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408.ゼフィ女の学園祭11

本日ルイさんは登場せずです。カメラワークは最初は若様の後ろ、後半は沙紀ちゃんの後ろです。

「はぁ……」

 若葉の部屋の中、明日華は悩ましげな声を上げていた。

 それでも目の前のポットからお茶をいれる動きにはよどみがない。

 ほぼ毎日いれ続けているそれは、ほとんど呼吸をするように行える動作だ。


「どうしたの? さっきからなんか考え事してるみたいだけど」

 まあこっちも似たような顔をしてるんだろうけど、と若葉が話をふる。


 夜のお茶の時間は、二人が学院生活を送る上で設けた反省会の時間である。

 いちおう主従関係ではあるものの、明日華と若葉の部屋は別々だ。二人部屋なのだから一緒でもいいのでは、という案もあったけれど、いちおういまは同性(、、)とはいえ、それはあの、その、なんて明日華が恥ずかしがったので、却下された。


 たいていの時は、明日華が若葉の悩みを聞く時間ということにはなっているものの、今日は珍しくそれが逆転しているようだった。


「若は、ルイさんの裸を見たのですよね?」

 自分のカップにもお茶を注ぎながら、明日華は遠慮がちに先ほどの入浴の件を切り出してくる。

 お風呂、と言われて若葉は少し顔を赤くして、紅茶に口をつけた。

 落ち着くための儀式の様なものだ。


「ま、まぁ。指名されて断るなんてできないし。それにほら。沙紀にーさんが入るならっていうことで、その」

「見たのですよね?」

 ずいと、踏み込むようにしてあいまいな答えは許さないと明日華がプレッシャーをかける。

 うぐっ、と若葉はその重圧を押しのけるようにして言った。


「見るわけないじゃないかっ。女性の裸をそんなにじろじろ見るなんて。そんなことしたらそれこそ失格の烙印をおされるだろ」

 ぷぃとそっぽを向きながら、若葉は顔を赤くした。

 さすがに十六歳男子には、あの色香は刺激が強すぎたのだ。あれを見たくないだなどというなら、それこそ男子としてどこかがおかしいだろう。


 というか、若葉自身はいままで学院生活でなるべく、女性の裸は見ないように心がけてきている。

 体育の時の着替えだって、背中の傷の話もあってはしっこのほうでこそこそ着替えているくらいだ。

 まあ、あの更衣室の独特な匂いに、うっかり変な気分になりそうなことはあるものの、そればかりは男としては当然だと思う。沙紀にーさんだって鋼の精神力で乗り切ったことのはずだ。


「ええと。若にはルイさんはなにも言わなかったのですか? 男同士なのだから問題はない、とか」

「……へ?」

 若葉は間の抜けた声を漏らした。

 いくらなんでも、明日華がそんな冗談を言うとは思っていなかったのだ。


「先ほどから私が上の空だったのは、その、お風呂上がりにルイさんに、自分は男だから若と入っても問題ないというようなことを聞かされたからなのです」

「はぁ? それはさすがに……ない……いや。でもカップがどうのとか、おっぱいがどうのとか沙紀にーさんと話してたか」

 あのときは、あんな美人なお姉さんと一緒にお風呂に入るということで、頭がいっぱいになっていて正直話はそこまでまともに聞けていなかった。


 今思い出してみれば、沙紀ちゃんのパット借りるねー、おぉ、これが巨乳さんかーなんて会話もきゃっきゃとやっていた気がする。

 胸のやりとりを多分普通の女の子はしない。

 もちろん、男子だってやらないが。


「それでさっきからずっと考えてたってわけか」

「はい。私だってそっち方面では見る目はあるほうです。自分を見ていてもまだまだって思いますし、正直、若や沙紀様くらいなら、ひとめでわかります」

 むしろ他のお嬢様にばれないのかひやひやものですとまで明日華は付け足した。


「けれど、そんな明日華でも、ルイさんが男だとは思えない、と?」

「雰囲気というんでしょうか。正直、私もゼフィロスに居る間はどこか緊張しているものなのですが、あの方はそんなものがまったくないというか」

「男が女子校にいたら、少しは緊張するものだって話かい? というか僕は明日華のこと、男友達だなんて一度も思ったことないんだけどな」

 苦笑気味に若はいいつつ、カップに唇をつける。

 まあ、幼い頃からずっと少女の格好をしている相手だ。いまさら、実は男ですがと言われてもその実感はまったくない。

 

