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426.お正月の里帰り5

「そんなわけで、母さん。じーちゃんが晴れ着を着ろと言ってるわけですが」

 家に戻ったらまず最初にしなければならないこと。

 それはもちろん母さんの説得という一大仕事なのである。


 今回の旅行は女装禁止。

 それはもう口を酸っぱく言われているわけで、それを無視して勝手に着替えていいものでもない。


「ふむ……まあ、お義父さんがいうなら考えなくもないですが、なんでまたそんな話に?」

 明らかに不機嫌な様子の母さんは、胸元で腕を組みながら呆れたような視線をこちらに向けてくる。

 おまえ、やっぱりか、とでも言いそうである。

 でも、別に今回のはこっちのせいってわけじゃないのです。


「そりゃー、沢村のじじいと張り合ってるからじゃよ。可愛い男の娘を我らの手で発掘する。年に一度の勝負なんじゃい」

 それに、とじーちゃんは母さんの視線を受けて、もう一つ言い訳を付け加えた。

「これは巫女さまのためでもあるんじゃい。昔はそりゃー男の娘の巫女さんは、村のみんなからあがめられたもんじゃがな。こんな時代じゃ。巫女さまには無理をさせてるんじゃないかと、わしらは思うとるんじゃ」

 健気に巫女の仕事を全うしてても、やっぱり女子(おなご)の格好をさせるとなると変に思うやつもおるじゃろ、というじーちゃんの言い分は、まあ一般的なものなのだろう。

 村の時代となると、どれくらい前なのだろう? いちおう現在は町になっているはずだけれど。

 

 え? そりゃまあつい木戸基準で考えてしまうと、女装とか普通だしどこに問題が? と首をかしげてしまいそうになるのだけど、それが普通じゃないのはいちおうわかっている。


「で? 本音は?」

 母様はじーちゃんの言い分を、冷たい眼をしながら聞いていた。

 まあそりゃ、じーちゃんったら眼が泳いでいたしね。その質問がでるのはわかる。


「わしたち可愛いー男の娘が見たいんじゃーー!」

「なんか、いろいろがっかりですよ!」

 巫女さまのため、というのであればまだ許せたのかもしれないけど、さすがにじーちゃんらのそれを母様が許すとは思えない。


「ちなみに、馨、今回は持ってきてないのよね?」

「荷物チェックもしたよね? 入ってなかったよね?」

 どうしてそんなに信用ないのさ? と聞くと、ねーさんはそりゃ、あんただからだよと肩をすくめていた。


「お義父さん。着物はあるんでしょうけど、下着はどうするんです?」

「そりゃー、こういうときのためにきっちり用意してあるぞい」

 いい顔で、親指をぐっとたててるじーさまには申し訳ないのですが。

 ここにいるみなさん、全員どん引きです。


「ほんと、この町どうなってんのよ……」

「母さん。ちなみに沢村さんのお孫さん、けっこう可愛かったよ」

 さぁどうするの? とでも言いたげに、姉さんは問題を丸投げすると壁に寄りかかった。

 まあ決定権は母さんにあるし、そうなるのもわかるんだけど。


「むぅ。じゃー、こういうのはどうじゃ? 馨がもし沢村んとこの孫に勝ったなら、あいつの勘当を解く、というのは」

「……水に流して仲良くしてくれるっていうなら」

 じぃとじーちゃんの顔を覗き込んでいる母さんは、ため息まじりに条件を追加した。

 勘当云々の話は、こうやって帰って来れてることからも問題なしなんだろうけど、険悪なままってのは確かによくないしね。

 

