434.成人式1
「うお、まじに羽屋美鈴だ。え? うちの近所だっけ?」
ひそひそひそ。成人式の会場に集まった人達からそんな声が漏れていた。
そう。二十歳になったら招かれるこの成人式は、市ごとのくくりで展開されるので周りにいるのは小中学校の知り合いばかりという感じだった。高校の頃のクラスメイトもちらほらはいるものの、親しい相手は隣の市に集中していたりもする。
さくらも、エレナも隣の市なのでそちらのほうのイベントへの参加だ。
小学校一年で引っ越しをした蠢も、この現場にはいない。
さて、では一番みなさんが気にしているであろう、木戸さんの成人式姿はどうなったのか、と言えば。
「ああ、木戸馨さんですね。どうぞ」
入場券を渡すと、受付の人は流れ作業の一環で中へと通してくれた。
はい。この反応を見てもわかるとおり、今日の木戸さんは、木戸馨としてイベントに参加しています。
ちょ、どうしてルイとして出ないのかっ、なんて話はしないで欲しい。
これは木戸馨のイベントであって、さらに女装が必要な会でもないのだ。
もちろん、そりゃ、成人式の撮影をルイにお願いしたいというオファーがあればそれに乗ったし、そっちを優先した。でもさすがに佐伯さんが、成人式は節目だからねぇ、ちゃんと出ておいでよ、なんて言い始めてこうなったわけなのだった。
え? 服装はスーツじゃなくてジャケットとパンツスタイル。前に結婚式の撮影にいったときの感じ。
スーツ姿はぼろくそに赤城に笑われたので、ちょっと躊躇してしまったのだ。
なので、若干このスペースだと浮いてる服装だなとは思う。
もちろん女の子は振り袖が多い。しかもルイがモデルをやったやつを着てる子もちらほらいたりする。
というか、ほとんど振り袖か!? まあ、一生に一度って思えば着たいって思いはわかるようにも思うけれど。
……木戸さん的にはそこそこイベントとかで着慣れちゃってるのもあって、目新しいという感じにはならなかったりする。
被写体としては、綺麗だと思うけどね。
そんなわけできょろきょろ周りの様子をうかがいながらも、さっそくハヤトが噂になっているのを聞きつける。
最近モデルとしてがんばってるのもあって、それなりに知名度があるヤツなのだ。
ま、隣の市のほうだと、崎ちゃんが思いっきり参加していたりするから、周りから、おおぅとか言われてるのだろうけど。エレナなんかは、ほんと隠れ蓑にうってつけだね、なんて悪い顔をしてたくらいだった。
でも、実際は知り合いがあんまりいないし、エレナとかさくらのそばにぴったりくっついたりしつつ、やだあれ前にテレビに映ってた子じゃない? とかエレナさんも大注目されてるんだろうなぁと思ってしまう。
え、女装で成人式にでれるかどうかって? そんなのエレナんちは隣の市の市長さんとも懇意なくらいなのだし、そもそも、案内状のはがきを持っていけばいいので、それは問題ない。
というか、ハヤトだって、女装で参加できているしね。
「よぅ、はや。みんなとーまきっぽいから、こっちすわれー」
とりあえず男口調でハヤに話しかけると、ぴくんと体を震わせつつ、ん? と小首をかしげて、あぁとなぜか彼女は時間をおいて納得した。
ちょっとまて。いくらなんでもこちらの顔を忘れるのはひどくはないだろうか。
「ゴメンゴメン。なんか、あっちの顔と小学生の頃の顔ばっかり覚えてるもんだから、そのごつ黒縁眼鏡姿に馴染みがなくて」
「それ、ひどくね?」
はぁ、とため息を漏らしながら椅子を勧めるものの、ハヤは隣に座る様子はなくそのまま立ち話状態だった。
「しかも、男口調がすさまじく違和感……っていうか、振り袖だとばかり思ってたから、まさかスーツですらないとは」
「いやさ、スーツも考えたんだけど、似合わないし、ならジャケットでいいやぁって感じ」
もーどんな格好しても、変に見られるなら別にどうでもいいかなぁって、というと、だから振り袖なら変に思われないのに、と苦笑されてしまった。
ええと、いちおう木戸さん男子なんですよ? 女の子ならスーツの子が珍しいってのが成人式だというのを今日知ったものだけれど。
「振り袖はもう、イヤになるくらい着たからいいっての」
「ああ、モデルやったんだっけ? かなり綺麗に写ってて、おぉーって思ったけど」
