406.ゼフィ女の学園祭9
「もー三人ともお風呂長すぎですー。中で何をしていたんですか」
ちょっと脱衣所で遊びすぎたせいか、寮監の絵里子さんにお小言を言われてしまった。
ちらりと時計を見てみると、あぁ、確かに予定よりはすぎちゃってるかなぁという感じだ。
あれでもお客さんに配慮して長めに時間はとってもらってたんだけどね。
「ちょっとした交流というやつをですねー。胸のさわりっことかー」
「おねーさまがたは不潔です」
ぷぃと若葉にそっぽを向かれて、ちょっとやらかし過ぎちゃいましたと舌を出してみせる。
事情を知っているまりえさんはともかく他の子達は顔を赤くして、どんなことをしてたんですかとそれでも興味津々という感じだった。
「あ、あの。ルイさん。若様とどのような……」
むぅと不快そうに表情をゆがめながらも、丁寧な質問をしてくる志農さんの耳元でだけこそりとつぶやいた。
「ちょっとからかったりはしてみたけど、鉄の自制心で乗り切ってくれました。あれだけ沙紀さんと一緒にきゃーきゃーやってたのに、恥ずかしそうに壁を見てたというか。別にやましいことはなにもありませんでしたよ? だって、私もその、ね?」
ここでの話は内緒話ですよ? とくすりと笑って見せる。
至近距離からこちらを見ていた志農さんは体をびくりと震えさせた。
「ばかな……あり得ないそんな……」
「いくらあたしが物怖じしない性格だっていっても、事情を知っていてそれでもというほどにはなれません。もしそうなら明日華ちゃんと入ってたと思う」
もし自分が女子の側だったなら、あの二人と入るという選択肢は普通はない。
それはルイが木戸だから出来たこと。明日華が若葉と一緒にお風呂に入るのを恥ずかしがってるのを見て、あーこれと一緒にお風呂入るのはちょっとかわいそうだなぁと思ったのだ。たとえ男同士であってもだ。
ルイとしては別に女子と一緒にお風呂に入るのも、男子と一緒に入るのもどうということは、ない。
ないのだけど、それが一般的な感覚でないのくらい知っている。
気持ちが女の子だ、というのであればやっぱりいくら見た目がこれでもルイと一緒にお風呂に入るのはイヤかなと思ったのだった。
「あー、ルイさんが志農さんとなんか仲良しだー。どうしちゃったんです?」
「若葉さんについての情報交換をしていたのです。どんな衣装を着せて激写してやろうかしら、だなんてね」
若葉ちゃんには内緒だよー、と本人がいる前でしーと、いたずらっぽく人差し指を唇に当てる。
「それ全然秘密になってませんし。それにいろんな衣装って……」
「私はこうみえて、コスプレ会場なんかでも有名なカメラマンなのです。そりゃもういろんな服を着せ替えして、ぱしゃぱしゃと……」
ふふふと言ってあげると、聖さんがかわいいかっこう、若葉ちゃんにはしてもらいたいーと同意をしてくれた。
うんうん。基本的に女の子は着せ替えとか大好きだものね。
しかもちょっとがさつな若さまには、演技指導とかもしておしとやかにしてもらいたい。ギャップ萌えである。
「それで、次はまりえさん達ですか?」
「はーい、私たちも一緒に入ることになりました!」
やった、と彩ちゃんと二年の子が手を上げてさっそくお風呂の準備に入るとのことだった。
そちらもやっぱり三人組みということで、これで五回転くらいすれば全員まわるだろうか。
「お風呂上がりのみなさまには、シャーベットなどいかがですか?」
「うぅ、至れり尽くせりとはこういうことか……」
絵里子さんの絶妙なアシストに、ちょっと黄色い声を上げてしまった。
ちょっと体が火照っているから、ここでそういうものが出てくるのはとても嬉しい。
「それで、みなさんは食堂に集まって、お茶会かなにかですか?」
未だ、みなさんが部屋に戻らず食堂にいるのにちょっと違和感を覚えた。
やっぱりこれくらいの広さの食堂となると、御飯が終わったら終了というような印象だったのだ。
空調とかもこの広さだとそうとうかかるだろう。
