400.ゼフィ女の学園祭3
「ん~。ちょいと肩身せまそうだけど、ま、ほのかも楽しくやれてるということで、まあオッケーなのかな」
ぐいっと腕を上にあげて伸びをすると、ささやかな胸の隆起が少しだけ目立つようになる。
いちおう、胸は大きい方ではないわけだけど、ルイさんの時はBくらいは作っているからね。
ちなみに崎ちゃんには、あたしより大きくなったら殴るとか最近は言われているけど、もとからそんなに大きくするつもりはないので安心していただきたいところだ。
「そういや、ほのかのご両親はお祭り見に来てないんだろうか」
ふむ、と廊下を歩いていたご夫婦に視線を向けながらそんなことを思う。
茶道部の子のご両親はいらっしゃってたけど、そういや他の知り合いの親御さんとはあまり接触してないなぁと思ったのだ。
もちろん、学園祭の時は親族に限り男性が校内に入るのも解禁になる。
だからこうやってちらほらご両親という感じのペアがいるのである。
そんな人達と会うと、ルイさん是非撮ってくださいと依頼の声がかかる。
「ではお写真撮らせていただきますね」
親も一緒に記念撮影って、女子高生的にどうなんだろうとは思うものの、ここは良い子が多いからこういうことも成り立つのだろう。撮って欲しいという依頼を受けて三人での撮影をしながら、お父さんもかっけーなぁとかちょいと思ってしまった。
さて。そしてさっきから気にはなっていたのだけれど、やっぱりお父さん一人だけで学校に来てる姿はあまり見かけなかった。さすがに女子高に一人で乗り込むという勇者はそうはいないらしい。
そんなことを思いながら歩いていると、周りをこそこそみながら歩いている女生徒の姿に眼がいった。
誰かを探しているのだろうか。きょろきょろしていて、落ち着きがないように思える。
とりあえずある程度ズームしてその子を一枚カシャリと撮影。
うーん。ここの学校の制服を着てはいるけれど、なんだろう。なにか違和感のようなものを感じる。
ちょっと尾行をしてみたのだけれど、途中で撮影おねがいしまっす! と現役生に声をかけられて足を止めた。
うん。ルイの優先順位であれば、学内の保全より撮影である。それは警備がやるべき仕事だ。
「では、いきますよー!」
「お願いシマスー」
いえいと手を頭にあててポーズを撮りつつ、一枚撮影。
そして、ほっと息を抜いたところも撮影だ。
さぁさっさと次に行こう、というかさっきの人を追いかけないとと思ったわけだけど、彼女達はもうちょっと話をしていたいようだった。
「それにしてもルイさんって不思議ですよね。才色兼備で、しかも自分は隅っこの方がいいって。普通それくらい可愛ければ自分が世界の中心っ、くらいに思ってしまいそうなのに」
まさに大和撫子っ! と言われて、ただ撮影が好きなだけですよ、と苦笑を漏らしておく。
うーん、まあ崎ちゃんみたいな子を見てると、目立つために可愛くなろうっていう子は多いみたいだしね。
「どうすればそんなに達観したようになれるんでしょう」
「友人からは、お前は枯れているんだ、とかなんとか言われますけどね」
その分撮影衝動に持って行かれてしまっているんだ、なんていうと、こういうのがモテる秘訣か……とかその子はちょっと深刻そうにいいながら、そこでこちらと距離をとってそれじゃーこれからもよろしくーなんて言い置いて祭の方に戻っていってくれた。
うーん、こっちとしてはあまりモテる自覚はないんだけどね。
まあ、でも男にはもてるのか。翅さんとか本気っぽいもんなぁ。相手にするつもりはまったくないけど。
「っと、とりあえずさっきの子の話を処理するしかない、かな」
彼女の姿が小さくなったところで、タブレットを開いて、さっき撮った写真を転送しておく。
お相手は沙紀ちゃんだ。なぜって、確認しておかないといけないからね。
咲宮の最後の一人が今年はこの学校に女装潜入中だという話だし、さっき違和感を覚えた子がもしかしたらそれなのかもしれないから、そうであるなら内緒にしておかないとマズイのだ。
もちろん、半年以上ここで過ごしている子があんなにきょろきょろしないとは思うのだけど。
そんなことを思いつつ、少しすると電話がかかってきた。
