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386.母校の文化祭5

「さてと、お次はなにまわろっか?」

「んー、お化け屋敷の中、撮影禁止だったから、きっちり撮影できるところがいいなぁ」

 さきほどの出し物は、真っ暗な通路の中に、障子から手がでてくる仕掛けとか、井戸からでてくる人とか、いろいろあったのだけど、なんせ暗いので、撮影に向かない場所なのだった。


「もぅ、きゃんとか、可愛い声上げちゃって」

「むぅ。それはほら、突然首筋にこんにゃくが当たったからであってね」

 あれ、きっとさくらの方に当たってたらそっちのほうが声を上げてたに決まってる。

 それなのにそんなにからかってくるとか、ほんと趣味が悪いと思う。


「いちいち悲鳴も可愛くてどうなってんのって言いたいだけよ」

「仕方ないでしょ。悲鳴なんて自分で好きにできるわけないじゃない」

「それができちゃってるから、ミステリー」

 おわわ、二人で話していたら、背後からそんな声がかかった。


 その口調と声から、振り向かなくても誰がそこにいるのかはわかった。

「あれ、さっちん、偶然ね。図書室のほうで合流だとばかり思ってたけど」

「にしし。見たことのある顔があったから、ついね。それとルイさんも先月ぶりー」

 そう。そこにいたのはミステリーハンターこと、佐々木陽子さんである。

 

「はて。前にお会いしたのは二年前くらいだったように思うのですが」

「えぇー、そういう話になっちゃうの?」

 まったくもーと佐々木さんは不満顔をしているものの、それはしょうがない。

 この前の出会いはあくまでも非公式のものだ。

 さくらにはその話はしてあるけれど、あくまであの日あったのはけーくんなので、ルイさんとは会っていないのだ。


「まあいいや。さくらとルイさん。実はこれから軽音部の演奏ききにいくんだけど、一緒にいかない?」

「へぇ。さっちん軽音部に知り合いなんていたっけ?」

「んー、実は、部っていうか同好会でね。ミステリ-研究会にも入ってる子が兼部してるのだ」

 その子は、佐々木さんの話によると、ガールズバンドを結成して、活動をしているのだそうだ。

 もともと三年の女の子四人で組んでいたそうなのだけど、夏にメンバーが替わって今回は初めてのライブなのだそうだ。大学に行ってからバンド活動をするかどうかはわからないだけに、最初で最後の大舞台ということで気合いが入っているらしい。


「そういや、舞台で見たのっていままで演劇ばっかりだったよね」

「うちらが現役だったときは、バンド組んでる子とかいなかったからねぇ」

 楽しそうじゃない? とさくらがいうのにルイも同感だ。

 歌にあまり興味も造詣もないのだけど、純粋にバンドの場面を撮影してみたいな、という欲求はもちろんある。

 

「あの、佐々木さん。その舞台って撮影はできそう?」

「んー、まあ明るいところでやるだろうし、たぶん大丈夫だとは思うけど……そか。ルイさんだもんね。枷が外れた状態ってこと、でいいの?」

「あー、まあ、そうだね。さっちんがまじまじ見るのは初めて、かな」

 こいつ、撮影の時はほんとマジで人が変わるから、引かないでやってね、となぜか生暖かい視線を向けられてしまった。


「うーん、枷に関してはまー、自分で意識したことはないんだけどね。撮りたいって思ったら行動しちゃうっていう感じにはなっちゃうかな」

 そういう場所ではちゃんと自重するけど、撮れるなら撮りますというと、あの眼鏡は封印の意味もあるのかーなんて、佐々木さんは知ってる人しかわからない言いようをしてくれた。

