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444.青木家ご訪問4

「なんていうか、こう……」

 じぃ、と差し出されたスマホの写真を見ていた木戸たち二人は、微妙な顔を浮かべた。

 うん。なんていうかこう……


「ひどい写真ね」

「ええ、ひどい写真ですね」

 一緒にスマホの画面を覗き込んでいたあいなさんが、さっくりとその写真の感想を述べてくれた。

 青木の友達が撮ったと言われるそれは、どこかの喫茶店での千歳の姿だった。

 確かに、誰かと話しているのだろう。その人に対してずいぶんと親しげな顔をしているようにも思う。


 なんていうかこう、ルイの前にいるときの千歳という感じというのに近いだろうか。

 それ自体はいい。

 けれども、その写真といったら、本当にひどいのである。


「ちょ、二人してその反応おかしくね? そこは千歳が誰かと会ってるなんて!? ってところなんじゃ?」

「だって、ちょっとぶれてるしさ。ぱっとしないっていうか」

 明らかにそれは、ルイ達の技術水準だとダメ写真という話になる。


「これは芸術作品じゃなくて、証拠写真とかそういうやつだろ。それに何を求めてるっていうんだよ」

「えぇー、それにしたって、相手の顔も写っていない証拠写真なんてありえないだろ」

「そうね。ここはもうちょっとこっちからこう角度つけて、もう一枚欲しかったところ」

 これじゃあ週刊誌に買って貰えないとあいなさんがマジ顔で言うのでこちらもうんうんと頷いた。


 青木は……まあ、なんだ。しょーもな、という顔でこちらを見ていた。げんなりという顔である。

 どうせねーちゃんはそういう考えだよとも言いたそうだ。


「さて。写真の品評はともかく、それでこれ、どうすんだ? 相手の素性とかわからないわけだが」

「そうなんだよ。かといってちぃに直接聞くとか……さぁ。なんか浮気疑ってるみたいでこう」

 ああ、もう、これどうすればいいんだろうと青木はしょぼくれてしまった。

 

