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443.青木家ご訪問3

「そんなわけで、青木どの。二年ぶりです」

 ぺこりと頭を軽く下げると、肩に触れる髪はごくわずかだった。そう。今はウィッグはつけずにシルバーフレームの眼鏡をつけている状態だ。

 ほかほかと体からは湯気がでていて、ほっぺたもまるで上気したように赤いだろうことは解っているけれど、表情はあくまでも、お客様としてのそれだ。

 むろん、声は男声ね。いちおう男子としてこの場にいようという判断です。声の先入観は大切なので。


 服装はどうなったのかといえば、とても不本意ながら、青木の着替えを貸していただいている。

 は!? 彼シャツなの!? とか、エレナさんたちにははーはーされてしまいそうだけれど、そうはいっても、女装をした状態で青木を刺激するのも良くないという判断からだ。

 もちろん、下の方もスウェットを借りてる。すそがだぶだぶなのだけど、なんとか折り込んではいている状態だ。

 彼シャツといったら、上だけだよねーとか、エレナがこだわりを言っていたものだけど、さすがにそんなことはない。


「……木戸。おめぇますます色っぽくなって、ないか?」

「そりゃまーいろいろありましたし? 成人式も迎えたのだから大人っぽくなってないと困りますが」

 青木はこちらの身長より頭一つ大きい。

 それを考えれば貸してもらった服はだぼだぼの一言に尽きた。

 スウェットは、足まくりをしてなんとかだけど、上がよくない。お手々の感じが、なんとかちょこんと指が出るくらいで、明らかに大きいのである。


 ……同じ男なのにこのサイズ差はなんなのさ、と思わないでもないけど。

 女装するためにはこのサイズの方がいいよねと、思ったりもする。


「つーか、あれか? 自分のかわいさのあまりついに、女でいるのが普通になったとか」

「それは、ないない。大学では男子学生だよ。イベントごととかで引っ張り出されるのは高校のころとかわんないけどな」

 つーか、今俺、普通に男言葉だし、それを見てお前はなんて質問をするんだというと、えぇー、でもなぁーと、懐かしい顔を見せてくれた。


「でも、さっきの風呂でも悲鳴はさすがに、ちょっとアレだと思うぞ」

「い、いわんでくれ……自分でもさすがにあれはないとがっくりきてるんだ」

 気分的にあいなさんちにお泊りということで、女子の思考パターンになっていたというのが大きいだろう。反射的に最適化された反応をしてしまったわけだ。

 あれをきいて、青木が、女子の裸を見てしまったと思うのはある程度仕方が無いことだと思う。


「自分でもあの反応はかなり落ち込んでるし……」

 今思えば男に裸を見られて可愛い悲鳴というのはさすがに無いと思う。

 それこそ、エレナさんに言わせれば、それが自然に出るのは男の娘としてすばらしいよ! なんてことになりそうだけれど。


「……残念。俺はおちんこ出てるところは見逃してしまった!」

 くわっと、青木は、破廉恥な単語を平然とだしてきた。

 あのね。木戸さんだから許すけど、それ女の子にいったら、怒られるからね。

 なんかいろいろ考えてたけど、つい懐かしさのほうが先に出てしまったというか。


「おちこんでる、おちんこでてる……親父ギャグか……つまり親父扱いをしていいことかっ、この変人成人っ」

「ぐぅっ、でもお前も男なら、でてるだろ? なぁ? 俺と同じものがだ」

 ほれ、どうよ、となんかドヤ顔で言われたので、ちょっとばかり。


 そう、ちょっとばかり悪戯をしたくなってしまったのだ。

 ちーちゃん。ごめんな、これは遊びなのである。ああ、青木の試金石と取ってくれても良い。


「もし……でてなかったらどうするの?」

 あえて女声で、少し挑発混じりに問いかける。

 おっぱいでもあったなら、これ見よがしに見せびらかしてただろうなって感じだ。


「…………お、俺が好きなのは、ちぃだし。お前が女だろうとかんけーねーし」

「ほほぅ、じゃあ、もうちゅーくらいしたのかな?」

 あー、あたしの時は、体育倉庫だったなぁと、にまぁと悪い顔をしてあげると、青木はうぐっと苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

