いてきぼりにしながら、こちらだけで話は進んで行く。

 八瀬としては、ルイの知名度が身近でやばいことになっているのもあって、声をかけるのを控えたそうだ。

 おおむね、写真で、ではなく、壁ドンされた一件からのことでね……

 うぅ。早く写真の出来だけで評価してもらえるようになりたいものです。


「ふにゃ……つぐちゃんルイにゃと知り合いにゃ?」

「知り合いもなにも……この世界にひっぱりこんだ張本人です」

 八瀬が割とひどいことを言ってくださる。人を悪の枢軸みたいにはいわないでいただきたい。

 そこにどっぷり浸かり込んだのは、自分の意思だったはずだ。

 まさか、ルイさんだって高校をでてからこの店で働いてるとか思わなかったですってば!


「それは八瀬サンがあーんなことをしてくるから仕方なくデスネ。そんなに男の娘が大好きなら自分でなってしまえばいいじゃないって言っただけですよ」

 そしたらめきめき女装力をあげてくるじゃないですかー、というと、そだにゃーいまじゃーなんばーわんにゃーと、思い切り共感されてしまった。

 ま、前に来たときも、つぐたん大人気だったしなぁ。志鶴先輩まで今日は運がいいとか言い出していたくらいだし。


「ふみゅ……男の娘好きなこの子と、ルイちゃんがどーやって知り合ったのか……まさかルイちゃんも、ついてる……なんてことはさすがに思えないのにゃ……」

 おおかた、エレナちゃん経由とかかにゃ? と言われて、さぁどうでしょう? としれっと答えておいた。

 いちおう、嘘は良くないしね。


「にしても、しばらく会わないうちに、ずいぶんと大人っぽくなったようで……」

 そんな気配を感じたのか、八瀬が少し話の方向をそらしてくれた。

 それた先は、ちょっとあんまりな内容だったけれど。


「それはメイクもあるんじゃないかな? 今日は写真館の仕事で来ているわけで、ちょっとは大人メイクしたりするんですよ。普段の町歩きならここまでかっちりやらないし」

「なるほど。たしかに今日は少し強めだよね。昔はふわっとした感じだった」

「町中で警戒されずに撮るのと、こういうところで指名されて撮るのは違うもの。そんなわけで、打ち合わせですね?」

 そろそろ軽口かわすのもおしまいという感じで、きりっと表情を変える。相手もそれでどういう話をするのか興味津々のようだ。


 そんな三人に、佐伯写真展の料金プランを説明していく。

 パンフレットを取り出してみせると、そこに乗っている数字を伝えておく。


「おまけはしてあげたいところだけど、うちのボスが安売りすんなっていうんで、一応標準プランを持ってきました」

 うちではこんな感じで料金が決まっているのですと、カット数と値段を伝える。

 いちおー指名料というものもかかるのはかかるけれど、下っ端なルイにそんなもんはついていない。逆に佐伯さんを連れてこようとすれば追加料金が発生するわけだ。

 カット数と拘束時間。そこら辺で値段はだいぶ上がる。それ以外に特別な演出やショットを撮ると値段はそこそこに上がってくる。


 話し合いの結果、予算的に一番安いプランでというような話になった。

 それでも五万の仕事である。ある程度はピンハネをされるものの、それでも十分な仕事だ。


「最後にあたしからいいかしら」

 一人会話を冷静に見ていたこの店のオーナーでもあるさゆりさんから声がかかった。

「あたしはコスプレ会場とかいったことないし、あなたのことは壁ドンくらいしか知らないわよ」

 腕の方は確かなのかしら? とやや低い声で聞かれて、まーそりゃそうですよねと思ってしまう。


 そもそも、今回の披露宴は結婚式をまともにやらないくらいにリーズナブルなものだ。もちろんカップルがカップルだけに、結婚式場を使うのはハードルが高いというのもあるのだろうけれど。

 だとしても本来ならカメラが上手い知人に頼む方が安くすむ。そこをあえてプロを頼むのだから腕は確かでないと困るというわけだ。


「んー、じゃ、ルイちゃん。さゆねーさん、撮ってみるにゃ」

「えっと、それって、何を主体とします? ご要望に会わせて、男らしく、乙女らしく、若く、明るく、しおれた感じで、撮れますが」

「そこまでいけるもの?」

 普通に八瀬に大丈夫かおまえという声をいただいてしまった。

 こいつはルイの撮影法知ってるはずだし、男の娘の撮りわけができるのも知ってるはずなのになぁ。


「角度で表現できますから。ポーズで相手の反応を変えるってことができるのと一緒です」

 おねだりをするときにそれらしいポーズをするのと一緒ですというと、なるほどという答えがきた。


 そして。

 指定された表現法をそのまま、形にしていく。

 それを見せると、さっきまで乗り気でなかったおねーさんは前屈みになった。


「うそっ。こんなにかわいく撮れるだなんて」

「なぁ、豆木のだんな。写真まえより半端なくキレイになってないか?」

 普通に素に戻ってる八瀬にそんなことをいわれて、はぁとため息を漏らす。


「あれから二年は経っています。何万枚写真を撮ったと思っているのですか?」

 大学に入ってからの方が時間は十分に使えるので、行き帰りも含めて十分にカメラを扱っている。そのおかげもあって、だいぶ撮り慣れたところもあるのだ。エレナと一緒に撮った写真集も、しこたま考えるからその分力の底上げになっていると思う。

 高校の頃の撮影も好きだけど技術で言えば今の方が上に違いはない。

 そして決定的に違うのはカメラだろう。バージョンアップしたおかげで、かなりくっきりと綺麗な写真を撮れるようになった。


「にゃー。さすがはルイさんにゃ。こりゃー当日は格安で良い写真をばんばん撮ってくれそうにゃ」

「いちおーうちのポリシーですが、納品数カットよりも多く撮って、選別してお渡しするようになります。こういう写真は絶対に欲しいというのがあったら、先にお伝えくださいね。それと……」

 言おうかどうしようか少しだけ迷いつつ、それでも一言だけ付け加えておく。


「当日のお客様で写真に写りたくない方、というのはいらっしゃるのでしょうか?」

 こういう場所といってしまうのもなんだけれど、コスプレ会場以上に配慮をしなければならないところなのではないだろうか。ここにいたことがばれたら困ると思う人もいるかもしれない。


「その点なら大丈夫よ。確かに男っぽく撮られたら嫌だけど、貴女ならどんな子だってかわいく撮るだろうし」

 いちおー当日おこしいただける方にもその話はしておくわね、とさゆりさんに笑顔でいわれてよろしくですと答えておく。写真一枚で表情がこうも変わってくれるのをみるとこちらも嬉しくなってしまう。


 それから細かい打ち合わせを終えたころには、外の景色は薄闇に染まりかけていた。

さて、前話の最後はあくまでも伏線なので、まだまだ彼女が動き出すのは先のことになります。

今年度はまだまだ、木戸くんたちの地固めですね。


そんなわけで今回は、八瀬たんが勤めてる男の娘カフェでのお仕事となりました。

なにげに自然写真であまり評価してもらえないルイさんナム。どうしてもコスプレ絡みからの伝手で仕事が広がるのでこういうのが多めになるのはしかたないのです。

まあ、もちろん、楽しく撮らせていただきますけれどね!


次話は、披露宴当日、となりますが……三日後いけるのかしら。どうなのかしら。

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