 さすがはそういうところは繊細な方である。


「んじゃー、お付き合いいただきましょうかね。さくらも良いよねー」

「だいじょぶよ。ほれ、ルイも一緒に行くよ」

 さー、では体育館にGOです、という号令とともに、ルイさん達は廊下を歩き始めたのだった。



「なんか、舞台裏のわきって久しぶりかも」

「演劇部の控え室として使ってたこともあったけど、ルイさんは来たこと有ったっけ?」

「あはは。澪とは友達ですからね? それで一応は」

 春にお仕事で、舞台の撮影のお仕事をもらったんだけど、その時にあの子が居てびっくりだよ、といったら、おぉーと佐々木さんは驚きつつにこりと笑顔を浮かべてくれた。

 うちの同級生達は大活躍だとお喜びのようだ。もちろん澪も含めてだろうけど。


 そして、舞台脇の個室に入ろうとしたとたん、その中から声が聞こえた。

「だから、女装なんて無理ですってばぁ」

「うぇ……」

 そう。その声は、ちょこっと高めにはされているけれど、男子の声だ。

 えっと。たしかガールズバンドだって話だったよね。女の子四人で組んでるって。


 思わず、ぱらぱら文化祭のパンフレットを見返してしまった。

 たしかにそこには女の子四人によるバンドだという話になっていた。

 でも、中から聞こえてきた言葉は、それとは全く違うものでありました。


「にっひひ。じゃー、空気読めずにとっつにゅー」

「って、行っちゃうの? まじで?」

 佐々木さんが一人、にこやかに扉に手をかけて、思い切り開けた。

 ほんと、空気読めない感じで、開かれてしまった先の方の人達は、びくっとなって、こちらを見て。

 そして、視線はぎじぎじいいながら、こちらに集中したのだった。


「ヨーコ先輩? えと、さっきの……」

「にしし。女装がどうのって話かな?」

 いわれて、四人のうちの一人がぴくりと体を震わせた。

 みなさん、本日はこの高校の女子制服姿。専用に衣装をつくるとかはさすがに高校生だと、レイヤー仲間でもいないと難しいもんね。それを考えると瑞季ちゃんたちはほんと頑張ったと思う。


