ep.8 HAOTO・蠢
今回は、思いっきりコメディ回です。
事務所の一室で俺達は、ボールペンを片手に鎮まりかえっていた。
HAOTOのメンバー五人が集まって、何をやっているかと言えば、久しぶりに仕事があいたのでマネージャーさんからの課題をやっているところだった。
「しかしまー、シナリオ書けるようになれーって、マネさんどんな無茶ぶりよってはなしでな」
はぁ、とぶつくさ呟いているのは、あふーと空を仰いでいる翅だった。
彼は興味はあることにはぐいぐい行くものの、そうでないものへはそんなに熱心ではないところがある。
たいていのことは楽しもうとするから、アクティブなやつという風に見えるけれど、シナリオの勉強には苦労しているようだ。
「ま、書く側の気持ちがわかれば、演じやすくなるというのは間違いじゃない。がんばれ」
そして、HAOTOの唯一の良識人である蜂はそんな忠告をしつつも、ペンを走らせていた。
さすがは兄貴である。
「三題噺つーんだっけ? このお題がいけないと思うんだよ」
うーんと、椅子の上で器用にあぐらを組んでいる蚕が鉛筆を口と鼻の間にはさんでうなっている。
「まあ、適当にマネさんが書いただけのお題だしね。タコ、別荘、地割れとか、これでどうしろと、って感じ」
触手プレイをご所望ですか? とか言っているのはリーダーである虹だ。
みんなの前ではキラキラ王子なのに、仲間内だと素を隠すつもりはあまりないらしい。自分はアイドルである前に一オタクであることを自称する人だ。
え。おまえはどうだって? ああ、俺こと、蠢は……まあ、お世辞にも文字読むより体動かす方が好きだな。
なので、その三つで思い浮かぶとしたら、別荘地で地割れが起きて下に落ちてしまったところを、巨大タコの足がさしのべられて、蜘蛛の糸ならぬ、タコの足という状態でそれを昇るけれど、最終的に巨大タコに触手プレイとかって、いけないいけない、途中からノイズが入った。
そもそも、蜘蛛の糸も、俺としては別の感想を抱いてしまうほうなので、発想は少しおかしいのかもしれない。
たとえば、あの蜘蛛の糸を昇ったとして。他の亡者を蹴落とそうとしなかったとして、昇った先が天国である保証はない。
というか、天獄かもしれない。地の底か天の上か。場所の違いがあろうとつらい思いは消えはしないのではないだろうか。
「あーーーーもぅ。好きなお題じゃダメかな。もう、いろいろ考え始めたら、ひらめいたのがあったんだが」
「また、変な妄想だろ」
「いいじゃん。いろいろ妄想くらいしたいんだって。つーか、むっつりと言われようと俺達はそれをやめることはできない」
くわっ、と翅の眼が見開かれた。
いや。なにを想像するかは言わずともみんなわかってるだろうけど。
「あんまり馨をけがしたら怒るから」
やれやれと思いつつ、ペンを動かし始めた翅にいちおうは釘は刺しておいた。
むかしむかし、あるところに、王様とお后様がいました。
二人の間には、それは可愛らしい娘が生まれました。
その誕生の祝福の時です。力ある魔女達にいろいろな加護を受けた彼女は、ついうっかりハブっちゃった魔女に呪いを受けてしまいます。
十五になったら死んでしまう呪いを受けた彼女を哀れんだ魔女達は、なんとかそれを百年眠る呪いへと書き換えます。
そして、彼女が十五になったその時、城は茨で閉ざされ、その国は時を止めます。
ちなみに城下町はそのまま栄え、名物、いばらまんじゅうは、隣国にも知られた銘菓となっていました。
農家の人達は、これで納税の義務が無くなる。茨万歳と、茨さまを祭る祠さえつくる始末です。
さて。こんな状況になってしまっては、その国土を隣国が狙わない手はありません。
為政者がごっそり居なくなる。そんな好機は滅多にありません。
隣国からの軍隊は国境を侵そうとしました。
すると、その国境線からは茨が現れ、並み居る軍隊を押しとどめました。
魔女め、と敵国は吐き捨てるように呟きながらも撤退をしていきました。
こうして、百年の安寧が国民にもたらされました。
「あのさ、翅。それ、茨姫をベースに書いてるのはわかるけど、どうして国民のほうに視線いっちゃった? 隣国って、王子様だすだけの国のはずでしょうに」
