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004.学外実習2

 一日の行程が終わって宿に着くと、カメラの電池がぴかぴかと光っていた。撮りまくったというのもあるにしてもさすがに一日でへたれられてしまっては困ると言うものだ。というよりむしろ、これから夕食の風景も撮らないといけないのに、これでは本当に困った。


「いの一番に充電とか、仕事熱心すぎて泣ける」

 青木が感動した様子でいうが、このぴかぴかは悪魔のぴかぴかなのだ。電気を吸わせておとなしくさせなければ、いろいろと危ない。

 部屋についてすぐに充電器をコンセントにさして充電。

 電池マークが点滅して充電していることを伝えてくれる。

 けれど、夕食までの荷ほどきや入浴などで使える自由時間はせいぜいが一時間程度。それだけでフル充電できるとはもちろん思っていない。

 それは、夕飯風景を撮るための措置だ。本当の意味での充電は夜にきっちりとやる。二時間程度で完了するというらしいことは、スペックを調べたときに理解済みだ。

 風呂の風景の撮影ができないのは、撮ってはいけない場所だからに他ならない。裸体をとる趣味はないし、男湯を撮って誰かが幸せになるとはあまり思えない。


「下手すると夕飯の時に電源きれるからな。夕飯どころも撮っておいたほうがいいだろ?」

 食事の記憶というのはだんだんと薄れていってしまうものだったりする。楽しい空気だけが残って、おいしかったという印象が残って、形はさほど残ってくれない。

 だからこそ、形としてとっておける写真を使わなければならないのだ。


 平行して、メモリーカードのチェックとデータのバックアップも行っておく。一日で150枚強。けっこう撮ったと思ったけれど、休日に写真だけ撮ってる日よりは少なかった。あっちだと連写だったりもするからどうしたって枚数はかさんでしまうのだ。

 フィルムの時代だったら激しくお金がかかっていたことだろう。


「まあな。飯は大切だから」

 たくさん思い出を撮るがいい! といいつつ、ごそごそと彼はバックの中から着替えやタオルを取り出していた。

「でもその前に俺たちに必要なのは、風呂だ」

 そろそろ割り当て時間だぞ、と時計を指さすと、彼はさぁさぁと準備をせかしてくるのだった。



 そんなわけで、クラスごとに時間を割り振って入浴タイムなのだが、当然八クラスも合宿所を使っていれば、風呂の時間の割り当てなんていうものは微々たる物で。たった二十分しかない入浴時間はとてもとても慌ただしいものだった。

 体を洗って、ほっこりと湯船に浸かっておしまい。筋肉自体は多少ほぐれたけれど、普段の入浴に比べれば時間が格段に短いのが残念だった。


 研修施設という名前をうたっているものの、お風呂の設備はそこらへんの温泉にまけない立派なもので、この人数で入っても狭いと言うことがまるでない。お湯こそ天然温泉ではなく、地下からわきあげた湯を加水して温泉成分を配合しているものだそうだけれど、じっとりと汗がでてきて、もっとゆっくりと入っていたいと思ったものだ。

 木戸は基本的に長風呂派だ。新陳代謝をよくして老廃物を出したいというようなこともあるし、女装をするようになってからその時間はさらに長くなった。

 だから、体を拭いてジャージに着替えると、ものたりないなぁという気分はどうしても強い。


「そういや、おまえメガネつけてなくても見えるんだっけ?」

「見えなくないってレベルかな。輪郭がちょっとぼやけるけど、風呂上がりの生活に問題にならないから家じゃいつもはずしてるんだが……」

 青木がふいにこちらの顔をのぞき込んで首をかしげた。

 このあとのご飯の時間に撮影となると、部屋に帰ったらメガネをかけておいた方がいいかもしれない。さすがに髪型も違うし青木に、ルイさんそっくりだとは言われないだろうが用心のためにもつけておこう。


