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384.母校の文化祭3

「お客様方は三名様ですね。ではお席にご案内いたします」

 明るい店内の中を、瑞季ちゃんに案内をされて進んで行く。

 お客さんは、男女それぞれ半々くらいだろうか。

 年齢層は、四十代くらいまで。まあ文化祭にくる年齢層が親世代くらいまでって考えると、お年寄りに避けられてるってことはないだろう。


 さて。

 瑞季ちゃんに案内されたルイたちは窓際のほうの席に案内された。

 外の景色も見れるし、明るいしかなり好条件のところだ。

 これは別に彼女が我々を贔屓したわけではなくて、たんにそこがあいていただけのことである。

 

 席に通されたルイさんたちは、店の内装を見渡しつつ瑞季ちゃんに声をかける。

 ここの店員さんはメイド喫茶と同じ感じで、ネームタグをつけているので、それで名前もすぐにわかる仕組みになっているようだ。

「瑞季ちゃん? に聞いておきたいんだけど。ここは写真撮影はオッケーですか?」

「ええっと、よく聞かれるんですけど、撮影はちょっと」

 写真部さんが撮ってくれるのをあとで、って感じになります、と彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。

 うん。さんざん言われて来たんだろうなぁ。写真撮りたいもんこれ。


「って、あれ。写真部なら撮ってもいいの?」

 いちおーこれでもうちら写真部の卒業生だったりするのだけど、というと、さくらが苦笑いを浮かべた。

 あれ。名案だと思ったんだけど、まずかったかな。

「ちょーっと、ルイさん? 卒業生がしゃしゃり出ちゃダメでしょ? 現役生のためのお祭りなんだから、あわよくば撮れないかなとか、厚かましいんだから」

「うぐっ。そりゃ、そうなんだけどさ」

 現役生のレベル低下を見てしまった上では、瑞季ちゃんのこの姿は自分の手で撮っておきたいんだけど?


「あとで、天音たんに撮ってもらおう? あの子ならちゃんと撮れるだろうから」

「髪型いじらせろーとか、いろいろ言ってくるんじゃないかな?」

「んー、今の姿でウェイトレスさんとしてはばっちりだと思うけど」

 今の瑞季ちゃんの髪型は、実はこのカフェの他の店員とは異なって、ショートだ。

 一般的に女装といえば、長い髪、というイメージになるだろうけれど、そこを逆手にとったいい選択だと思う。

 っていうか、地毛だよこの子。

 ……瑞季ちゃんはどこに向かっているんだい? かおたんとはちょっと方向性が違うんだろうね、きっとね。

 ほら、感染源じゃないよ!


「えへへ。そうですか? 髪もっと伸ばせばいいのにーって言われることの方が多いのに、珍しい感想いただいちゃいました」

「ま、ロングのウィッグもいいとは思うけどね。でもショートまでいけるというのは、女装慣れしてる証拠でもあるわけで。瑞季ちゃんそうとう慣れてるでしょ?」

 ふふ、と苦笑混じりにいってあげると、彼女は、はいっ、と満面の笑みで答えてくれた。

 ぶふっ。そりゃ、たしかに中学の先輩方にも女装姿を公開していたし、フルオープンな子だとは思ってたけど、そんなにあけすけって、どうなのさ。


「って、そこまで臆面も無く言い切れる君にちょっと、軽いめまいを覚えそうだよ」

「ええ? そうですか? この学校はもうすでに、女装に耐性がある人達いっぱいなので、いまさらいじめられたりとかもないですし」

 もう、かおたん先輩さまさまですー、とか言い始めたんですが。


「えっとね。瑞季ちゃん? 一応いっとくけどね、かおたん先輩そんなに学校で女装してないからね? サーバーのしゃ……あ。写ってにゃい……」

「ぶふっ。そうねーかおたん後半はカメラずーっとまかされちゃってたし、せいぜい、あたしが撮ったのくらいしか学内サーバーにはないわね」

 ほら、よしよしとさくらに頭をなでなでされるものの、ちょっとがくっと来たのは正直なところだった。

 確かにこっちは撮る側だからあまり写らなくてもいいのだけど、写真がないといつのまにかかおたん伝説はそのままフルタイムで女装して学校にきていたんだ、なんてことになってしまわないだろうか。

 それはちょっと恐ろしい誤解というものである。


 瑞季ちゃんはこちらの反応にちょこっとだけ首をかしげていたようだけれど、かおたん=ルイという考えにまではいかないようだった。シルバーフレームの眼鏡もかなり印象操作の役に立っているようだ。