「世の中殺伐だろ。中世ヨーロッパなんて群雄割拠なんだろうし、城がまるまるフリーズしたらこうなるかなぁって。それに、これで終わりじゃないし」
まだまだ妄想はこれからだっ! と翅はペンを動かした。
そして、予言された百年の時が過ぎました。
見聞を広めるために諸国を渡り歩いていた王子は、この国の豊かさにまず驚きを隠せませんでした。
それぞれ農家が品種改良を重ねて作り上げた畑は見事としか言えません。
余裕ある生活は、向上心を生みます。王子は自国のことを思います。
農民は生かさず殺さず。それが隣国のやり方です。なぜならば力をつけられたらクーデターを起こされてしまうからです。
王国というものは、きちんと国民に対して、優位性を見せなければ瓦解してしまうものなのです。
あんちゃん、このトマトくってみぃ、と差し出されたそれは見事としか言えず、護衛の騎士たちの静止を振り切ってがぶりと食べるとほどよい酸味となにより甘みがぐっと口の中に広がりました。
なるほど。しっかりと目的意識を持たせた上で頑張るというのはこれほどまでの効果があるのかと、しみじみ感じてしまいます。
この国の場合、クーデターを起こす相手がそもそも存在しません。
茨に閉ざされ眠ってしまった王家はうるさいことを言わない上に、侵略者からも守ってくれる最高の存在です。
人口が増えてくればまた問題もでてくるでしょうが、とりあえず今の所は栄えているといっていいでしょう。
さて。王子は護衛と一緒に目的地である茨城にやってきました。奇しくもあんこう鍋で有名な県の名前と同じになってしまいました。
城下町は、城が覆われたのなど関係なく、かなりの賑わいです。
もはや、王家がどうのではなく、ほとんどシンボルタワーとしての城になっていました。
やすいよやすいよー、いばらせんべい、いばらせんべいはいかがかねー。王子一行は、お茶を飲みながらせんべいをいただきました。
「あのさぁ、翅。これ、どんだけ続くの?」
っていうか、王子さまどうして護衛ついてんの? と半眼で問いかけると、え? となぜか不思議そうな顔をされてしまった。
「そもそも、王子一人だけで諸国漫遊とか、なくね? SPいっぱいだろ。黒服だろ。かの光圀公だって助さんと格さんをお供にしていたくらいだし」
そこで茨城かい、と俺は軽いつっこみをいれた。
確かに、王子様が白馬に乗って一人諸国漫遊をするだなんて、暗殺してくださいといわんばかりだけれど、さすがにぞろぞろ集団で眠り姫を見に行かなくてもいいと思う。
「まあ、もうちょっとでしめるから。あきれないでくれ」
腹ごなしをすませた王子一行は、茨城にやってきました。
話によれば、かなり昔にこの城は魔女による封印を受けており、外から入ろうとすると拒絶されるそうです。
ほほう。これはまた見事なモニュメントですな。王子のお付きの男性が、茨に包まれつつ、朽ちてはいない城に感嘆しています。たしかに見事な箱物なのは確かです。しかも維持費はゼロです。
観光名所としても有名になっており、それもあって王子たちもこの国に寄ったのでした。
ですが、王子はその茨が少しほつれているのに気がつきました。
普段は人を通さないように密集している茨が、少し開いてまるで入ってくれといわんばかりです。
王子はまず護衛の数人を様子見にだしました。クリアっ、という声を聞いてから王子は悠々と中に入っていきます。
茨城に入ろうとするものは、何人たりとも排斥されるといわれていたのに、まさか中に入れるとは。
城の内部は、目立った腐食どころか百年放置したとは思えないほどきれいで、埃一つありません。
所々に倒れているメイドさんがいますが、この城に従事していた人なのでしょう。
触ってみるとひんやりしていて、まるでコールドスリープをしているようでした。
もちろん彼女らをどうすることもできないので、そのままにしつつ城の調査が続きます。
そこで、王子は出会ってしまったのです。
ああ、なんと美しい。豪華な天蓋付きのベッドに横たえられたその姿を見た王子は、衝撃に打ち震えました。
どうにかして彼女を自国に連れて帰りたい。
眼を醒まさせてその声音を聞いてみたい。
そう思っていると、サイドテーブルの本が自動的に開きました。