 カラカラと風呂の戸を開けて、いったん部屋に戻ろうとしたところで、ぼやけた視界に場違いな女子の姿が映った。

 女湯は壁越しに別通路だからこんなところに迷い込むのはおかしい。


「あれ、斉藤さんどうした?」

 それを不思議と思ったのだろう。青木が真っ先に声をかけた。なんだ同じイベント委員の斉藤さんだったらしい。

「ああ、木戸くん? よかった!」

 こちらの顔を見て彼女の顔がぱぁと明るくなった。一瞬だれだかわかってなかったようだけれど、隣に青木がいたから気づいてくれたのだろう。

 学校では眼鏡を外した顔を見せたことがないから気づかなかったのかもしれない。木戸にとってもう眼鏡も顔の一部なのである。


「カメラの充電器、貸して欲しいの」

 そして彼女はせっぱ詰まった声で、本題を切り出したのだった。

 彼女の話によると、朝フル充電してきたにも関わらず、さっき部屋についたときに電池切れを起こしてしまったらしい。

 フラッシュを多用したり、液晶で画像の確認や友だちと鑑賞なんてことをやっていたに違いない。そんな彼女はまずカメラを配布していた実行委員のところに話をしに行ったらしい。予備の充電器がないかと思ったのだそうだ。

 けれど、行ってみたらすでにそれらは借りられていた。電池切れを起こしたのは女子に多かったようだけれど、そもそも充電器を用意してきた人間がほとんどいなかったようなのだ。写真部のつてがある子はそちらからなんとかしたりできたようだけれど、つながりのない斉藤さんは出遅れてしまったのだという。


「わりとみんな持ってきてないんだな」

 夕食の前に充電器をぽんと手渡しながら、ちょっとぐったりした気持ちになった。 

 まあカメラを渡されたときの説明があれだったからしかたない。持ってこないでも足りるよーというのはどういう使い方を想定していたのだろうか。いつものイベントではという意味ではもちろんそうだろう。一日しかも昼だけの撮影なら足りる。けれど倍以上の時間なんて保つわけがない。

「ありがとー! これで明日も撮影できるよ」

「こっちも電池やばいから明日の朝、できるだけ充電はさせて欲しいんだけど」

「木戸くんかなり撮ってたもんね。それなら就寝時間まででいいよ。一時間も充電すればだいぶ違うだろうし」

 明日は節約します、といいながら彼女は旅館の人に話をして、近くにあるコンセントを借りていた。節約といいつつ、夕飯の時間も使えばほとんど満タンになるのではないだろうか。


「それと、ここの撮影は男女両方とも撮ってくれるとうれしいな」

 そう頼まれてしまったら仕方ない。部屋にもどってかけた眼鏡をくいと上げながら撮影準備に入る。

 ご飯の前には、今日一日の総括というか先生方やら委員長やらの話があったりしたけれど、そちらのほうの写真は佐伯のおっちゃんが撮ってくれていた。

 そして。ご飯だ。すでにテーブルにおかれてある夕飯は品数が六品もあって、割と豪華だった。最初に立ち上る湯気とお椀を。

 それから全景を撮る。香りが表現できたらいいな、というような思惑だったのだけれど、たしかにこの椀から立ち上る匂いは今までかいだことのない香りだ。


「おお。松茸の椀ものが実習ででるって、ゴージャスだ」

 青木が感動したような声を漏らす。そうか。これが松茸の香りというものか。この山のどこかに自生しているらしい松茸は、確かにここいらの特産だという話をきいたような気がする。

 他の食材に関しても地産地消になっているというような説明はさきほどされたような気がする。


「ご飯に集中するか、写真を撮るかでべらぼうに迷うなこれ」

 取り合えず、男ばかりのテーブルの写真を撮る。

 それから冷めそうなものを味わって、テーブルを立った。他の班のところにもいってやらないといけない。

 撮った写真を見せながら、女子に対してはいちおう許可をとって撮らせてもらった。男子相手ならある程度のきわどい写真もOKだけれど、女子相手だとなにかと面倒くさいことも多いのだ。

 プライドの問題というところもあるのだろうが。

 そんなわけで、女子の写真はだいぶ無難な写真に仕上がってしまった。男子の方は、いうまでもない。肉を奪いあっていたり、グリーンピースを捕まえられなくて、何回もころころするようなバカな写真ばかりに仕上がったのだった。




 えーと。

 メールの着信をみて、ぱらぱら旅のしおりをめくってみたら、確かに彼女が言わんとしていることがとてもよくわかった。

 そう。消灯十五分前の今、すでに一階の共用スペースは使えない現実を知らされたのだ。委員の打ち合わせや確認などのために一階部分は男女兼用スペースとして使われていて、そして二階が男子で三階が女子のスペースという区分けがこの研修所ではされている。そこであれば特に問題なく返却も出来るだろうということで充電器を貸したときに話していたのだが、それができなくなってしまった。


