433.エレナさんちでお食事会2
公開が午後になりました。すみません。え、胃の具合はまあいくらかは。
みなさま、お久しぶりでございます。
三枝家で執事をさせていただいております、中田と申します。
さて、ただいまセカンドキッチンではお嬢様がご友人達とご歓談中ですので、私めがここ数週で起きたことを少し語らせていただこうかと思います。
え。本人達から話を聞かせろ? それには及びません。
今お嬢様方は楽しい時間を過ごしているところなのです。
ええ。私が、よーじさま、でしたか。あんなどこの馬の骨ともわからない男とお嬢様のトーク風景を見たくないからというわけでは、けっして! まったく。お嬢様といったら、あの男に甘過ぎです。
さて。お嬢様と旦那様がマリー奥さまの墓参りに行く話は、実は夏の頃よりございました。
六月のあの一件から、お二人は少しずつ失ったものを拾い上げるように時間を過ごされ、そして少しずつ調整を繰り返してまいりました。
ああ、私に話が来たのが夏、ということで、行きたいとエレナお嬢様が願ったのはあの誕生日の時だったそうです。もっと早くじぃにも話をしてくれればと思ったのは内緒でございます。
旦那様のお仕事のスケジュールもありますし、もちろん先方、マリーお嬢様のご実家の都合もあります。
がんばって調整してね、などと言われましたが、会社の秘書の方とは今までにないほど交流を深めさせていただいた次第です。
お嬢様も、家のことはボクがある程度やれるから、そっちに集中して、と可愛い顔で仰ってくださいましたので、あの時期はお屋敷よりも外での仕事の方が多かったように思います。
そして、ちょうど調整がついたのがこの前の年末というわけでした。
パスポートに関しましては、坊ちゃま時代の写真が載っているわけではありますが、まあ先方のお国柄が良かった、とだけ申しましょう。
本人なのがしっかり確認できれば、出国も入国もスムーズなものでした。
なにより、お嬢様は高校時代から、究極的に可愛らしかったのですから! 今はただ女性もののお召し物と、髪を伸ばしていられるだけの違いしかありません。
よくよく思うと、よくあれで男子校などというところに通えていたものだと思えます。
本人は笑顔で、え? 問題は特にないよ? なんて言いながらミシンを走らせていたりしたものですが。
入国してからは、懐かしい町並みをご案内して行きました。
エレナお嬢様はどうやら海外であっても、周りの視線を集めるようで、振り返る男性はかなりの数がおりました。
さすがに我々も一緒だったので、声をかけてくるものはいなかったのですが。
本人がそれに気付いているかはわかりませんが、雑貨店や市場なんかを見て回って、楽しそうにしているおりました。そんな姿を見ていると、昔の光景をふと思い出してしまいます。
一足一足がとても懐かしい。
昔住んでいた町なのですからそう感じるのは当たり前ではあるのですが、お嬢様にとってすれば新天地を楽しんでいるというところなのでしょう。
旦那様も、そんな様子を見守りつつ、あぁ、これは、なんて感慨に浸っているようでした。
「じゃあ、そろそろ行こうか。約束の時間だ」
ちらりと時計を確認して、あちらの屋敷へと向かいます。
移動は車ですが、お嬢様は石畳の町並みを見ながら、かわいーとにこにこしておりました。
たしかにお嬢様が好きそうな町並み、といえるかもしれません。
ここにルイちゃんがいたら、大喜びでカメラいじっていたんだろうなぁとの言葉には、旦那様も苦笑気味でした。
コンコン。
「出てまいりませんな」
入り口にあるドアノッカーをならしても、人が出てくる気配はなかった。
私がここで従事していたころは、ノッカーをならせばすぐに使用人の誰かがすぐさま外に出たものですが、最近の若い者はたるんでいるのでしょうか。
もちろん、奥さまには到着時刻はあらかた伝えてありますし、到着したのも時間ぴったりです。
市内観光の時間も考慮にいれた上でのベスト配分。
我ながらほれぼれするくらいのしきりだったのですが。
どうにも、ままならないものでございます。
「お待たせしてごめんなさいね。ドアノッカーを使う方がいるとは思わなくて」
しばらくして、扉が開くとそこに現れたのは一人の老婆の姿だった。
年の頃は六十代後半といったところでしょうか。
ふむ。電話でアポイントメントは取ってあったはずですが、ノッカーではダメだったのでしょうか。
ちらりと外に視線を向けると、確かにインターフォンのボタンがあります。
いつのまにつけたのでしょう。
