381.夜の告白4
「ええと、しりあ……ああ。木戸くんじゃないか。まさかこんなところで。はじめまして」
「はいはい、はじめまして。その節はいろいろとお世話になりました」
いやそーに顔をしかめていうと、まあまあと、社長さんは愛想笑いを向けてくる。
「そう邪険にしないでくれよ。確かに迷惑はかけたさ。でもそれにはしっかり対応したし、ほとぼりも冷ましたし」
今は、もうなにも私生活に問題はないだろう? といわれて、ちょっとむかっとくる。
「俺のことは、まぁ……いいでしょう。でもあのマネージャーさんのことは? あれだけの署名を集めさせた原因は全部あの人のせいでしょう?」
春先の件は片付いたけど、蠢の件は納得してないですからね、とじぃっと視線を向けると、彼は、いやぁとバツの悪そうな顔をした。
「っていうか、あれにも君は絡んでいるのかい?」
そして、彼は質問を質問で返してなんとか話題の転換を図ろうと必死になっていた。
「だって、夏のプールの一件、もともと俺とあのマネージャーさんとの決闘でしたからね。蠢にあんなことさせるなんて、本当にぶちきれましたし」
「夏の一件ってなにかあったのかい?」
事情を一人だけ知らない咲宮さんが、興味深そうな視線を向けてくる。好きな人の仕事ぶりでもききたいのだろうか。
「蠢が実は女性だったっていう話がでたでしょう? あの後、HAOTOのマネージャーが、人間は体の性別に従うべきなのよっ! その方が幸せなのっとかいって、女性としての再デビューをもくろみまして」
あのときは本当にひどい目にあったなぁと遠い目をすると、社長さんは顔をふせ、咲宮さんはよくわからないという顔をしていた。
「たとえば、咲宮さん。実はすっごい綺麗な顔をしていますし、女性としてデビューしませんか? その方がいいわよ、それが当たり前よって迫られたらどうでしょう?」
「う……ん。それはないかなぁ。今のスタイルに不満はないし」
びくりと一瞬体をこわばらせたのは、女装経験がたんまりとあるからだろう。それでも無難に返せることはさすがに年期というものだろうか。
「蠢もね、ちっちゃいころから、すっごい男の子っぽくて。外で遊ぼうってクラスの男子引き連れていく悪ガキだったんですよ。自分が女なの気づいたの十歳くらいだっていいますよ? ったく、こちとら部屋でまったりしたいってのに」
まー、50日間断ったらあちらもおれましたがね、と言ってやると、それはまぁ、と苦笑された。
断る方もだが、誘う方もどうなのかといったところなのだろう。でも、当時のことを聞くと、蠢のやつはいうのだ。馨とも一緒に遊びたかっただけだって。
「そんなやつをひんむいて。女性用水着着せて、ウィッグつけさせて、水着コンテストに出ろという。あいつは蠢を越える美少女をつれてくれば、撤回してあげるといいました」
今でもあのときの言葉は音声付きで思い出せる。あまりにもひどいものいいだった。
「君は、どうやってそれを……」
「蠢以上の美少女を用意しろといわれたから、した。結果的にはそうなんですがね。そうはいっても、社長さんもしってるだろうけど、あれで蠢ってまともに女子の格好すると並より上でしょ? あの会場に、それ以上を見つけられなかった。から」
「こいつが、自分で女装して、蠢さんは男の子さんをして、コンテストをかっさらったってわけです」
ぽふりと頭に手を置かれて、ちょっと驚いた。いや、まあ言おうとしてた台詞を代弁してくれてありがたいけれど、男同士で頭に手を置くという仕草はどうなんだろうか。いや、男同士だとやるか、こういうの。高校生とかだと。木村とかもやってきたし。
「ふぅん。ま、でもさっきまでの話をトータルして考えると、あながちやれてしまうんだろうなぁ」
水着とかまで着れちゃうってどうなのかなぁ、とハナさんは苦笑を浮かべた。
そうはいいつつ、大学時代はどうだったのだろうか。他の子と海にいくとかいうイベントもあっただろうに。
パーカー姿のまま、浜辺にいましたパターンだろうか。滅茶苦茶ナンパされてそうである。
「そもそもあのときに、蠢と私との差を判定したのは例の女史でしたし、女装の俺と蠢と。くらべて自信に満ちてるこっちに気圧されて。それで引っ込んだんです」
もちろん彼女は、差し出された人が誰かすら知りませんしお二人も秘密にねと、軽くウインクをしてみせる。
「そもそも、今の話で、へ、ってなってる社長さんに疑問です。日常の些事はあれですが、方向性まで変える大事です、ドル箱な彼らの話で、知りませんでしたぜっていうのはどういうことです?」
「いや、知らんかったんだよ……」
あら。報告をあっさりはしょりましたか。まあああいうあいてならそうか。
いきなりあんな事件が起きて、署名が集まってそれの対応にてんやわんやになったといったところか。
「それで? あいつ、社長さんとできてるってききました。そして二股も男の甲斐性じゃないとか、うっとりしてましたが、いまはどうなのですか?」
「う……」
言いよどむ社長にハナさんが睨むようにプレッシャーをかける。なんなの二股ってとでも言いたいのだろう。
さぁ、修羅場の勃発である。
「い、いまは、別にあいつ別の仕事にさせたしそういうことはない」
「うへぇ……」
嫌そうな声に、社長さんはなんでという感じだ。まっとうな対応だろうよとでもいいたいらしい。