 はぁ。女子が相手になるとほんととことん、びびりになるよね、こいつ。

 しかたないなぁ、もう。


「やっはろー。木戸先輩ですよー。こんな遅い時間にごめんねー」

『えっと? 珍しいですね』

 ガラケーを取り出すと、さっそくちーちゃんに電話をかけてみる。

 時間的にはそろそろ、日付が変わる頃ではあるのだけど、声が眠そうじゃなかったからまだ起きていたようだ。

 良い感じに声も自然に出ていて、電話越しでも可愛らしい。本人はちょっと低いんじゃないか? なんて心配してるみたいだけど、そんなことは全くないように思える声だ。

 え、木戸さんは一応、男声での電話ですよ。テンションはちょっと女子寄りだけど。


「ちょ、木戸っ!? おま、いきなり直電とかっ」

「直接聞いた方が早いっしょ? この時間は申し訳ないとは思うけどさ」

『いまいちよくわからないんですけど、もしかして木戸先輩、信さんのところにいたりします?』

 背後から声がかすかに聞こえるんですが、と不審げな声が向けられる。


 まあ、あれだけ大きな声を近くで出されてたら電話越しでも伝わってしまうかな。


「青木家で今日はお泊まりしております。はい」

『……あの。変な事してないですよね?』

 ぼそっとさらに不審そうな声がこちらに向けられる。

 変なこと……か。


 それを言われてしまうと、ちょっと青木を煽ったりと、変なことをしたけれどあれは、ちょっと試しただけなので見逃していただきたい。


「……あいなさんのお客として来てるだけで、特別なんもないっての」

『その間が気になる所ですけど」

「はい、すいません。青木にラッキースケベされました。風呂場でドッキリ」

『……木戸先輩のことですから、可愛い声で悲鳴とか上げたんでしょう? 信さんは大喜びですか?』

 きっと思い切りじと目でも向けてるんだろうなぁと電話越しに思いながら、こっちもちらっと青木に視線を向けておく。

 尻見たいとかなんとか言ってたしなぁ。大喜びっちゃそうなんだろうか。


「おまっ、正直に言うなよ! ちぃのやつに変な誤解受けるだろうが」

 今は、もう変な気を起こしたりとかないからなっ! と青木はわたわたと慌てた声を漏らした。

 そして今にもケータイを奪いそうな勢いで木戸の肩に手をのせている。

 客観的に見ると、今にも抱きつこうとしているというようにも見えるかもしれない。


「でも、あったことをありのままに話すしかないだろ? そしてその判断はあっち次第。ま、お前が何をやろうが、千歳はお前から離れるとは思わないが」

 これは偽らざる本心である。

 浮気だなんだと青木は心配になってるようだけど、千歳に別に最愛の人がいる、というのがちょっと想像できない。

 そもそも相手の姿も写っていないのだし、もしかしたら仲のいい友達という線だって十分にありえる。

 

『……信さんに言ったんでしょうが、なんだか照れますね』

「違わないこと、でしょ? ん?」

 ちょっとからかい混じりに、女声に切り替えて問いかけると、うみゅぅとなんだか可愛らしい声が聞こえてきた。

 電話で改めて言われると、なんだか恥ずかしいことだったらしい。


「それで? おねーちゃんはいつまで、弟の彼女の潔白を待っていればいいのかね?」

 軽いあくびをしながら、あいなさんはくぴりとビールをあおった。

 そろそろお開きにしたいムード満点で、弟の恋路に関してはさして興味が無いようすだ。

 結構お酒も回ってきているのかも知れない。


「ああ、潔白……本題をすっかりと忘れてました」

 ちーちゃんごめん、と時計の針をみながら謝った。

 一応、明日はお休みだけれど、夜更かししても良いって言うわけでもないしね。


『本題って、なにかお話でも?』

 なんだろうか、とちーちゃんは改まった声を向けてきた。

 ベッドの上でちょこんと正座でもしているかもしれない。


「青木が言うには、どうやら君が誰かと楽しそうに喫茶店で喋ってる写真を友達経由で渡されたんだとさ。んで、その時に下世話なその友人は、もしかしたら浮気じゃないのかーなんて吹き込んだんだそうで」

 ほれほれ、はっきりさせちゃおうかー、とちょっと余計な情報も入れながら話をすると、そういう言い方なら俺も被害者っぽく聞こえるのか、と青木は少し感心したように肯いていた。