「あらあらっ、ナカタじゃないの。そういえばもうそんな時間だったのねっ。最近は私たちも歳でしょう? それでインターフォンっていうのをつけるようにしたの。さすがメイドインジャパンはすごいわね。誰が来たのかカメラでわかるだなんて。まるでスパイ映画のヒロインになったみたいで、楽しいわ」
そんな彼女は、こちらの姿を見ると、あらあらあらと相貌を崩して近寄って来てくださいました。
はい。こちらがマリー様のお母様でございます。
「しかし、奥さま自らのお出迎えとはどうされたのです?」
「メイドのハンナは、あの人の付き添いで買い物に出ているのよ。それで一人でお留守番ってわけ」
まったく、約束の時間までには帰るようにって言っておいたのに、とぷんすか怒る姿は、還暦を過ぎていても奥さまらしくていらっしゃいます。
「そして……ああ、ミスターサエグサ」
「ご無沙汰をしております」
旦那様は、苦虫を噛みつぶしたような、センブリ茶を飲んだような、渋い顔を一瞬してから、日本式のお辞儀をしました。
けれども、奥さまは奥さまでこちら風に出迎えるようです。
一歩足を踏み出すと、そのまま旦那様をぎゅっと抱きしめたのでした。
「無事でよかった……」
もう立ち直れないかと思っていた、と奥さまは心底嬉しそうに抱きしめる力を強くしていました。
逆に、旦那様は困ったような、やはり苦い顔でした。
マリー様のことを、半ば忘れるようにしていた旦那様です。罪悪感なりは相当でしょう。
「そして……え?」
ちらりと横に向くと、やっとお嬢様の姿を視界にいれた奥さまは、不思議そうな顔を浮かべました。
「初めまして、お祖母様。三枝エレナと申します」
ぺこりとお辞儀をして顔を上げると、さらさらの髪が風に舞った。
さすがはお手入れをしっかりしているだけあって、すばらしいものです。
ああ、ちなみに、私は御髪にはさわらせてはいただけません。お小さい頃は、あらってーと可愛い顔を見せてくださったものですが。
今では、え、トリートメントの種類とかわからないでしょ? などと言われてしまっております。
「エレナさん? えっと……」
「うちの息子です」
ようやく抱擁から逃れた旦那様が、お嬢様の頭にぽんと手をのせて紹介をする。
さすがにその紹介はどうかと思ったのですが。
「あぁ……サエグサさん……あなたそこまで……」
わかりますとも。奥さまがどうお感じになっているかなんて。
気が触れてしまった旦那様は息子にマリーさまの面影を追っているのだ、と。
それとなく、坊ちゃまの写真は私が奥さま達にお送りしてまいりましたし、坊ちゃまがどういう風に育っているかはご存じです。
だから、いまそこにいるエレナさまが孫であることは、きちんと見ればわかるはずです。
たとえ見た目が美少女然としていようと。
「あのね、お祖母様。これは別にお母様のことがどうとかじゃなくてっ。そ、そう、クールジャパンってわかるかな!? オトコノコっていうんだけどもっ」
「く、クールジャパン?」
たしかに、男の娘文化というのはクールジャパンのうちだとは思いますが、お嬢様。さすがにそれこそがクールジャパンといってしまっては方々から問題視されるかと。
しかしながら、奥さまはその言い分に納得したようで、今度はエレナお嬢様をぎゅっと抱きしめておりました。
まるでそれは時が戻ったかのような光景で。
私は、少しばかりハンカチを目元にあててしまいました。
「あの、お祖母様。それでね、あの……母様のお墓参りをしたいんだけど」
ダメかな? とエレナお嬢様はおねだりをする要領できりだしました。
女の子っぽくなるわけでもなく、かといって粗野でもないというそのバランス感覚。まさにクールジャパン。
「ええ、あの子も喜ぶでしょう」
お墓参りの道具一式はこちらで用意しているのが見えたのでしょう。奥さまはこちらよ、と中庭の方へと案内してくれました。
むろん、私だけでも案内はできますが、家主の許可は必要です。
「中田さん。お母様がここに埋葬されることになった理由って教えてもらってもいい?」
そのお屋敷や庭園をじぃと見つめながらお嬢様がこちらに質問なさいました。
「あの当時、旦那様がたいそうショックを受けておられたのはご存じですよね? そして、マリーさまのご両親であるこちらも、もちろんショックを受けたのです。そこで葬儀の話が両家で少しもめましてね」
「あの子なら日本式の葬儀のほうがいいだろう、となったけど、サエグサさんの心労があまりにも強くて、お墓はこちらにということで落ち着いたのよ」
生まれ育った庭園の中でゆっくりして欲しかったから、と奥さまは未だに少し寂しそうな顔を浮かべておりました。
「確かに、昔のお父様なら、お墓が日本にあってもお掃除とか法事とか全然できなさそうだったし」
