410.大学生活の普通な一日
久しぶりに男子状態を出さねばということで! 開始一発目は日常生活をおとどけです。
歯磨きを終えると、木戸は眼鏡をしっかりとかけた上で、ふむと鏡の前で自分の姿を確認していた。
ここのところ、女子校くんだりまでいったこともあって、普段の自分というものを見失いそうになっていたので、ちょいと、自分、男子っすよね、という再確認というものをやっていたのである。
というか、そろそろ誕生日ということもあって、二十歳になる……んだけどなぁ、としみじみ童顔な自分に苦笑しかでなかった。
大学は十二月の二週まででとりあえずおしまい。一月にテストがあって、二月に結果発表だ。
一部の生徒は、入試のお手伝いとかもやるらしいけれど、今の所木戸の所にそういった話はきていない。
さて。二十歳の誕生日がもう少し、という風に書いたものの、残念ながらその日もバイトが入っていて、誕生日会的なものは、ない。
きりきり働け! 若人よ! と店長からは言われていたりするし、いわゆる今年もクリスマスケーキ商戦やべぇという号令の元に、受け取りたい子ランキングはやっていたりする。
……もちろん、しのさんが「去年の子がいいな」という一言でぶっちぎりの得票をしていたりするのだけど、まじやめていただきたい。ちなみに去年の子、はしのさんだけではなくもう一人いるので、そう言われた場合は二人のポイントになってしまうため、去年一緒にやったあいては、とばっちりだぁと涙目になっていた。
もちろん、その分の特別手当はつくんだけどね。
そこの部分をなんか欲しいものにあてるというのも違う気はするし、寒いし、マジで内勤にしていただきたいところだ。
「馨ーそろそろ出ないと間に合わないわよ」
「はいはい。じゃ、行ってきます」
母さんからの声かけに従いつつ、バッグをもって外にでる。
本当なら、カメラも首につっていきたいものの、それはバッグの中だ。一応男性用であるこれは結構な大きさがあった。
近所の撮影をしたいところもあるのだけど、ルイとしても近所の人に認識されてる身としては、馨状態ではご近所にカメラ持ってますアピールはあまりしないようにしている。
さて。
大学までは電車での通学。この時間帯は会社に向かうビジネスマンが多くて、制服姿の子はそこまで多くも無い。。いつもなら部活のために早出する子がいるものなのだけど、期末テスト前で部活停止期間というやつなのだろう。
座ることは出来なかったけれど、壁際でタブレットを開いてここのところの私的な撮影のチェックを始める。
美咲ちに渡す写真の選別なんかも電車に乗ってるときに選別することが多い。
あとは、最近はネットにも繋がるようになったので、撮影スポット探しというようなこともやるようになった。
え。電車とお前だと、定番は痴漢だろって?
さすがに痴漢されたりはない。男の格好の時は、というか黒縁眼鏡さえかけていれば、大丈夫なのだ。
我が相棒は鉄壁の防御力を示してくださっている。
そして乗ること一時間に行かないくらいだろうか。
それでようやく大学の最寄り駅という感じになるのだった。
いちおう大学のキャンパス内は木々も多くあるけど、そこにいたるまでの道のりは都会のそれだ。
まだ始業までは時間があるのであろうサラリーマンさん達が朝ご飯を食べていたり、いわゆる朝の風景が目の前にある。
それらをカシャリと一枚。
本来ならば、あと三十分は遅くても間に合うところをこんな時間に来ているのは、すべて撮影のためだった。
ここのところ、ルイとしての活動が多すぎて、あまりにも馨が不憫だ、というかこっちでも写真撮れるようにならないとね、ということもあって、都会での撮影をこっちでやってみようよというプランを発動しているのだった。
「んー、やっぱり自然の写真の方が好きは好きだけど」
朝の日差しというのは悪くはない。夕陽も好きだけれど、一日が始まるというようなこの明るさ。
そしてそれが建物にあたるとキラキラ輝くのである。
朝の写真もなんというか、良い感じなのだった。
「おっ、にーちゃんまた撮影かい?」
「はい。通学中の撮影もしっかりやろうと思ってまして」
