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040.ルイさん、事件です。ゆかいゆーかい。

今回はぷち暴力シーンがあります。まったくもって可愛らしいものですが一応。

 つきりと頭の後ろの方に痛みが走った。

 視界が暗くて目がちかちかする。


「なに、やってたんだっけ?」

 写真を撮ってたところまでは覚えていた。

 いつもみたいに銀香の町で、この狭い町で見つけてないものをみつけよーというようなコンセプトでいろいろ回っていたのだけれど、ちょうど山に入るあたりで、首筋に衝撃が入ったところまで。

 そこまでは覚えている。いや、むしろカメラをかばうように倒れたところまでは覚えているというのが正確なのか。


「いつっ」

 手首がじりじりと痛い。気がついたら、手首のあたりにぴりりと痛みが走った。何かで頭上に拘束されているらしい。

 焦点が定まった視界に入るのは、銀香の町にある廃工場の一つだ。

 撮影こそはかるく数枚だけしか撮ったことはないけれど、確かにここには来たことがある。田舎にありがちな、工場閉鎖後という奴だ。

 けれども、そこに連れてこられた? そこまでの記憶はすっぽりとない。


「やぁ、おめざめだね、愛しい姫君」

「……っ!?」

 一瞬、瞳孔が開いていたかもしれない。その先にいた人物を見て、ルイは、いや木戸は驚きを隠せなかった。

 そこにいたのは男子高校生たった一人。男の娘をこよなく愛する、あの。


「あなたは誰ですっ!?」

 けれども、それにたいしてルイはとぼけた声を返す。

 見知った相手。けれどルイは知らない相手。だからこそ、にらむように今の状況に対してふさわしい演技をする。

「だれって、ひどいなぁ、同じクラスだろうに。くくっ。ああ、俺だって信じられなかったくらいなんだがな」

「……だから、だれ?!」

 頭上で縛られている紐に邪魔をされながらも、それでも少しでも遠ざかるような仕草をしながら問いかける。知らない相手から少しでも逃げたいと思うのがこの場面の正しい身の振り方だからだ。


「俺の名は、八瀬紬。おまえのクラスメイトにして、男の娘のしもべだ」

 そういう名前であることとクラスメイトであることをすでにルイは知っている。とはいえ、自分が知っている八瀬はこのようなことをするような人間では、ない。普段のこいつがどういうヤツなのか。それを知っているがゆえにこの狂気は、あるいは驚喜は、理解ができない。

