392.学園祭一日目その後1
遅くなってすみません。長くなりそうだったので分割です。今日中に後編もかきたいところ
「さきちゃんおつー」
執行部の待合室にいくとそこはもう、なんかある程度できあがっていた。
のんでる人もちろんそうだけど一年で参加している未成年も空気に酔っぱらってしまっている。
その輪の中で崎ちゃんが、ちょっと居心地悪そうにしていた。
周りから声をかけられればもちろん対応はするけれど、それ以外ではこちらから声はかけない。
仕事が終わったのなら、さっさとマネージャーさんといっしょに帰ればいいのにと思うのだけど。
むしろ自分を待っていてくれたのだろうなと思わせられる。
手元にあるグラスは誰かに押し付けられたものなのだろうか。
「ああ、しのか。おつかれさま。今日はいいステージにしてくれてありがとね」
声をかけるとパッと表情を明るくして崎ちゃんはこちらに近寄ってくる。
まったく、そうとうなねぎらいっぷりである。そもそもすぐに帰ってしまってもよかったのにあえてここで残っていたのは、不遜だろうとも自分を目当てにしてくれていたのだろう。
他の仕事はまあ、明日ああしろというのだから、きっとなんとかなるんだろう。
こちらはオフの相手をこなすだけである。現地の人として。
彼女としては珍しい学園生活ってやつをちょっとでも感じてもらえればそれでいい。
「今日は、マネージャーさんは?」
「あ-、実は明日のオフもあって、今日は店じまいなのよ。ナイトもついてるんだし、いいでしょっていわれた」
「どこのマネも適当だなぁ」
若い娘さんを放置してしまうだなんて、これでいいのだろうか、と思ってしまう。
ナイトとかいっても、せいぜいこちらは、保護者くらいまでにしかなれないのだけどね。
守護者にはなれないよ?
「ま、さっきもお客さんにお願いしておいたし、あんまり絡んでくる人もいないと思うかな。それに今も戸惑いっていうかなんていうか、そっちのほうが強そうだし」
ちらっと周りをみると、ああ、そうね、としか答えようがなかった。
はっきりいおう。HAOTOの時は、きゃーきゃーいっていた子が多かったけれど、崎ちゃんに対してはみなさん、遠巻きから見ているという感じなのだ。MCが嫌だといっていた女子が多かったというし、ちょっと距離を置かれている崎ちゃんである。
どうして仲良くしないんですか? とこっそり執行部にきいてみたものの、刺激はしないほうがいいかな、とかいう変な答えがきた。
まあ崎ちゃんはライブが終わってテンションがあがっているけど、刺激しちゃあかん子ではないと思うのだけど。
うーん、男子が絡めば速攻で排除されるし、女子が絡んでも話が続かないとかそういったことなんだろうか。
そして崎ちゃんのほうは周りのそんな、微妙な空気を感じることもなく、こちらに絡んできていた。
「それにほら。明日は完全にオフで、馨と、ううん、会場だとしの? だっけ。そんな美少女とお祭りを回れるわけだしさ。テンションもあがるってもんよ」
「二十歳目前に少女はないと思うけど」
「じゃあ、美女と言えと? ほほう。美女といえと? こんなときはこういう言い回しをすればいいかしら? 大切なことだから二度いいました、と」
彼女がグラスを片手にそんなことをいうので、おまえさんそんなに染まってしまったのねとすこし遠い目になる。
「もう、崎ちゃん、それ、エレナにでも教わった? たしかにオタク業界では常套句だけど、虹さんくらいしか使わないよ」
「ふぅん。確かに……そうね。あの人、この前のパーティーの時は確かにちょっとオタクっぽかったかも」
ふむんと少し思い出すように中空に視線をやりながら崎ちゃんは上機嫌でそんなことを言った。
「パーティーとかやったんだ?」
「ええ。この前撮ったドラマがあいつらと共演でね。いろんな禍根があるから清算しようってさ」
シフォレのケーキとかまででてきたんだから、と彼女は終始ニコニコしていた。
うーん。なんかライブが終わったあとってこの子、わりとにこやかで、年末のライブのときもテンション高めだったんだけど。今日はちょっとはっちゃけすぎているような気がする。
うーん、普段の彼女らしくないというか、その手にあるグラスにはなにか入ってるのですか?
