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045.

 三時から始まっていた体育館の舞台の幕が今し方下りた。

「馨ちゃん! あの子、紹介して!」

 はあはあ、とエレナは興奮気味に木戸の両肩をつかんでいた。ぶんぶか肩が振られるけれど、とりあえず落ち着くまでされるがままにしておく。女の子をふりほどくのは趣味ではない。もちろんエレナは女子ではないわけだが。

「学園祭の劇にしては、割と侮れないじゃない。あの主演してた子。知り合いなら是非話をしてみたいわ」

 珠理奈までそんなことをいう始末だった。

 エレナの言葉はわかる。もともと澪にはこれたときは紹介するよといっていたし、この子が興味を持つのもその理由もわかる。

 でも、プロの崎ちゃんが一般の高校の演劇部を見て、そこまで興味をもつとは思ってなかった。

「いちおう紹介はしますが……先にあっちに話をしてからだな。それと崎ちゃんはどうやって紹介してほしい?」

 ふんわり彼女の熱視線を受け止めながら問う。ここまで変装してきているのにばらしてしまってもいいんかい? という問いかけだ。

「しょ、紹介は別にいいわ……ただ、賛辞を送りたいだけだから」

「なら、エレナの話だけしてこようか。元々そっちは先方も会いたがってたくらいだから」

「ふえっ!? え、私の話をしちゃったんですか?」

 唐突にエレナが慌て始める。自分の属性ばれを警戒しているのだろう。それにしてもまさに女の子の慌てぶりだ。男の娘キャラなのに。いや。男の娘キャラだからこそか。

「どこの誰とは言ってないよ。でも、俺が春に訓練したときに、すごいのがいるって話だけはしたから」

「うぅ。会うべきか会わざるべきか。けれども、いいです。私はあの子に会いたい。馨ちゃんに会ったとき以上の何かを感じます」

 ぐっと、拳を握りながら決断するエレナの瞳はメラメラ燃えていたけれど、こちらとしてはハラハラが続くばかりだ。

 いうまでもない。崎ちゃんにはルイの存在は内緒だ。

 そこでエレナを、完全に女性役をやりこなした澪に会わせていいものかどうか。

 そこにはかならず化学反応がおこるにきまっている。

 とはいえここまできらきらされてしまっては、会わせないわけにはいかないだろう。

 覚悟を決めて、カーテンコールが終わった楽屋の扉を、木戸は開いたのだった。




「しかし、光栄です。崎山珠理奈ともあろう方に舞台を見ていただけるなんて。同年代で演技をしていて、ああこの人はすごいなって思ってて、去年近くのところで撮影してたときは見にもいったんですよ」