「……自覚の問題です。自信もあるにはあるのですが、時々ため息をつきたくなることもあるんです」

「こんなにかわいい子が男の子のはず、ないでしょう?」

 ぽふぽふと若は、うつむき気味の明日華の頭を軽くなでる。

 その手に触れる感触はさらさらで、髪の手入れがしっかりされているのがわかる。

 そこらへんにいる、美容意識がない女性に比べれば、お嬢様としてでも十分やっていけるほどだと若葉は思う。


「うぅ。若の手は卑怯です。いっつもいいタイミングで撫でてくるんだから」

「普段から撫でて欲しいかい?」

 ふふっと、若が少しいたずら小僧っぽい顔で笑うと、うぅ、と明日華は顔を少しだけ赤らめる。

 少しからかいすぎてしまったらしい。


「そ、そんなわけで。なんでルイさんが自分は男性だと言い始めたのか、そこらへんを考えていたらもやもやしてしまったわけです」

「まー、明日華の反対だ、としてもあれだけ可愛く着飾ってて、男になりたいってのはないよね」

 だとすれば、本当に男性だということにもなるのだけど、そんな世迷い言、誰も信じはしないだろう。


「沙紀様はルイさんのことは知ってるという感じなのでしょうか」

 かなり親しいようでしたし、と明日華はあごに指をやる。

 集まって御飯を作り合う仲ともいっていたし、それを考えれば詳しい話も知っているのかも知れない。


「沙紀様はもう部屋にいらっしゃいますよね?」

「おそらくね。ルイさんは……まだ食堂かな?」

 現在は十時過ぎ。ルイさんは未だお風呂にはいってた子にせがまれて、見れなかった写真を見せている最中だ。

 最初からそれを見ていた若葉達は、一足先に部屋に戻っていたのである。


「なら、沙紀様に本当のところを確認しておきましょう。このままでは私、ぞわぞわして落ち着いて眠れそうにありません」

「明日華ならではの悩みかな。僕としてはもうルイさんに担がれました、おしまいでいいと思うけど」

 気になるならさっそく行こうか、と若はネグリジェの裾を気にしながら立ち上がった。



 

「どうぞ」

 こんこんというノックの音と、若葉ですが、という問いかけに沙紀は返事をした。

 すると、遠慮がちにドアが開いて、こちらを覗き込むようにしている若葉と眼があった。

 

「そんなにこそこそ入ってこなくてもいいわよ。別に寝しなに小説でも読んでいただけだから」

 テレビって気分でもないし、読みさしのものを読んでいたのと、とりあえず扉が開いているうちはお嬢様言葉で沙紀は対応する。他に誰が聞いているかわからないから、完全に扉が閉まってプライバシーが確保された状態でなければ素はださないのである。


