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430.お正月の里帰り9

遅くなりました。少し長くなりそうなので分割で。

「おせちとお雑煮食べ飽きたから……で、これでいいのかが少し悩ましいのだけど」

 さて、じーちゃんにもろもろが発覚した翌日。

 なぜかただいま、ルイは台所のガス台の前に立っているのでした。


 しかもエプロン姿で! 服装はって?

 そりゃまあ……その。


「いいのういいのう。さすがはルイちゃんじゃー。エプロン姿が似合いすぎてキュートなんじゃよー」

 生足も覗いていていいのういいのう、とじーちゃんが呟いた。

「ちょ、短い髪の状態の写真あまり撮られたくないんですが」

「別にいいじゃろー? 公開とかせんし、わしの秘蔵フォルダに鍵付きで保管してやるぞい」

 はい。今朝、じーちゃんから、せっかくだからあと二日はルイちゃんとして家にいてくれんか? なんて言われて服を一式買いにいったのだ。


 散歩がてらに、お気楽にーってテーマソングで有名なあのお店である。

 都会に比べると圧倒的に服屋さんが少ないここら辺ではあるものの、そこでもなおあるあのお店はすごいと思う。

 ちなみに、他だと商店街にある昔ながらの服屋さんという感じのところ。

 取りそろえも六十過ぎのマダム向けという感じなので、さすがにまだお世話にはなれない。


 そんなわけで、一式、下着まで込みで着替えたわけだけれど。

 じーちゃんったらもう、わほーいと大喜びで写真を撮りまくるという……はぁ。確かにこれ見たら、父様達がカメラやべぇと思うのも納得とすら思ってしまったくらいだった。


 え、コートはって? あれは男女兼用だから別にいいのだ。

 母様達は男もので、かといって女子が着ても違和感がない、くらいに思ってるだろうけど、ボタンのかけ方が逆になってるレディースものだったりする。シルエットが少し細めで、中の着こなしをかえれば、女性用としても十分使用可能なのだ。


 まあ、もちろんこの格好のまま外にでる気はないけどね。

 ウィッグないとやっぱり外にでるのは遠慮したい。シルバーフレームの眼鏡をかけて出るというのはありだけど、それだとルイさんじゃなくて、しのさんになってしまうから、いささかしっくりこないのだ。

 わざわざ女装する必然性もないしね。


「じーちゃんのには、紅ショウガたっぷりいれてあげましょうか?」

 じじゅっと豚バラからでる油がフライパンの上で、音を出している。

 現在焼いているのは、フライパン二個使っての、大きめなお好み焼きが二つ。

 一人分ずつ焼く、というよりは切り分けてみんなでいただくスタイルだ。

 当然、じーちゃんのだけ特注というわけにもいかないのだけど、とりあえずテンション爆上げ中のじーちゃんに少し大人しくなってもらいたかった。


「おぅっ、それならそれでいいぞい? わしのためだけのお好み焼き! 広島風にしてくれてもいいのう」

 特注じゃー、となぜか喜ぶじーちゃんに少しだけため息をもらしてしまう。

 広島風は、最初に生地をたらして、その上にキャベツや他の具材をガンガンのっけるスタイルだ。

 作ったことはないけど、野菜が大量に頂けるのでヘルシーだと思う。


「ほらほら、じーちゃん馨にばっかり構ってないで、テーブルででんと構えててよ」

 さすがに馨もあれじゃ可哀相だから、と姉様が助け船を出してくれた。

 え、母様は、ぶすっとしながら朝から遠い目をしていますよ。


 母様は基本的にルイの存在に否定的だ。

 完全にそちらを選ぶならこのご時世、ありだということだけど、でも、趣味でやってるだけならやめろとうるさいのである。

 むしろ、趣味で問題なくやってるのならそれはそれでいいと思うんだけどね。可愛いは正義なのだし。


「さて、完成です。姉様。これもってっちゃって」

 ちょうどいいところに来ました、と大皿にのせたお好み焼きを姉様に手渡す。

 すでに包丁は入れてあるので、あとは個別にとって食べていただくだけ。

 ああ、青のりと、かつおぶしもしっかりとのっかっておりますとも。上でゆらゆらゆれる鰹節がきれいで、ちょっと撮影したい気分にはなるけど、それはやめておくことにする。


「はいはい。相変わらず綺麗に仕上げてくるのよね」

 はぁ。主婦スキル持ちかこいつぅ、と姉様がちょっとしょげた声を漏らしていた。

 いや、練習と回数だと思うよ、こういうのは。姉様はちょっとずぼらなだけだと思います。


「六月に結婚式なんだっけ? それまでレシピ本片手にがんばってみれば?」

「それはまぁ、うん。花嫁修業はしようかなぁとは思ってるけど……その、いまいち、料理って、わかってる人はわかってる的なのが多くない? 少々ってなによ、少々って、みたいな」