 そして彼女からの提案というのが、頭が痛くなるものだった。

「くそぅ! おまえだけ三階にお呼ばれとかいったい。いったいどういった了見だこんちくしょう」

「まった! 貸したものを回収しにいくだけだ」

 そう。彼女からの提案は一つ。就寝時間までに彼女の部屋まできてくれないか、ということだった。

 正直なところ、そんな危険を冒すつもりは本来ならばない。


「2階と3階を隔てる階段は三カ所ある。だがそれらのすべてに教師が常駐し、とくに2階からの侵入者を警戒しているのだという。やつらに捕まったならば、朝まで教員室で写経させられるのだとか」

 そう。そんな噂が存在するのだ。今のところ確かめにいったやつはいないようだが、実際に写経道具がそろっている、という話は聞いたことがある。なにぶん不純異性交遊には厳しい学校だ。学外ならともかく学校のイベント中に不祥事が起きてはいけないということで教師達もぴりぴりしているのである。


 けれど、だ。

 明日の朝に回収となると、実質朝食の時間の撮影を彼女に任せて充電という形になるんだろうか。明日の最後までそれで持たせるとなるとかなり節約した撮影になるだろう。

 朝、外にでて、受け取りということもできないではないにせよ、その提案はちょっとここでやるのは空気が読めなさすぎるやつになってしまう。

 普通は、特別なお泊まり会はなかなか寝付けなくて、翌日はぎりぎりまで寝ていたいものに違いないのだ。それに……


 ちらりと視線を窓の外にやる。ここまでの大自然。しかも宿泊でとなると撮りたい素材はいくらでもある。朝は朝食の時間までは自由だから、できれば散策ができればいいなと考えているのだ。そこで充電が中途半端では困る。


「うわ、それは嫌だな。しかも徹夜かよ」

 じゃ、一応変装していこう。

 彼の言葉を受けてメガネをことりと置くと、青木は、お? というような不思議そうな顔になる。眼鏡のあるなしで印象が変わるのは先ほど体験済みだ。おまけに青木にルイとの関係がばれなさそうなのは、風呂で十分に確認済みである。


「一応、保険。印象かえておけばいざというとき、いいかもしれんしな」

 本当にいっちまうのかと、彼はあわてたようで。それでもこちらからいう台詞は一つだけだ。

「とっつかまったら骨くらいは拾ってくれ」

 そして、消灯時間13分前。一人薄暗い廊下の先へと歩を進めるのだった。




「あれ、イスがからっぽ?」

 こっそりと西の階段の踊り場をのぞき込むと、パイプ椅子が一脚あるだけでそこには人の気配はまるでなかった。

 ちらちらと周囲をさぐりながら、それでもこそこそと三階にあがる。

 あれだけ脅していたのに、見張りがいないのでは本末転倒だ。

 むろん自分は理由があってここに来ている。けれど、男子高校生なんてものはああいう話があっても女子の部屋に遊びに行きたくなるものなのだと青木あたりは言っていた。

 これじゃあ移動なんてし放題じゃないか。


 それともあれだろうか。逢い引きをするにしても相手も六人部屋とかだから大丈夫、とか思っているのだろうか。確かにみんながみんな男子の襲来を受け入れるかといわれればNOだろう。ああ、でもイケメンならOKなのか? どうなのだ?

 それで、自分はイケメンなのかと考えると、眉間にしわが少しよる。


 正直身長もそんなに高くないし、男っぽさはかけらもない。ルイがかわいいのは自信をもって言えるのだが、イケメンではさすがにないような気がする。中学の頃はさんざんかわいいかわいいと言われ続けたし、おおむね同性の先輩にもてたりもしたのだが、それはイケメンとは言わないだろう。

 とはいえ、今回は斉藤さんが他の子にも事情を説明してくれるということだし、出入り口でぽんと受け取ってそのまま帰ればいいだけの話なので、きっと問題はないのだろう。ともかく今は充電器の回収が第一目的だ。