「うぐ。これでまだまだとかいう明日華は恐ろしいというかなんというか」

 十分お嬢様らしいと思うのだけど、と若がこそりと呟いた。

「いえ、確かに堂に入った仕草だとは思いますが、沙紀さまはまだまだです」

 見ればわかりますから、と言いつつ、明日華も部屋に入ってきた。

 そしてカチリと部屋の鍵を閉めた。

 他の誰かが入ってこないように、という配慮のようだ。

 内緒な話をしたいらしい。


「ごきげんようお姉様。まだお嬢様言葉で話していたほうがいいかしら」

「別にいいよ。無駄にこの寮の壁は厚いからね」

 隣に聞こえることはまずないから大丈夫、と安心させるように沙紀は答える。

 プライバシーというよりは防寒の意味合いで厚い壁になっているというのは、沙紀の母親の言葉だ。


「な、なら。遠慮せずに……いこうかと思ったけど、先にさっきから言いたい言いたいと思ったことを」

 こほんと若は咳払いをしてから、二つあるうちの一つのベッドにぽふんと寝転がりながら、はぁーと深いため息をついた。


「まじ女子校生活しんどい。ほんとしんどい。おじさままじむかつく。そしてその試練を余裕にこなした沙紀にーさんもむかつく。早くおうち帰りたいー」

「うわぁ、そうとう溜まってたんだねこれ。さっきのお風呂では我慢してたんだ?」

 眼をうつろにさせながらの告白に、沙紀はうわっと不憫そうな視線を向けた。

 普段のお嬢様の状態ならまずしないであろうに、ベッドの上で足をばたつかせながらぶつぶつ文句を言っている。


「ルイさんもいたし、部外者だし。それに……そんな余裕とかなかったし」

「あははっ。若ったら、高校生にもなってお風呂に入るのに緊張とか」

「ちがっ。そうじゃなくて! 高校生だからこそ、あんな美人と一緒にお風呂に入るのに緊張するっていってるの」

「浴槽にはいっても若ったら、視線そらしてたもんね」

 それでよくちゃんと話ができたのは偉いことなのかな? と笑って見せると、若は苦い顔を浮かべた。


「さて。若様の嘆き節はとりあえずそれくらいにして。沙紀様。私の質問に答えていただけますか?」

 ベッドにくてんと体を預けている若を放置しつつ、明日華がずいと真剣な瞳を向けてくる。

「僕に答えられることならね」

 そんな真剣な彼女に苦笑気味に答える。

 まあ、彼女が悩むほどのことだ。無理難題を言われてもこちらも困ってしまうのだが。


「沙紀様。先ほど私、ルイさんに、自分は男だから若と一緒にお風呂に入るのは問題なし、みたいなことを言われたのです。そこら辺の真偽を教えていただけませんか?」

「ああ、それでさっき、あんなに頭を抱えていたんだ? そうだねぇ。明日華はどう思ってるの?」

 まずは相手の言い分を聞くことにする。あれだけの時間をもんもんと悩んでいたのだから、自分なりの答えというのがいくつかは浮かんでいることだろう。


「悪い冗談だとしか思えません」

 でも、そんなことを言う必要もなにもないのに、と明日華の不満そうな声が聞こえた。

 そりゃ、あんな相手に、自分実は男子っす、とか言われてもそんな答えになるとは思う。


「んじゃ、冗談ってことでいいんじゃない? あれでルイさんったらお茶目な所もある人だし」

「でも、もやもやするんです」

 感覚でも頭でも、そうだってわかってるはずなのに、なんかひっかかると明日華は頭を抱え始めた。

 ふむ。さすがはそちら側の人だ。どうしても最後に残る違和感を消せないらしい。


「沙紀にーさん。意地悪してないで教えてあげてくれよ。真実がどうのとかさっきも意味ありげに言ってただろ」

「まあーそうなんだけどね」

 どうしたもんかなぁと、沙紀は少しだけ頭を悩ませる。

 ルイさん本人は伝えてしまってもいいと思ってはいるのだろうが、こちらから伝えてしまってもいいものか。


 先ほどのお風呂でも直接的なことは言ってなかったけれど、実は男であるということがわかってる前提での会話の仕方だった。隠そうとするならあの人のことだ、いくらでもどうとでも振る舞えるだろう。

 ただ、いちおう目の前の二人には釘を刺しておかないといけない。

 なのであえて沙紀は、女声を作って二人に問いかけた。


「一つ言えることはね、ルイさんはこの学校の撮影を任されたカメラマンだ、ということです。そしてゼフィロスは歴史ある女子校ということを思い出してみて欲しいの」

「あ……」

 その一言で二人は言葉を失った。

 沙紀や若葉、そして明日華は学校公認だから別に構わない。

 権力という後ろ盾がしっかりあった上での潜入だ。明日華にいたってはちゃんとした診断書もある。

 

 けれど、それがない人が自由に、しかもカメラを持って(、、、、、、、)学内に潜入していたとなったら、困ってしまうのだ。故にルイさんは、女性でなければならない。

 奏としていたときは学院長公認だったからまだしも、今はばれたらアウトである。

 

「なるほど。ルイさんは何が何でも女性でなければいけない、と?」

「少なくとも、しばらくは」

 この学校が共学になるまで、かな? と悪戯っぽい笑みを浮かべると、それって少子化でここが廃校になるのとどっちが先ですか、なんていう質問がきてしまった。

 はい。さすがにここが共学になる未来なんて想像できません。


「まあ、その点は理解しました。そしてそのリスクを負った上で、私の先ほどのからかいの言葉を向けたのはなぜなのでしょう?」

 保身がなにより大切だと思うのに、と明日華は不思議そうな表情だ。

 まあその不思議そうな顔の中には、あれが男かというのも混ざっているのだろうけれど。


「そういう人だから、というしかないけど。あの人、一方的に秘密を握ってる状態って好きじゃないんだよね。弱みを握るより、それが元で逆上されるのを怖れる、みたいな感じかな」