「それより、あたしは……しのに言いたいことがあるのです」
ぽーっとした顔をこちらに向けながら、崎ちゃんは少しかしこまってこちらに向かい合った。
「どうして、しの? どうして女性MCやってんの? ばかなの?」
ちなみに、しのがバカってわけじゃなくて、周りの人がってことね、と崎ちゃんは、しのを自然と受け入れているこの大学の人全員に向けてそう言った。
「崎ちゃんのオーラに押されて一緒に舞台に立ちたいって子がいなかったんだってさ。ま、気持ちはわかりますが」
「ちょ、なによそれ……あたし別に、プロ相手なら厳しいこというけど、お客さんにそこまで求めないよ?」
「みんなはそうは思わなかったってことでしょ。それであたしに声がかかったってわけなんだけど……」
正直、とても迷惑でした、というオーラを見せつけると、えぇー、と崎ちゃんは首を傾げた。
「あんた。舞台の上にたってても声援とかもあったし、迷惑もなにも、あんた、日常からして大学で女装してるんじゃないの?」
「否定はしない。でも、あたしだって好きでやってるわけじゃないよ。春のHAOTO事件とか、学業の支障になりそうな時に手っ取り早いから、やってただけ」
必要に迫られてだよ、というと、それなら……まあ、よし、となぜか崎ちゃんは許可を出してきた。
いや、崎ちゃんに決定権はないはずなのだけど。
「っていっても、放課後の活動はずーっとあっちなんだろうし、よしでもないかぁー」
あうぅーと、彼女はしょぼんと肩を落とした。
いくら舞台が終わったあとのテンションだからといっても浮き沈みが激しくないだろうか。
あ。もしかして崎ちゃん、その手に持っているのは……
「もしかして、それ、お酒?」
「あ? うん。ほらあたしもう解禁だし」
ボージョレ的なあれも解禁よ? と彼女が持っている紙コップを見ると、赤黒い液体が入っていた。
どうやら、ワインらしい。
これで、木戸はお酒についてはそこそこ詳しい。
自分で飲んだことはもちろんないのだけど、匂いでなんなのかざっとした区分けくらいはできるのである。
身の回りに酔っ払いが多いからね。
「よりによって赤ワインか……どうしてこの子は強めのお酒に行きますか……」
さて。ワインは強い酒か?
まあ、ウォッカとか強めの泡盛とか、強いお酒はいっぱいあるのだけれど。
若い子からすればそれは、十分強いほうになると思う。
ビールにくらべればもう、三倍近い強さのものなのである。三倍はいいすぎ? でも、強いのさ。赤いワインはビールの三倍。三倍強いってことでいいかな? どうかな?
「ん? なんか、おすすめられてねぇ。おいしかったからつい……かぱかぱと」
「それ、チューハイより強いから、かぱかぱいってよくないからね」
お酒の度数、ちゃんと知っててね、と、未成年ながら、よっぱらいの介抱に手を焼いた経験から言ってしまう。
「でもー、飲めばもやもやとれるし、後に仕事ないもーん。これでいいしぃ」
徐々にお酒が回ってきているのだろう。
崎ちゃんの言動が徐々に怪しくなっているような気がする。
「プライベートなんて、うっ、うううっ」
どーせ、仕事中心だもんと、崎ちゃんらしくない子供っぽい口調に、こりゃだめそうだと苦笑をもらしてしまう。
「思ったより、早めにやばそうだね。結構のめますよーとかいうから、すすめてみたんだけど」
そんなこちらのやりとりを見ていたのか、学園祭執行部の人が声をかけてきた。
あの、まだお酒の飲み方もろくに知らない新成人に無理はすすめないでいただきたいのですが。
「それもわかって、飲ませた、とかではないですよね?」
キッと、ちょっと睨んでみせると、やだなぁとイベント執行部の男の人はいった。
「お酒の管理は自己責任。最初にそれは伝えたし、その上でこうなってるだけだし」
それに……あの珠理ちゃんだろ? 酔っぱらって痴態をなんて、ちょっと期待はしてもさすがに自制すると思ってたんだ、と彼は言い訳まじりに言った。
「まだやばくないでーす。それに、今日はよっぱらってないとやってられないもの」
ほんともう。ばーかばーか、と崎ちゃんは子供のように、こちらに暴言をいってぐいぐい服をひっぱってきた。
ええと、崎ちゃん。服が伸びるからやめようね。
「あらら。そうとう気に入られてもう。うらやましいなぁ、ほんと」
「これで、木戸が実は男子ってことを知ったら、珠理さんめっちゃ怒りそうだな」
執行部のもう一人の男子が絡んでくる。彼もかなり酔っているようで、あっさりその秘密を暴露してくれた。
お祭り騒ぎのようなものだから、きっとそれをネタに今年の新入生に、あれは、ぱねぇだろとか話ていたのかもしれない。
「ん? しのは男でしょ? 男だよね? それで、こーんなにかわいい格好しちゃってるのよね?」
「んわわ。なにを言ってるのかなー? ほら、崎ちゃん? そっちやめて、お水飲もうか」
ほい、とペットボトルの水を与えると、素直にくぴくぴとそれを飲んでくれた。
