391.学園祭一日目
やっと崎ちゃんのターンだよー!
最近、馨と会えていない。
昔っからだろっていう言い分は、うん。否定できないんだけど。
ここのところホント、春はHAOTOの連中のせいで……ああ、でもそのおかげで一応一回は会えたのか。
われながら、メイクさんの助けを借りながらの、馨のイケメンモードは破格にかっこ可愛いかった。
まあ、可愛さが出てしまうのはしょうがないと思う。身長もそこまであるわけじゃないし、男性の中に入ればその印象はぬぐえない。
でも、だ。それでも「男性の装いでかっこいい」のは、ほとんど初めて見たので、なんていうか、テンション上がった。かっけーって思ったし、うちの馨はやっぱ男のかっこでもいけるって再認識した。
本人は感動のかけらもなく「これで隠れられるよ!」くらいな感じだったけど。
ほんと、もうちょっと、男として周りにどうあたろうとか、いろいろ考えてほしいと思う。
事務所のソファーに座りながらそんなことを考えていたら、かちゃりと入口のドアが開いた。
「あー珠理ちゃん、休みのところごめんね。仕事の依頼がいくつかきててね」
「んー、ドラマの撮影もクランクアップしたしちょっと羽をのばしたいところだけど……」
いちおう、マネージャーさんが持ってきてくれた仕事は、チェックするようにしている。
どんなものであれ、やるべきという風には思っているし、今でこそ選べるようになったけれど、有無を言わさないような時代もあったのだ。
それを思えば、気分が乗らないからやだ、とかわがままは言えないのだ。
「今回は、時期のこともあって、割と学園祭でゲスト参加してーってのが多かったみたい」
「学園祭、だと……」
ざわっとしながら、マネージャーさんに視線を向ける。
ちょっと、言い回しが漫画っぽくなってしまうのは、エレナとの付き合いが長いせいかもしれない。
「珠理ちゃん、受けないよね、この手の仕事」
「……リスト見せて」
マネージャーさんは見なくてもいいよね、くらいな感じの話をしてくるわけだけど。
恐る恐る、依頼が来ているリストを見る。
そんなに数はない。崎山珠理奈は歌うけど、どちらかというと女優業の方がメインだ。
それもあって、学園祭にというのはそんなに申し込みはないのだ。
あとは、ダメ元できてもらえないかなぁくらいなノリでの依頼というのもあるらしい。
さて。そのリストの中に一つの学校の名前を見つけて、よっしと気合を入れる。
「受ける。でも、一校だけ受けるわけにもいかないわよね」
そこにあった大学の名前を見て、つい、表情が緩んでしまいそうになるけれど、現実的なことを考えると、うぅと少し気弱な声もあげてしまう。気まぐれでそこだけ偶然うけたということをいっても誰も何も言わないだろうけど。
他の学校も見てみたいという思いがちらりと頭をよぎる。
珠理奈は学園生活がないがしろになってしまった分、そういうところにはちょっと興味があるのだ。
こうして、とある大学を目指して。珠理奈の学園祭めぐりは始まったのだった。
「今年も君に芸能人イベントのMCをお願いしたい」
学園祭の準備が一段落したところで、学園祭執行部の部屋に呼び出されて一番に言われたのはそれだった。
特撮研は今回は展示だけなのでもう準備は終わりだ。むしろ彼らの真骨頂は学園祭ではなく外部のイベントだものな。いちおう今年も配布するキャラクッキーは一年のさゆみちゃんと鍋島さんたちでちゃっちゃと用意してくれた。 料理できる女の子っていいよね、としみじみ感じてしまう。
さて。話はMCのほうだ。
木戸の学校の学園祭は、一日目が芸能人、特に歌える人たちを連れてきてライブをやって、二日目三日目は学生中心のイベントを行うのが慣例だ。
去年はHAOTOがきて、それからというもの、変なMCをやってしまった関係で、彼らとの関係もとても複雑なものになってしまったという経緯がある。
さて、今年誰が来るのか、というのを実は木戸はまだ知らない。
今年はなるべく騒ぎにならないように、近寄らないようにと思っていたので、調べていないのだ。
「一人じゃ無理じゃないですか?」
「一年の男子にオファーしてるところだ。そっちはたぶん大丈夫。ただ、女子の方がいない」