だからこっちなのか、と納得の声をお嬢様がもらしました。
日本にあるなら、執事である私がそれこそ甲斐甲斐しくお世話をさせていただいたものですが。
「さて、つきましたよ」
「うわぁ……」
中庭について開口一番、お嬢様はその景色に飲まれたようで、静かに歓声を上げていました。
この時間のこの庭。ちょうど太陽の光が注ぎ込んで、芝生や木々が煌めく瞬間です。
冬場なのでそこまでではありませんが、夏ならばこれがまた色とりどりの花々が顔を覗かせる見事な庭なのです。
「こんな中にいられたのなら、母様も寂しくはなかったのかな」
その一区画。一番日差しが強いところ。
そこに、西洋風のお墓が建てられております。
十字型、ではなく石碑型とでもいえばいいでしょうか。
それが庭を見渡せるように、立てられているのです。
「お母様。やっとお会いすることができました」
エレナお嬢様はとぼとぼとその石碑の前に歩いていって、その石をいとおしそうに撫でていました。
かなり昔の思い出を頭に浮かべているのかも知れません。
幼い頃、頭を撫でてもらったあの日のことを。
そんなときでした。
「ま……マリー?」
がさりと物音がしたと思って後ろを振り向くと、そこに立っていたのは、記憶のそれよりもずいぶんと年老いた旦那様でした。
メイドと買い物に出ているなどということではありましたが、今日お嬢様たちがお越しになることは覚えていらっしゃったようです。
「へ?」
「マリー!」
「うわわっ」
急に抱きしめられて、エレナお嬢様はあたふたと視線をさまよわせていました。
聡明なエレナさまのことです。もう眼の前のお相手が誰なのかはご存じでしょう。
しかたないな、と最終的にはあきらめて、されるがままになっておりました。
その光景は、正直、私が昔見た光景とは異なるものです。
私がこの家に拾われた時のお嬢様はもう、父親に抱きしめられるままにするなんてありえませんでしたから。
スキンシップをしようと近寄ると、もうそんな歳ではありませんわ、とふいと身を引くような感じでした。
だからこそ。きっと旦那様からすれば実に数十年ぶりの、抱擁なのではないでしょうか。
「お、お祖父様、苦しい……」
じっとしていたエレナさまから声が漏れます。
旦那様はほどほど体格がいいかたなので、つい、やり過ぎてしまったのでしょう。
旦那様はその可愛らしいうめき声をききつけて、慌てて手を放しました。
そしてまじまじと、エレナさまの姿を見つめて、ようやく驚いた顔をしたのでした。
髪と目の色だけが違う、マリーお嬢様のお子様の姿を見つめながら。
「というわけで、お祖父様との初対面なわけでした」
シメのラーメンが煮えるのを待ちながら、エレナはあちらでの生活を話してくれた。
あまりにも彼女が、楽しそうに町並みを語るものだからついついルイもその風景を撮りたいなんて気分にもなってしまったくらいだ。
特に、あの庭。なんなのさ、外国のお金持ちさんの本気を見た! って感じの庭園だなんて、撮ってくれといってるようなものだろう。
「にしても、エレナんとこのじーちゃん、なんかすっごいかっこいいんですけど」
うちのじーさまとはホント、天と地なんですけど、というと、そ、そんなことないと思うけどな、とエレナが首をかしげている。よーじくんもだ。
お墓での一件のあと、屋敷では豪華な食事が振る舞われたというし、おじさまを労るところだとかとても紳士だと思うんだよね。自分達だって娘を失って悲しいのは間違いないというのに。
ほんと、考えていただきたい。あのじーちゃんと、そのじーちゃん。
明らかにジェントルな感じのあちらさまと、明らかに変態な感じのこちらさま。
まさに、対照的だと思うわけです。
「びしぃっとスーツにシルクハットみたいな感じの紳士なんでしょ? モノクルとかもついちゃってるのかな!?」
「って、ルイちゃん、いつの時代の人を想像してるの!? さすがにうちのおじーちゃんだって現代の人だからね! そりゃスーツくらい着てるけど、シルクハットとモノクルは盛りすぎだってば」
むしろ、いつかよーじにやって欲しい、とエレナさんがいうので視線を向けると、げふげふと咳き込まれてしまった。
「ああ、二人でなんか合わせるなら、あたしが撮影するからよろしくね」
絶対、声をかけること、というと、よーじ君がなおさらふるふる首を横に振り始めた。勘弁してくれとでも言わんばかりだ。
「でも、ルイさんのおじーちゃんだって、久しぶりの再会だったんなら、なんかなかったの?」
「……いろいろあったよ。ほんと、イロイロアッタヨ」
「なんで、片言!?」
よーじくんがつっこんでくるものの、みなさまごぞんじうちのじーさまである。
