412.温泉街に行こう2
後半はエレナさんの一人称です
「沸き立つ湯気! そして、その周りにある温泉街! 町中を歩く浴衣姿の人達! あぁっ! これぞ温泉街っ、なのになぜっ」
目の前の湯畑を前にして、ルイは一人おうふとひざを地に着けていた。
湯畑のさくのへりのところにもたれかかりながらである。
「それ、行く前にも話してたじゃない。無理なもんは無理。犯罪。それともタイとか西日本とかいって、とるものとってくれば、入れるけど」
しれっとエレナどんはこちらのがっくり具合をいなそうと、言い放った。
うむ。確かに、性別を変えれば入れるのはわかっているけれど、その意思はないよ。
「関東って選択肢はないんだ?」
「あるにはあるけど……最近の感じだと、アツいのは西かなって」
まあ、国内自体が衰退気味ってのはわかってるけどねー、とエレナさまは十分な情報収集力を発揮してくれた。
ルイが調べた頃合いでも、たしかに、特に未成年の性別移行について熱心なのは西の方だという話だった。
そういえば千歳がどこでやるかと言う話は聞いたことがないかもしれない。
「とまあ、ボクもあんまりやる気はないわけなんだけど」
そんなことよりほらっ、とエレナは湯畑の前でくるっとまわって、さぁどうぞ、という姿勢だった。
もちろんしっかりと撮影はさせていただく。
湯気まみれという感じだけれど、どこに来たのかがよくわかる絵になった。
これだけで気分が上がってしまうのだから、我ながら現金なものだとルイは思う。
「もしかして、撮影とかなのかな。あの子めっちゃ可愛いし」
「だよねだよね。湯煙旅情殺人事件とかかな」
撮影を続けていたら、ギャラリーからそんな声がひそひそ上がっていた。
「って、今日はオフですからねっ! 別に殺人事件も起こらないのでっ」
ギャラリーのみなさんに苦笑気味にそんな説明をしておく。
ギャラリーといっても、別にいつもみたいにぐるっと囲まれてるわけじゃなくて、こちらをちらちら見ている女の子達が数組といったところだ。
「きゃー、今日はってことは、やっぱりモデルさんなんですか?」
さっき声を上げてた子が、こちらに近寄ってきてきゃーんとテンションを上げた。
その視線はエレナたんに釘付けになっているようで、可愛くていいなーなんて声が上がった。
「モデル……というか、ただのいちコスプレイヤーにすぎませんよ。それに、ルイちゃんが撮ってくれるなら誰だって綺麗に写れると思うよ」
にこりとエレナは浴衣姿の子達に答える。
いや、まあ最大限良くは撮るけれど、被写体の良さっていうのも確かに大きいとは思うのだけどね。
むしろエレナたんの浴衣姿とかをばんばん撮りたい。
「じゃあ、せっかくだから、私たちも撮っては貰えませんか?」
何枚かでいいので、と言われて、ちょっとばかり考える。
佐伯さんやあいなさんには、安売りすんな、適正価格をーとは言われているけれど、今日はオフなわけだし、趣味の一環で撮らせてもらおう。
「こちらの旅の思い出として、データを保管させてもらえるのなら、ぜひ」
あ、もちろん二次使用とかはしませんから、ときりっと答えると、おぉ、プロっぽいときゃいきゃい騒がれてしまった。
さて、浴衣姿の女の子達は、話を聞いてみると大学生なのだそうだ。
ルイたちの一個下、ということになるわけだけれど、クリスマスを一緒に過ごす彼氏も居ないし、一泊二日でぱーっと女子会しようとかいう話になったのだそうだった。
「にしても、カメラマンさんにこんなに話しかけられて撮られるのって初めてです」
「いつもは、心の準備とかできないまま、割と無残なアルバム写真の仕上がりに……」
まるでモデルさん体験ができてるみたいで、嬉しいです、と彼女達はかなり嬉しそうだった。
「これが私のやり方なので。もちろんスナップとかはばしばし行く派ですけどね。ところで、みなさん浴衣姿ですけど、それってレンタルだったりするんですか?」
ふと、思い出したように話をすると、彼女達はじぃっと近くにある建物に視線を向けた。
この町はやたらと浴衣姿の女の子達が多い。
それは、温泉情緒というものだー! といえばそうなのだけど、それにしてもこの数というのは異常な量だと思うわけで。
「あっちのお風呂屋さんで、浴衣のレンタルもやってるんです。カメラマンさんも着替えてきたらいかがですか?」
「浴衣でぷらぷら町歩き、かぁ。それもありっちゃありだけど、エレナはどうかな?」
「いいとは思うけど……まず、その暇があるかどうかが気になる所かな?」
苦笑気味なエレナさまの視線の先をちらっと見てみると、さっきのエレナを撮っていたときよりも多くのギャラリーが出来ているのが眼に入った。
「あのっ。浴衣姿を良い感じに撮ってくれるというなら、私たちも撮ってはくれませんか?」
ある程度撮影が終わったのを感じたのか、その人達の中からそんな声があがった。
ほとんどが女の子達だけど、中には男女のカップルというのもいる。