 さらりと珠理奈の変装を見破る斉藤さんに、木戸はうぐと渋い顔になる。けれどそういわれた当人はやれやれと肩をすくめながら、さきほどかけてやった眼鏡を取り外した。

「やっぱり最初の変装のほうがよかったんじゃない?」

「いや。あれはない。変質者にしかみえん」

 こちらに嫌らしそうににんまりした笑みを浮かべながら、勝ち誇ったように言う崎ちゃんに、とりあえずないないと突っ込みをいれておく。

「おや。じゃあ、その三つ編みは木戸くんの仕業かな」

「ええ。まさかこんなに器用に三つ編み結える男子高校生がいるとは思わなかったわ」

 賛辞なのか別の何かなのかよくわからないけれど、苦笑が浮かぶ。

 正体がばれても周りがそこまでヒートアップしないのもあって、心に余裕はあるようだ。

「木戸くんもずいぶんなサプライズをしてくれるもんです」

 平凡なクラスメイトの男子、ってだけだったはずなのに、どうしてこういろいろ普通じゃ出会えない相手と出会うのか不思議でならないと彼女はいった。

 もちろん言外にルイならば変な相手とも知り合うだろうけどね、というニュアンスは隠れている。

「崎ちゃんとは偶然。本当に偶然だから。それ以外のことは全然なし。で、もう一人のこっちのほうはさくら関係の知り合いだから。別に俺の手柄ってわけじゃない」

 一人一歩引いていたエレナを前に引きずり出すと、軽く肩に手を置いてやる。

 エレナの格好をしているときは気が大きくなるにしても、ちょっとこの空気の中で話をするのは難しいだろう。

「話しかけたのはこちらからだったので。木戸さん自分で思ってるより、ずーっと特別なんですよ?」

 そう思っていたらエレナがめいっぱい可愛らしい声で木戸の腕をつかむ。まったくこういう誤解が生まれそうなことをこちらの姿ではあまりして欲しくないのだけれど。

「そんな天然記念物だからこそ、友達付き合いも続くものなんだけれども」

 その場のノリで珠理奈も木戸の反対側の腕をとる。

 この場に青木がいなくて本当によかったと心の底から木戸は思った。裏切り者と言われるのはちょっと切ない。

「そ。友達は友達。で、エレナ。お前はどうすんの? 澪と友達になりたいんだろ?」

「そうでしたっ。うっかり本題を忘れるところだった」

 木戸の右腕にかかる力が急に弱まると、エレナは芝居を終えて一休みしている澪の手をとった。

「すごいっ。すごかったです。馨ちゃんの仕込みとはいえ、あそこまでものにできるなんて。しかも肺活量が違うのかな。あのホールに響く声なんてなかなか出せないよ」

 本当に、まんま女の子の反応だ。普段のルイも似たようなものだけれど客観的にみると新鮮なものもある。

「木戸くんの裏の顔を知ってるのは僕だけだから、あんまりその話はしないでね」

 こそりと耳元でささやかれると、澪がええぇっと疲れているのにエレナの全身を上から下まで見つめていた。僕という単語に反応したのだろうが、それでも全身を見ても欠片も男っぽさが見受けられずに困惑している。

「ええと。あちらさんすっごい盛り上がってるけど。どうして? 主役やってたこの子のほうが感情だしたり演技うまかったじゃない」

 まったく斉藤さんのほうに見向きもしないエレナに、きょとんと不思議そうな声をかける。

 それを見た斉藤さんはちらりとこちらを見ると、神妙に顔を寄せていうのであった。

「ああ、澪はあれで男の子だから。舞台の上であれだけ女性役を完璧にこなせればすごいって話でして」

 見破れるのはそうそういるとは思わないけど、と斉藤さんがいたずらっ子の目をする。

「は?」

 珠理奈が全力で口をひらいたまま固まった。

 いや、今まででも滅多にない驚き方だろう。どっきりの時よりもたぶんひどい。

 こりゃエレナのことは完全に女の子だっていう認識なのだろうな。

「いやいやいや。ちょっとまって。確かに男の人が女性役をやることも当然あるけど、女形とかもあるけど、声まで違うって」

「それはいろいろと技術があるのです。地声はもっと低いし」

 でも、純粋に演技力だとやっぱり斉藤先輩には勝てませんと、少しだけ肩を落とす。

 五月の時はきらきら眺めてただけの相手をもうライバルとして見ているのだから、この子もすごい。

「え、じゃあエレナさんも実は男の子……なの? え? えー?」

「さぁ、どっちでしょーねー?」

 くすりとかわいらしくはぐらかされて珠理奈は混乱していた。さっき完全に女の子認定をしていた相手がどちらなのかわからなくなっているのである。この不安定感というのはどうなのだろう。

「ま、エレナはその不安定感で売ってるんだし、へたに崎ちゃんは首突っ込まない方がいいよ。それよりも、澪も斉藤さんも、楽しい舞台だったよ」

 とりあえず、お世辞というわけではないのだが舞台自体が楽しいできになっていたので賛辞を送る。

「まっ、当然でしょう。今日は特別に多くの人に見てもらえる日なのだし」

 崎ちゃんに対するのとは全く違う大仰な態度でこちらには接してくれる。

 演技、といえばそうなのだろうなとは思うものの、逆にこういう対応は親密ではないとできないことだろう。学校関連で数少ない木戸としてのつながりを持つ人達がいてくれるのは少しばかりありがたい。

