385.母校の文化祭4
「家庭科室つかわなくてもなんとかなるもんなんすね」
さて、つぎはサンドイッチ行こう、とコロッケサンドを食べ終えた彼は次のさらに手を出し始めていた。
なんか、しみじみ、男子高校生ってこういうもんか、という目で見てしまった。
「……以前、鉄板焼きやってるところとかもあったしね。さくらも食べてたイカ焼きとかの屋台ね」
「あー、あれねー。ちーちゃんたちんとこでしょ。でもあれもホットプレートだったよね?」
ガスコンロじゃなかったような記憶が、とさくらは一昨年の記憶を掘り返しているようだった。
まあ、あのとき、ルイさんは参加してないので、あんまり危ないことは言いたくはないのだけど。
「ガスコンロの場合は上に一台一個まで、場所ははなすのが鉄則だからね。連結とかしてガスコンロ使おうとすると高温になってボンベが爆発するから」
「まじか。ガスコンロこえぇな」
ガスコンロを使う上での常識を、弟君はまじめにすげぇと言い放ってくれた。
いや、ほんとガスの爆発はあぶないから、気をつけましょうよ。連結、だめ、絶対。
「そうなんですよ~、最初は我々もガスコンロで揚げればいけるのかなーって話をしてたんですけど、家庭科室のコンロを使って朝揚げたのを温める方式にしてます。でも、そのあとホットプレートで温めてるから、さくふわであったかいと思います」
こっそり瑞季ちゃんが話に入ってきた。
手が空いたのか、それとも各テーブルにサービスで声をかけてるのかはわからないけれど。
どうにも、他の席よりここにいる時間が長いような気がする。
「あー、やっぱりガスコンロだめかぁ。ボンベが熱くなると危ないからってことだよね」
普通の焼き物よりも、油を中に入れる場合、そこにたまる熱は大きくなる。それから引火してボンベが爆発なんていうのも下手をしたら起こりうるのだ。きちんと離せば大丈夫なはずだけど、そこまでは学校側も許してくれないらしい。
「そうなんです。小さいお鍋で揚げるとか、フライパンで揚げるとか、そんな提案してみたんですけど、危ないからダメって」
まー、ホットプレートつかえるだけいいんですけどね、と瑞季ちゃんはにこりと笑顔を浮かべた。
うんうん。わかるよ。圧倒的にコロッケパンの味わいをあげるが、熱さだもの。
ほくほくなコロッケというのはなによりのごちそうなのである。
そんな会話をしつつ、あぁ瑞季ちゃんも料理できるのかぁとちょっと感動。
「……あの、瑞季ちゃん。やっぱ男の娘は料理できないとだよねっ!」
「ふえっ!? な、突然なにごとなんです?」
「あー、男の娘好きとして変な反応してるだけだから、気にしないでね?」
ちょっとキモいだろうけど、我慢してあげてとさくらがさらっとひどいことを言った。
いや。でも、ついつい志鶴先輩のことを思い出してしまっただけなのですよ。
「料理……かぁ。かおたん先輩も出来たって話ですし、頑張らねばってところですが、私なんてまだまだですよ」
もー全然ですーと瑞季ちゃんはぱたぱた胸元で両手を振っていた。
いや、そう自分で言う子こそできると思うんだよねぇ。
「瑞季にはバレンタインまでになんとかして欲しいところですね」
「そこは、孝史くんも男の娘として作れるようになるべきでは?」
「……えと、さすがに今日はイベントだからこういう格好してるだけで、俺はノーマルなつもりなんですが」
料理の話を聞きつけたのか、孝史くんもこちらのテーブルに近寄って来た。
ここにばっかり構ってていいのかなと思うものの、まあ、確かにそろそろバレンタインアピールというのはしても良い時期なのかもしれないし、ちょっと無理して集まってきたのかな。
「えぇ。女同士できゃっきゃとお料理をする場面は良い撮影シーンだと思うんだけどなぁ」
どうかな? 撮らせてはもらえないだろうか、ときくと、無理、無理無理、無理だからっ、と孝史くんは声を作るのを忘れて思いっきり拒否の姿勢に入った。
ふむ。やっぱり、好きで女装してるのは瑞季ちゃんだけか。
他の子も見た感じだと、文化祭の祭のノリという感じでやっているように思えた。
「じゃあ哲史くんが、じょ……いえ、なんでもないです、はい」
ぴこんと思いついて、是非瑞季ちゃんと二人でキッチンにーなんて言おうと思ったら、思い切りさくらに睨まれました。うん。わかってますって。弟くんを引きずり込んだりはしないですから。
「ま、でも。クッキー作りとか、ホワイトデー対策できると割と好感度アップだったりするから、そういう意味合いでもお菓子作りとかは出来た方がいいかもね」
料理ができる男の子は人気が高いんだぞー、とさくらはまっとうに料理作りをすすめていた。
まあ、確かに料理が出来る男の娘って、すっごくいいと思うし、甘い匂いとかしてたらたまりませんけれどね。
「ちなみに、かおたんさんは、クッキー作って好感度あがったんです?」
そういや、クッキーは作ってあげたものの、女子との好感度についてはどうなったんだろうか。
お嫁さんに欲しいとはみんなに言われたけど。
「好感度はほぼMAXでしょう。友達として」