赤ワインはとりあえず没収。コップの底にのこっているのは、もったいないけどその場に放置させてもらうことにする。
「おおぉ、珠理ちゃんの飲み残しドリンク……やばい。きたこれは、きたー!」
「はいはい、君たちキモイから、これ没収ね」
執行部はなにも男子だけで構成されているわけでもない。
こちらのやりとりに危険を感じてくれたお姉さんが、残りが入ったコップをくいっと飲み干してしまった。
「ぐっ、くそー。横取りひどいっ。まじでっ。それがあるとなしとで俺たちの今夜は充実したものになっていただろうに!」
「だから、そういう、小学校でかわいい子のリコーダーにいたずらするみたいな心理やめてくれない? きもいから」
これだから男はっ、と彼女は寒い視線を向けていた。
「さて。それで珠理さんだけど、どうしよう? 木戸くんに丸投げ……しちゃっていいような気がするようなしないような」
その見た目してると、なんかそのままお願いって言いたくなっちゃうけど、まんがいちがあると……と彼女は腕組をしながらんー、と思考にはいる。
「いちおうマネージャーさんの連絡先はあるから、聞いてみるね」
「お願いします。会社の事務所とかで休めるならそこまではつれてきますので」
この子、放置なんてしたらいろいろあとで言われそうですから、というと、まぁねぇと執行部の彼女は苦笑交じりだ。
崎ちゃんに視線を向けると、水を飲みながらもきょとんとした視線をこちらに向けている。
かわいいけど、それ、外で見せるのはいろいろと危ないと思う。
そんな様子を見ている間にも連絡はついたようで、今日のお礼と、今の状況を彼女はマネージャーさんに話しているようだった。
「えっと、今日の女性MCさんにお話がということみたい」
ほい、とスマートフォンをさしだされて、こちらもそれを素直に受け取る。
『今日はお疲れ様! 面白い舞台にしてくれてありがとね! それで珠理奈の件だけど、家に連れてっちゃってくれないかな? どうせ木戸くんちに帰る途中でしょうし』
「えと、鍵とかは? どうせセキュリティとか抜群で入るのが大変だったりするんでしょう?」
いちおう一度行ったことがあるので、彼女のマンションがどんなものなのかは知っているけれど、周りに人がいるのでこんな言い回しになってしまう。
『お財布の中にカードキーが入ってるからそれ使って。エントランスの前にモノリスみたいなのがあるから、それにかざせば入れるの』
「モノリスって……まあ、古代神殿とかにありそうですけどね」
『ま、あとは部屋へのカギだけど、カードキーと指紋認証になっててね。珠理ちゃんの親指をドアノブにひっかければあくから』
「そんなセキュリティとは……さすがお高そうなマンションですね」
『いちおー芸能人だしね。盗撮とかされちゃ困るわけで』
「ちなみにエントランスのカメラに映っちゃってもこの痴態は大丈夫なので?」
『ま、たまにはいいんじゃない? それに同行しているのが、同年代の女子なら別に対したトラブルにはならないわ』
まあ、同年代の女子なら、だけどねーと彼女はにやにやしているのがわかるような声音で言った。
「わかりました。じゃあ、おうちに連れてくということで。ええ、もちろんですとも。家の場所とかは絶対いいませんから」
はい、了解です、と伝えるとそこで通話が終了した。
「えっと、もしかして家まで送ってとか言われちゃった感じ?」
「ええ。よっぽどMCが気に入ったようで、あとはまかせたーみたいな感じでした。不用意にマンションの場所とか教えちゃまずいと思うんですけどね」
なんか流れでそんな感じになっちゃいました、と椅子に座って水をちびちび飲んでいる崎ちゃんに視線を向ける。
「あちゃー。男の子なの知らないでそれ言われちゃったのなら……その、木戸くん。頑張って理性を保ってね」
「へ?」
ぽんっと、彼女は同情まじりの視線をこちらに向けながら、肩を軽くたたいた。
いや、今更崎ちゃんの部屋に行ったところでなにがどうなるってことはないと思うのだけど。
「ぐぅ。珠理ちゃんちに行けるとか、男として超うらやましい……」
ああ、どうして俺たちにはそんな幸運が来ないのだろうか、と執行部の男の人たちは心底うらやましそうだった。
「そういうセリフは、とりあえず女性MCを無難にこなせるようになってから言えばいいと思います」
にこりと極上の笑顔を浮かべてあげると、彼らは、うぐっ、無理くせぇとすごすご引き下がったのだった。
さぁ崎ちゃんのターンなわけですが。
不憫な彼女はやっぱり、不憫な感じに、とろんとしておいでです。
いやぁ、高校生とかだと「酔いただれた女の子の可愛さ」ってやれないから、二十歳になってほんともう、いいね! って感じで。
ちなみにワインは12度程度なので、日本酒のほうが強いですね。ビールは5度程度。三倍は言い過ぎですが、赤くて三倍は胸が熱くなるフレーズなのです。
さて。リアルはクリスマスイブということで、崎ちゃんにはささやかにプレゼントをあげようかと思っています。後半……今日中に書ききれれば、アップしますよ!