 友人さんには悪いけど、二人の関係のためにも悪者になってもらうことにしよう。


『写真撮られてるとかぜんぜん気付きませんでした……』

「まあ、ガラス越しで撮られちゃうとさすがに気付けないかな。プロならば窓際の席を避けて背後に人を立たせないようにしないとね?」

『それはなんのプロですか……』

 それに、撮られてやましいことはないですよ、と千歳から呆れたような声が聞こえた。

 気負ったような感じはしないから、予想通り白のようである。


 千歳にだって、にこやかに話ができる友達が出来たと言うことで、これは素直に良いことなのだろうと思う。

「で? そのお相手って? それ俺も知ってる人?」

 とはいえ、それが誰なのか、というのはちょっと知っておきたかった。

 これで、実はいづもさんと喫茶店でご飯食べてましたーなんてオチはさすがにがっくりきてしまうので。

 いづもさんの場合、外食の時は研究も兼ねるから、もうちょっと人気のあるお店とか、料理を押してる店を選ぶイメージだけれどね。


『信さんには内緒にして欲しいんですけど……』

 こそっと小さな声になって、ちーちゃんが会っていた相手の名前を告げた。

 ああ。なるほど。

 確かに、会っていたのは男の人だった。

 でも、それはたぶん、すさまじく安全性が高い相手といってもいいのではないだろうか。


「で? 木戸。ちぃの会ってた相手って?」

「んー、内緒にして欲しいってさ。っていうかお前の面識ない相手だから、言ってもわかんないと思う。仕事関係のつながり、ってとこかな」

 まったく内緒、といっても青木のやつは納得しないだろうから、ちょっとだけヒントは渡しておく。

 これくらいならばばれもしないだろう。

 事実、彼のことを青木は知らないのだから、説明するにしてもいろいろややこしいことになる。


「ってことは、シフォレの関係者か……いづもさん……か?」

「いや……それはその」

 あんまりシフォレで会ったことはないけれど、青木もあの店には行ったことがあるんだなぁと思いつつも、答えは曖昧にぼかしておいた。


『わーー、それやられちゃうと、しらみつぶしに正解にいっちゃうので、ダメですって!』

「今はまだ内緒にして欲しいってさ。お前も愛されてるねぇ。このこのっ」

 そう。あんまりヒントと答え合わせをやってしまったら、正解に行き着く可能性があるから、おいそれと答えるわけにはいかないのだ。


「ちょ、どうしてそれが愛されてる、になるんだよ……」

 そりゃ、浮気じゃないっていうならそれでいいけど、隠さなきゃならない理由がないだろう、と言われて、んーと軽くあごに指をあてる。

 確かに、浮気じゃないなら誰と会ってたって堂々と言えばいいだろう、というのはその通りだ。

 かといって、相手が、いづもさんの弟さんのセキさんだ、というのを明かすわけにも行かない。


 いづもさんの弟さんが偶然ゲイだった、というのは通ったとしても、じゃあどうしてその人とそんなに仲良しなのか、というのもまた疑問に思われてしまう恐れがある。

 というか、木戸さんとしても疑問です。どうしてMtFの子とゲイの人が仲良くなってんのさ。


「彼氏に内緒でなにかやるっていうなら、いろいろあるんじゃない? そこらへんは乙女心をきちんと想像して欲しいところかな」

 どう答えようかと思っていたら、あいなさんがとろんとした目をしながらフォローしてくれた。

 なるほど。確かにサプライズをするために内緒にしている、というのはアリと言えばアリである。


「じゃー、そこらへんは木戸先輩にもいろいろこそこそ教えてもらおうではないですか」

 そいじゃ、青木に聞こえないようにちょい移動しますよ、と宣言をして立ち上がる。

 ついてくんなよ、と言い置いてトイレの方に向かった。

 ここなら、大きな声を出さなければ大丈夫だろう。


「さて。青木には聞こえない場所に移動したけど、どうしてセキさんと仲良くなったのか、いろいろと聞かせてもらおうじゃない?」

 トイレの扉を閉めて、ふぅと女声に切り替えて話はじめると、しかたないなぁと千歳はため息交じりに話し始めた。

 え、どうしてそこで女声にしたのかって? そんなの相手を安心させるために決まっている。

 女装状態の先輩の方が話しやすいのではないか、というような配慮なのだ。


『えっと、まずはあのお店……地下のバーみたいなところ。あそこにケーキ持ってく仕事を任されまして』

「ああ、カミングアウトイベントのためのレインボーケーキね。あたしもあれ食べたけど、美味しかったよ」

『それはいづもさんから聞いてます。なんか同性愛者の人にカミングアウトされて、変な対応したとかなんとか』

 変……ではないと思うけどなぁとは思ったものの、話が進まないので反論はやめておいた。

 

「にしても、いづもさんったら……ちーちゃんをあの店に行かせたかったってことなのかな」

『そうなんでしょうね。他の従業員は行ったことないみたいですから。でも、いまさら同性愛系のお店を体験しても、なんかなーって思ったんですけど、意外にセキさんと話が合ったんですよ、これが』

「それでちょくちょく会ってると?」

 まあ、セキさんのことだから、ちーちゃんみたいな子はターゲット外になるだろうとは思うのだけど。

 あんまり頻繁すぎるとさすがに問題かなと思ってちょっと声が固くなってしまった。


『うぅ。いづもさんじゃ、男性関係の相談があんまりできないんですもん……』

「青木さんとの関係で相談してたの?」

 なら、あたしに相談してくれてもいいじゃん! と言ったら、ちーちゃんったら、ひどいんですよもう。


『それ、まっさきに選択肢からはずしました。モテるだけの人に、付き合い続ける秘訣を聞いても無意味ですし』

「それは、まあそうなんだけれどね」

 しれっとそんな返事が来つつ、なんだかんだで自分が知らない青木のことも、この子は知っていっているんだなぁと、しみじみ思ってしまった。べ、別に悔しいわけじゃないけど、不思議な感じだ。