そこには、キッス。さぁやっちゃいなYO! と書かれていました。
ごくり。王子様はまだ異性と唇をかわしたことがありません。
寝込みを襲うなんて、あぁ、と苦悩を始めると、また本が開きました。
ほれほれ、さっさとやっちゃいなYO! 目覚めるよ! と書かれてありました。
これはやってしまっていいのか……いやしかし、と苦悩をしていると、お付きの護衛達が、自分達がやりましょうか? としゃしゃり出てきたので俺が! とそれを静止して、ベッドの前に立ちました。
ああ。愛しい眠り姫。頬を優しくなでると柔らかな感触がしました。
ほんのりピンク色に輝いている唇を見ていると、ドキドキしてしまいます。
そして。
王子様が顔を近づけたその瞬間。
カシャリ、とシャッターが切られた音が聞こえたのでした。
その顔、いただきます! となぜかぱちりと眼を醒ましていた彼女は、カメラを片手に満面の笑顔を浮かべてました。
王子様は、えっ、えええぇと呆けたまま、あ、その顔もいいね! と朗らかに笑う王女様のシャッター攻撃を甘んじて受けるはめになりました。
かくして、王子様は、王女様を目覚めさせ、被写体になったのでした。めでたしめでたし。
「どうよ、これっ!」
書き上げたぞ、とドヤ顔をする翅に、他のメンバー全員から不憫そうな視線が向けられた。
「……それ、自分で壁ドンしたときにやられたシチュエーションじゃん」
「王子にも味わって欲しかったんだよ。あの衝撃を」
恋仲になれないあの感じをっ! と翅が遠い目をしているので軽く頭をなでてやった。
まあ、俺だって馨にはさんざんふられつづけているので、それくらいでへこたれないでもらいたい。
小学校のサッカーの時だったけど。
「よーし、俺も出来たぞ。やっぱ、最初はパロディとか古典から持ってくる方が書きやすいかもな」
翅に不憫な視線を向けつつも、他のメンバーから声が上がった。
黙々と書き続けていたリーダーである虹の作品である。
とある廃城に、一枚の鏡がある。
その鏡を見たものには、幸福が訪れるという伝承がある。
けれども、その話はしばらくの間、ただの伝承と言われていた。多くの者がその廃城に足を運んだものの、その鏡を見つけたものは一人とていなかったのだ。
そんな中、一人の写真家が廃墟の撮影にやってきた。
ミニスカート姿の可愛い女の子である。廃墟むはーとか言いながら彼女は満面の笑顔を浮かべながら撮影を続けていた。
この朽ちっぷりがたまらんとか、光の入り具合がーと大騒ぎなところはご愛嬌だろう。
そんな彼女が通路の一区画を通った時だった。
「鏡?」
薄暗いそこには、壁に嵌まった大きな鏡があった。
彼女はそれをちらりと見ただけで、興味を失うように他の風景を撮影しにいった。
だからこそ彼女は知らない。
彼女が去ったあとも、そこに彼女の姿が写し出され、にぃと歪んだ笑みを浮かべていたことを。
「ま、まさかのホラー展開?」
「いうまでもなくこれ、ルイさんだよな? どうなんのどうなんのこれ」
「ふふ。まあ続きを見るがいい」
鏡からでてきた彼女はその廃城の外にでて、まぶしそうに眼を細める。
久しぶりの外だ。鏡の中に封印されてもはや百年以上になるだろうか。
ふさわしい器が現れたときだけ、その姿を現す鏡。
自分はこれから、彼女の場所を奪うのだ。
彼女の交遊関係に割り込み、奪い尽くす。そうすればあの鏡からようやく解放される。
彼女の偽物は、まず自分を着飾ることにした。
幸い、手持ちのお金もあるようだ。廃墟の財宝を使ってもいい。
さすがに今の格好では、足も見せ放題ではしたないと思ったのだ。
ドレスショップに向かった彼女は、パーティーにでるようなゴージャスな衣装を買い付けた。
胸は残念なほどないのだが、それでもこのほっそりした体にドレスというのはかなり似合った。
その格好のまま、町中を歩いていたら、ひそひそとすれ違った相手はささやいていた。
どうやら、この美貌にみんな目を奪われているらしい。
では、さっそく彼女の知人のところに行こうではないか。
準備は整った。
携帯、とやらで彼女を好いている相手に連絡を入れる。
そこに入っている名前はほとんどが女性で、男性の連絡先は数件だ。