カメラ写りもいいとか、このーと小突かれると、周りから、ひそひそと、あいつはなにものだなんていう声が上がった。
でも、その中の声をハヤが拾って、こちらをからかってくる。
「そもそも、係員さんなんじゃね? って声がちらほら聞こえるんだけどさ。確かに、カメラ装備の上にスーツでもない、無味乾燥な黒眼鏡ってなったらたしかにそう見えるかも。腕章でもつけていっぱい撮ればいいんじゃない?」
「言われないでもいっぱい撮るけど、さすがに係員さんってのはなぁ。同じ新成人だっていうのに」
なんというひどい扱いっ、というとハヤは呆れた顔をして、それはあんたが悪いとはっきり言い切った。
まったく、ひっそりと静かにしているようなタイプだったというのに、このかわりっぷりとは。
「っと、それはそうと。小野町さんと野島さん探してるんだけど、見てない?」
立ち話をしている場合じゃなかったと、ハヤは周りにちらりと視線を向けながら尋ねてきた。
なるほど。座らないと思ったら、そういう事情でしたか。
あのとき仲良くなった二人と、その後も交流があったとはとてもいいことだ。
ま、あれだけ世話も焼いたのだしね、幼いころの人との交流はしていて欲しいよね。
そういう自分は、幼なじみとの交流って蠢くらいしか今はないけど。
「二人はまだ見てないなぁ。メールは?」
「小野っちは遅れるって。野島さんはもう来てるはずなんだけど……」
「あの人のことだから、男装でもしてるかもね」
あり得ると、普通に彼女に言われるくらい、最近の野島さんは男装フェチである。
そう言ってしまうのも、ルイとしてコスプレイベントに参加しているから知っていることではあるのだけれど。
野島さんったら、なっかなかルイをやってるときは近寄ってきてくれないんだよね。
一緒にいたら目立っちまうっすと言われたことが一度あるけれど、目立つためのレイヤーなのに目立ちたくないというのもまた変な話だ。
「で? 木戸くんはわたしの服装については何も突っ込んでくれないんだ?」
「トッテモキレイデスヨ? お正月のトラウマ的に、あんまり振り袖ってって思っちゃうもんだけど」
「お正月なにがあったのか興味あるかも」
よいせと、野島さんからの返事を待つためにハヤは隣の席に座りこんだ。
そんなハヤに、お正月にあったじいちゃんちでのことを一部伏せて話して聞かせてあげた。
もちろんじいちゃんとルイの関係は周りで聞き耳を立ててるやつがいるかもしれないから、表に出せはしない。
でも、女装の巫女さんやら、それの影響で男の娘が多いというような話には、いい町だなぁとうらやましがられてしまった。
「ちなみに、そのときの写真は? 艶姿の写真は?」
「食いつきすぎやん。じーちゃんに撮られた写真はあるけど、あれはなぁ」
無駄に上手い写真に、男の娘撮影力。そりゃわかりますよ。好きな物に対して写真家はどこまでも真摯になれる物だから。じーちゃんほど経験があるなら、あとはえり好みでいくらでもいい写真を撮るだろう。
「自分で見ていて、これって誰だよって感じの写真だったと言っておこう。うちのじーちゃんも写真家でな。現実の何倍もキレイに写真を撮るもんだから、どこからどう見ても美人さんのブロマイドなのだよ」
しかも、とその後にも言葉は続く。
「二枚に一枚、男の娘っぽさも出した写真まで撮りやがる……くそぅ。俺が何年かけてつかんだと思ってるんだあの技術……」
「いやいや、でもそれほら、ここまで女の子っぽくなった子を相手にやる石倉さんとか、どこかの木戸くんとかよりはまだましなんじゃない?」
ほれほれ、と自分を指さしていうハヤに少しばかり反感は覚えてしまった。
まあ、確かに、ハヤを相手に撮りわけができる、というのはかなりハイレベルだとは思うけれど。
ルイさんだって、女装だと見破れないくらいの作り込みなのだ。
「そりゃ、眼鏡つけた状態で、だったけど。女装の時はなるべく入り込むようにっていうか、ね。どんだけのシャッターチャンスと角度なのさと言いたくもなる」
誰にも男だなんて言われたことないのに、と言い切るとすんごい嫌そうな顔をされた。
ま、いいんですけどね。本気でやってる人達にとってすれば、それはわがままとすら言えるだろう。
なんせ美鈴のことは、普通に我々は狙って女顔と男顔を撮り分けられるのだから。おそらく木戸よりもよっぽど女らしさに気を遣っているであろう彼女をだ。
