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416.温泉街に行こう6

このたび正式に二日おき更新に移行しようかと思ってます。少し余裕がでたら考えますが、行き当たりばったりにならないための措置ということで。

 そんな感じでご飯をいただいていると、廊下の外が騒がしくなった。


 えっ、ちょ、やだやめっ、なんて娘さんの声が聞こえているのだけれど、どういうことなのだろうか。


 そして、騒ぎが起きたあと、ぴたりと廊下は静かになった。

 その代わりに、失礼いたしますと番頭さんの声がすると、ほれっ、とおじさまは部屋の中に和服姿の女性を押し込んだのだった。


 ふむ。薄紅色の着物で色とりどりな花があしらわれたそれを身にまとっているのは、ルイ達よりもそこそこ年下の子だった。

 

 これでもいちおういろいろな写真を撮って来ているし、町中で女の子を撮ることもそれなりにあるので、十代か二十代なのか、というくらいの区別はつけられるのである。

 ちなみに、男の子の方が区別はつきやすいというのは、女性はどうしても化粧でばけるからだ。


「当店の若女将をさせていただいております。本日はおいでくださってありがとうございます」

 じぃと無言の圧力を番頭のおじさまが向けてるのを受けて、若女将と紹介された彼女は頭を下げて挨拶をした。


 後からきいた話なのだけど、番頭さんの娘さんで、実力がつくまでは女将という名前はつけられないと言うこともあって若女将なのだそうだ。


 ちなみに、番頭さんの奥さんはすでにお亡くなりとのこと。エレナが、そっかぁ、とちょっと感慨深げな声を上げていたりもした。仲間意識でもあるのだろうか。


 そして彼女が挨拶を終えて起き上がった時、お客様をきちんと視界にいれてそこで、固まった。


「……絶対に大切なお客様と父から言われてましたが、まさか男の娘を体現するエレナさんと、男の娘を撮る技術は随一のルイさんに、最後は男の娘役で大人気になった珠理奈さんだったんですね!? お会いできて光栄ですっ」

 先ほどの、感情のこもらない挨拶とはまったく温度差の違う挨拶がそこにはあった。


 どうやら彼女はこちらのことを知っているらしく、ある一定の場所でだけ通じる二つ名でこちらを呼んできた。

 二つ名なんて、と正直思うものの、それを言う相手がどういうカテゴリからこちらを知ったのかが解ってこれはこれで便利なのかもしれないと、ルイはちょっと思った。

 

 芸能関係なら壁ドンのルイ、コスプレ関係なら、狂乱とか、男の娘特化とか、そして町歩きの時に知り合った人なら、銀香のルイとなるわけだ。


「ええと、若女将さんは、私たちのこと、ご存じなのですか?」

 一人、あたしもその仲間に入れるな、と複雑そうな顔をしている崎ちゃんを放置しつつ、その問いかけをしておく。

 彼女としては、別に女体化した男の子役が自分のアイデンティティの全部ではないのだから、複雑なのは仕方ないだろうけどね。


「もちろんですとも。エレナさんの写真集は毎回買わせていただいています」

 もうそのために働いてるようなもんです、と若女将はゆっるーい顔を浮かべてくれたのでそれを一枚撮影。

 若女将としての顔ではなく、純粋に仕事中にオタク友達と出会ってわいわいやってしまうみたいなノリになっているようだった。


「おまっ、若女将としての責務をだな……まったくこの子ったら。すみません三枝さま。うちの娘はまだまだ仕事意識が低くて」

「そこは仕方ない所もあると思いますよ。まだ高校生、とかですよね?」

「はい、けれどこれでも中学に入る頃から女将教育はしているといいますのに。まったくもってニジゲンとか、アニメとかにかぶれてしまって」

 はぁ。ほんともっと真面目に女将業を覚えて欲しいものです、とおじさまからため息が漏れた。


「でも、それがあったからこそ、嫌々でも働いているのでしょう? それなら二次元もいいと思いますけど」

 それは、救いのようなものなので、とエレナは苦笑気味に若女将を庇って見せた。そりゃ仲間なのだからここは庇うのも当然というものだ。


「うぅ。解ってくださいますか! うちの父親ったら、そんな絵のヤツなんか忘れて仕事しろーって言うんですよ。お客様の生の幸せな顔を見て、それを大切にするのが心構えだーとか」