少し待つと楽しそうな声が聞こえた。君のほうから連絡をくれるだなんて、と感涙しそうな勢いである。
会う約束を取り付けると、彼女はにんまりとルージュが引かれた唇で弧を作った。
「会う相手ってやっぱ、俺らだよな?」
「順当にそうだ。つーか、ルイさんが男のアドレス持ってるかって話でな。仕事関係はあるだろうが」
「……あれでも男子学生やってるし、男のアドレスは持ってると思うけどね」
自分達に都合のいい解釈をしている二人に俺はため息をついた。
いちおうあんなのでも学校では男子をやっているのだ。それなりに男友達もいるに違いない。
「おまたせっ。急に呼び出してごめんなさい」
ドレス姿の彼女は呼び出した人達に蠱惑的な笑みを見せながらしなだれかかった。
一人、また一人と彼女の色香に堕ちていく男たち。
ああ。これで彼女の占める場所を奪うことができる。
そして、最後の一人。
籠絡すべき最後の男性のところに訪れたときだった。
「お前は誰だ?」
「え? なにを言っているの?」
開口一番に、存在を否定された彼女は困惑ぎみに首をかしげた。かわいい。
けれども、その男はそんな表情にも動じた様子はない。
「私のこと、忘れてしまったの? あんなに仲良くしてくれていたのに」
「よく似た別の人は大好きさ。でも君じゃない」
「なっ。なんでそんなことをいうのよ。私は私よっ」
なおも彼女は自分自身が、貴方の知り合いであるというアピールを繰り返した。
言いつのる彼女の前で、その男はだんだんいらいらとしてくる。
ああ。こいつはなにを言っているのだろうか。
さすがに、こんな茶番に付き合っているのも面倒になってきた彼は行動にでる。
「こんなに可愛い子が女の子の訳がないだろうがーー!」
ばさりと、思い切りドレスのスカートをめくると、そこにはするりとしたあの場所があらわになった。
きゃっ、と可愛い声を上げてスカートを抑えるものの、それでもばっちりと見た。
「ばかな……ここまで完璧に演じきったというのに……ばかなぁーーー」
その台詞とともに、ドレス姿の彼女は徐々に薄くなっていき、ぽすんとドレスだけを残して消えてしまった。
「本当の彼女は、本当はあんなに可愛い男の娘なんだよ」
見た目しか真似しないからそうなるんだ、と言いながら彼はスマートフォンを取り出して、本物に電話をかけた。
もちろん、身の安全を確認するためである。
「どうよ、これ。ホラー展開」
「ドレスを着せたのは褒めるけど、俺達はみんな見破れなかったって感じ?」
「ま、そういうことになるな。俺くらいになると見た目で男の娘かどうかなど……」
「っていっても、リーダーだってルイのことわかってなかったよね?」
じとめで見てやると、いやっ、あれは完成度が高すぎでそのっ、と虹はあたふたしはじめた。
こんな姿をきっと、あいつは写真におさめるのだろうけど、さすがに俺はそういうことはしない。
そんな二人の、趣味全開な話の発表が終わったころ、部屋の扉がひらいた。
「さて。みなさん、三題噺のほうはいかがですか?」
「いや、なかなかその……」
「まさか、遊んでた、なんてことはないですよね」
にこにことプレッシャーをかけてくるマネージャーさんに、みなさんの視線は思い切り泳いでいた。
いちおう文章らしいものは書いたものの、三題噺とはまったく関係のないものに仕上がっていたので。
特に、虹の反応は顕著で、最後のほうの文章を思い切り黒く塗りつぶしていた。
ルイの性別はメンバー全員の秘密だ。マネージャーさんにだって明かすことはできないのである。
じゃあ、今度こそちゃんと書いてくださいね、と念をおしつつマネージャーさんが部屋をあとにして。
ようやくみんなは、安堵のため息をついたのだった。
ルイさんを主役にした童話っぽいのができないか、という感じでこの企画になりました。三題噺、起承転結つけてかくーというようなことを昔私もよくやってましたが、最近はめっきり……
そして童謡のアレンジというか、そういうのはお話の書き口としては、やりやすかろうなーと思う所存です。著作権ありの二次創作はここではNGですけどね! なじみっぷりが半端ないので。
さて、次話ですが……いづもさんの同窓会はがきネタです。長くなりすぎてるのでどうすんべと。シリアスだし。