 さて。その四人なわけですが。

 まあ、悪くは無いのだけどね。四人をぱっとみたらやっぱり、誰がどうかってのはわかっちゃうんだよね、これが。魔眼をもっていますので。

「はぁ。感染源とは言わないけど、土壌を作ったのはあんたよねほんと」

 やれやれと、さくらまでもがそんなことを言い始めた。さっきまでのからかう感じと違って、しみじみとという感じだ。


「と、とりあえず、声は小さめでっ! ヒカリが、その、アレだってのは内緒なので」

「それは、オッケーだけど、なんか揉めてたの? 開演までそんなに時間ないよね?」

 じぃと、佐々木さんに視線を向けられて、ボーカルの女の子はそれが、その……と、事情の説明をはじめてくれた。


 もともと、ガールズバンドとしてやってきた四人。そのうちの一人が事情で活動を停止するので、新しい子をいれることになった。そこまでは周知している情報だ。

 でも、実を言えば、その新たに加入したという子が、一年生の男の子だった、というわけだったそうだ。

 もともと辞めることになった子の弟で、ギターのテクニックとかはもとの子とさほど変わらないという所もあって、こりゃうってつけだよ! なんてことになったらしい。


「えと、混成じゃダメなのかな?」

「う。それは、その……あくまでもガールズバンドっていうので学校の承認をとってたから、その……」

 同好会としての取り扱いがなくなっちゃうかもって思って、とボーカルの子が少し涙目でそんなことを言い始めた。

 いや、軽音同好会とかそういう感じでいくなら、別に問題はないように思うけれども。

 うーん、異性交遊の場になっちゃうとか思われるのが嫌だったんだろうか。

 とはいえ、今はシステムがどうという以前に、この子達に舞台に立って貰えるメンタルを持って貰うのが優先だ。


「はいっ。じゃー、まあ、ガールズバンドとしてがんばる、というのはこの際それでいいとして、さっきのもめ事はなんだったの?」

 佐々木さんの視線の前でわたわたしているバンドメンバーに、ルイが部外者っぽく遠慮無しな質問をぶつけてみる。

 なんとなく事情はわかってるんだけど、本人達の口からちゃんと聞いておきたい。


「ヒカリがこの後に及んで、舞台は怖い、絶対ばれる、無理ーとか言い始めたんです」

「へぇ……無理、ねぇ」

 じぃと、先ほど女装なんて無理と言っていたであろう子に視線を向ける。

 えっと、まあ身長はほどほどにあるとは思う。八瀬よりちょっと高いくらいかな。

 でも、孝史くん達ほどはない。高身長の女性よりやや低めという、ほどほど違和感の無いものだろう。

 そして肉付きもそう多くはない。男子としては十分華奢な部類に入るだろう。

 舞台の上と、下という距離があれば、十分女子として通じると思う。


「だ、だって、声だって私、そんなに高いほうでもないし、違和感あるでしょ? それに見た目だって……」

「んー、確かに、声はテノールさんかな。女子の声には聞こえないけど、ボーカルじゃなくてギターなんでしょ? それともコーラスとかで入ったりするの?」

「それはないですけど……」

 うぅ、と目を背けられてしまったものの、それなら別に声の問題はまったくもってないだろう。

 紹介はリーダーが中心でやって、あとは演奏するだけでいいじゃないか。


「見た目に関しては……ちょいと失礼して」

 数枚、さらっとシャッターを切る。

 そこまで明るいわけではないけれど、くっきりと女子制服姿の彼を写し出せたと思う。


「ほい。これが今の貴女ね。どうかな? そりゃ慣れてる人が見れば、ん? って思うかもだけど、ちょっと離れたところから普通の高校生が見る分にはばれっこないと思うけど?」

「うわ……こんな感じか……」

 まじまじと客観的に自分の姿を見せつけられて、ヒカリさんは目を見開いているようだった。

 この感じだと、周りから大丈夫といわれてもあまり鏡が見れなかったパターンだろうか。


「でも、やっぱり不安です……」

「んー、そっかな? この高校、とある人のせいで女装自体にはとても寛大だと思うし、変な事は言われないと思うのだけど」

 たとえばれてしまっても、そこまでダメージがあるとは思えない。

 だったら、初のお披露目で、きゃーん女装のギターさんかっこかわえーって言われるのもありじゃないだろうか。少なくとも、女装=きもいっていう風にはならないし、ヒカリさんのクオリティなら誰も何もいえないと思う。


「いやです。それに、学内ならいいけど外は? ばれるの自体がそもそもダメというわけで……」

 ああ。そっかそっか。バンド活動はこれからも続けていきたいと思ってるわけか。

 うちの学校内では、女装は全然普通でオッケーだけど、外だとやはり気持ち悪がられるのもあるだろうし。

 せっかく人気になっても、不穏な影がつきまとうのはいやだ、ということだろう。


 なら、簡単。ばれなければ良いだけの話である。


「それじゃー、ルイさんの女の子講座を始めたいと思います。さて、ヒカリさん? 女の子を作る上で大切なものってなんでしょうか?」

「ふえ? 突然なんですか?」

 こいつ、何を言い始めるのだと、彼女はよくわからないと首をかしげた。教えるまでも無く女子モードに入っていてとても可愛らしい。一枚いただいた。


「自信です。というか、自分は男だってばれるかも、なんて思ってる女子は世の中にまずいません。怯えることそのこと自体が、自分は女子ではないと告白してるのも同じことなんです」

 ほれ。胸を張るのです、というと、いや、でも、と彼はちらりと視線を下の方に向けた。

 ほほう。そっちが気になってしまいますか。


「ボーカルさん。お客さんはステージの目前まで来ちゃうかんじ? それともちょっと距離あけるのかな?」

「うちの場合は、やっぱり見えちゃう可能性もあるので、二メートルは離れてもらってます」

 ほうほう。なるほど。そうだよね。ステージの高さはだいたい一メートルちょっと。一番前まで急接近して、なおかつこの子達が前の方で演奏していたら、スカートの中が思い切り見放題なわけだ。