そうかいそうかいと、にこやかなのは、通学途中で八百屋を営んでるおっちゃんだ。
ルイの時同様とまではいかないものの、そして、銀香ほどまでいかないものの。
カメラを持ってると時々声をかけてくる人達もでるようになってありがたい。
「あんまり熱中すると、遅刻するからな。気をつけろよ」
「わかってますって」
開店準備をしているおっちゃんと店の写真を一枚撮りながら、先に進む。
今日も一日が始まりますというという準備の写真。
これもいい。
それからも何十枚か撮りつつ大学に着いた。
時計を見るとまあまあな時間だ。
「おぉ、ケイ氏ー、おはようでござるー」
「長谷川先生、おはようござります」
すでに学校にきていた長谷川先生とばったりあったのでご挨拶。
彼も朝から講義がある日もあるし、それ以前に研究室にこもりきりで本を読んでいることが多いので、けっこう朝は早いのである。
「ケイ氏のござるもいいでござるな。なんというかほのかにくノ一風味というか」
「くノ一って……一応男子なんすけどね」
「でも、ほら、くノ一装束も似合いそうだし……」
じぃと無遠慮な視線が向けられたので、少し恥ずかしそうに身を引いた。
無遠慮な視線というものは男の状態でもあまり好きなものではないのである。
「その反応とか、可愛いと思われ。しかもニンジャブームな昨今くノ一もキターってならないかな?」
「どうなんでしょうね? っていうか俺の中でくノ一といったら、かげろうのお銀なので」
「……ときどき古い所もってくるでござるなぁこの子は」
それ、拙者らが子供時代の名作かと、と長谷川先生が眼を丸くしていた。
もちろん、木戸とてリアルタイムで見ていたわけではないけれど、ちらっと再放送を見たときのアレがすさまじく印象に残っているだけなのだった。
というか、四時くらいから再放送をやっていたわけだけど、小学生にあれを見せていいのかというほど、くノ一さんは艶めかしかった。
戦装束は太ももばーんって感じだし、時々定番のお風呂シーンが入るのだ。
「おっと、話し込んでる暇はなかったでござる。それじゃ拙者講義の準備があるので、これにてどろんでござる」
ニンジャっぽい印を両手で組んでから、長谷川先生は文系の校舎のほうに消えていった。
「んじゃ、あ……いや。俺も行きますかね」
いかん。一人称を使おうとすると、ついあたしって言いそうになる。
まあ、男の人があたしゃーねぇとか言うこともあるから、間違いではないとは思うのだけど。
やはり男子としては、一人称は私的な場面では俺で通すべきである。
公的な場合は私になるけれど。
うぅと弱々しい声を出しながら講義が行われる教室へ。
選択授業というのもあるけれど、今受けてるのは、自然科学系の必修講義だ。
いつもつるんでる連中は他の学部なので講義は別になることのほうが多くなってきている。
その代わり、同じ学部の清水くんとはよく話をするようになった。
「おはよ。今日も撮影だったんだ?」
「んー、まあ、大学のそばだけな」
にこにことこちらに瞳を向ける彼の姿は、なんというかこう。
ショタっこである。二十歳の相手にそういうのは申し訳ないけれど、やはり男としての成長はそこまででもないように思う。
うう。ちょいとシャッターを押したいのだけれど、まだダメだからと前に言われてるので我慢している。
「あのっ。俺はいつになったら清水くんのことを撮影していいのかと」
「……それは大変申し訳ないけど……」
「胸オペやったんだよね? なら、もう……っていうか、HRTやってんだっけ?」
「相変わらず詳しいね。いちおう、三ヶ月前くらいからやり始めたところ。胸オペより後って、みんなにはぁ!? っていわれるけど、いろいろあって」
うち、一人っ子だしさ、という言葉にちょっと納得。
胸オペだけなら、まあ、子供を作るって段になったときに対応はきくし。
あれ、でも……まて。女体への男性ホルモンは、生殖器への影響ってなかったような。
「実は副作用問題っていうかね。副作用とか調べつつ二の足を踏んでたというか」
「肝障害がでるとか、血栓がーとか、いろいろだっけ?」