 コンコンと小さな音を立てて、いらえを待つ。

 さすがに女子の部屋にずかずかと入っていく勇気はない。

「あ、木戸くんいらっしゃい。って、メガネはずしてきたんだ?」

「念のためにな。ばれたら朝まで写経ってきいたし」

 ドアが開くと、斉藤さんがすぐに迎え入れてくれた。

 とりあえず中に入って、と彼女は手招きをする。あれ? すぐに渡してくれるんじゃなかったんだろうか。


「ごめんね。ほんとは下で渡そうと思ったんだけど、10時までしか使っちゃダメって言うし」

 しおりに書いてあったことを彼女は申し訳なさそうに謝った。

 けれど、誰も委員でもなければそこまで詳しく知りはしないだろう。我々は打ち合わせをするような事柄がなかったのだから。


「いや。あんがい簡単にここまでこれたし、それは別にいいよ」

 それより、さっさと充電器回収して帰りたいというと、他の女子からほーと不思議そうな声があがった。

「あこがれの女子部屋に来ているのに、木戸くんったら淡泊すぎるー」

 さあ男の子の煩悩を解き放って、あれやこれやと言ってくださいまし、と言い張るのは、斉藤さんと同じ班の女子だ。


「そういう男子がいるのも否定はしないけど、そうそう男女で変わることって、あるんかなと」

 最近、特に相沢さんと写真を撮りにいくことが増えたから、別段そんなに女性に対しての幻想みたいなものはない。

 というか、クラスの男子だって姉妹がいたりすればそこまでテンションをあげてはこない。そう。幻想を抱いて破裂するのはたいてい、現実をしらない男子なのだ。


 こうやって実際来てみると……いや、確かにいい匂いはするよ。風呂上がりのシャンプーの匂いは髪が長いからこれだけ残るのか。男子だって石鹸とかシャンプーで体を洗っているのに、圧倒的に匂いが残るのはなぜなのだろうと思いつつ、それでも斉藤さんを眼で追った。

 彼女はごそごそと布団の下に手を突っ込んだりして何かを探していた。

 何か、なんていう必要はない。絶対あれは、充電器を探している。


「フル充電できたから、抜いておいてあったんだけど……あれ、どこ? うわーん」

 荷物の陰を探したりといろいろしていたものの、なかなか出てこないようだった。

「でも、木戸くんのメガネとってるところ初めて見たけど、あんがい美少年風じゃない」

「髪の毛さらさらだし、眼もおっきいし」

 そんな間、こちらはこの部屋にお泊まりしている他の女子に囲まれ、いや、絡まれていた。


 普段教室じゃあまりしゃべらないけど、こういうときは積極的になるらしい。もちろん木戸はぼっちというわけではない。それなりに友だちもいるし、体育の時のペアで困ったりもしない。ただ。

 女子と男子が等しく仲良くー、というような場所にいけるような感じでもない。それなりに意識もしてしまうし、うまく話ができるともあまり思っていない。

 それができるのはだいたい、クラスの半分くらいだろうか。たいてい異性と普通に友だち感覚でつき合える連中は教室の真ん中くらいにたまっている。


 で、斉藤さんたちは、あんまり必要以上に異性にふれない組の子たちだった。そういう意味では送られてきた獲物には興味は尽きないのかもしれない。

「あんまりからかってもなんもでないんだけどな」

 ぽりぽりと頬を軽くかくと、もう一人が、じぃとそこを見つめる。

「って、肌もめっちゃきれいじゃん。日焼けもあんまりしてないし」

 顔をまじまじと見ながらそんなことを言ってきた。


 その話になるか。男子相手だとまずでない話題でも、女子相手だとこれがまた、気づかれてしまうので困る。いやでも今時は男子でもスキンケアをする時代。クラスメイトの男子でも他にやってるやつはいるだろう。

 そんな話をしていたら、意外そうな顔を彼女は浮かべた。


「おしゃれ系の男の子はスキンケアしてるけど、木戸くんはそういう感じじゃないじゃない? それとも密かにおしゃれしたいとか思っちゃってるのかな」

 いや。実際に口にしていた。

 もちろん、スキンケアはルイを作るための行為であって、日常でイケメン目指してますなんてことは全くない。

 不潔でいいとも思わないが、あそこまでするのはルイにかわいくいて欲しいからだ。この世にはただしイケメンと美女に限るということわざがある。清潔感のあるまじめな子のようなルイには、割とおばちゃんたちやおっちゃんたちは無防備になるのだ。