「えっと、さくら。これはいったい何をやってるのかな?」

「んー、きっとミステリーな感じなことだよ。だからさっちんもこれから起こることがどんな感じになるか、想像してみると楽しいんじゃない?」

 こそこそ、成り行きを見守っているさくらと佐々木さんから声が聞こえる。さくらは何をしたいのかすでにわかってくれているようだ。なら手伝ってもらおうかな。


「じゃ、さくらと佐々木さん。暗幕広げて立ってね。たかさはー、あ、さくらぐっじょぶ」

 しっかりわかっておいでのさくらさんはこちらが指示するまでもなく、高さを調節して、低めに暗幕をはってくれた。付き合わされてる佐々木さんは未だに、はい? と不思議顔である。


「では、ばれないであろう根拠をこれからお見せしようではないですか」

「えええぇー」

 バンドのメンバーから、いっせいに驚きの声が広がった。

 そりゃまあ、思い切り座り込んで、かなり低い位置からカメラを向けているからだ。

 さぁ、おパンツをお見せくださいまし、といわんばかりのアングルである。


「これくらいはなれてて、この角度ならまず中は覗けないっていうのの確認用にね」

 ほれ、とタブレットにデータを流し込んで見せると、うわ、とヒカリさんはローアングルからの自分の姿に驚きの声を漏らしていた。


「今までの経験上、それだけ離れてるなら中は見えないよ。今再現したのが、だいたい客席二メートルのところからのやつだね。脚線美が良い感じに見えていいと思うけど?」

 どうよ、と少しだけドヤ顔をわざとしてみせる。いい写真であろうと押しつけた方が自信になるからだ。


「でもぉ……」

「ひざに関してはちょぴっとごついかなと思うところあるから、次からは厚手のタイツを使った方がいいかもね。しかもぴったりしたものではなくて、ちょっと大きめのだとごつさが軽減するから」

 あとは、ちょこっとあごを引いた方がいいかな、と付け加えておく。

 遠くからならほとんど目立たないけれど、望遠とかで撮影すると若干のど仏が気になる所だろう。

 それを上手く顔で影を作って隠してしまうためには、やや視線を下に向けた方がいい。


「観客席を見ながら演奏すれば、自然とあごは引けると思うから、それでいいんじゃないかな?」

 それとも、夢中になって空を仰ぎながら演奏しちゃうかんじ? というと、ふるふると首を横に振られてしまった。

 うんうん。お客さんと一緒に盛り上がれるならそれが一番だと思うよ。


「さて、これでも心配だ、ということであれば、スカートめくりされても大丈夫なように、おねーさんがいろいろとやってあげないといけなくなるのですが……大丈夫、かな?」

 ほれほれと、左手を胸元でにぎにぎしていると、ヒカリさんはこくこくと首を縦に振ってくれた。

 やった。これでタックはしないで済みそうだ。

 必要なら、あとでサイトを教えておいてあげよう。女装までならいらないだろうけど、その先で絶対ばれないを目指すなら知っていて悪いことじゃないからね。


 え。ドツボに入るからやめとけって? だってばれたくないっていう彼の願いを叶えるためだから、仕方ないってば。


「あの、ヨーコ先輩? この人って……」

「ああ、噂のルイさんだよー。ほら、春先にけっこーテレビとかに出てた」

「……なんでテレビの向こうの人がここに?」

「うちの卒業生……じゃなくて、学外生だったから、かな。写真部のOGなのだ」

 エッヘンとなぜか佐々木さんは後輩の前で胸を張っていた。

 いや、別にそこで佐々木さんがドヤ顔とかしないでもいいですから。


「なんにせよ、これでいけそうかな? 良い演奏してくれたら、こっちも良い写真撮ってあげるから、頑張ってね」

 さあ、では、準備に入るといいよ? というとボーカルさんたちはちらっと時計を見ながら、急ごう! と元気に動き始めたのだった。

ガールズバンド話! 最近アニメみてるとバンドリのCMがんがん流れるので、つい流されるままに書いてしまった……

また、増えたよ……とか言われそうだけど、瑞季ちゃんは「フルオープン」で、ヒカリちゃんは「フルクローズ」な女装でございます。ばんどっ娘はとてもよいですが、声とかは自分で頑張ってもらう方向で!


さて。次話ですが、図書館いっちゃいまっせ。同窓会ちっくなノリになる予定です。まだ書いてないけど!

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