ですよね。正直、バレンタインと、ホワイトデーセットでクラスの女子とそうとう打ち解けたって感じあったし。
「好感度あがるのはいいけど、友達としてってのはなぁ……やっぱり、もらう方が嬉しいです」
「孝史ったら、女友達に大人気、とか、そんなの狙っちゃってるんだ?」
ふーん。へぇー、そうなんだーと、瑞季ちゃんがちょっと拗ねたような声を漏らしている。
まあ瑞季ちゃんとしてはからかってるだけなんだろうけど、孝史くんは、ちょ、おまなにいって、とかわたわたしているよ。
「はいはい、あんまりからかっちゃ、孝史くんがへこんでしまうからね。今日は一日頑張ってもらうんでしょ?」
「あは、そうでしたね。では孝史。他の次のお客様呼んできて?」
「はいはい、まったく、人使いが荒いチーフですよ、もう」
孝史くんはぶつくさいいながら、それでも女装状態に戻して入り口に向かっていった。
「ところで瑞季ちゃん」
さて。残り時間もあと十分というところなので。
一人、残ってその様子を見ていた瑞季ちゃんに、一つ、質問をしておくことにした。
うん。この学校に来る切っ掛けを作った者として、是非とも聞いておきたいこと。
「高校生活は、楽しいかな?」
「ちょ、ルイ……」
そんなにしみじみ言ったわけではないのだけど。さくらからなんか心配そうな声が上がった。
別に、変な気を起こしてるわけじゃないから、あんまり心配しないでもらいたい。
じぃっと、瑞季ちゃんを見つめる視線に彼女はなにかを感じたのか、満面の笑みを浮かべて答えてくれたのだった。
「毎日がすごく楽しいです。中学の頃よりもいっぱいいろんなこともできるし。もちろん女装もし放題です。それに……」
ちらりと、瑞季ちゃんはクラスメイト達のほうに視線を向けた。
「なにより、男の子達が受け入れてくれてるっていうのが、嬉しくって」
あ、女装をすること、じゃなくて、私の女装を、ですけどね、と彼女は補足した。
まあ、確かに。ここにいる子たちは自分達で望んでやってるわけじゃないのだろうし、それでもこのクオリティというのは、瑞季ちゃんのことを認めている証とも言えるだろう。変な目で見てたらここまでできないし。嫌がるし。
中学の頃のこの子の知人は年上の女子が多かったみたいだし、同学年で男子の友達が多くできるというのは、とてもすばらしいことだと思う。
っていうか、ルイさんも純粋な男友達が多く欲しいです。ほんとまじで。
「えっと、ルイ? これってさ。受け入れてるっていうか、あんたと同じようなことになってるだけじゃないの?」
「……さくらさん。ちょっとほんわかした気分になってるところに水を差さないでいただけませんかね? いいんです。男同士の友情なんです。本人はそう思ってるのだから、それでいいんです」
こそこそと、耳打ちするようにさくらが言ってくるので、こちらもこそこそ耳打ちを返した。
そのやりとりを見ながら、瑞季ちゃんはきょとんとしていたわけだけれど。
もちろん、こちらから伝えたところで誰も幸せにならないので、内緒にしておくことにする。
うん。今度もし、シフォレで馨状態で会うことがあるようならば、ちょっとした忠告として伝えておこうかと思う。
正直、痴漢とかあからさまなのはわかっても、瑞季ちゃんの場合、クラスメイトの子とかにはころっとだまされそうなんだもの。
「んじゃ、瑞季ちゃん。俺とも友達になろうぜ。男友達多い方がいいんだろ?」
「え? 先輩も? いいんですか?」
「いいのいいの。汚装ならともかく、かわいいならぜんぜんオッケー。学校のことで困ったことがあったらなんでも相談に乗るからさ」
ほれ、連絡先交換しようと、弟くんはごく自然にアドレス交換を始めている。
周りははらはらしながらその様子を見ているのを感じたけれど、それを止める人は誰もいなかった。
まあ、あのルイさんの知り合いなら、悪いようにはしないか、とか思ってるのかもしれない。
「いちおう聞いておくけど、他意はないのよね、他意は」
「な、なんだよ、ねーちゃん。信用ねーな。俺はただちょっとこう、手伝いができたらいいなって思っただけなんだって」
「本当の本当に? 可愛い笑顔にころっとやられたとかじゃなくて?」
「まじだっての。それに瑞季の普段のかっこも見知ってる上での発言だからな?」
これ大切だからな? とオレンジジュースでサンドイッチを流しつつ、そんなことを弟くんは言ってのける。
「へ? 先輩、私のこと、ご存じだったんですか?」
「たりめーだろ。上級生の間じゃ、べらぼうに可愛い男子が一年にいるって話題になってんの。んで、まあ俺も興味があって、視線を向けたりもあったってわけだ」
はっきりいって、学ラン姿でも女子かと思ったね、と素直な感想がでてきた。
まあ、瑞季ちゃんは学ランでも変装とか特にしてるわけじゃなくて、普通に可愛いからね。
「ま、お前も言った通り、うちの学校はコスプレとか女装とかかなり寛大だから、変な風に言ってるのはちょこっとだ。これが普通って思ってると足元すくわれるだろうけど」
とりあえずこの高校にいる限りは好きにやっても問題ないと思う、と断言する姿はちょこっとかっこよかった。
孝史くんピンチの予感でしょうか?