「それよりも、いいかげん充電器は見つからないのでせうか」

 旧字体な発音になりながら、斉藤さんの方を見ると彼女はわたわたと捜し物を続けていた。

 ドジっこは嫌いじゃないけれど、さすがに実害がでるとなると話は変わってくる。

「絶対、この部屋のどこかにはあるの。だってさっきまでコンセントにさしてたんだから」

 ごめんようと涙目の彼女のそんな姿を写真に撮りたいと思ってしまうのは少しばかりかわいそうだろうか。


 フォトフレームを指でつくって彼女を納めると、その風景の先に黒いなにかが写った。

 いうまでもない。それが。

「そこっ。台の上に充電器ある」

「ああっ、こんなところに」

 よし。これを受け取ってさっさと帰るぞ、と思った瞬間ぼーんぼーんと重たい鐘の音がなった。11時をつげる鐘。

 言わずとしれた消灯時間である。


「どうやって帰るべか……」

 うーんと、悩ましい声を上げる。もともと2階と3階の移動は御法度だ。それが消灯時間後となれば、注意も厳重になるだろう。 

「男子が紛れ込んでいないかチェックです」

 そんなとき、がらっとドアが開いて、嫌な汗が首筋を流れた。


 ちょっとまて。ねらったように就寝チェックというのはどういった話だ。これで男子が紛れ込んでいるのを発見したら、くどくどと説教をしたあげくに写経行きということなのだろうか。

 そこに立っていたのは、40過ぎの女性教諭だった。同じ学年の教師じゃない。手伝いにきている別学年の人だ。

 関所をわざわざあけておいて、通過した人を断罪するのはさすがにひどすぎる。


「人数が少し多いようですが?」

 ちらりと部屋の人数表を見回しながら暗い言の葉を向ける。

 さすがに他の学年の生徒の顔と名前まで一致はしていないらしい。

「あ、えと他の部屋の友達よんじゃってました。今日の写真とか見てたかったので」

 斉藤さんがフォローを入れてくれる。

 カメラをこちらに渡してきたのは、それを見ろということでもあるんだろうか。それとも回して見ていますというアピールなんだろうか。


「そうですか。それなら仕方ないですね。男子をかくまっている、なんてことでなければうるさいことは言いませんが、ほどほどになさい」

 それでは、点呼を、といいそうなところで、口を挟んだ。


「まあまあ、先生、そんなつれないこと言わないでくださいよ」

 ほら、笑って笑って、といいつつ、カメラを構える。

 危険なのはわかっているものの、どうにもこの別学年の教師は頭にくる。まさかいままではさぼっていたんじゃなかろうか。それでこの仕打ちはさすがにちょっとひどい。こちとら好きでこんなところに来ているわけではないと言うのに。