「じゃ、じゃあ、八瀬、くん? その。誰かと勘違いしてるんじゃないの? あたしはあなたのことなんて」

「いいや、知っているはずだ」

 ぱしんと、何かを打ち鳴らす音が聞こえてびくりとなる。持っているのは竹刀か。廃工場に反響していい音が鳴っていた。


「知らないもん。こんなことする、知り合いなんていない」

 少し動揺した言葉に、うぐっと、八瀬がひるんだ。

 こちらはただ、ルイとしての思考を続けているだけなのだが。

「くそっ。なんだこれ。木戸のくせになにかわいい声だしてんだよ、くそがっ」

 がんと、鉄の柱を何かで叩いた音が響いた。かわいい声もなにも怖がる女の子の声なんていうのはこんなもんである。

「俺は知り合いだこんちくしょうが!」

 それは絶望的な絶叫だった。いうなれば、友達だと信じていたのにっ、というような絶叫と等しい。とはいえ。

「木戸、さん?」

 きょとんと答える以外にない。手首がきりりと痛いけれど、他にできることもないのだ。

 かといって、自分が木戸馨であることを、この変態に知られたらどうなるというだろうか。男の娘であるよりも、女子として通した方が絶対に安全だ。


「あくまで白を切ろうってのか……ああ? そんなに言うならおまえが、いくつまでおねしょしていたのかばらすぞ」

「やめ、そんなだめです……」 

 この場はこの反応で間違いはないはず。そう思いながら、少し涙目で懇願する。八瀬の顔が、うっとなるが、特別なことではない。

 そう。おねしょの年次なんてもんはたいていが一緒で、高学年でそれなら今時病院に担ぎ込まれるモノなのだ。

 とはいえ誰しも聞かれて恥ずかしい。だからルイもそういう反応をする。

「くっそ。なんだこの鉄壁のガードは。ルイ=木戸っていう俺の推理は間違っていないはず」

 ぶつぶつと彼はそのままつぶやいて、ぴこーんとなにかのひらめきをえた。


「ああ、ルイさんが女子なら、確認すればいいじゃなーい」

 怪しい瞳の輝きのまま、八瀬はノーモーションで動きを作った。

「ちょ、ちょっとやめ、ひぅっ」

 もにゅ。

 確かに触った。本当に触った。あほみたいに触った。

 スカートに隠された場所に、遠慮なしに八瀬は触ってきたのだ。

 今日はさすがに通常なのでタックはしていない。だからこそ、もにゅっと自分のが触られている感触がもろにある。

「ちょ、ちょっとおまえなにさわって、このやろー!」

 足が普通にでた、ぼこっと八瀬のほおをけりとばした。

 ごぱぁと八瀬がなぜか幸せそうに、手を握った形でふにふにしながら中空に飛ぶ。

 変態め。

 彼は頬のあたりを幸せそうにさすさすしていたけれど、現状がそれで変わるわけではもちろんない。


「何が目的……なの?」

 だから女声のまま。ルイのまま怖気を背中にしながら問いかける。

「僕はただ見たいだけさ。実は男の娘なのがばれてから、その娘がどうするのかを」

 さぁ君が「どっち」なのか明かしてごらんと、熱っぽい視線が向かう。

 ばれたときの対応に関してはいろいろと考えてはいる。けれども今回のこれはどうしたって、想定外だ。なにって基本は「ノーマルな人向け」のばれを想定していて、こんな玄人について考えてはいない。

 彼は極度の「男の娘フェチ」だ。しかも二次元の。やっている作品数も半端がない。そこで描かれている男の娘達をいくらでも紹介されたので木戸だってよくわかっている。


「そういう態度なら、期待には添えないよ」

 ごめん。八瀬に素直に謝った。

 声自体は変えていない。女子の服を着ている限りは女子声で通すのがポリシーだ。 

「あたしはエレナみたいに二次元が元でできてるわけじゃなくて、必要性にあわせていま居るだけ。キャラに当てはめられても、困っちゃうよ」

 実際。今まで多くの男の娘のキャラを見てきて思う。ルイと同じ理由で女装をする人はいなかった。それは二次元であるが故の脚色であったり、おそらくみんなにある「こういう理由じゃないと女装なんてできない」という刷り込みがあるからなのだろう。ヒロインや主役を張るような子はたいていが二種類に分けられる。

 存在がばれたあと、彼らはそれぞれの行く道に向かう。彼の中ではそのパターンがその二種類程度しかないと思っているのだ。だから、どっち、なんて聞き方をする。

 女装して女学校に行く潜入系と、自ら男の子を受け入れるために女装してしまうタイプと。

 そのどれともルイが女装する理由は違う。


「じゃあ、青木とはどうしたのさ」 

「青木くんには、お断りしたから」

 きりっとルイのまま答える。その答えは悩んだ末にもう出したことだ。第三者に何かを言われたくはない。

「あんなに恋する乙女してたのに! どうして!?」

 あの時のアンニュイな状態を見て言うのだろう。

 あの時は本当に悩んだ。困った。どうしようもなかった。


「いろいろなおせっかいがあって」

 けれどもそれは通過した。いっぱい考えて持て余してた気持ちを整理することができた。

 なら、今度はこちらの番ではないだろうか。

 目の前のこまったクラスメイトをしっかりと説得しなければ。


「そういう八瀬こそ、どうして男の娘ものが大好きなの?」

 前から少し不思議だった。

 女の子よりも男の娘が好き、というのはサークル経験とかも合わせていえば、少数だ。エレナのあれは疑惑もあって人気を集めているけれど、「実は男子でがんばってます」という売り出し方なら、「本当に好きな人だけ」が集まって集客は半分以下だったろう。