「仕方ないわい。じゃーそれで手をうつぞい。馨もそれでいいかの」

「いいもなにも、俺は別に晴れ着に抵抗はないし」

「……あんたはそうよね」

 ゲンナリした姉の声を聞きながら、さて、どんな着物なんだろうか、と少しだけそれが楽しみだった。  



「お父さんの道楽につきあわせてしまってごめんなさいね」

 二階の和室でちょこんと座っていると、晴れ着を押し入れから準備しながら、ばーちゃんが申し訳なさそうな声をかけてきた。

 そりゃ常識的に考えたら、孫に女装させるのが常態化するというのはあまり褒められたことじゃないわけで。


「別にこれはいいんだけどね。この町の正気は疑いますが……」

 自分の孫を女装させるのが楽しみという人達がそれなりにいる町というのはどうだろうか。

 もちろん、巫女さん一人だと可哀相というのは、解らないではないけどね。


「それは神社がああだからねぇ……数少ない年寄りの楽しみみたいになってしまってて」

 特に、ほら、なんとかってゲームがでてから、特にね、とばーちゃんは着物を取り出した。

 さすがに、アレそのものをプレイはしてないらしい。まあご年配の女性がエロゲやってる社会はイヤだけれど。


「さてと。それじゃ着付けはお願いしますね。さすがに和装は慣れてないので」

 とりあえず、話しててもしかたないのでさっさと話を進めさせてもらう。

 いちおう自分でも着れるけど、それを知られるわけにもいかないので、指示をしてもらいつつだ。

 それと、下着は用意してる、とじーちゃんは言っていたけど、下だけでブラはなし。

 まあ、和装の時には変なラインがでてしまうし、つけないっていうのも選択肢の一つだとは思うのだけど。


 ちなみに、姉様のを借りるなどという暴挙はしませんでした。どれだけ詰めればいいねんって話になってしまうし。


「はいはい、じゃ、指示だしたりしてくから、着てみてくれるかい?」

 長襦袢から入って、着物に袖を通して帯を締める。

 薄い空色の生地に、いろいろな刺繍が入っている。さすがにお値段はわからないけれど、お正月らしくゴージャスな着物である。


「はい、息を吐く」

 吐いた瞬間にぐっと帯を締められた。正直だいぶ苦しい。

 きっと着崩れ防止のためにきつくしてくれているのだろう。


「はい、これで着付けは完成。あとはメイクだけど……」

「あ、それは自分でしますよ。ねーちゃんが持ってきてるの借りるので」

 今回の帰郷ではルイをやるつもりは全くなかったので、女装道具は持ってきていない。カメラだって馨仕様のほうだけだ。もちろん化粧品のたぐいも。

 スキンケア用品とか日焼け止めは持ってきているけれど、メイク道具まではない。

 本当に、荷物検査までされたくらいだし、うっかり口紅が一本はいってましたーなんてこともないのである。


「使い方はわかるのかい?」

「それは、もちろんですよ」

 だいじょぶだいじょぶ、と言ってあげると、うぅーんとばーちゃんは悩ましげな声を上げた。

 とはいっても、メイクをしているところをいくら肉親だっていっても見せるわけにはいかない。

 それに、あのじーちゃんのルイさん崇拝っぷりを見てしまえば、素顔を見せるなんてことはできはしないのだ。 


「自分でお化粧できる孫は健だけだと思っていたんだけど……最近の子はどうなってるのかしらねぇ」

 すみません、お婆さま。自分と健がおかしいだけです。

 そうは言わず、まあまあと外に出ていてもらう。

 ジェネレーションギャップということで、とりあえずなんとか対応してもらいたい。


「んじゃ、やりますかね」

 ウィッグがないのはさすがにどうかと思うのだが、散髪代をけちってる関係でそこそこ髪は長い状態なので整えればそこそこになるだろう。いちおう狙って伸ばしてるわけじゃないよ。ほんと。


 すちゃりと眼鏡を外すと視界が少しだけぼやけるものの、見えないほどにはならない状態で肌の状態を整えていく。化粧水をひやりと肌になじませて、ファンデーションをはたいていく。

 姉は日焼けしない派なので、ルイよりもちょっとだけ肌色が濃いくらいだから、ファンデの色は合う。難を言えばひやけどめが甘いので、ちょっとだけ色味が濃くなるのだが、首まで塗っておけばとりあえず問題はないだろう。