「例年のイベントでまんねりしちゃってそうですし、たまには写真撮られたりしてみてくださいよ」

 思い出の為に、といいつつシャッターを切る。

 ぴぴっと音はなるものの、ストロボは焚かない。やや薄暗い部屋の中であっても、これくらいの光があれば十分な絵が撮れるのだ。

「はい。深呼吸してみましょーか。肩の力を抜いてだるーんとしましょう。表情がまだまだ堅いですよー」

 ぴぴっとまた電子音がなる。


「ちょ、いきなりなんなの」

「なにって、思い出の写真づくりです。先生、あんまり撮られ慣れてないみたいだし、せっかくだから」

「バカなことやってないで、さっさと自分の部屋に帰りなさい」

「はーい」

 みんなの声がはもった。

 それを聞くと、彼女は他の部屋の様子を見にいくようだった。


「ひやひやしたぁ。まったくこんなに飛んだことをする人だとは思ってなかった」

「だって、さすがにムカついたから」

 ぷぅと、少しルイのような様子でふくれてみせる。カメラを持っているせいか少しルイモードが浸食しているらしい。

 でも、頭にくるのは当然だ。移動を拒むならちゃんと階段のところで番をしていればいいのだ。それを。さぼった上に油断した生徒をはめようだなんて、汚すぎる。


「でも、その声は? いつもよりちょっと高めな感じだけど」

 ほとんど違和感のない声にたいして、みんなは違和感を持った。

 もちろんだ。女子としてなら違和感がない声だとしても、みんなは自分が男であることを知っている。

「さすがに、ばれるのはまずいと思って」

 女子のフリでございますよ、とおちゃらけていうと、おぉ。とみんなが声をあげた。


「まさか演劇経験があったりとかなのかな。それはちょっとうちの部に入ってみたりとかしたりはしないかな?」

 斉藤さんがにこにこしながらそんなことを言い始めた。

 確かに彼女は演劇部に所属している女優さんだ。まだまだ村人Aだといっていたけれど、端役でも舞台に上げてもらえるだけいいと言うものだろう。


「それはさすがに。でも問題はどうやって2階に戻るかなんだよな」

「それは問題ないよー」

 声を元に戻してどうしようかといっていると、だーんと、同じ部屋にいたクラスメイトの佐々木さんがしかれた布団の上に一枚の巻物を広げ始めた。

「巡回ルートと障害物一覧?」

「そ。昔は壁をよじ登ってとか、ひもで降りるなんていう荒技をした人たちもいるみたいだけど、今はこっちがスタンダード」

 スタンダードっていったい、どういうことだ。

 首を傾げていると、彼女は、んっふっふと声を潜めながら言うのであった。


「さっき木戸くんも言っていたけれど、正直先生たち、このイベントマンネリしすぎてて、巡回ルートとかもかわんないのさ。摘発者がいないから今まで通りを踏襲するっていうやつで。でも実際は上と下の行き来はすでにされているのです」

「ずいぶんミステリーな感じな言い回しだね」

「推理研究会所属ですからっ」

 ぴしっと彼女は敬礼のポーズを撮る。びしっ、ではなくぴしっ、だ。どこか力の抜けた緩さがかわいい。


 なるほど。これは生徒というレジスタンスが作った研究資料なわけか。これの通りに進んでいけば下の階に行き着けるという寸法だ。教師たちだってずっと見張っているわけにはいかないのだから。

「最悪、忘れ物をしてしまった。一階までいくっていって振り切って。担任のじいには効かないだろうけど、別の学年の助っ人先生ならだませると思うから」

 今の木戸ちゃんなら、まさか男の娘だなんて思わないよ、といいつつ彼女はぱちりとウインクをした。

 ウィッグかぶってなくてそう思われるのはどうなのかと思いつつも、そうは見えないだけの動きもしちゃったしなぁと反省ばかりが頭に浮かぶのだった。



 

「心臓に悪い……もういやだこんなの」

 部屋についたら、どっと嫌な汗が流れた。

 手には返してもらった充電器が握られているが、その手のひらも汗でぐっしょりだ。この季節なのにこれはさすがに緊張しすぎだ。


「おう。お帰り裏切り者」

「ああ、ただいま」

「それで裏切り者、どうだったよ裏切り者、上の様子は裏切り者」

 語尾が裏切り者になっている青木は、にやにやした笑みを浮かべながらそれでも、こぼれ話を聞きたくてたまらないという様相だった。

「なんも。部屋の間取りもこっちとかわんないし、別段はないかな。あ、こっちは点呼きたのか?」

「点呼はきてないぞ裏切り者。男子のほうは後回しなんだろう裏切り者」

 そろそろいい加減その語尾はやめて欲しい。


「まあまあ、木戸だって好きで行ったんじゃないんだし、それくらいにしてやれよ。まあうらやましいやつめ、とは思うけどな」

「だったら、おまえ等上の部屋に忍び込んでこいよ……無事に行けたって帰ってくるまですげぇ緊張するし、いってもそこまで楽しい感じでもないし」

 そもそも消灯時間の今から廊下にでていたらそれだけで懲罰の対象になるのは目に見えている。


 とりあえずカメラを充電器とつないでこちらも満腹にさせてやらないといけない。

 コードをつなぎながらさっきのやりとりを思い出す。

 自分でも割と無茶なことをしたものだ。結果的にうまくはいったものの、女子声が自然に出せるというのをみんなに知られたのは、まずかったかもしれない。いちおう内緒にして欲しいし、部屋に行ったことも内緒でといい含めてきたけれど、なにがどうなるかはわからない。


「ま、最悪、部屋に行った方が噂になるなら、そっちは正当な理由があるしな」

 悪いことはしていないと、自分に言い聞かせる。

 それからのらりくらりと青木たちの追求を逃れて、適度に餌を与えつつほどなくして就寝時間を迎えたのであった。他のやつらは遅くまで起きていたようだが、一番早くに寝たのは木戸だったのは言うまでもない。


前半のほうは学校行事ばっかりなので、女装があんまりないのですよね……くっ。学校で堂々女装できるようになるころが楽しみであります。

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