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398.ゼフィ女の学園祭1

「お姉様! ようこそおいでくださいました!」

 目の前で、沙紀さんがべらぼうな笑顔を振りまいていた。

 ゼフィ女の学園祭。入り口間際で張っていて、まずは正解、といったところだろうか。


 実を言えば、例に漏れず早く会場にはついて、守衛さんには今回も早いねぇなんて苦笑を浮かべられてしまったわけだけど。一通り学園内の、始まる前の景色は抑えさせてもらった。

 比率は本番の方に持っていきたいけど、まあ、軽いサービスみたいなものだ。ちょっとだけこの始まりのわくわく感を現役生に感じて欲しい。


 そして。目の前にあるのは、去年の生徒会長のお姉様。

 フリーパスな彼女は受付でも身分証の提示とかしてないんだろう。

「うぅ。なんか卑怯な気がする……コレだからぶるじょわはすかんのです」

「そういうルイさんだってフリーパスなのでは?」

 囲まれている沙紀さんを遠目にみながら、まりえさんがこちらに声をかけてくれる。

 カメラ担当するよという話は彼女にもしているので、こちらを見つけて声をかけてくれたのだ。


「あたしは名刺だしてやっとだもの。そりゃ警備のおっちゃんもいつかみたいにものものしくないけど……」

 顔パスまではさすがにというと、うちのセキュリティは完璧ですねと彼女は満足げだった。

 まあ、確かに知った顔だからといって、ルイはこの学校の関係者ではないものなぁ。

 しかも、今朝おっちゃんに、あんまり浮き名を流してると、学院長から注意されるからほどほどになーなんて言われてしまった。別に好きで面倒事に巻き込まれてるわけでもないはずなのにね。


「でも、それで通れるようになった、というのはすごいですよね。就職おめでとうございます」

「まだフリーっていうか、お試しみたいなものだけどね。でも、まあ撮影場所の確保とか許可とか、写真撮るのにいろいろ下準備とか、手間取るってのは、今までにないことかもね」

 そういうの、今まではあいなさんに丸投げしてたから、というと、へぇ、とまりえさんは少しだけ、感心したような声を漏らした。


「これで、依頼とるために宣伝したりとか、そういうのまでってなると、かなり大変かも」

「ルイさんなら、名前出しておけば指名はきそうですけどね」

「……写真見て、ってことでの依頼ならいいんだけど、スキャンダルの方から興味もたれるのは本位じゃないです」

 まあ、それすら利用しなきゃやってけないってこともあるかもしれないけど、というと、写真のことになるとほんと真面目ですよねぇ、とまりえさんからは笑われてしまった。


「ま、今はこういう前の仕事からのつながりを大事にできたらいいなって思うから」

 にまりと口の端を上げながらカメラを握る。

 お姉様を狙うのをやめて、今度は入り口に設置されている学園祭の看板と門を撮っておく。

 相変わらず、要塞と揶揄されるだけあって、立派な塀に囲われていて、きちんとした入り口を通らないと侵入は無理そうだ。

 実はつい先ほど、侵入しようとして排除された人が一人いたらしい。学園祭の時を狙う人というのは何人かいるようで、捕まる率も飛躍的にあがるそうだ。まったく、乙女の園への願望が強いのか、無茶なことをするものだ。

 ……なんて言いぐさは、中に堂々と入れるからなのかもしれない。

 乙女の園は確かに最高の被写体であることに間違いはないのだし、見てみたいって気持ちが出てしまうのは、今になってしまえばわかるような気もする。


「楽しく撮らせてもらいますよ」

 まりえちゃんたちはあんまり撮ってあげられないけどね、というと、現役生を撮ってあげてくださいね、と卒業生である彼女は先輩らしい配慮を見せてくれたのだった。




「きゃー! ルイさんだ! 撮ってもらってもいいですか!?」

「おっけー! さぁ、ばんばんいっちゃうよー!」

 廊下を歩いていると、黄色い声に包まれた。

 まあ、こちらもテンション高めの声を返していたりするのだけど、それは祭りなのだから仕方ないだろう。


 さて。時間もあまりないし、さっくりと撮影をさせていただく。

 カシャリとその場での最高の瞬間を切り取っておく。

 データの転送とかは個人的には行わないのは最初の契約で決まっていることだ。それをやっていたら収拾がつかなくなるし、後日一括納品をして、欲しい人がデータをとった方がいいだろうというのがそれの理由だ。