『ルイさん! さっきの写真はいったいどういうことなのですか?』
電話の相手はまりえさんだ。沙紀ちゃんは相変わらず囲まれてるようで、きゃーんお姉様ーとかいう声が後ろから聞こえている。
「校内でちょっと不審な動きをしてたから撮っておいたんだけど、最後の一人、ではないんだよね?」
念のため、明言はさけて伝わる表現をしておく。
『若葉ちゃんではないです。あの子、沙紀と体格的には同じくらいなので』
ほほう。一年に入っているという咲宮最後の一人は若葉ちゃんというのですか。沙紀ちゃんと同じくらいの体格というなら、確かにさっきの子よりは華奢な感じなのだろうね。
どういう風に変装しているのか、今から楽しみだ。
「となると、潜入してる感じかな? ちょっと挙動不審だったし」
『そうなりますね。うーん、とはいえこちらは沙紀がこんな状態なので、身動きが取れず……』
祭の最中に、あまり騒がしくしたくないなぁとまりえさんが、在校生への気遣いを見せる。
まー、大捕物として沙紀ちゃんを囲んでる子たちを使って、一斉にやってしまえばすぐに捕まると思うのだけど、さすがにそれでは祭の雰囲気がぶちこわしだもんね。
「なら、それは現役の生徒会長さんになんとかしてもらうことにするよ」
ちらっと廊下を見ると、視界に蓮花さんが入ったので、ちょうどいいやとまりえさんにそんな提案をしておく。
卒業生の指揮でやるよりは、現役にやってもらったほうがなにかといいだろうからね。
『ありがとうございます。あとでまた連絡いただけたらと』
「うん。そっちもがんばって」
電話の背後の賑やかさに苦笑気味にそういって電話を切った。
さて。撮影もしなきゃだから、さっさと蓮花さんに治安維持はまかせてしまうことにしましょう。
そんなことを思いつつ、廊下で誰かと話をしている蓮花さんに近づいていった。
「おや?」
遠目からは普通に話しているだけかと思ったものの。
声が聞こえるくらいに近寄ると、なにやら蓮花さんは少し険しい表情でそちらに立っている男性に声をかけているようだった。
「あ、蓮花さんだ。どうしたの?」
「いえ、いちおうその……年頃の男性がいたので、声をかけていたのです」
ぷすっとした顔の蓮花さんは、これが生徒会長の仕事だと言わんばかりに、招待状を拝見させてはいただけませんか? と声をかけていた。
そして声をかけられていた相手は、俺はちゃんとした招待客ですって、と鞄からごそごそと書類を取り出しているようだった。
「あ、ルイさん……」
「おや。よーじくんじゃない。どうしたの? っていうかエレナでも入れないここにいるとは、なんて恐ろしい子」
ちょっと引き気味にそんなことを言ってあげると、俺、この学校に妹がいますからっ、とようやくでてきた招待状を蓮花さんに見せていた。
うん。確かにこの学校に唯一入れるとしたら、在校生の家族のみだからね。
高校の頃は、いつか結婚して娘ができたらゼフィ女に通わせるんだ! そして俺はあの鉄壁の要塞の中に入るんだっ! なんていっていたヤツもいたっけなぁなんて懐かしく思った。もちろん、それ以前に結婚できるのかお前はとまわりに総つっこみを受けていたのだが。
「拝見いたします。なるほど。一年生の春井彩さんのお兄様でいらっしゃいましたか。失礼いたしました。殿方が一人で歩いてらしたので確認させていただいていまして」
その招待状を見たとたん、蓮花さんはほっとしたような、柔らかい笑みを浮かべてくれた。
さっきとまるで違う表情に、よーじくんの方が、えぇーと困惑したような様子である。
でも、まあこんな学校に男性一人で歩いていたら、声をかけるのが生徒会長の仕事なのだろう。
おまえもだろって話ですが、まあばれなきゃなにも言われないのですよ。
「それと、ルイさんともご面識があるのですか?」
「ええ、彼女の友達というか、そういうのなので」
数年お付き合いがあります、とよーじくんは少し照れながら説明した。
彼女といっていいのかどうかは悩ましいのだけど、まあこの場はこのほうが問題にはならないだろう。
「まあ。それならなおさら嫌疑などかけられませんでしたね。ご無礼をお許しください」