「……どこでその知識をとってくるのか謎だけど、間違いはないかな」
前立腺肥大とかがないのは、喜んでいいのかどうなのかな? という苦笑にはさすがに対応できなかった。
「いちおー、子宮とかの機能は問題ないにしても、自前の卵をつかえるのかっていわれると、そこら辺はよくわかんない感じかな」
アメリカでの事例で、FTMでホルモン療法をやっている人が、奥さんの代わりに妊娠をして出産したというニュースがあったのは覚えている。それをもとに、彼はそんなことをいっているのだろう。
ちなみに、MTFへの女性ホルモン投与は、三ヶ月から半年で生殖機能を奪うと言われている。安易な投与はダメ、絶対だ。たまに、木戸に対して男性ホルモン投与すれば? とかいうネタをいう人がいるけれど、でてますからね! いちおう声変わりもしているし。
「ま、俺としては、自分が写れると思える状態に早くなって欲しいなという感じかな」
さて、講義はじまるかね、と教室の前に講師さんが現れて会話を切った。
自然科学系の講義。もちろん好きな物をとっているので、今日も楽しみなのだった。
「木戸先輩、おはようございます」
「おはよう」
時間としては夕方なのだけど。
コンビニにつくと、今年の春に入った子が挨拶をしてくれた。
彼女と一緒のシフトになるのは週に二回か一回か。
大学の講義が終わって、特撮研に顔を出さない日はもちろんコンビニバイトをしているわけだけれど。
彼女は未だ、こちらの顔に慣れてくれない。
……春先のHAOTO事件の影響である。
あれのせいで、しのさんとしてお店に立っていた時期に彼女の新人教育は終わってしまって。
男の姿を見た彼女は、誰ですか? まさか新人バイトの方ですか!? なんて笑顔を向けたくらいだ。
まあ、自分が一番新人より、もう一個下を期待するのは誰しもそうだろうけど。
「今年のクリスマスは、木戸先輩はなにか用事とかないんですか?」
仕事中の私語は厳禁とはいえ、お客さんがあまり来ない時間帯。
年下の声に、こちらはただ、肩をすくめながら答えるだけだった。
「バイトして、家で残り物のケーキをいただくのがクリスマスの生活だな。イルミネーションの撮影に行くっていうのはアリだと思うけど、店長がさ。彼女いないならでろってうるさいんだよね」
木戸としては、クリスマスのイルミネーションも撮影対象として面白いと思えるようになってきている昨今だ。
「彼女!? 彼氏ではなく!?」
えっ、と思いっきり素で驚かれたけど、あの。いちおう春の事件終わってから、こっちで来てるんですけれどね。
「あのさ、君は、腐ってる人達なの? それならとやかくはいわない」
生暖かい眼で見てあげる、というと、へ? ときょとんとした顔をされてしまった。
ああ。腐っては無いのですね、そうですか。
それで、彼氏が出来るのが普通とか思っちゃいますか……
あれだね。「第一印象が大切」ってこういうことを言うんだねきっと。
「先輩なら、ちょっとかっこいいお兄さんとか、場合によってはおじさまとかもアリだと思うんです」
大人っぽいので! と言われると、がくんと力が抜けた。
ないわっ! そんなもんっ!
「おじさまはまあ、求愛されたことはあるけど、ないね。ってか犯罪だと思う」
「えぇー、合意の上ならOKかなって。それに先輩もう二十歳だってはなしだし。それなら大人同士でほら」
「ほらじゃありませんっ」
思わず女声を上げると彼女は、きゃあと嬉しそうな声を上げた。
「さて、じゃあ納品されたもの、ばんばん並べて行こうか」
お仕事しないと、おまんまは食べられませんよというと、彼女ははーいと、まるで同性の先輩に向けるような声を上げたのだった。
そんな姿をみつつ、はぁ、これが男子としての一日か、とため息をついたのは言うまでもない。
二週間とかあっさりすぎさってしまいますねというかんじで。
男子状態の彼の生活はこんなんでした。いちおう学生やってますアピールをということで。
次話からは旅行に行かせる予定です。いちおう三日後くらいになってしまいそうな予感です。
二月、やばい。。。