「まぁ、テスト前とかはさすがに部屋で勉強ということもありますが、たいていはここでおしゃべりしたりテレビを見たりという感じですね。あちらの長テーブルは食事用で、こっちは休憩用みたいな感じなので」
テレビもこっちについてるんです、と彼女が示した先には六十型くらいだろうか? かなり大きいテレビがでんと置かれてあって、その先にはビデオデッキなども鎮座しているようだった。
特徴的なのはサイドにつけられているスピーカーだろうか。ホームシアター一歩手前の装備がここにはそろっていた。
「うわぁ、ぶるじょわな感じ。っていうか、やっぱりここ、設備と人の数が合ってないような気がする……」
これ、光熱費だけでもかなりするんじゃないだろうか、なんて呟いていたら、沙紀ちゃんが解説をしてくれた。
「セントラルヒーティングですから寮全体が同じ温度なんです。ここらへんも、理事会はちょっと頭を痛めてるというか、悩ましいなと言ってるところなんですけど」
小さめな談話室でもあれば、そっちでとなりますけどね、と沙紀ちゃんは理事長の娘として肩をすくめているようだった。
「えぇー、沙紀お姉様。私はここで見る映画とか、あとはみんなでわいわい勉強会やったりするの好きなのですけれど」
「たとえば、真ん中に仕切りを作って、あっち側の空調は切っちゃうとか、そういうのも検討してもいいのではないかしらという話ね。こればっかりは理事会と現生徒会とで話し合いをして決めることになるとは思うのだけど」
まあ、ここがなくなるって話ではなくて、もうちょっとエコにしましょうという話、と沙紀ちゃんは締めくくった。
まあ十人くらいしかいないのにこの広さは確かにもったいないとは思うし、正しい発想だと思う。
「にしてもこの大画面で映画か……なかなか見応えがありそうだね」
「はいっ。近くにレンタルショップもあるので時々そこで借りてみんなでみるんです」
定期的に鑑賞会をしているのだ、という彼女達のいるテーブルの脇に電気ポットがあるのが見えた。
なるほど。長期戦用にお湯の用意はしっかりしているというわけか。
「ああ、今年は志農さんがいるから、厨房の方でお茶は煎れてくれるんですけどね。さすがに映画の間に飲み物の補充は難しいので、今まではインスタントだったんです」
あとは、ココアとかですかね、と絵里子さんが解説を入れてくれる。
にしても、志農さんったらお嬢様だけのメイドですとかいいつつ、他の子にもサービスしてるんだなぁ。
当の本人はまだ、先ほどのこちらの告白にダメージを受けてるようで、いやいや、ないでしょ、とか、そんなばかなとか、ぶつぶつ呟いて椅子にへんにゃり体を預けている。これ、普通の女の子ならきっと、冗談を言っていると決めてかかる所なんだろうけど、志農さんだからこそこうなるんだろうね。
「ところで……今日は、ちょっと鑑賞会を企画しているのですが……」
じぃと、絵里子さんの視線がおねだりをするときのそれになる。
えっと、何かをルイに期待しているのでしょうか。
「写真を見せては貰えないでしょうか? 今日のものに関しては、実は学院長先生にも許可を貰っているので」
もちろんそれ以外の写真も見せていただけるのならっ、と今お風呂に入っている以外の人達はみんなこちらに期待混じりの視線を向けてきた。
んー。学院長の許可があれば、まあいいのかな。いちおう沙紀ちゃんの顔色も見ておこうかな。
「大丈夫ですよ、ルイさん。理事長も別にいいわよって言ってたので。ご招待するにあたっての役得といいますかそういうものって感じで」
「うーん。本来納品前のを見せる、というのはルール違反な気はするんだけど。沙紀ちゃんたちを疑うわけではないんだけど、理事長たちの許可は本当にでてるんですか?」
いったん連絡させてもらっても? というと、んー、と沙紀ちゃんがひょいひょいと手招きをして廊下のほうに連れ出された。
確かにセントラルヒーティングというだけあって、廊下もかなり暖かい。