「で? やっぱりカミングアウトとか、それ周りの話ってことになっちゃうのかな?」

『そうなりますね。どうすれば上手く行くんだろうとか、本当に大丈夫なのか、とか』

 いろんな体験談みたいなのを教えてもらいました、とやや深刻そうに千歳は答えてくれた。

 たしかにあの店は、同性愛者の人が一般人にカミングアウトする場所としても機能しているから、そこのバーテンダーをやってるセキさんならいろいろな成功談や失敗談を見ていることだろう。

 もちろん、それがそのまま千歳に適用されるわけもないのだけど。


「子供がどうのって話はしたんだっけ?」

『ええ、それは最初の頃に。きちんとお付き合いしようって決めて三ヶ月くらい経ったときに、そういうのはちょっとできない体でと言ってあります』

 それでもいいって言ってくれるあたりが、信さんの良いところです、となんかのろけられてしまった。


 さきほど青木のやつもいっていたけれど、千歳はスキンシップはいまいちダメだ。

 その理由の大半は体のあれこれから来ている。

 けれども、青木は多分その、子供ができないということから、いろいろと想像してるところなのだろう。

 最後まで行ってしまったら、傷つけるし、中途半端に盛り上がっても、とかいうことなのかもしれない。

 

「あとは、本当のことを伝えるのか、それとも伝えずにオペっちゃって、それからにするのか、かな?」

 いちおう木戸とて、その手の人のカミングアウト話の一部はネットで調べた程度の知識はある。

 もちろん、それは書けるレベル(、、、、、、)であって、もっとひどいのはいくらでもあるのだろうけど。

 自分の嫌な自分の場所を、付き合ってる相手に伝えるのかどうか、というのはデリケートな問題だ。


 もちろん、信義の問題として、何も言わないで付き合って結婚というのは良くないとは思う。

 でも、簡単に部外者が「さっさと言っちゃえよ」とすすめるようなものでもない。

 早いほうがいいのだろうけど、本人の決断とタイミングというやつが大切だ。

 青木のアホのことだから、多少なら待ってもらっても大丈夫だろうと思ってる。

 そして、たぶんカミングアウトしてしまっても、多少おろおろするだけで終わるようにも思ってる。

 なんだかんだで、千歳のことは大切にしているようだし、もう三年も続いているならそれをすっぱり切り捨てるようなヤツでもないと思う。


『う……逃げちゃダメとも思ってるし、期限もつけてますけど……やっぱり怖いものは怖いですね』

 告白はなんであれ怖いもんです、と千歳ははぁーあーと深いため息をついた。

 まあなんだ。がんばれとしか言えないわけだけど。


「ま、もしダメならフォローはしたげるからさ。もちろん青木をなぐさめるなんてことはしてやらないけど!」

 そんなときくらいは頼ってよね、というと、そうしますーとふわっとした声が聞こえた。

 さて。とりあえずおやすみと挨拶を交わして電話を切ったわけだけど。


「いろいろ質問攻めとかされそうな気はするが……まあ、嘘はなるべくなしではぐらかせるかな」

 まあがんばりますか、と軽くあくびをしながら木戸はトイレを出ることにしたのだった。


青木家ご訪問話もこれにてしゅうりょーです。

え、青木ともっとからませろって? いやぁ、だってもう日付変わってますしね!


ちーちゃんの今後はなんとか自力でがんばっていただきたいところです。

カミングアウトのタイミングっていつくらいがいいものなんでしょうねぇ。

まあ、木戸さんにちょっかいだしちゃう青木くんなら、どうとでもしてしまうと思うのですが……


え、次話は久しぶりに大学系のお話になる予定だけど……まったくノープランです。

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