 変質的なまでの、男の娘フェチというのはそれなりに理由がいる。女子が言うならまだしも、男子高校生が男の娘大好きというには、絶望の数が多すぎではないのか。

「絶対、それは教えてほしいよ」

 小首を傾げて女声で媚びるようにいう。

「んなっ。なんて声を……けしからん声だ」

 ぷぃと八瀬は視線をそらしながらそれでも声は震えている。

「じゃあ、エッチなこと……したいの?」

 少しおびえた風に、それでいてりんとした声でいう。

 手を縛られているものの、体を引くのは忘れない。そういう狙った演技くらいルイならできる。なんせルイは生粋でも純粋でもまったくないのだから。男の娘のいい点をものの見事に外しているのだ。


「ばっ。バカなことをいうな! 男の娘は安易に体をさしだすなよ!」

 ああ、すみませんね。こちとら必死なんですよ。手首を縛られて、冷静に男の娘談義なんてできようはずもない。

 けれど、とっかかりはできた。あとはその穴を広げていくだけだ。

「ごめん。でもどうして八瀬は……つぐはさ。そんなに男の娘キャラばっかり大好きなの?」

「ただ、好き。それだけじゃダメなのか?」

「選択肢としては他にもあったんじゃない? ロリキャラとかさ」

 八瀬は二次元が好きだ。三次元には見向きもしないと本人が言っていた。そういう人は多くいるし、二次元のほうが魅力的だ、という言い分もわかる。けれどそれで男の娘に走る理由がわからない。かつて女子にこっぴどく痛められてトラウマになっていて男しか見れないとかいうなら理由としてはありそうだけれど、実際のところはわからない。


「そこでどうしてロリに行っちゃうんだよ」

「だって、胸がないっていう意味では、ほとんどロリ属性みたいなものじゃない?」

 ちらりと自分の胸に視線を向ける。たしかにブラはしていてもほとんどまったいらといってさしつかえはない。

「ぜんっぜん違うっ。いいか? 男の娘は至高の存在なんだよ。ロリはな、たいてい女の子なんてものは可愛いものなんだ。でも男の娘はそうじゃない。その百分の一、いや千分の一以下の奇跡だ」

 その口調は恍惚としたものではなく、どこか諦めきったようなものだった。少しその感情の動きにおや? と思わせられる。彼ならその奇跡を大歓迎しつつ両手を挙げて喜ぶものだと思っていたのだ。

 ちなみにルイ自信はこれが奇跡だなどとはこれっぽっちも思っていない。技術の集積によって作り上げたものなのだから。本当の奇跡はそれこそ、エレナのような存在をこそ言えばいい。


「でも二次元の男の娘は、だいたいキャラクターボイスも女性声優だし、絵の感じも女の子キャラにうずらの卵を二個くっつけた感じじゃない?」

「そこに居るのは二次元だって男の娘だ。たとえ脚本通りに動いていたって、魅力的だし……やっぱり希少だよ」

 魅力的とまでは明るい表情なのに、やはり希少なところで少しだけ声が陰っている。やはりそこになにかあると思うのは自然なことだろう。

「八瀬はその奇跡を自分にも起こしたい、と思ってるのかな?」

 意を決して、ん? と小首をかしげて重要な質問をする。

 いくら希少性があるといっても、二次元の男の娘キャラにどっぷりつかってしまうのはやはり違和感がある。客観視した上でなのか、同一視しやすいからなのか、そこのところに注目したいのだ。客観視して男の娘が好きというならそれはそれで、じゃあこんな風にいたぶらないで、とお願いすればいい。でもそうでなかったら?


 木戸にはルイが必要な理由がある。だからやっただけ。そこにブレーキなんてかからなかった。でも八瀬の心にブレーキがかかっているなら、そしてそれがもとでこんなことまでやっているというなら、それは自分のためにも取っ払ってやらないといけない。