「そう言うかなと思って母の動画を持ってきてます。クライアント公認なら別にいいのでしょう?」
「うわ、準備万端だね」
彼女はスマホでファイルを開くとこちらに見せてきた。
ほどなくして、理事長のぴしっとしたスーツ姿が現れる。
卒業式の時にも撮ったけれど、あいかわらず若々しい方である。アラフォーといっても若い方に見えてしまうんじゃないだろうか。
動画の彼女は、これでちゃんと映ってるのかしらと少し不安そうにしながらカメラの前で話し始めた。
『本日は当校の学園祭の撮影をありがとうございました。沙紀が寮にルイさんをご案内したいという話をしていたので、寮生のために今日撮った写真、納品前でも見せてあげてくれないかしら。無茶な提案なのはわかっていますが、明日華を安心させるためにも是非、お願いします』
そこで動画は終了していた。
明日華を安心させるため、か。なるほど。大きな画面で、若様と自分が映ってないかどうかチェックをしたいというところだろうか。
「そういうことなら、まあいいけど」
あ、でもゴメン、選別だけはさせて、といいつつ、食堂に戻って先に一枚のSDカードを渡しておく。
さすがに、今日のは気合いを入れて撮っているから没写真もそんなにないだろうけど、さすがにゼロにできている自信はない。
さて、そのカードを受け取った絵里子さんはテレビにそれを差し込んでいた。
最近のテレビはSDカードを読み取れるテレビが多いので、写真を写すには特に難しいということはない。
そこにはこの前銀香に行ったときのものと、さらにもうちょっと下り電車に乗った先に行ったときの写真が収まっている。
え、なんでこんなの持ってるかって? それはこんな写真を普段は撮ってますという宣伝用だ。
ついつい、人物写真ばかり最近は撮ってる印象だけど、ちゃんと自然の写真も撮影はしている。
春先とか、事件に巻き込まれて外に出れないなんてときはさすがに無理だったけれど、夏とか秋は割と撮影に出ているのだ。他のイベントも多かったけどね。
「うわー、さすがはプロ。稲穂がつやつやで綺麗-!」
「ですわね。光の入り方なんでしょうか。あぁこれをいただいてるのね、と御飯のときに思い出しそう」
さて。テレビに映し出されているのはこの前撮った稲穂の写真。
田んぼシリーズは例年撮ってきているけれど、いろいろ撮り方とかも考えつつ、かなりきれいに撮れるようになったという自負はある。
みんなの反応に満足しながら、こちらはこちらで選別作業である。
少なくとも、没写真だけは別フォルダに隔離しておかなければならない。
まずは、カードからタブレットにデータを移動。結構な量になるのでその間は、写し出されてる自然写真の解説である。
「そしてこれは、リンゴ畑ですか? わたくしリンゴが実際なってるところなんて初めてみました」
「ですわね。真っ赤で燃えるようにぶら下がっていて、すごいインパクトですわ」
そして今度は移り変わってブドウ畑である。
全景と、そしてブドウを中心とした寄りの写真を抑えてある。
「……わりとルイさんの写真って食べ物中心なんですか?」
「うぐっ。それを言われると否定はできないんだけど。ほら、秋って収穫時期じゃない? それでどうしてもおいしそーとか、きれいだなーって思ってそっちに寄っちゃうところはある」
「さすがは食いしん坊さん、ですね♪」
沙紀ちゃんにまでつっこまれて少しだけ頬が熱くなったような気がした。
さすがに食いしん坊認定は恥ずかしいのです。
「でも、ほら。ちゃんとそれ以外も撮っているので」
次に表示された画像に、お嬢様方はおぉーと感心の声を漏らしていた。
それもそのはず。そこからはコスモス畑だからだ。
一面のコスモスと、それぞれ寄って撮ったコスモスたち。それぞれの色が淡いピンクと白と紫と、そして中心には黄色。
まさに乙女といわんばかりのお花畑である。
「こんなところがあるんですのね。これはテーマパークではなく、田舎なのですよね?」