 そして。


 これも取り決めの一つなのだけど、なるべく多くの人を撮ること。これも上げられる。

 ゼフィ女の生徒は、一学年で百五十人くらいが定員なので、正直一人一枚撮って四百五十枚というすごいことになってしまう。

 まあ、一枚に数人いれることになるから、さすがにその計算はあれなのだけど、安易に一人の被写体で五十枚とか撮ることはできないということだ。イベント会場とは撮影法自体がかなり変わってくるのである。


 だから、撮るのは最小限。でも良いものは撮ってあげたいから、枚数は撮らずに最大限の絵を作る。

 フォルトゥーナに行ったときに経験した枚数制限の経験が生きていると思う。

 ちょっと頭は使うので、オーバーヒートを起こしそうではあるけど、息が上がるようなこの感じが逆に心地良い。

 

「するっと撮られる感じがとってもいいです! すごいですっ」

「ほんと、どんな風に撮れてるか期待大だよねっ」

 プリクラとかだとなかなかポーズ決まらないんで、という彼女達をおまけで一枚撮っておく。

 学園祭の写真は、正直ポーズなんて気にしないでいいと思うんだよね。


 そこで自然にやってるところをこっちが勝手におさえるってことでさ。

 正直なところ、写真=ピースサインっていうのもよくわかんなくってね。たんに自然に笑ってる姿を撮りたいし、自然に感動に震えてるところとか、慟哭してるところとか、そういうの、撮りたい。

 ま、やられちゃったら撮るしかない、ってのが現状ではあるけれどね。   


「でも、ほんと同じ写真をやる人でも、撮る写真って全然変わってくるんだなって感じですね」

「へぇ。この学校にも誰かカメラで有名な人がいたりするんだ?」

 そんな風に問いかけると、んー、と彼女達は内緒話をするようにうきうきしながら、こんなことを言ったのだった。


 合コン現場を撮って大問題にした子がいるのだ、と。


 おいおい。

 ちょっとまて。

 その件は確か、なかったこと(、、、、、、)にしたよね? なんで? なんでそうなっちゃうの?

 これ、もしかしてほのかが相当、ディスられてるんでしょうか。

 異性交遊がしたい生徒からすれば、休学騒ぎは大きな問題だし、そこまでやらなくてもって思うだろう。そしてその元凶に意識がいってしまっても仕方ないのかもしれない。


「ええと、この学校ってここいらでも有名なお嬢様学校でしょう? 合コン自体が大問題になりそうだけど」

「だから、当時すっごく問題になったんですよ。結局、うやむやになって参加者はお咎め無しになって、みんなほっとしたんですけど……」

 どうしてお咎め無しになったのかはよくわからないと彼女は首をかしげた。

 はい。真相全部知ってますけど、さすがにルイさんは言いませんよ。

 もはや、無かったことになった話なんですから。


「なにを学外の方にお話されているのですか」

「会長」

 そんなこちらの会話を聞きとがめたのか、一人の生徒の鋭い声が響いた。

 半年ぶりくらいに見る顔に少しだけ表情が緩む。そこにいたのは西園寺蓮花さんだ。

 たしか今年の生徒会長をやってるんだったよね。


「別に、ただ撮ってもらってただけなので……」

 変な話はしてないですよ、といいつつ彼女達は蜘蛛の子を散らすように散っていってしまった。

 

「当校の生徒が失礼いたしました。わざわざこちらの依頼を引き受けてくださったのに恥ずかしいところをお見せしまして」

「いえいえ、こちらも駆け出しなのにご指名いただいて嬉しいです」

 蓮花さんは相変わらず優雅な物腰で、それでもぴりっとした厳しさを見せながらその場に立っていた。

 沙紀ちゃんが包み込んで、守るときは盾になるという感じなのに対して、この子は自分の身は自分で守るように生徒達を引っ張り上げるような感じの子だ。

 自分にも他人にも厳しいところ。そしてその分、他人を心配して優しくしてくれるのも知っている。

 