「うーん、まあ、騒ぎすぎない、迷惑にならない、集まりすぎない、というのを約束してくださるのなら、是非撮らせていただきたいです」
カメラを胸元に抱きしめながら、にこりとそんなことを言ってあげると、周囲の人達は、わーっと盛り上がったのだった。
カラン、とグラスを傾けるとアイスティーの残りの氷が揺れた。
ちらっと店の外を見ていると、あいかわらずルイちゃんは浴衣姿の人たちの撮影をしまくっていた。
あの子自体、こんな町中での辻撮影でお金を取ろうと思ってないのもあってかなりの繁盛っぷりだ。
都会なんかにいくと、イベントをやってるようなところでは、写真を撮って気に入ったら買ってもらうというようなサービスもやっているのだけど、この町にそういうものはない。
「ま、いつものことといえばそれまでなんだけど」
え、ボクが一人で店に入っているのは、長くなるのがあらかじめわかっていたからだ。
あのルイちゃんなわけで、求められて断るということはあんまり考えられないのである。
その間に、こちらはここらで有名なカステラのお店に立ち寄っていた。
実はルイちゃんと行き先の調査をしていたときにでてきたお店で、うん。カステラはほわほわふわふわで、すんごい美味しかった。お店も雑貨屋さんみたいな雰囲気に近いといえばいいかな。
お茶の種類も結構あって、そこからチョイスするという感じで、とてもカステラとあっていたと思う。
おみやげもやっているようなので、帰る日にはおみやげに買っていこうかと思っている。
誰にって、もちろんよーじにだけど。彩ちゃんはまだ冬休みになってないからタイミングが合わなくて残念だけどね。
「あっ、噂をすれば。おぉ。さすがゼフィ女のカフェ。レベル高いなぁ」
さっきのカステラを写メっておいたのだけど、彩ちゃんからお返しと言わんばかりに、カフェテリアでこんな新作はじまりましたっ! とかいうのが返ってきた。
洋風なもの、かとおもいきや、おしるこだった。ねっとりあずきの中に白いお餅が鎮座している。
かなり冷えてきているし、これはみなさんかなり手を出してしまうのではないだろうか。
「そして、レベル高い子は、と」
じぃと再び外に視線を向けると、さっきより人は増えてるようだった。
まあ、行列の法則というかなんというか。人が集まってるとみんな興味をひくよね。
だから、サクラなんていう行為にも効果はあるってわけだし。ああ、さくらちゃんとは関係ないけど!
「そろそろ、頃合いかなぁ」
では、お勘定お願いします。ごちそうさまです、とにこりと笑顔を向けると店主の女性もにこにこ顔で、また是非きてくださいねー、と見送ってくれた。
うん。ほんと可愛くていいお店である。
「ではっ、次は我々の番というわけで」
「んー、けっこう人集まって来ちゃってるから、ちょいコンパクトぎみに行きますね」
あら。いちおうルイちゃんったら、空気をいくらか読める子になっていた。
まえなら、気に入った写真が撮れるまで食いつく感じだったというのに、この人数をさばくという方向に意識は行ったようだ。
でも、まだまだである。
「この人だかりはなんですかな? おや。記念撮影かなにかですか?」
その人垣を割るようにして、年かさの男性が姿を現した。定年前後くらいというか、大人の貫禄ばっちりのおじさまである。
その登場に、ええっ、とルイちゃんは驚いた顔をしているようだった。
「記念撮影といえば、そうなのですが……商売、としてやってるわけではないですよ?」
たしか、記念撮影を請け負って商売にする場合は、道路の使用許可がいる場合があるとか、というルイちゃんは、いちおうそういうことがあることは知っていたようだった。
うーん、あいなさんあたりが教えたのかな。正式にこの前から写真館で雇われることになったようだし。
「とはいえ、ここは名所も名所。湯畑ですからな。通路や道路も近年整備していくらか通りやすくなったとはいえ、そこまで人が集まって問題のない場所でもないのですぞ」
「……それは、うぅ。ごめんなさい」
ちらっと周りを見渡して、ルイちゃんは、かすかに眼を大きく見開いた。
気がついたらかなりのギャラリーが集まってしまっていたのだ。最初はちらほらという感じだったのが、撮影待ちや純粋に見世物としてその風景を見るような人達が増えてしまっていたのだ。
そりゃ、声をかけながら表情を引き出して撮るなんてことをやっていたら、撮られてみたいと思う人もいるだろうし、最初に疑われたようになにかの撮影か?! なんていう風にも思われると思う。
ルイちゃんはちょっと肩を落としたようすで、しょぼんとすみませんと謝っているようだった。
あぁ、いつも元気なあの子がそうなるのは、ちょっとギャップ萌えというものだった。かわいいなぁ。ルイちゃんったら。
おっと。そういう顔を見たい! と思われていたら心外なので、いちおう言っておこう。
ボクはこうなる結末をある程度予想していた。その上で湯畑の周りで撮影をしていたのだ。