「ええ。自生というわけではないみたいですけど、畑が余ってるからって地元の人が植えたみたいですよ」
ちょっとした名所になってるみたいです、というと、そうですわよねぇとみなさまうっとりした声を上げていた。
よしよし、食べ物もいいけど、お花もね、という作戦は成功である。
「お、データ移動完了だ。ちょいと選別作業に入るから適当に見ててね」
それからも空の写真とか夕暮れとかいろいろなのが入っていて、みなさん十分楽しんでいただけたようだけれど、それはそうとこちらはダメ写真を隔離する作業である。
まあ、ぱっとみでわかるのがダメ写真というものなので、時間はそうはかからない。せいぜい一枚二秒くらい。それでもこの枚数あると十六分くらいはかかる計算になる。
さらに家に帰ってから精査はするけど、本当に大ポカをしてるのだけ今日は削れればいい。
「あ、あの、ルイさん。他にはカードはないのですか?」
集中して選別作業をしていると、絵里子さんから申し訳なさそうな声がでていた。
ぱっと見終わってしまったらしい。
五十枚くらいはいれてあったんだけどな。
「あ、じゃあ、こっちどうぞ。さっきのは自然中心ですが、こっちはいろいろ入ってますから」
お嬢様には刺激強すぎるかも、と苦笑を浮かべると沙紀ちゃんは、まあ大丈夫ですよきっと、とゆるっと答えてくれた。大学の活動のほうも知っているので、その中にはコスプレ関係の人物も入っているとわかった上での発言だろう。
一応、公開可能な人達しかはいっていないので見られて困るようなものはない。
そして再び選別作業に戻る。あともうちょっとでおしまいである。
やっぱりいつもののほほんとした撮影よりは、できを想像して撮ってるのもあって、失敗は極端に少なかった。ちょっと頭を使いすぎたな、という風には思ってもこの撮影の仕方はこういう場所だとありだなと思うばかりだ。
「さって、できましたよーって」
「なんて可愛らしいんですの!?」
さあ場つなぎの写真はおしまいですと思っていたら。
画面に映し出された写真に、みなさんのテンションは一気にあがっていた。
コスプレゾーンに突入したあたりで、姫姿のエレナにみなさんったら首ったけである。
「こんなにドレス姿が似合う方などこの学校にも滅多におりませんのに……しかもこの華奢な感じがたまりませんわ」
「ですよねっ。あわわ。これがお嬢様ってやつか……しかも、ハーフさんなんですかね? まるで森の妖精みたいな感じです」
やっぱりエレナさんったらまったくもってばれる気配もなく、みなさんの中では綺麗な妖精さん扱いである。
ちらりと、志農さんのほうをみたけど、彼女は画面をろくに見ていないような、どこか苦悩混じりな表情をして固まっていた。さっきの告白から彼女はそんな感じのままだ。
きっとエレナの性別についても把握はできてないことだろう。
「でも、この方、どこかで……あ。先日パーティーでお会いしたことがあるような気が」
二年のちょっとお嬢様っぽい子から声が上がった。
ふむ。エレナも社内でのお披露目をしたあとは、パーティーとかでたりもあったみたいだし、その時かもしれない。
「ええと、みなさんっ。学園祭の写真の準備はできましたが、どうします? そっちのカードの方を見て終わってからのお楽しみにします?」
いちおう手はあいたからいろいろ解説しながら見ることもできますが、というとみなさんは顔をみあわせながら、そろって答えたのだった。
「まだ夜は長いですから、是非こっちを見せていただいてから、そちらでお願いしますっ!」
お嬢様なみなさんは俗なイベントに大変興味があるようだった。
最近写真ネタがなかったので、鑑賞会でございました。
ちなみに次話は続きになります。エレナたんについてとかも、フォローしないといけないので。
あぁ、お嬢様学院にコスプレブームは蔓延してしまうのかっ。乞うご期待なのです。
そして灰色になっている志農さんは復活するんだろうか……そりゃショックだろうけれども。