「ってそれ、必然的に女装でってことですか?」
てっきり、去年の実績を買って、男子としてMCをやってくれということだろうと思っていたのに、斜め上の答えがきた。
まあ、女装ができること自体は学校のみなさんはすでに知ってることだし、別に目の前の人たちが変なことを言っているわけではないのだけど。
「だって男女でMCやるのって恒例だしなぁ」
「どーして女の子やりたがらないんですか」
なにが悲しくて、女装男子を壇上に立たせようなどとするのか。
他にかわいい子なんて、この大学にだってそれなりにいるのだし、わざわざここでしのさんをひっぱりださなくてもいいと思う。
それこそ、去年MCをやった先輩でもいいのではないだろうか。
「あー、珠理ちゃんと比較されたくないとか、目の敵にされるのがいやだとかそういう理由」
その点、男のお前ならまったく問題ないだろ。その先輩はあっさりそんなことを言った。
「ええと、今年のイベントは崎山珠理奈嬢がくる、と?」
「ああ。告知はちょっと前からやってるけど、知らなかった?」
「知る気もなかったので」
ええと。うん。まあ、そうなると崎ちゃんの隣に立つだなんて、という人はいるかもしれない。
ファンサービスはする子ではあるけど、割とストイックだものなぁ、あれ。
一緒に舞台に立つにはそうとう気合を入れないといけないんじゃないだろうか、なんて思っちゃってもしかたないかもしれない。
ふたを開ければ、こっちは依頼して来てもらっているので、MCがちょっと下手でもなんも言われないはずなんだけれどね。
「まー別に、完璧に女性MCやれますけど去年みたいなアドリブは嫌ですよ? ちゃんと台本用意してくれるんでしょうね」
「そこらへんは大丈夫。ほどよく温めてもらって、それから珠理ちゃんのライブってことで」
「去年と同じで遅れがでたりしても今年は止められませんからね」
しかたありませんと肩をすくめると、やったぁと執行部の皆さんは大喜びだった。
学園祭当日。MCはというと。
シナリオ通りに順調に終わった。もちろん会場に女装で立ったら、しのさんかわいーなんていう声が上がったものの、崎ちゃんの純粋なファンの学外の方も多いので、だれあれという状態である。
とはいえそれはそれ。打ち合わせ通りで温めながら、ステージを盛り上げていく。
けれど崎ちゃんが出てきたら一気にヒートアップしたのは、彼女の純粋な力だ。
前にも歌っていたけど、Cという曲をはじめ、四曲程度を歌い終えた彼女は、きらきらした汗をライトの下で輝かせていて、とっても撮り時だった。残念ながら肖像権の兼ね合いがあるから撮れないけど。
本人にもすでに聞いた。すっごい悩みつつ、特別扱いはできないわ、と撮影の許可は出してくれなかった。残念だけど、しっかりその姿は目に焼き付けておこう。
さて、それが終わってこれにて終了! とか思っていたわけなのですが。
「トークイベントまでやれと言われてないんだけどなぁ」
「あらかじめ募集してた質問用紙をもとに、公開Q&Aということだそうで。ああ、先輩にはこれオフレコって本部からいわれてまして」
うわぁ、あんにゃろー。台本はしっかり渡すっていっていたのに。
後輩の男子のMCに直前に言われて頭を抱えそうになる。
こちらが渡されてた台本に書かれた段取りは、歌が終わったあと、空白になっている。質問BOXが置かれていたのは知ってたけど、公開で答えるだなんて知らなかったのである。
そんなやりとりも仕込みだと思われてるのか、会場からは、しのさんがんばれーという男の声が聞こえて、ぎろんと崎ちゃんににらまれたりはしたのだけど。
「はいはい、わかりましたよ。どーせアドリブできると思われてますよ」
んじゃー、行きますよ-! とやけになりながら、質問BOXから崎ちゃんに用紙をとりだしてもらう。
それをこちらで受け取って、質問をするというスタイルにするようだ。
ちなみに、男性MCさんはこちらの様子を見ているだけで質問BOXもちに徹していた。
「時間ぎりぎりまでなので、なるべく巻いて……とかいま指示がきましたが。さっそく」
崎ちゃんから手渡された用紙に書かれた内容を伝える。
「今日の朝ご飯はなんでしょう? って、こんなんでいいのか」