「僕が男の娘とかどんだけだよ」

 八瀬がぼそりと表情を暗くして言う。

「男の娘なんて二次元の向こうの彼方だ。三次元でできたってそんなの選ばれた人間だけだろ。やれるわけがない」

 あきらめるように。切り捨てるように悲しそうな彼の声は響いた。どうやらあたりが引けたらしい。

「んと、さ。何を気にしてるのか、こっちとしてはわけがわかんないんだけどね」

 どうしてそこまで、女装が自分には似合わないと断言できるんだろうか。

 確かに資質はあればあっただけいい。エレナみたいに天然極上品という場合は、苦労は少ないだろう。ただ欠けた部分を補うことができないわけでもない。


「あたしもさ。もともと女装に対してそこまで、相性いいわけじゃなかったよ?」

「そのかっこで言われても説得力が……」

 完成品だけみれば誰しも。ルイはかわいいと言ってくれる。それはありがたいけれど、そこにいたるまでに努力は怠っていない。

「そりゃね。青木くんの体格とどっちが女装しやすいかとかそういうのはある。あたし割と小柄なほうだし肩幅もそうないし、筋肉だってある方じゃない。でもさ。八瀬だって十分肩も薄いし、顔だちは化粧でいくらでも変えられるよ」

 あんまりにもごつごつした男顔となるとファンデのあつぬりと光で浮かせるというような状態になるものだけれど、八瀬をみていてその必要性はまったく感じられなかった。

 こいつはただ、やらないで怖がって、仲間を求めていた、その発散の場として憧れとして男の娘を見ていた、そんなところなのだろう。


「それと当たり前に声のことをスルーしてくれてるけど、普段の声ってこんなに女子声じゃないんだよ?」

 知ってるでしょ、と言われてそこで、初めて八瀬は青い顔をする。やっとリアルに違いを実感できたか。

 選ばれた特別な人間だから、自然と声まで合わせてスイッチでも切り替わると思っていたのか。

 そうではない。木戸だって努力して今を手にしているのだ。

「男の娘は確かに、奇跡でできてるかもしれない。でもね、努力の量でカバーできることもあるの。どうせできないって諦めてもあたしは別に気にしないけど、やれるだけ手を出してみればいいじゃない」

 それはとてもまぶしく、特別なことに見えるかもしれない。

 けれど磨き始めてそして続けていけば、いくらでも練度を上げることはできる。

 違和感一つない姿に近づける。


「もしやりたいっていうなら、変身の手伝いくらいはするよ? もちろんこの手のひもを取ってくれたらなんだけれど」

 さすがにしびれてきちゃったよ、と泣き言を言うと、ごめんと八瀬は麻縄を切ってくれたのだった。

 手をさすっていると、八瀬が申し訳なさそうにうつむいていた。

 ここでグーパンチをお見舞いしてもいいと思うものだけれど、とりあえずは解放してくれたのでぐったり青ざめてる八瀬の顔を覗き込むようにしておく。

「まずは、眼鏡をはずしてみようか」

 明言はしてくれないけれど、縄を切ってくれたということは、男の娘をめざすということでいいのだろう。


「あっ、眼鏡は……」

 眼鏡を外すと、八瀬は急にあわあわとそれを探すように手をばたばたさせた。木戸とちがって眼鏡の度はもうちょっと強いらしい。そう。眼鏡がないと周りを把握できないレベルで目が悪いのだ。

「安心して? 眼鏡はあたしがあずかってるし、それと……あんがい自分で思ってるより素材はいいと思うから」

 まずは大前提としてコンタクトを入手するしかないなぁと苦笑が漏れる。

 味方になるものがいないなら、手を貸してやるしかない。

 澪のときは正直躊躇をしたけれど、こんな事件まで起こしてしまうのだったら、もうこれは末期なのだろうとも思う。


「それと、半分こっちの正体ばらされるのも困るから、半分は打算だから。そして残る半分は」

 眼鏡を返して、そして八瀬の手を軽くつかむ。

「クラスメイトとしての友情、かな? コスROMのときは大変協力してもらったし、お望みとあれば写真だって撮らせていただきますよ?」

 ふふ、と微笑みかけると、八瀬は驚いたように顔を上げて、こちらを見て。

「写真は、無理ー」

 黙ってしまってからの初めての言葉は、恥ずかしそうなそんなセリフだった。

スキル:友人の男の娘化を入手。

二次元の男の娘を追いかけてると、やっぱり突拍子もない理由か、フェティシズム系かーってのが多いのですよね。あとはモブになってしまうので……

最近のアンソロとかだと短さもあって、自然に女装してたりするんですけれども。


そして木戸くんは自覚ないだけで、素顔もかわいいと思います。

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