 二次元の笑顔のほうが大切なのに! と必死な顔を見ると、あぁ、会場によくいるよなぁこういう感じの子と、しみじみ思ってしまうルイだった。

 中学生くらいから、下手すれば小学校高学年から、日本人の子供はアニメ離れを起こしてしまう。

 そしてそれを振り切っても好きでいるような子が高校生あたりで、周りを気にせずに大好きとのめり込むのである。

 

 逆境の中にいるからこそ、好きという気持ちが大きくなってしまうというわけで。


「絵のヤツを忘れる必要はないとは思うけど、そう言われちゃうのは、お仕事の方に身が入ってないからなんじゃないかな? ボク達がどうこうするっていうことはないけど、やることやってないって思われると、好きなこともさせて貰えないよ」

 たとえばこのルイちゃんだって、写真活動にのめり込みすぎるといけないからって、勉強もきちんとやれって言われて育ってるしね、とエレナはぽふぽふこちらの肩を叩いてそんな説明をしてみせる。


「その結果、家事も万能にこなせるようにもなったのよね」

 ため息交じりに、崎ちゃんから補足が入れられた。

 いや、だって、家事をきちんと出来ないと、女装して撮影はダメっていうのだから仕方ないよ。


「ボクの場合は、父様にコスプレの話をカミングアウトしたのは二十歳になって、それこそつい最近のことだよ。それまでは、父親が望むような結果を出しながら、ひっそり……でもないか」

 あはは。あれだけ大々的にコスROMだしてたりホームページ作ったりしてれば、ひっそりじゃーないね、とエレナが苦笑を浮かべる。

 それでもばれなかったのは、まったくもってエレナパパがそっち方面への興味を持っていなかったからだ。


「ま、そんなわけで、若女将業をしっかりやれば、イベントに行くことも許してくれるんじゃないかな? っていう話で」

 そこらへん、番頭さんどう? とエレナが問いかけると、うぅむと、バツが悪そうな顔になった。

 まあ、アニメなんぞ、と言った矢先に、お得意さんというか経営者の家族にそれを全肯定されたらそうもなるよね。


「三枝さまがそう仰るなら、少しくらいは。ただ、やはり私としてはそういったものを理解することはあまり」

「別に解って欲しいとは思ってないって。っていうか、三枝様って、父さん、それ、うちのオーナーさんの名前じゃなかったっけ?」

「だから、大切なお客様だとあれほど……」

 はぁ、と番頭さんは盛大にため息をついた。

 だから、挨拶しにいけと言ったのに、と嘆き節である。でもそれは最初に言っておくべきことだったんじゃないかと思う。いきなり挨拶してこいと言われて戸惑うのは仕方ない。

 というか、お客がどういう人なのか見極める眼を養えとか、そういう修行なのだろうか。

 

「って、エレナさんって、三枝のお嬢様ってこと?」

「いちおう、そうなるかな。ただ、お嬢様って断定するつもりはないよ」

 君がどちら派かはわからないけど、とエレナはからかうような声を上げる。


「そこは別に、私としてはどっちでもいいんです。完璧に男の娘を再現してくれるエレナさんまじ神。最高ですっ!」

 どっちだろうと、それだけであがめる価値があるのですー、と正座した姿勢のまま、若女将はきらきらした眼をエレナに向けていた。

「君はとことん男の娘好きなんだねぇ。どんなところに惹かれたのかな?」

 にまりと、エレナは日本酒のおちょこを弄びながら、小首をかしげて見せる。


「やっぱり、普段は優しくて面倒見がいいけど、いざというときはかっこいいみたいな感じとか。ギャップ萌えっていうのが大きい感じがします」

「カプの相手は?」

 そこらへん、結構好みが分かれるから、とエレナが探りを入れる。

 まあ、まっとうな確認だと思う。

 エレナは割と、なんでもありだけれど、一言で男の娘といってもいろんなタイプが居たりする。

 