ほっとしながら、崎ちゃんにどうでしょうか? ときいてみる。
これくらいのあたりさわりのない質問なら彼女の気分を害すこともないだろう。
「今日はロケ地から夜間移動だったので、ゼリー系のあれです」
「相変わらずハードだけど、カロリーだけ採ればいいってもんじゃないのは知ってるよね?」
「あー、言われると思ったけど、普段はもーちょっと余裕あるんですからね? 今日はどうしてもここでステージやりたかったから、強行軍しちゃっただけで」
「それはそれは、大変ありがたいことで。では次いってみましょう」
変に話題が盛り上がるといけないので、そこですぱっとその話題は終える。
どうせ、木戸の通う学校でイベントやりたかったとかそういう話なのだろう。それくらいうぬぼれるくらいに崎ちゃんとの友情がしっかりしているのはわかっている。これでこの子ったら、学校系のイベントにほんのりした憧れみたいなものは持っているからね。
「えー、珠理ちゃんの今日の下着の色をって……あの、実行はこれの取捨選別してないの?」
一年の子に伝えると、いやぁといいきった。
「応募が五時まででそのまま箱をもってきただけなんで。そこはしの先輩がストップかけていただければ」
へらっと後輩の男子がそんなことを言ってきた。中に入れられたものはろくにチェックもしていないそうだ。
これで箱の中に、変なものでも入ってたらどうするというのだろうか。たとえばスライム的なあれとかさ。
さすがにやる人はいないだろうけど。
「あーじゃあ、珠理ちゃんが答えられなさそうなことはこっちで勝手に妄想で適当に答えます。失礼な質問をぶつけた人への罰ってことでひどいことをいくらでもいってやろうじゃないですか」
にししと悪そうに笑ってやると、半分以上からブーイング、一部からは楽しみーしのさーんと声援がくる。
よっし。ここからはアドリブで遊ばせていただこう。
「まず、今日の珠理ちゃんの下着の色は、たぶん赤いふんどしです」
「こぅらっ、しのっ。なに恥ずかしいことを……」
ふぬーと崎ちゃんがかみついてくるのだが、とりあえず無視。マイクは向けずに次の話題に進ませる。
「次いきまーす。今度舞台に挑戦ということですが、緊張したりとかは?」
「あー、ほどよく緊張してますよー。稽古も順調といえば順調だしほどよく緊張感はもててます。なにより舞台というのは映像と違って失敗できませんし。失敗したらお互いフォローしあわないと」
腕がなりますと笑みを強くして崎ちゃんが強い瞳を会場に向ける。
そういえば舞台という場所での仕事は久しぶりとかって話だったよね。普段はドラマなどが多かった気がする。
澪がいる劇団で、友情出演的なものをやるって話はこの前聞いたばかりだ。
「すばらしい意気込みですね。これは期待できそうですが……チケットとるのが大変な舞台になりそうです」
「あ、一ヶ月はやるので、都合が合えば是非見に来てくださいねー」
がんばってーと観客から声援があがった。見に行くよーとも。
相変わらず大人気である。
「さて、次ですが、あ、今お気に入りのスイーツを教えてくださいですって」
あらあらと、少し微笑を漏らしながら優しい視線をつい崎ちゃんに向けてしまう。
それを受けて崎ちゃんがものすごく嫌そうな顔を一瞬だけ出すのだが、それを一瞬で変えられるのはさすがは女優か。
「友達に教えてもらったケーキやさんのアップルパイですね。空き時間ができると食べに行ってしまいます。どこかの誰かさんはあそこのVIPで月一回オーナーさんの試食会に呼ばれるというのだからうらやましい限りです」
しれっとルイのことを言ってくれるのだがそこには反応はしない。今はしのなのである。
「それはうらやましいですねぇ。しかしそれだけ甘いもの食べててそのスタイルを保つとはさすがです」
「って、あんただってそうそう体型ではかわらんでしょうに」
じぃと視線を向けられて言われてしまい、まー確かにウエストラインには気をつかってますがねーと答えると観客の方から、しのさんすげーと声が上がる。春先の件を知らない学外生や、崎ちゃんのファンからはぽかんとした顔をされてしまった。あ、もちろんその中の女の子からは、確かにスタイルいいなぁうらやましいなぁなんて声がちらりと上がっていたけどね。