「あんたがそこまで考える子になってたとは驚きだわ……高校に入ってから一体なにがあったというのか」
「俺も成長してんの。それにねーちゃんの影響ももちろんあるし、かおたん先輩の影響もあんだよ」
そりゃ、男状態のことはあんま知らなかったけど、女装した姿は語りぐさになってるし、と弟くんはあっさり言った。
曰く、誰もが目をみはる美少女で、時々によってウィッグを変えつつ、声の違和感もほぼゼロ。
あの演劇部の男子の女優さんをもって、え、自分よりあの人の方が違和感ないですよ、と言わしめるという。
そして、その舞台は上級生達はちゃんと見ているし、普通に話に引き込まれてしまったほどなので、自然と興味はかおたん先輩の方に向かってしまったそうなのだ。
「そんで、学内サーバに上がってる写真が、これだっ!」
「……一昨年の学祭の、さくらが撮ったヤツか」
「おぉ。これのこと、ルイさんもご存じ……」
知ってるよ。だって八瀬と一緒に笑顔で写ってるの自分ですもん。
もちろん、撮影されるときはカメラを外して撮った。あの頃はルイと兼用でカメラ使っていたからね。
「まさか、これが一人歩きしてるんじゃ……」
「かおたん先輩の数少ない写真の一つですね」
「男子姿のほうは?」
「あー、探せばあるんでしょうが、みんなあえてそっちまで探す気はないみたいです」
うあぁ……確かに誰が写ってるか、とかで検索ができるわけじゃないから、やるとしたらクラスを特定して、その年のそのクラスのイベント委員が撮った写真を総チェックするという方法をとらないといけないのだけど、誰もそっちは興味がないんですか、そうですか。
ますますこれじゃ、女装姿=かおたんで定着しちゃうじゃん。
「あはは。今度あいつに会ったら思いっきりからかってやろっと。でも、そっかぁ。そんなことになってるとは」
うちらの世代も比較的、女装とかコスプレに寛大ではあったけど、ここまではなかったなぁとさくらまで、感心したような声を上げていた。
はぁ。どうせいろいろやらかしたのが後をひいてるとか、のちのち言われるんですよね、わかってます。
「ま、二年でこんなに変わるとなると、きっと十年以上前に学生やってた人にとっては、えぇーって展開になるのはなんか想像つくかな」
この光景をいづもさんがみたら、果たしてどう思うのだろうか。
さんざん、ルイの生活も規格外だからーって言ってたのに、これだものな。
ちーちゃんあたりは、変に騒がれなくて良かったとか言いそうだ。
「なんにせよ、楽しく学校にいけてるのはいいこと、だよ。あたしと違ってさ」
ほんと、放課後タイムの方を重要視しすぎて、一年のときとかほんとに学内ではなんもやってこなかったからね。
「ま、その分のアドバンテージはあんたは十分持ってるんだし、いい時間の使い方だったんだと思うけどね」
さくらはずずっとアイスティーの最後を飲み干しながらしみじみそんなことを言った。
まあ、言われなくてもそれはそうなんだけどね。
あの時間もけして悪くは無かった。
そう。あえて言えば、いま、瑞季ちゃんたちを撮れないことこそ悪いことじゃなかろうか。
「えっと、瑞季ちゃん! 教室がダメなら廊下で是非一枚!」
「先輩もぶれませんねぇ……ほら、そろそろお時間ですから、ご協力をお願いします」
カメラを向けたら瑞季ちゃんは思い切りすっぱりこちらのお願いを切り捨てた。
うぅ。いちおう初対面だし、ルールを盾にすればそういう対応になるのはわかるけど。
「はいはい。でも、今度時間があるときにでも、是非撮らせてね!」
お願いしますというと、しょうがない人ですね、という瑞季ちゃんの苦笑混じりの返事を聞きつつ。
カフェタイムは終了になったのだった。
カフェ後編です。
ちょっとルイさんったら高校時代を振り返りつつ、ノスタルジーな感じですね。
でも撮影が大優先、ということで。
あ、ガスボンベの話は、実際爆発事故とかあったそうですよ? みなさんも気をつけましょう。
さて、次話ですが、文化祭といえば体育館ステージ。それを見に行きます。
ちょいとルイさんがわくわくトラブルに向かっていくお話です。ガールズバンドはいいものだと思います。