 それが終わったときだ。

 さっと、ふすまが開く音がした。


「ごめんなさいね。タオルを忘れてしまって」

「えと、ばーちゃん?」

 おもいきり、顔が合った。


 え? という感じだ。こちらの驚愕はともかくばーちゃんはなんでそこで固まるのか。

 いいや、理由はよくわかる。


「ルイ、さん?」

「は、はい?」

 普通に素で。

 答えてしまった。完璧な女声で。


「って、ちがうっ! そうじゃなくっ! これはですね、そのですね。じーちゃんにはご内密にっ!」

 慌てていても女声がでている自分にこの場合、何を言えばいいのか。

 わたわたしながら、お願いしますと、声をかける。

 ばーちゃんはともかくじいさまにばれるのはまずい。


「たしかに、似てるとは思っていましたが……まさかこんなことが」

「うぅ。いろいろ事情があるんですっ。それと声が、ちょっと高いっ」

 しーしーと言ってあげると、いくらか落ち着いたのか、彼女は静かになった。

 もちろん顔には困惑しか浮かんでいないのだけれど。


御影(みかげ)じーちゃんが、崇拝? してるルイってのはあたしのことです。写真もやりますし芸能誌を賑わしたりとかもしてますが、基本カメラ大好きな一人の人間です」

 付け加えるならちょっと女装が上手いだけです、と言っても、すとんと畳にへたり込んだまま、ばーちゃんはどういうことーと困惑していた。

 とりあえず連鎖で他の人に見つかるのも嫌なので眼鏡をかけてから姉に連絡する。家のどこかにはいるだろう。

 早く助けに来て欲しい。


「もー、なにやってんのよあんたは」

「しょーがないです。これはその、不可抗力というやつで」

 くすんとしょげてみせつつ、動きにくいのですと姉に伝えておく。

 床に座り込んでいる祖母と視線を合わせるにしてもかがむのが和装だと大変なのだ。


「あのね、おばーちゃん。馨のその女装なんだけど、とりあえず落ち着いて」

 説明よりも落ち着かせるのが先だと思った姉は座り込んで、祖母の両肩に手を置く。

 姉がもってきてくれていた毛布を肩からかぶせるといくらかは正気に戻ったようだ。


「うちの弟が考え無しでごめんねぇ。ばーちゃんびっくりしたでしょう? 心臓大丈夫?」

「心臓は大丈夫だけど……まさかうちの孫が、あのルイさんだったなんて」

 ふぅ。と深く息を吐いている。酸素足りなくなってるのかもしれない。


「私は嬉しくてたまらないんですよ。子供二人には写真の才能はまったくなかった。でも、孫が。うちのお父さんの才能をしっかり受け継いでいたんだって」

「は?」

 じいさまの才能というのはいったいどういうことだろうか。


「うちの人は若い頃から写真をやっていてね、ルイさんを気にかけていたのも、前に太陽(コロ)ちゃんから話を聞いてたからなのよ」

「太陽ちゃんって……佐伯さんですか?」

「そう。あの子が駆け出しのころはよくうちでご飯食べさせたりとかしたものよ」

 懐かしいと、軽く瞳を閉じる。昔のことでも思い出しているのだろう。


「佐伯さんとうちって昔から関係あったんだ……」

「ええ。だってうちのおじいさん、太陽ちゃんの兄弟子だもの。ちょっと歳が離れてるからどっちかっていうといろいろ教えてあげたり、ご飯食べさせたりっていう感じだったんだけど」

 さすがにまさかこんなつながりがあるだなんて思っていなかった。

 木戸が身元を伝えたときに佐伯さんが反応しなかったのも、苗字同じだけどまさかね、なんて思っていたのだろう。


「でも、そういうことなら、ルイちゃん。貴女ちゃんとおじいさんにお話をしてやっておくれよ。あの人絶対喜ぶから」

「あんなに熱心に追っかけてた相手が孫で男ではさすがにどうなんですか?」

「それは大丈夫なんじゃないかしら。男の娘はこの町では神聖視されているし。それに自分の後継がいるのは嬉しいものでしょう?」

 後継……か。確かに父様は写真そこまで興味なさそうだしね。


「で、でも、おじいちゃん、女装でぶいぶいいわせるぜみたいなかんじで、自慢しようとか思ってるみたいだけど?」

「そりゃ、巫女さまがいるし……きちんと写真の話になったら……」

 後継とかまじめな話をしていたら、さっきまでのじいさまのテンションおかしい姿を思い出してしまった。

 あれ、絶対ばっちり女装していったら、わひょーとか言いながら飛び上がるんじゃないだろうか。

 可愛いのう、可愛いのう、とか絶対に言うだろう。


「じゃあ、今日一日終わって、その後に、大丈夫そうなら、ってことでいいですか?」

 ルイの話を伝えることは確かに少し抵抗はあるけれど、それでも様子見くらいはしてあげよう。

 それに交流は持ちたいし。


 そう答えた時に、下から声が聞こえた。

 話し込んでしまったせいか、どうやらだいぶ時間が経ってしまったらしい。

「とりあえず。無事に女装姿を見せると言うことで」

 行ってきますと笑顔を浮かべて見せると、とりあえずばーちゃんは納得してくれたようだった。

説得からのー、お着替えタイム。というわけで。

ばーちゃんが腰を抜かしてしまいました。

そして明かされるじーちゃんのお仕事というわけで。実は孝明さんともお知り合いなじーちゃんであります。


次話は、晴れ着姿大公開です。

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