「ある意味保身、と?」

「本人はそんな風に言ってたよ。自分が秘密をばらさないって信じてもらうには、それぞれが秘密を持ち合ってたほうがいいでしょうってね」

 若だって、今日会ったばかりのルイさんに秘密を一方的に握られて、普通では居られないでしょ、といってやると若はまぁそうかもと納得してくれた。


「さて。そんなところでルイさんのお話は終了でいいかな? ちょっと変わってる女性カメラマンって認識でお願いします」

「承知しました。若もいいですね?」

 ベッドの上でお行儀悪くしていた若葉に、明日華からため息交じりの声が漏れる。

 どうしてこの若様はお嬢様らしくできないんだろうと言わんばかりだ。


「いいもなにも、ルイさんは女性でしょ? お風呂だって僕らの身ばれを防ぐために一緒に入ってくれたって言ってた気がするし」

「んなっ。さっきまでの会話を聞いていてもその結論に行くとは……」

 明日華が若を不憫そうな顔で見つめていた。まったくこのお馬鹿様はとでもいいたいのだろうか。

 たしかに、さっきの会話のロジックではどうみても、ルイさんは実は男性だという結末になるのだけど、若はあんまりわからなかったようだ。


「まあ、気にしないで済むならそれでいいんじゃない? っていうか、僕だっていろいろ考えるの放棄してるしね」

 たいていあの人の周りに居る人達は、頭痛持ちばっかりだからね、と少し遠い目をしてみせる。

 正直、ルイさんだけを見てる人はまだいい。

 男の姿を見ているこちらとしては、そのギャップに頭も痛くなるというものだ。


「うぅ。根掘り葉掘りいろいろ聞き出したいけれど、それをやってしまえないロジックが恨めしい」

 どうすればあれほど違和感無く生きられるのかとか、聞き出したいのにーと明日華は本心から愚痴っているようだった。

 ま、より女性的であるべき、と考えている明日華からすれば、どうすればあの域にいけるのかは知りたいところだろう。


 きっとルイさんなら、徹底的に技術を馴染ませて慣れたあとに、スイッチ切り替えればそれでいけるよ? なんてかるーく言ってくださるのだろうけれど。沙紀から見てても明日華はこだわりすぎなように思えるのだ。

 そのこと(、、、、)を意識しなくなったとき、やっとああなれるのではないだろうか。

 自分は女性じゃない、って感じている女性は世の中にはあの病気の人達以外には存在し得ないのだから、確かに意識している時点で違和感は出るというわけだ。

 

「ま、いずれアドバイスもらえばいいんじゃない? なんなら、お食事会に明日華もくる?」

「へっ? いいのですか? 先ほどのエレナさんもご一緒なのに?」

「まりえも一緒だね。でも、とりあえずは今は寮生活だから、来年になったらってことで」

 いいアドバイス聞けるかもよ? というと、おおおぉっ。やったーと、明日華は万歳をしていた。

 うわ。感情が高ぶるとやる人もいるっていうけど、本当にやってる人初めて見た。


「わかりました。絶対ですよ? 沙紀様でも後でご破算にしたら怒りますからねっ」

「ええと、美味しい御飯食べられるなら、僕も混ざりたいんだけど?」

 きゃあと沙紀の手を取って、恩に着ますと言っている明日華とは対照的に、ベッドの上の若葉は御飯につられたらしい。

 まあ、可愛い娘の手料理を頂けるというのもプラスすれば、参加したいというのはわかるのだけど。


「んー、出席していいかどうかは、明日華に委ねようか。いちおうあそこは六人くらいならなんとか入れると思うから」

 ま、若がいると話しにくいこともあるだろうから、よく考えておくといい、と伝えると、そうですよね……と彼女は呟いた。

 おぉ。ルイさんがでてこない! けれど話題はルイさんについてばっかりだ!

 はい。明日華さんはやっとルイさんの真実にいきつきましたが、若様は考えるの放棄してしまいました(苦笑)

 お食事会の話もちらっと出しましたし、時々若様達もこれで登場が……できるかも!


 にしてもFTMさんはパートナーにいろいろ知って欲しいと考える傾向があって、MTFさんはパートナーに知られず一人でなんとかする傾向があるっぽいのですが、これ、どうやって分析すればいい心境なんでしょうね……

 

 さて。次話は翌朝と仕事終わりの報告回です。ここまでは書きますよっ。

 これにてゼフィ女学園祭終了。そして作者一週から二週ほど書きため期間とさせていただきます。ま、なかがきとか閑話は入れる予定ですけれども。あと、キャラ紹介が急務でござる。

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