 若さ故の過ちというやつである。


「……ちぃがその気にならないから、まだだ。良い感じになっても、小刻みに震えられるとさ、やっぱり……な」

「へぇ。そんな気遣いができるようになっているとは……あの青木が大人になってるなぁ」

「俺だってもう大人だしな。あの頃みたいなバカなことは……あ。でもさっきの尻はよかっ……」

 ごほんと、あいなさんが咳払いをした。

 

 やっぱり青木氏のあほっぷりは大人になったくらいでどうこうなるものではなかったらしい。

 そりゃあ、お尻を思い切り見られましたが、別に男の尻を見ても楽しくはないと思うのだけど。


「しかしあの節操無しの青木が、こうもちーちゃんと長く続いたのは、本当にびっくりだよ」

「なに、お前、続かないとでも思ってたのか?」

「……そうそうに手を出して嫌われておしまい、かな、と思っていた」

 いちばん、あのカップルの破局ルートで心配だったのが、青木の暴走というやつだった。

 言うまでもなく、こいつはアホまっしぐらなわけで、その結果、千歳の秘密を知ってしまって破局というのは、そうそうに起こりえることだろうと思っていたのである。

 けれども蓋を開けてみたら、ここまで青木が紳士的な対応を取っているわけで。まさかあの悪友がここまでしっかりとやってくれるとは、本当に想像以上だったのだ。


「ひっでぇな。そりゃまあ、お前には悪いことをしたと思ってるけど、それはほら、同性の気安さというかそういうやつでさ。でも女の子にはひどいことできねぇーじゃん」

 お前だって女子には優しいだろ? と言われてあいなさんと顔を見合わせてしまった。

 まあ、確かに優しいといえば優しいのだろうけど、紳士的な対応は取ったことはないような気がする。


「それで、いつまででも待ってますって? なんかほんと、変わったというかなんというか」

「俺は高校時代から、女子には優しいやつだったはずだぞ? ルイさんに聞いてみればわかるから」

 ……まあ、そうね。確かにお前はびびりさんだったと思います。


「その点、お前にはいろいろ言いやすいんだ。まあ、なんだ。もっと尻見せろ、とか?」

 いやぁ、ほんとマジ普通に女性の入浴を覗いたと思ったよ、と青木は鼻の下を伸ばした。


「あ、あいなさん。こいつ、蹴っていい? 蹴っていい? まじで」

「仮面がはずれてるっての、まあ、足蹴にしてもいいけど、ご褒美になるからね」

 それでいいなら、おねーちゃんは許しますと、弟への傷害事件未遂をあっさりと認めてくれた。


「それで、姉貴と木戸こそ、まさかお泊まりをする関係になってるとか俺は驚いているんだが」

「そりゃ、写真が結んだ縁ってやつだな。プロが写真見せてくれるというなら、ほいほいついていくよ、俺は」

 そんなの当たり前だろう? というと、いやさぁ、と青木はなぜか言いにくそうに言葉を濁しながら言った。


「わざわざ女装してか?」

 ああ。来るなら木戸馨として来いよってことか。

 いちおう、弟つながりで、あいなさんとの面識は、木戸の方にもある。

 けれども、その後も関係が続いているというのが、信じられないと言うところなのだろう。


「だって、相沢あいなさんの自宅に男が出入りするのはあまりよくないだろ」

「そうはいっても、普通はしなくね? ていうか家で風呂入ってるとか、いつのまにそんなに仲良くなったんだ?」

 いぶかしげな視線がこちらに向けられる。そりゃそうだ。確かにあいなさんと木戸は卒業式の感じなんかもあるし、そこそこ知り合いと言える。でもあっている回数は圧倒的に少ないし、つながりとしては青木の姉という域をでない。それなのに家にお泊りで写真の品評会なんていうのはないと考えるのだろう。


「あー、女装の件はこっちでおねだりしたの。噂ではすごいかわいい格好したりとかもしてたっていうし」

 青木の追求に、あいなさんは苦笑混じりにそんなフォローを入れてくれた。

 まあ、嘘は言っていない。せっかくだから、可愛い格好しておいでよー! いっぱい撮っちゃうからっ、みたいな冗談は言われたわけだし。

 