正直、ルイちゃんは今までこういった経験が足りないと思っていたのだ。
そりゃ、イベントのルールとかは滅茶苦茶読み込む子ではあるし、ある程度周りへの配慮というのはできるけれど、残念ながら自己評価がそんなに高くない。
その結果どんなことになるのか、というのがあまり想像できてない。
ルイちゃんの場合、撮って撮ってというと、はいはいと、ほいほいついて行っちゃうのだけど、そこらへんを今後は改める必要がある、というお話なのだ。
「あのっ、でも撮影希望で待ってくれてる人だけは、対応させてもらってもいいですか?」
なるべくコンパクトにまとめますので、と町内会長さんにルイちゃんはおねだりしていた。
求める相手にはしっかり対応というわけで。
「ギャラリーのみなさん、通行の妨げとなっていますので、撮影希望以外の方は他の湯や等を楽しんではいただけませんか!?」
それを受けて町内会長のおじさまが大きな声を出した。
そして。
「……あまり減りませんな。これ、全部撮影希望ということですかな」
「……のようですね。ではさくさくやっちゃいましょう」
ルイちゃんは先ほどよりも問いかけを少なめにしつつ、それでもいい顔を撮るために撮影を始めた。
そんな姿を見ながらもボクは町内会長さんの脇にちょこんと移動をしておく。
「なんか、大騒ぎになってしまってすみません」
「いえ、良いのですよ。三枝さまからご連絡をいただいたときはまさかとは思っていましたが、ここまで撮影の依頼がくるだなんて思っていませんでしたから」
これは、街頭カメラマンを置いておくのもいいかもしれませんな、とおじさまはしみじみ頷いていた。
さて。なぜおじさまとボクが顔見知りなのかといえば、先日すでに連絡を取っていたからだった。
いちおうエレナは初対面なのだけど、三枝の娘ですという話をしたらすんなり話は通ったのだ。
お祖父様の代に、この町の温泉宿を買い取って経営してきた一族の一人というネームバリューは町内会長さんとしても無碍にはできないのである。
「しかし、これなら本腰をいれて街頭カメラマンの件は考えなければいけませんかな」
はっはと笑う彼には申し訳ないものの、あれはルイちゃんだからああなってるだけだと思う。
「有料で、ルイちゃん以外が撮るとなるとなるとどうなるかは心配です。浴衣姿というある意味無防備な姿を男性に撮られるのは抵抗がある、という子もいるでしょうし」
あとはスマホの問題もある。今時六十くらいまでの人なら持っていることは多いけれど、それ以上となるとなかなか持ってないことも多いのだ。
「一枚千円とかとなると、若い子なんかは特にほいほい手を出せないかも知れません」
「値段設定と、カメラマンを探すところからですか。それは町の写真屋あたりに聞いてみることにしましょう」
新しいサービスの一環としていいかと思ったのですがな、と彼はやる気になっているようだ。
うーん、ルイちゃんばりに楽しく撮影できるキラキラした子じゃないとなかなかこうはならないとは思うし、値段を下げたら下げたで、何枚撮れば労働力に見合う対価になるか、と考えるとどうなるんだろうか。
たとえば今のルイちゃんなら、一時間で十組くらいは軽くさばいている。一人五百円でもそれで五千円だ。
それくらいくればぼろい商売になるのだろうけど、さすがにそこまでは来ないと思っている。
「しかし、三枝のお嬢様もなかなか良いお友達をお持ちのようだ」
「はい。ルイちゃんはボクのお気に入りですからね。だからこの町に連れてきたかったんです」
大好きなこの町に、と微笑を浮かべてあげると、おじさまはほんのり頬を染めた。
本当のことなのだけれど、ちょっとおじさまとしては照れるようなことだったらしい。
「はっはっは。そこまで言われてしまったら、我らも嬉しい限りですな。三日間しっかりと楽しんでいっていただきたいものです」
これは割引チケットですぞ、と彼に渡されたものをとりあえずありがたくちょうだいしておく。
ちらりとみたら、公衆温泉の割引チケットだった。
……どうせ、公衆は入れないんだけどなぁとは思うものの、そこは表情には出さない。
普通は、ありがとうおじさまっ、くらいな反応をしてもいいものである。
ふぅ。ルイちゃんじゃないけれど、公衆の温泉に入れないというのは確かにちょっとしょんぼりだ。
世の中には男の娘用のお風呂などというものは存在しない。
あぁ、いつか仕事で儲けがでたら、道楽でそんなお風呂を作ってもいいかも、とボクはこっそり思ってしまったのだった。
イベント会場での撮影は、一枚1000円以上がざらだと思うので、おおむね家族向けサービスなのかなぁと思う昨今です。実際スカイツリーにいったときは、家族連れが撮ってもらってました。
そして男の娘のためのお風呂というと、混浴しかないのが現状です。実際男の娘湯ができたとしても、入る人とか限られてしまうような(苦笑)