「親指と人差し指でつまんでちょっとずつ入れるって感じ。ネットで調べればそこらへんもいろいろでてくるし、ちょー初心者向けに用語解説してる本とかもあるから、そこらへんも参考にするといいんじゃない?」

 いちおう、料理に関しては母様に少し教わってはいるものの、ルイとて全部がそのままというわけでもなく。

 料理本を片手に、というような時期もあった。

 というか、今でも美味しそうなレシピがあったらちらみしたりすることはあるのだ。

 え、コンビニで置いてあって、表紙に美味しそうなのがあったら図書館でかります。はい。立ち読みはダメなので。


「というわけで、みなさん温かいうちにどうぞ」

 もう一つのお皿も持って、居間に向かう。

 テーブルはそこそこの広さがあるけど、今日はそれに追加してもう一つテーブルを出している状態だ。

 もともと、田舎のお家であるからして、それなりに来客はあるというのもあって、そういうのも用意しているのだとか。

 核家族化が進んでいる都内ではあまり見られない光景かもしれない。


「おやおや。しっかり仕込んでるってのは間違いじゃなかったようだね」

「……あいかわらず、手際もいいし見た目も良いし。へたすると自分でソースとか作り始めそうね」

 美味くできたと思うし、香りもかなりいいはずなんだけど、母様がこちらにもの言いたげな視線を向けています。

 今日のはホント、仕方ないと思うんですよ。ほんと。

 あ、ちなみにソースは普通にどろソースです。市販品でございます。


「では、いただきますじゃー! ルイちゃんの手料理を食べられるやつなんて、数えるほどじゃろーのー」

 ありがたいことじゃー、と涙目のじーちゃんを前に、はははぁ、と母様達から力ない乾いた笑いが浮かんだわけだけれど。

 とりあえず、このときはしらんぷりを決め込むしかなかった。



 お昼ご飯が終わったあと、片付けをしているとピンポーンとチャイムの音がなった。

 ばーちゃんからは、後片付けまでしっかりやるのかい、と普通に感心されてしまったのだけど。家ではだいたいこんなものである。母様の乙女教育はしっかりと根付いているので、そこまでやって料理は終了だ。


 宅急便がくるとかどうとかってはなしを聞いていたので、エプロン姿のまま玄関へ。

 じーちゃん達は居間で昼からどんちゃんさわぎをしているし(お好み焼きにはビールじゃろーとかいって、父様と一緒にのんでた。無礼講はお正月だけですからね、とばーちゃんから注意されていました)、一番フットワークが軽いということで、玄関に向かったのだけど。


「あのー、木戸せんせー! お留守ですかー」

 なんか聞き覚えのある声が聞こえましたよ? えっと。

 扉を開けようとして、うわぁと扉越しにうっすら見える人影に、ちょっと複雑な気分になる。

 会えて嬉しいというのと、今のウィッグ無しの姿を見られるのはなぁというヤツだ。


「木戸先生は、現在居間で酔っ払っています」

「って、ルイちゃん!? なんで?」

 カラカラと玄関を開けると、そこに立っていたのはやっぱり胸元にごついカメラをつった女性だった。

 なんで!? といわれても、孫じゃし、とかいうしかないのですが。


「あ、あああ。佐伯さんからこのおうちのこと聞いたのかな? スタッフになったわけだしご挨拶がどうとかって」

「いえ、私も初めて知りましたよ。ここが佐伯さんの兄弟子の家だなんて」

 ささ、寒いのだから、中にどうぞ、ととりあえず玄関に入ってもらうことにする。

 お昼であってもさすがに冬だけあって、冷たい空気が入ってくるのだ。


「は?」

 あいなさんはありがと、と言いながら素直に部屋に入ってくれたものの、こちらの言い分には疑問しか浮かばないようだった。


「いや、あたしの本名を言ってみてくださいな」

「豆木ルイ?」

「そっちじゃなくて」

 ちょ、あいなさんったら、どうしてそんな話になってしまうのですか。

 たしかに、木戸馨として会った時間のほうが遥かに微々たるものだけれど、そこらへんは察していただきたいものです。


「木戸……あ」

 ようやく正解に行き着いたらしい。

 けれども彼女は、えっ、とむしろ驚いた顔を覗かせた。


「ここは、父方の実家なんですよ。っていっても、うちの父様ったら勘当されてた身なので、十年ぶりですけどね、こっちくるの」

 だから、佐伯さんとのつながりを聞いたのも昨日だし、あまつさえ、興明さんとかとも繋がってるのを聞いて驚きました、というと、あーなんか運命を感じるレベルね、とあいなさんは興味深そうに頷いた。