「お? 次はほほぅ、好きな男のタイプを教えてくれ、むしろ俺とつきあってくれ、だそうですよ?」
今度はこちらからじぃと崎ちゃんに視線を向ける。どうすんの? 答えるのという感じだ。ぷぃと視線をそらされたのでしかたないなぁと頭を抱える。
「というわけで、拗ねてしまわれたのでみなさんも気になっちゃってるだろうけど想像で私めが勝手にねつ造しましょー」
怒らないでね、とウインクをして会場に断りを入れる。
「珠理ちゃんの好みのタイプは身長190センチの筋骨隆々タイプのないすひゃ……いひゃ、さきひゃんいひゃ」
「真逆だわ、あほんだらー」
このやろーとアドリブでほっぺたをひっぱられて、会場がどっと沸いた。
さすがにあの崎ちゃんがそんなことをすると思わなかったのだろう、一部のファンの人たちはぽかーんとしていた。
でも、木戸はなにか失言するとほっぺを引っ張ってくるこの友人の癖はよくわかっている。さくらあたりの影響なんだろうなあ。
「にゃはは。おこられちゃいましたなー。この件はシークレットということで、次いきましょうか」
かわいーとそんな対応に会場から声が沸く。でもぎろんと崎ちゃんにマジでにらまれて仕切り直す。
それからいくつか質問がきて、無難なモノは崎ちゃんに答えてもらって、それ以外は自分で。
ばかな質問にはばかに答える。
残り枚数が減ってきたところでこんなのがきた。
「珠理ちゃんはルイさんと仲良しだといいますが、ルイさんの生態についてお答えくださいって、これアッキーかなぁ。だめでしょうこういうのは」
むぅと軽くまゆをよせると、会場の一部から、そりゃそうだろーと納得声が出た。同じクラスの奴らだ。
アッキーがどれくらいルイに狂ってるのかよくわかってるのである。
「あー、ルイは一言でいうと写真馬鹿な友達。って、知ってる人なら知ってると思うけど、それ以上のことは、ない。んじゃないかな?」
知らないのではなく、ない。そう断言されて、群衆に埋もれてるアッキーからは、そうかもーと返事がでた。
「ない。といいつつ密かにいろいろな活動があったりなかったりするかもしれません。人間だもの」
たとえばケーキ食べに行ったりなー、といいつつ、インカムからラストというアナウンスが入る。
「さて。時間も押してしまっていますので、ついに最後の質問だそうです」
ささ、どうぞどうぞ、あたりを引いてくださいよーとBOXから用紙をとりだしてもらう。
「お。最後はいいの来ましたね。この学校の気に入ったところをお答えください」
紙を開いてにんまりと笑顔を漏らす。最後にこれを引くとはさすがに崎ちゃんもやってくださる。
実は木戸もこれと同じ質問を箱の中に入れてある。筆跡は違うが何人かは同じことを思ったのだろう。
「気に入ったところはいっぱいありますが、まだまだ回れてないのが正直なところです。今のところは綺麗な学校だなーとか、集まってるみなさんに活気があるなーとかそれくらいしか言えませんが、幸い明日も学園祭やってるといいますし」
当たり障りのない話をしつつ、わしりとMCをやってるしのの両肩をうしろからつかんで、みんなに宣言する。
「この子に明日はこの学校を案内してもらおうかと思います」
みんなも、許してくれるかなーと言うと、一部から、なにその役得ーというヤジが飛んだ。
しのの性別を知ってるヤツはそうだろうな。逆に今度は外部からきたファンの反応が弱い。崎ちゃんが望むならその子と一緒に歩き回ればいいじゃないといった感じだ。
その瞬間、明日もしのでこなきゃいかんのか、とがっくりしてしまった。
「では、みなさんの承認も得られたことで、明日はよろしくね、しのさん♪」
きちんとエスコートしてくれたまえよ、という崎ちゃんの一言にこちらは、わかりましたぁとせいぜい、可愛い声で答える以外にないのだった。
元原稿があったというのに、ギリギリになるという体たらく……くっ。年末がうらめしい。
さて。崎ちゃんのライブは大成功! ということでしたが木戸くん的には、あーあ、と言いたい感じの展開です。
次話は、崎ちゃんと女装デートです。学園祭まわっちゃうよー。