「それに演劇部の澪先輩も、実は男子だけど女優ってことでしたし、もうすでに道は出来ててそこをゆっくり歩いている感じなんですよ」

 だから、全然、問題なしです、と言い切る瑞季ちゃんに、内心でちょっとざわざわしたものを感じてしまった。

 お、恐ろしい子。


 と、そこのあなた。ルイさんだって臆面無く女装してるじゃんとお思いかもしれないのだけど。

 ルイさんは女子を作っているのであって、女装の子ではないのです。

 事情を知っている人はごく少数。銀香の人達だってルイを男だとは思っていない。

 そうなれば、変な目を向けるはずもないわけで、そういう面もあってのびのび撮影してきたし、気をつけてきたのはばれないようにすることのほうだ。

 だから、女装をしていることを周知されてる状態でやるとなると、やはりちょっと覚悟なりをしなければならない所も出てくるのである。

 ……うん。最近なんか、しのさんとかガツガツやってるから、慣れてはきちゃったけど。


 そ、それこそあれっ。志鶴先輩がすでにいて、女装に対する抵抗値が下がってる今の大学生活だから、ばんばんやってしまってるだけなんだからねっ。瑞季ちゃんと条件は同じなんだからねっ。

 高校の頃は、罰ゲームとか、撮影につられたりとかで……うぅ。女装している男子、でいるよりルイさんでいる方が遥かに気が楽だったのです。


「ちょ、ルイさんが百面相してるんだけど、そんなにショックだったんすか? 写真撮れないの」

「あー、まあいろいろ思うところがあるんだと思うわよ。こいつ一応女装写真撮影のプロフェッショナルだし」

 さくらが適当に言い訳をしてくれてありがたいことだ。

 写真が撮れないのは残念ではあるのだけど、それ以外にいろいろ思いをはせてしまっていたんだよ。


「えっと、ごめんね瑞季ちゃん。注文さっさとしちゃった方が良いよね」

 このまま話をしちゃってると時間切れになるなと思って、メニューをじーっと見つつ、それぞれでオーダーを通す。

 ドリンク系とケーキ、食事をするならサンドイッチとコロッケパンですか。

 まあ、手軽に作れる&買い置き可能なものとなるとこんな感じになるかな。


 これ、巧巳くんのケーキでやったらひどいことになりそうだなぁなんてちょっと思ってしまった。

 灯南ちゃんが給仕をやって、巧巳くんのケーキをおすすめしまくる姿は是非とも見てみたい。 


「では、少々お待ちください。それと、滞在時間は三十分までとなってますので、ご協力お願いします」

 オーダーをかきかきしたあと、瑞季ちゃんはテーブルに備え付けの砂時計をかたりと反対においた。

 青い砂がさらさらと流れていく。

 ほほう。三十分もはかれる砂時計って、初めてみたかもしれない。


「砂時計ってなんか、ちょっと特別な感じしていいですね。ルイさんは手持ちがあったりします?」

「エレナんちにはおいてあるけど、紅茶用だね。だいたい三分前後くらいのがおおくて」

 うちにはこんな高尚なものはございません、と言い切ると、えぇーと弟くんは驚いたような声を漏らした。


「ルイさんの家っていったら、それはもうお嬢様っぽい感じで、天蓋付きのベッドがー」

「ないから。そういうの全然ないから」

 さくらからも言ってやってよと言うと、そうねーと彼女は首をかしげた。


「あ、あたしルイんち行ったことなくない? 現地集合とかそういうの多いし、卒業式のあとのあれだって、うちのほうに来てくれたでしょ?」

「あ……そか。たしかに」

 うん。さくらは事情を知っている人だから、木戸家にご招待したことがあった気になってたけど、うちにきたことがあるのは、エレナだけである。あのときは大変いろいろと母様につっこまれたし、面倒だった。そりゃ年頃の男子が美少女を連れてきたらいろいろ言いたいのはわかるんだけど……別になんもないんですよ。あの子も男子だからさ!