「誰かお客さんかのうー。おぉ、あいなちゃんじゃったか。あけましておめでとー」

「木戸先生。あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」

 玄関でわいわいやっていたからか、じーちゃんが顔を赤くしながらひょっこりやってきた。

 しかし、先生か。なんかちょっとじーちゃんのことをそう呼ぶのはしっくりこない、だなんて思ってしまうのはここのところの痴態を見てしまっているからかも知れない。


 え、他にもなにかあったのかって?

 あいなさんもいるから手早く昨日あったことを振り返ってみようか。


 それは昨晩のこと。夜のお風呂の時間で、じーちゃんが思い切りいい顔で、のう、()よ、じーちゃんと一緒に風呂に入ろうっ、などと言ってきたのだ。

 けれども、じーちゃんは、あれで静香母様のことをよくご存じではなく、こそこそするのをすっかりと忘れた感じで。

 母様はにこにこと有無を言わさない迫力のある笑顔で、どうして二十歳過ぎの孫と一緒にお風呂なんですか? と尋ねていた。

 じーちゃんは、当然のように、ほ、ほれっ、孫と一緒に風呂に入るだけじゃし? 男同士じゃし? と思い切り目を泳がせながら言った。


 あれは母様ではなくても、下心があることくらいわかってしまう。

 じゃあ、旧交を温めるために、まずは功一さんとですね、と母様が思いきりぶった切って、結局昨晩は、父子水入らずの久しぶりに一緒のお風呂だったらしい。

 男二人で背中の流しっこをして、勘当解除の洗礼が完了という感じだった。


 うーん。温泉とかなら一緒ってのはありだろうけど、家のお風呂で一緒っていうのはどうなんだろうね。小さい頃ならわかるんだけど。


「それにしてもルイちゃんが木戸先生のお孫さんだったなんて、驚きです」

「わしも驚きじゃよ。昨日は心臓止まるかと思ったくらいじゃったし」

「散々本人違うだろーって疑ったあげくに、ようやくだったじゃないですか」

「それでさえ、衝撃だったんじゃい」

 わいわい言いながら、とりあえず客間にご案内という流れになって、一階の和室に移動。

 このお家、なんだかんだで、部屋の数が多くてすごいと思う。


 居間のほうにするかはとても悩んだのだけど、木戸家全員であいなさんを囲むのもどうなのか、ということでとりあえずそうなった。

 もちろんあいなさんは、あとでご両親にご挨拶させてね、なんて言ってくれたけど。

 さすがは師匠でございますよ。礼儀正しい。


 とりあえず、お茶を煎れてあげると、ありがとねーと、あいなさんははふーとかいいながらリラックスしてくれたようだ。

 お昼ご飯食べてないようなら作りますよ、と言ったのだけど、ご飯はすませちゃったんだ、と残念そうな声をもらしてくれた。ルイちゃんの手料理なら絶対美味しいのにーとまで言われると少し恥ずかしくなってしまう。


 まあ、じーちゃんが、美味いお好み焼きじゃったんじゃー、とか、エプロン姿ちょーぷりちーじゃーとかいって、写真を見せたりしたので、恥ずかしさは倍増なのだった。

 あの、じーちゃん。それ誰にも見せないって言ってませんでしたっけ? ねえ。


 そんなじーちゃんのテンションを、苦笑気味に見つめるあいなさんは。まあなんというか。

 いろいろな事情を知っているが故に、生暖かい視線を向けるだけだった。

そんなわけでお正月はルイさんをやることになったわけですが。

今のしま○らって、テーマソング変わってるんですね! しばらく行ってないからびびってしまったよ。

しかも変わったの十年近く前だっていうのだから、まじかー、と。

で、でもあえて旧バージョンの方のもじりで行きましょう。


さて。久しぶりの登場となりましたあいなさんですが、木戸先生を慕ってるっぽい感じです。

ルイさん的には痴態ばかりしかみてないのでアレなんですが。

次話ではあいなさんと話をしたり、写真関係のお話にちらっとなります。

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