「いえ、構わないですよ。確かに入ってみて思いましたけど、男性一人でこの中を歩くと違和感しかないですし」
両親も来たがったんですが、あいにくとよーじくんは肩をすくめて見せた。
「あ、そうそう蓮花さん。不審者っていうと、この子ってこの学校の生徒さんなのかな?」
よーじくんの嫌疑が晴れたところで、今度はこちらの用事を彼女に伝えることにする。
「ええと、これ……」
「この学校の子、おっぱいおっきい子多いけど、さすがにこれは育ちすぎじゃないかなってね」
全体的にがっしりした感じの子だなっていう印象があるから、確かに巨乳は選択としてアリだと思う。
実際、去年のとある授業では、しのだってそういう女装をさせて相手がいるしね。
「うちの制服を着てはいますが……これは殿方ですか?」
「どうなのかなとは思ったのだけど」
うーんと蓮花さんはあごに手をやり、考えると最寄りの教室に入ってパソコンを起動させた。
木戸の母校にも、写真閲覧用のパソコンが各教室にあったけれど、ここもそうらしい。
まあ、あっちよりもスペックは良さそうだけどね。
「わたくしも全校生徒全部を把握しているわけではないですから。生徒名簿を確認してから動きましょう」
「どこかで制服を入手して、それで入ってきたというわけではないんですか?」
よーじくんも興味があるのか、一緒についてきていた。
彼がいうのももっともで、制服なんて卒業したら流出するものじゃないか、というのは一般論である。
けれど、ここはお嬢様学校なのだ。
「それは考えにくいのです。卒業後、制服は学校で回収しますからね。在校生の予備のものも流出しないように徹底管理をしています」
ぶるせら、というのでしたっけ? ああいうところに出回って品位が下がってはいけませんので、と彼女は古めかしい言葉を使ってくれた。
「ブルセラというか、古物商として制服を売ってるところはあるみたいですけどね。お嬢様学校のは普通にすごい値段するらしいです」
アダルトな意味合いではなく、純粋に制服マニアのためのものである。
なんていうのを知っているのは、女装とその周辺の調べ物をしたときに得た知識の産物である。
ちなみに、かおたん用の制服はまだクローゼットに入っております。
「それもあって、制服をきてる子はこの学校の生徒、という認識で守衛さんは見逃したのでしょう。私もにわかに信じられないので、まずは確認です」
生徒名簿のフォルダにアクセスするにはパスワードが必要らしい。
生徒会長権限でそこに入ると、一気に生徒の個人情報が表示された。
とはいっても、情報量はそんなに多くはない。クラス単位で顔写真と名前と所属クラブや委員会といったくらいで、それ以上のものは教師権限じゃないと閲覧できないのだろう。
「似た子はいない、ですね」
450人分を見るのは骨が折れそうだ、と思うもの、一画面にばっと一クラス分を表示して写真のチェックをしていったので、それほどはかからなかった。
「それで、どうするんです?」
「そうですわね。とりあえず生徒会役員に通達して、発見次第事情を聞こうかと思います」
とはいえ、騒ぎにはしたくないので、ルイさんもあまり口外しないでくださいね、と念を押された。
まあ、こっちは写真の提供だけすればそれで事件には関わらないつもりでいたので、それで助かります。
本業ちゃんとやらないと、佐伯さんに怒られてしまうからね。
「では、その写真は使わせていただきますわね」
「ええ、いいですよ。あとは、その……もし捕まったら私も顛末を聞きたいので、教えて貰えれば」
女装潜入だなんて、よっぽどですから、とにこにこしながら言ってあげると、よーじくんが、えぇぇーというような顔をしていた。
「わかりました。あまり外部の方にお知らせしたいことでもないですが、今回は第一目撃者ですものね」
では、さっそく取りかかりますので失礼しますね、といいつつ、彼女はてきぱきと生徒会の役員達に連絡を入れ始めたのだった。
さぁ、事件です。
というわけですが、鉄板ということで。
次話はどうして潜入してしまったのかーというような話になる予定です。
ルイさんやっぱりちょっとずれてる子だなとしみじみ……