けれど、今までの実績から言って、よっぽどの玄人じゃないと木戸の女装に違和感をもたれることはない。
違和感がある角度はもちろんあるにしても、それをあっさり狙われるのは、なんかやるせないのだ。
特に後半、じーちゃんに正体がばれてからは、ルイの状態に入っていたし、髪飾りなんかも厳選した上で撮られてそれなのだもん。すげーとは思ったけど、えぇーとがっくりはきた。
そんな感じで話をしていると、周りのひそひそとした声がさらに多くなってきたように感じた。
先ほどは係員さんとか言われていたけれど、ようやっとこちらのことにも気付くヤツが出始めたようだ。
「ちょ、あいつ誰よ……美鈴と親しげとか誰よ……」
「まて、あいつ……たしかHAOTO事件の時に蚕に告白されたやつじゃね? うちの市のやつだったか……」
「うわ。ぜんぜんそんな感じしねーな。ドがつくほど存在感がない。っていうか誰だ」
あんまりな言い分である。確かに全然これでもかというくらいに存在感はないのだけれど、他人から言われるとそれはそれで気になってしまう。
「地味に美鈴は大人気だね……こっちはオーラがないとか散々言われてるようだけど」
「いや、だって眼鏡かけてる間はマジでオーラないし」
仕方ないし、と突っ込みを受けたところでメールの受信が入ったようだった。
現在地なんかも案内があるのだろう。
「やっぱり野島さんはびしっとスーツらしいよ? 小野っちはその隣にいるって。割と前の方だっていうからいってくるね」
小野っちも間に合ったみたいだね、と笑顔を浮かべるハヤは、どこに出しても恥ずかしくないほど女子っぽい。
先約があるなら、送り出してやろうと、木戸はそこで声をかけた。
「はいよ。旧交を深めてくるといいよ」
どーせ、俺は一人ですしねーというと、えぇー木戸くんもいこうよーと誘われた。
そういうことであれば、合流することもやぶさかではない。
そして前の方の席に移動すると、そこには振り袖姿の女子とスーツ姿の女子の姿があった。
「ぐっ。スーツ着慣れすぎでしょ、野島さん」
「どこかの誰かさんに撮ってもらったらべらぼうにかっこいいのが撮れちゃってそれから、男装がくせになってね」
まあ、ルイなんだけどな、と内心思いつつ、今日は若干いつもよりも作り込みが浅いなと感じた。さすがに成人式は無茶をしないでくれと親にでも言われたのだろうか。男装とは言っても女性用のスーツのフォルムは保っているので中性的な感じだ。
「ま、これくらいきらきらしい人達の中にいるなら、ハヤも問題なし、かな」
小野町さんも振り袖きれいーととりあえず褒めておく。ハヤほどではないものの、やっぱり着物の晴れ姿というものはいいものだ。
「せっかくなら木戸君も振り袖でくればよかったのに」
「うぐ……会う人みんなにそれ言われる日かな、今日は」
きっとそうだよー、と二人から言い切られてしまった。
だ、大丈夫だもん。小学校の同級生の男子たちには、なんにも言われない……もん。
「今日は、後で時間あったら撮影会をしよう? いちおーこっちでも知人の結婚式の撮影をお願いされるというようなことはやってるので」
ぐすっと内心で思いつつ、きらびやかな三人に、木戸馨でも撮れますぜ、というアピールをしておいた。
もちろん野島さんからは、ほどほどどころじゃないだろう! とつっこまれたけれど。
そんな会話をしていたら、すぐに時間は経ってしまい。
会場には式が始まるアナウンスが鳴り響いたのだった。
ついに、あの木戸くんも成人か……などと思ってしまいます。
さて、どっちで参加するのか、というので以前から少し話題にはしてましたが、木戸くんの思考のベースとしてはあくまでも「ルイとして呼ばれればそれが最優先、でも男子としてなら周りから乞われないと女装しない」子なので、嬉々として振り袖わーい、にはなりません。
というか、そのために今まで散々、振り袖を着せてきたというのもあります。バランス的な問題で。
そんな木戸くんですが、スーツも着ないのは作者さん的にも、おまっ、と思いはしましたが、確かにあれだけ入学式に大爆笑されたなら、ここでも大爆笑されるに違いないという学習効果はばっちりかと。
さて。そんな状態なので次話は、係員さん(笑)は大忙しになる予定です。