「でも、合コンの話ですか? ゼフィロスの子は人気が高そうですし、いろいろセッティングされてそうですよね」

「……校則上は、罰則対象になるとしっかり明記されているのですよ。それで多くの方は自制ができてるのですが……それが気にくわない方もいるようで」

 それで、あんな言いぐさになるのです、と彼女は拳を握り閉めていた。

 生徒会長になったものの、沙紀ちゃんに比べて自分はまだまだとか思っているのかもしれない。

 ふむ。なんかちょっと落ち込んでいるようなので、もうちょっと話でもしておこうか。ほのかのことも気になるし。


「そうだ。カメラがどうのって話があったんですよ。写真部の方なのかもしれないのですが、悪く言われてるんですか?」

「……そんなことはない、と言いたいのですが、お恥ずかしながら。あ、でも、本人は全然そんなのにめげてないといいますか、もっと良い写真撮るんだってがんばってます」

「そっか、よかった」

 ちょっとホッとしたような顔をしたせいか、蓮花さんはきょとんと首をかしげていた。

 そりゃほのかの相手をしたのは奏だからね。


「写真をやる身として、仲間が大変となると見過ごせないですからね。楽しく撮って撮られてって感じでいってくれればいいんです」

 合コンの件に関してはこちらからはなにも言えないですけどね、と苦笑を浮かべると、まあ、それは時間をかけていくことになると思いますと、彼女は言い切った。


 いちおう、異性交遊の話はなんとかしたいとも思っているのだろう。

 ただ、すぐに撤廃すればいいという問題でもないし、きちんと議論を詰めていこうと考えているのだ。

 もちろん、その時間が彼女達にあるかは謎だけれどね。あと半年も経たずに卒業なのだから。

 でも、せめてとっかかりくらいは、とか考えているのかもしれない。


「でしたら、是非写真部の展示を見ていってはくれませんか? ルイさんが来てくれたとなれば彼女達も喜ぶと思いますから」

 同年代でプロっていうのもいい刺激になりますわ、と蓮花さんは軽くお願いしてきた。

 まあ、撮影の流れで行くということであれば、立ち寄っても構わないとは思っているけれどね。

 あんまり学園祭を楽しんでしまうと、撮影に滞りがでてしまうのでそこだけは注意だ。


「では、それを楽しみにしながら、お仕事の続きをさせてもらいましょう」

 さっそく、生徒会長の自然な表情その一を撮らせてくださいな、とカメラを向けると、蓮花さんはええと、その、あまり撮られるのは慣れてないもので、とあわあわと視線をそらされてしまった。

「ふふっ。別に痛い写真にしあげませんからっ」

 カシャリと一枚写真を撮ると、彼女は、なかなかこういうのは慣れませんわ、とお嬢様っぽい感想を浮かべてくれた。

 ふむん。小さいころから良いところのお家は記念写真とかそれなりに撮ると思うのだけど。

 彼女のところはそうではないのだろうか。


「では、私も仕事があるので失礼します」

 そういって祭りの風景にじぃっと、温かな視線を向ける彼女をこっそりもう一枚。

 その横顔と、その視線の先に映るものも一緒に、撮影をさせてもらったのだけれど。

 どちらを納品するのかなんていうのはもう、決まってしまったとしか言えないだろう。


 さぁ。生徒会長さん。本日もお祭りをきっちりと仕切っていただければ、と。

 一週間の出来事を少しだけ思い返しながら、ルイは思った。

ゼフィ女の中もちょっと一年でいろいろとあったので、雰囲気がいくらかテンションアップな感じでした。

なるべく全員の写真撮って、という無茶ぶりをがんばろうとしちゃうルイさんったら、仕事大好き過ぎでございます。


さて、本日は蓮花さんのご登場。次話ではお茶とほのかさんのお話予定でございます。

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