「まー、今度さっちんも含めて、ルイさんちで同窓会やろうプランを練ってるので、その時に堪能させてもらうぜい」

 いえーい、というさくらの声にちょっと頭が重くなった。

 えっと、あれだよね。佐々木さんとさくらと、斉藤さんと、あと山田さんあたりも呼ぶのかな。

 いや、山田さんはなんか誘ったら、ふもーとかいいながら変なテンションになりそうな気がする。

 危険が危ない。


「いいなぁ、ルイさんち……きっと超乙女チックな部屋で、良い匂いとかするんだろうなぁ」

 ごめん。弟くん。うち殺風景です。ほめたろうさんいるけど、そこまで乙女ちっくじゃないから。

 匂いに関しては……まあ、悪くは無いつもりだけど、そこまで乙女な感じじゃないのです。


「あんたはいかせないからね。絶対にだっ」

「ねーちゃん、なにその強調。さすがにそこまでやられると俺も引く」

「それくらい言っておかないと、危ないモノ……」

 誰が、とは言わんが、と姉らしくさくらが、明らかに弟くんを庇うようにこちらに対峙していた。

 えっと。別にうちにきたって、取って食いはしませんけれどもね。


「ふふっ。みなさんは仲良しなんですね」

 おまたせいたしました、とそのタイミングで瑞季ちゃんが帰ってきた。

 そして、ドリンクとケーキを置いていってくれる。

 弟くんの前には、コロッケパンとサンドイッチもだ。

 ルイたちはこの後も食べ歩きができるけれど、彼は教室に戻って当番をしないといけないそうで、ご飯はここですませようということらしい。


「……けっこう哲史くん、大食いな人?」

 コロッケパンとサンドイッチの大きさは、ケーキを食べる前提であるなら、どちらか片方だけだとちょうどいいかなというくらいの量だった。

 とくに、コッペパンにコロッケが挟まったコロッケパンはいいとしても、サンドイッチはお皿にわりとしっかりした量が乗っている。これ、大丈夫なんだろうか?


「え? 全然普通っすよ? 甘いもんは別腹だし、それに俺、これでも周りに比べれば小食な方なんで」

「なん、だと……」

「だから、さんざん言ってるじゃないの。男の胃袋なめちゃいけないって」

 いつか良い人ができたら、きちんといっぱい作っておあげ、と言われて少しだけ背筋がぞぞっとした。

 えっと。そういう未来は、いいかな、なくて。

 

「ああ~いいなぁ。ルイさんの手料理。んで、もりもり食べるという感じで」

 俺、ルイさんのご飯ならご飯三杯はいけますっ、とか弟くんは言い出した。

 えっと。それ、お茶碗に? どんぶりに?


「ま、ともあれ、ケーキいただいちゃいましょ。時間もいつのまにか三分の一過ぎちゃってるし」

「はやっ。やっぱ楽しい時間ってすぐ過ぎちゃうなぁ」

 うぅー、まあ、仕方ないといいつつ、弟くんはあぐりとコロッケパンに豪快にかじりついていた。

 実に男っぽい食べ方というか。キャベツまでしっかりかみきっていて、なかなかにワイルドである。


「んーまぁ、なかなかかな。コロッケがほくほくで美味い」

「あ、匂いとかしてたから、多分出す前に調理はしてると思うな。前側の扉が隣のクラスと連結してあって通路になってたでしょ? あれ、お隣を調理スペースにしていろいろやってるかんじ」

「いろいろっつっても、家庭科室とかじゃなくても大丈夫なもんなんすか?」

「んー、揚げ物はガスコンロつかってんのかな。もしくは家庭科室で揚げてホットプレートで温めとく方式かも。サンドイッチに関しては水分もちょっと飛ばしたいからあらかじめ下ごしらえしてばんばんはさんで切ってって作業かな」

 お茶は、おそらく電気ポット使ってると思う、というと、おぉ~となぜか感心されてしまった。

 そりゃ、高校生の男子で料理の経験がないとなるとあれだけど、少なくともご飯をつくったことがあるなら、何が必要かとかわかるものなのです。おまけに高校二年の時に木戸さんのクラスは喫茶店やってましたしね。女装はしなかったけど。


 そんなことを思いつつ、ルイもイチゴショートに手を出し始めた。

 巧巳くんのケーキにはまったく及ばないものの、生クリームの甘さが口に広がって幸せな気分になれた。

書いてたらすっかり長くなってしまい……瑞季ちゃんのカフェの話(かおたんカフェっていうと本人がむせび泣くので)は分割にしました。

学校で女装カフェをやるって話は、フォルトゥーナの方で企画はしてまして、こっちではあまりやる予定はなかったのですが。きっと今時の高校生達はあまり恥ずかしがらずにやってしまうのだろうなとしみじみ思うのでした。


さて、次話は、カフェの後編です。

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