 そんなやり取りをしていたら楽屋の扉が音をたてて開いた。

「やっほーい。いい舞台だったねー。写真もばっちり撮ったからあとで渡すねー」

 そこに立っていたのは、隣のクラスの遠峰さくらだ。首からつっているカメラは以前のものとかわらない。

 今日は全力で学園祭を撮ることが彼女の使命だ。実際ルイを相手にあんたも来なさいという打診があったけれど、むろん男子として出ないといけないので断った。今日の撮影は全部彼女任せである。

「ん? あら。崎山さん?」

「ああ、春以来かしら」

 久しぶりね、とごく当たり前に答えられて、おぉっとさくらが驚愕の声を上げる。

「え、覚えててくださったんですか!?」

「しがない職業病よ。名前と顔は覚えてないと失礼にあたるもの。ファンの一人一人まで、とまでは無理だけど。それにあなたは、ルイと一緒にいたのだし」

「ルイのことは覚えてるんだ?」

 へぇ、とちらりと視線を一瞬こちらによこす。あんたはいったいどういう出会いをして交流をしているのよと言いたいのだろう。けれどもそんなの前に伝えたとおりだ。ルイとしては銀杏と温泉でしか会っていない。

「当然。あんな失礼なやつ、ここにいる馨くらいなもんだわ」

 そして崎ちゃんからもちらりと視線がきて、ふんと息をはかれる。まさか同一人物とは思っていないだろうが、いい勘をしている。

「たしかにあれだけ可愛くて、おまけに写真も上手いとか、天は二物を与えてるって感じですよねぇ」

 うんうんと、さくらは思い切りうなずくものの、別にルイはそこまで写真が上手いわけでもないし、可愛さだって努力の果てなのですが。さっぱり反論する余地が別の意味でない。ちょっと悔しい。

 けれども、どうやらその言葉は、誰がどういう知識を持っているのかわからないからこそ、のことだったようだ。周りの顔色を見ながら誰が知ってて誰が知らないのかをある程度は判別したのだろう。明らかに苦笑を浮かべてる何人かは事情を知っているのだろうな、というような感じで。

「でも、まさかあなたも同じ学校だったとはね。ってことはルイもここなの?」

 姿が見えないけれどと言われて、さくらはしれっと答えた。あまりにも天然な反応にばれてないという判断をしたのだろう。

「あの子、いちおう学外部員ってことでうちに籍はおいてるけど、この学校に通ってるわけではないので」

 今日は来てないのですよ、と残念そうにいう。

「それは残念」

「誘ったんですけど、あいつ本当に甲斐性ないし、写真優先だし」

 にっまぁとこちらに満面の笑みを浮かべながらさくらが言う。

 そりゃルイで学園祭というのも楽しいとは思うけど無理なものは無理である。

「まったく。学生っぽいことできるんならちゃんとやればいいのに」

 ちょっと拗ねたような、うらやむような声が崎ちゃんから出たのはきっと気のせいなのだろう。

 けれどそんな時間は、崎ちゃんのスマホにきたメールで終わりを告げる。

 うれっこ女優さんは日曜日も割とタイトなスケジュールで過ごしているのだ。

「うぅ。夜から収録いかなきゃいけないんだった。残念だけどここまでね」

 時計を見ればもう四時半を過ぎてしまっている。本人は後夜祭まで残りたいなんて言っていたけれど、もともとそこまでは居られないという話は聴取済みである。

 周りの、特に演劇部の面々がとても名残惜しそうな顔をしていたけれど、それでももちろん引き留めることなどだれにも出来やしない。

「それじゃ、馨。いちおーありがとね。滅多にこういうのないから今日は楽しかった」

 照れ隠しなのだろうが、少しぶっきらぼうに言われた言葉の裏には、学校のイベントにきちんと参加できて楽しかったという感情はしっかりと見て取れた。

 もちろんその後、この場に居た人達には、おまえらはどういう関係なのだとさんざん質問攻めにあったのは言うまでもない。

 そんなわけで文化祭編終了です。学校では女装しないとか言っちゃってるのは今年までです。フフフ。

 さて。次回は少し時間を戻して銀杏町でのお話です。11月は修学旅行もあるし、イベント盛りだくさんで、どうしようって感じですよね、ほんと。

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