 え。ルイは、どうだろ。しのさん状態なら男の娘だとは思うけど、こっちの場合はあまり、そのカテゴリの中だとは思ってなかったりする。


「好みとしては、女の子相手で、ちょっと百合っぽい感じになるってのが一番好きです。エレナさんがやってた従者と姫様とか、ああいう感じ大好きで」

「百合……かぁ」

 崎ちゃんが、何を思ったかちょっと真剣な顔でその発言を聞いていた。 


「ただ、いちおう男性相手っていうのもアリですよ。いちおう私もたしなみとして多少は腐ってますので」

「腐る? へ? ちょ、お前腐ってるって、大丈夫なのか!? 病院いかないと……」

 話の内容についていけない番頭さんは一人心配そうな顔をしておろおろしていた。

 まあ、体のどこかが腐ってるかもなんて連想になってしまっているのだろう。


「同性愛も許容できるっていう意味合いです。っていうか父さんは邪魔だから、さっさと他の仕事してきてよ」

 しっし、と追い払われて、くぅ、わかりました。では三枝様、うちの娘が失礼なことをすると思いますが、ご容赦くださいとだけいって、番頭さんは外に出ていった。

 あぁ、心配だというのが顔に書いてあって、ちょっとその風景も一枚撮らせていただいた。

 粗相をしそうな娘を心配する図、である。


「エレナは、男の娘として、男の人が好き、という感じなのかしら?」

 ん? と、よーじくんのことを知っている崎ちゃんは、首をかしげながら質問する。

 いちおう、女装関連の知識がついてきた彼女ではあるけれど、まだまだ腐るとかそこらへんはよくわからないところがあるようなのだ。


「それとも、女性として男の人が好き、という感じの方がすっきりする?」

 一緒にお風呂に入った仲だし、そっちの方がすっきりするものかもだけど、とエレナはにこにこしながら崎ちゃんの顔を覗き込んだ。


「まあ、そこは保留にしておくわ。恋愛は自由だっていうし。両思いとか超羨ましいってだけで」

「うわぁ、珠理奈さんは好きな人とかいるんですか?」

 どんな人が好きなのか、ちょっと気になるかも、と若女将は普通の女子高生ノリで食いついた。


「好きなタイプは、熱心に仕事に集中できるような人かしら。恋愛対象っていうよりは、人として好ましいって意味合いくらいだけど」

 だから、若女将も頑張って仕事すること、というと、えーと、若女将から不満げな声が漏れた。

 番頭さんがいなくなったから、もうやりたい放題である。


「ああ、そうだ。将来この宿を背負って立つ若女将に、提案なんだけど……その、男の娘湯とかって、つくれない、よね?」

「うわっ、さすがルイさんです。お目が高い! 私もそういうの将来的には作りたいって密かに考えてるんです。父が絶対に無理、無駄、無駄無駄、って言ってくるのは目に見えてるんですけどね」

「ま、現実的にそうそう男の娘がほいほい泊まりに来るってこともないでしょうしね」

 せいぜい年に一回あるかないかじゃないの? と崎ちゃんから投げやりな忠告が入る。

 そうだからこそ、さっきエレナと話していたときは、無理かねーなんて話になったのだ。


「なら、こんなのはどうだろ? 混浴にして、男の娘も入りに来ることがあります。刺激せず一緒にお風呂を楽しみましょうって看板つけるの」

「……なんかそれ、猿も入りにくる温泉みたいなフレーズに聞こえるのは気のせい?」

「あはは。気のせいだよ。でもルイちゃんだって、大きなお風呂入りたいでしょ? 混浴で男の娘もありってなれば、ボクが入っても問題はないだろうし」


「……まさかエレナ様ったら、大きな方のお風呂には入ってらっしゃらないのですか?」

「だって、性別不明がボクの売りだもの。男の娘湯があったら入るんだけど」

 さすがにそんなもんはアニメの中にしかないってば、とエレナは肩をすくめた。


「混浴で、男の娘もな看板か……ビジネスとしていけるのかどうか、っていうのはちょっと煮詰めて見ます」

 でも、三次は惨事っていう単語が……男性客の方が……とか、いろいろと悶々とし始めた。

 問題はたぶん、とても多いのだろうけど、大きいお風呂に入れるようになる第一歩かもしれないので、是非実現させていただきたい。


「さて、じゃあ、なにげにさっき番頭さんが持ってきてくれたお酒をいただきましょうか。若女将さんはどうする? さらに男の娘談議にでも花を咲かせる?」

 それとも、他にお仕事あるかな? と問いかけると、彼女はふるふると首を横に振って、是非とも談議をしましょう! と満面の笑顔を浮かべたのだった。


 もちろんその一枚は、ばっちりと抑えさせていただいたのだった。

若女将さんは……あれな人でした。これなら男の娘湯の実現も夢では、いいや夢かorz たぶん採算がとれないのでやっぱり貸切湯でというのが現実的なような気がします。

大風呂を貸切としてしまうのもありかとは思いますが。


そして次話ですが、朝のシーンに戻ってまいります。ちょいシリアスな話です。今日そこまで行きたかったんですけど、ちょっと丁寧にかきたかったもので。



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