いろいろありすぎて、もう、お腹いっぱいなのだ。
「ご飯もあらかた終わったし、写真鑑賞会にしよっか? ルイちゃんのおじいさまの件詳しく聞きたいし」
もちろんデザートはシフォレのケーキね、とエレナは食べ尽くしてしまったお鍋をそのままキッチンの方にもっていった。翌朝はどうやらあれでおじやにするらしい。
どこまでも日本の庶民風で驚いてしまう。
「賛成。お茶沸かすの手伝うね」
そんなエレナさんに全部をお任せするのもなんなので、こちらも勝手知ったるという感じでお茶の準備。
茶葉の選別は、エレナさんにお任せすることにする。
「ありがとね、ルイちゃん。こっちはケーキの準備なんかをしちゃおうかな」
冷蔵庫に入れられてあった紙のパックを取り出してとりあえずテーブルに並べて行く。
本日は三人ということで、ケーキは六つ用意してきた。
え、一人二個かよって? まあだって一個じゃ寂しいじゃない。
残ったら翌朝でもいいわけだしさ。
「なんか俺だけ座りっぱなしってのもちょっとあれなんで来てみたけど、なんかやることある?」
「それじゃ、テーブル拭いて置いてもらおうかな」
ほい、布巾をどうぞ、ととりあえずいったん食器なんかも片付けて綺麗にするところから、よーじ君にも手伝ってもらうみたいだ。
「おぉー、さすがは自慢のお兄ちゃん。これなら彩ちゃんが大絶賛するのもわかる感じかも」
「って、ルイさん妹にあったんですか?」
「うん。この前の学園祭の時に寮にお泊まりしたし。あのときはなるべくみんな撮るように言われてたから、なおさらね」
よーじくんこそ、あの後無事に妹さんには会えたのかい? と尋ねておく。
ちょうど、あのときは、ゼフィ女の生徒会長さんに職質を受けていたところだったのだ。
「いちおう晴れ舞台なんでね。発表は見に行きましたよ。でも、その後ルイさんが鹿起館に行ってるだなんて全くもって聞いてなかった……」
これでも、メールは時々くるというのに、とよーじくんが少しだけしょぼんとした顔になる。
「ボクのところには来たけどね。あのルイさんとお泊まり中! って。エレ姉さまのかっこいい写真とか一杯見ちゃったってね」
「うぐっ。実の兄より、近しいねーさんをとるかあいつは……」
「あはは。でも、そうとうなブラコンであることには違いはないね」
ぴぴぴとタイマーが鳴ったので、ポットから紅茶をカップに注いでいく。
うん。良い香りである。
「さて、じゃー、席に座って、鑑賞会と行きましょうか」
そっちも中田さんが撮ってきた写真あるんでしょ? とエレナに問いかけると、もちろんといい返事が返ってきた。さっきの話で妄想満開だけれど、実際の絵があるならなおさら楽しみというものだ。
さぁ。では、とまずはこちらのSDカードを画面にさした。
木戸本家に行ったときの写真の一枚目である。
きっと巫女さんの写真とかを見れば、エレナさまは大変気分がよくなるに違いない。
「では、ぽちっとなっと」
紅茶をすすりながら、テレビの電源を入れる。
SDカードの表示をだして、そして最初の写真の決定ボタンを押した。
「ぶふっ」
「おぉー、これはまた」
「さすがルイちゃん、晴れ着似合うねぇ」
そこに映し出されたのは、じーちゃんにこちらの存在がばれてからとらせられた、晴れ着姿のルイさんだった。
ウィッグは用意できなかったけど、その分はヘアアクセサリーでいくらか髪の短さをカバーしている。
ちょ、それ一番最後に表示される予定のやつじゃん! なんで一番最初にでるようになってるのさ……
「おのれ、おのれじぃちゃん……これだから、外国の紳士とは違うとか思われちゃうのですよ!」
うぅ。としょんぼりしていると、エレナさんはぽふぽふ肩をやさしく叩いてくれた。
「すごく可愛いんだから、いいじゃん別に。ほいザッハトルテあげるから」
機嫌直して続き見ようか、というエレナさんのスプーンにはむつくと、甘くて少し苦い味が口に広がったのだった。
どうじゃ、馨、いいサプライズじゃろーと言わんばかりのじーちゃんの姿が頭に浮かんで、はぁ、とそれでもため息がでるのは仕方がないことだと思った。
クールジャパンって単語は最強ですね! でも、日本のアニメを見てる外国人さんの反応とかをネットでみることがあるんだけど、「なにっ、このかわいい子が男の娘だとっ」みたいな反応がたびたびあるので、クールジャパンなんだと思うのです。
そして、今回は前半中田さんに喋らせてみました。口調が大変ね!
懐かしい行き倒れの思い出も思い出していたことでありましょう。
さて、次話ですが。成人式のご予定です。かけるのかなー、どうなのかなー。そしてルイさんはどうなってまうのかねー