「たしかにあそこの制服は可愛いですけどね……ま、あれです。どうせお互い見せ合う写真の量は膨大になるのだから、お泊まりしながらじっくり鑑賞しようかって話になったわけだな」

 それこそ深月さんには男としては見られていませんよと同意を求めてみる。


「そうよねー。こんなかわいい子が男の子なわけがない」

「それをいうならこんなかわいい子が女の子なわけがない、だろ。って八瀬あたりは言いそうだな」

「三次元でそれはない、ってあいつは言うぞ?」

 今じゃ、あんなお店で働いているので、言い分もだいぶ変わっているだろうが。


「成人式も結局ばらけちまったしな……たまにはあの頃つるんでた連中とも会いたいよな」

「俺は別に構わんけど、八瀬がなんていうかは悩ましい」

「どうせならお前ら二人とも女装でも構わないし。そうすりゃ一人でハーレム気分を楽しめる」

 これは勝ったな、と青木が拳をぐっと握りしめているのだが。

 青木さんや。あんたは男の娘好きなんですか? どうなんですか?

 それとも彼女ができた余裕みたいなもの?


「んじゃ、男子会の方も近々セッティングということで」

「男子会の方も? ってことは他にもやるのか?」

「まぁ、その……バレンタインあたりで女子会やる予定なんだよ。斉藤さんとか佐々木さんとかあそこらへんと」

 さくらも来るだろうけどとりあえずそれは出さないでおく。あいつは別のクラスだったのだし、ルイと仲良しというのはある程度有名な話だから。


「女子会に普通に混じれる男子なんてお前くらいなもんだろうよ……くそぅ、羨ましいやつめ」

「仲良くはしてもらってるからね。でも、お前もあんまし女子女子言ってると、ちーちゃんに怒られるからね?」

 ほれ、しっかりしなさいなと言ってやると、あ、あぁ、となぜか青木はへんにゃりしはじめた。


「最近、千歳に避けられてるような気がするんだよ……」

「それって、スキンシップ不足とかってやつ?」

「いや、もともと、あんまりべたべたは……好きじゃ無いやつだから」

 おさわりはいけません、と青木は少しだけ深刻そうな顔を作って肩をすくめた。

 まあ、ちーちゃんだしなあ。体は触らせたくないってのはなんか解る気はする。


「だったら、避けられてるって思う理由は? お前また何かやらかしたんじゃ?」

「……ちょ、どうしてお前はそう、後輩女子を守る先輩みたいな視線をこっちに向けるかな」

 やましいことはなんもないからな! と青木はあわあわと言い始めた。

 でも、それならなおさら、なんで避けられてると思うのかわけがわからない。


「実はな……ちぃのやつ、なんか別の男と会ってたっぽいんだよ」

「……はい?」

 絶望混じりの青木の告白をきいて、つい、あいなさんと顔を見合わせてしまった。

 ええと。うん。


 別に男の人と会うくらい、普通にあるんじゃね? ということだ。

 木戸だって、男女両方とお付き合いがあるのだし、仕事上で異性にあうことだってそれなりにある。

 シフォレは女性メンバーしかいないから、仕事のつながりってわけではないのだろうけど、知り合いにいたところで別に驚くことでもない。


 だから、青木に言ってやった。

「それくらい別に普通にあることだろ。どんだけ独占欲強いんだよお前は」

「って、ちげーし。まじでちぃのやつ、すっごく楽しそうにしてたみたいなんだよ」

 ほら、これを見てみろと、青木はスマホをいじってこちらに差し出してきた。


 そこに映し出されていたのは、確かに楽しそうに笑っている千歳の姿だった。

さて、先日かけてなかった後半部分というわけで。

青木さんとのやりとりが、とても懐かしい感じでちょっとほっこりしました。

いやぁ、あほうな付き合いというのはとても得がたい物かと。

正直、うちの話では男子があまり出てこないというのもありつつ、貴重な人材かと思います。


さて、次話はちーちゃんの話になります。さぁ、浮気なの!? どうなの!? といったところですが。

まあ。お察しの通りです、きっと。


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