いちおう速攻で蠢にメールを打っておく。あの女マネージャーが変わったってマジ? というタイトルである。いくら新しいドラマが忙しいからって、そういう大切なことは連絡してくれてもいいと思うのだけど。
そのあとの後任人事の話だってきいてない。もし元のマネさんが復活なんてことになってたら、ルイとして会う時はもちろん、木戸として会うときも対応が変わってくる。
というか、水着の件とかばれたらあの人、いいですねぇ、男の娘アイドルっ、是非デビューしましょう! とかにこやかに言ってくるに違いない。
「う、疑ってるのかい? もう俺はあいつとは完全に切れたの。いちおう春先の話とかはある程度部外秘にはしてるけど、あれだけファンにダメだしされたら俺だって庇いきれないし」
それだけのことをやらかしたのも事実だしな、とシャッチョさんは思い切り肩をすくめつつ、いたいっ、とそのまま体を震わせた。ハナさんが足でも踏んだのかもしれない。うんうん、もっとやったれ。
そんなやりとりをしていたら、早速メールの返信がきていた。
連絡してなくてすまん、前のマネさんの帰り咲きです。かおたんも気をつけて、というような内容だった。
ぐぬぅ。またあの人とやりあうのか……あ、でも十代のうちにデビューさせたいっていってたから、二十歳すぎれば用なしにならないだろうか。
「それで別の場所って、首なんですか?」
「……最初から出直しってことで、新人のマネージャーをやらせてる。いちおうあれで、マネジメントができないわけでもないんだよ」
今回はHAOTOが大人気だったから、ちょっと出来心をだしちゃったのと、蠢がアレだったものだから手に余ったんだろうと彼は視線をさまよわせながらあわあわと言い始めた。
なんか、その庇う姿勢にちょっといらっときた。
「多大なる損失を出したかもしれないのに?」
「実際でなかったわけだしさ。実害がなかったから、クビまで切っちゃうのは忍びないってことで」
再教育の機会を与えることになったってわけ、と彼は申し訳なさそうに言ってきた。
ぐふっ。HAOTOのために骨をおったというのに、そこまで波及してしまうとはやるせない気分でまんまんである。
「木戸君がなんか女豹っぽい表情……っていうのも変だけど。こう……非情な女子を見てるような気分になるよ……」
まあ、僕も同意な気分だけど、と、ハナさんもシャッチョさんに少し冷たい視線を向けていた。
まだお説教モードらしい。というか、彼がきてから一人称変わってますけども?
「あああ、もう。その新人は地方出身の子たちで、地元とも行き来が激しいの。東京にいたければ売れろって言ってあるから、本人達もマネージャーも必死になるってば」
「また男性グループなんですか?」
「……君、あいつが女性グループのマネージャーで、どうなるかわかる?」
「滅茶苦茶険悪になって、空中分解確定ですね」
正直、公私混同が過ぎる人なので、クビになるのが一番だと思うのだけど、そうしないなら確かに男性グループにつくのが一番だというのは想像できる。一番問題が起きなさそうという意味合いで、だが。
「ちなみに、シャッチョさんからみてその子達はその……行けそうな感じですか?」
「原石、かな。ちゃんと磨いてあげれば光るとは思うけど、ほいほい当たる業界でもないし」
光っても注目されない宝石なんて、いっぱいなんだよ、とシャッチョさんは先ほど頼んでいたウィスキーのロックを揺らせながら、あきらめにも似たような顔を浮かべていた。
ふむ。そういうのもあって、注目注目ってみんな言っちゃうのか。
HAOTOの男性マネージャーさんも、君なら絶対注目されるからって、熱烈だったものなぁ。
「ま、また這い上がってくるなら社員としてきちんと遇するだけ。って、だから、ハナっちそう剣呑な視線向けないで」
もう、この話はおしまいにして次いこうよ次、といいつつさっさとウィスキーをくいっと飲み干したシャッチョさんは、ワインとチーズを頼み始めた。
えっと。ウィスキーって度数高いですよね? たしか日本酒よりも強くてその量を飲み干すとか大丈夫なんでしょうか。
ちょっと攻めすぎちゃったかな。すまぬことです。
そんなやりとりをしていたときだった。
バーの後ろ側の扉が開いたかと思うと、人影が顔を出したのだ。他の従業員だろうか。
「あー、ねーちゃん、ありがとう。どうやら今回は上手く行ったみたいよ」
「それはなによりね。って……」
まさか変なところで会ってしまったな、という顔で裏口から登場したのは、シフォレのオーナーであるいづもさんだった。仕事が終わったあとまさか別のお店で働いているとは思わなかった。
「はい。じゃー赤城くん無事なカミングアウトおめでとう」
ことりと置かれたのは、ずいぶんとカラフルなタルトだった。
「セキさんに頼んでおいたんだ。カミングアウトをするときだけいただけるオリジナルスイーツ。失敗なら一人でその甘さに慰められてくださいというもんだな」
「これって、レインボーカラーを意識してます?」
タルトの上に列になって並んでいるのはグレープ、ブルーベリー、キュウイ、グレープフルーツ、マンゴー、イチゴと六種類だ。虹色は七色と言われるけれど、青系の果物がそんなになかったのだと思う。
「あたり。っていうか木戸くん相手だったら、カミングアウトしても絶対どうころんでも大丈夫じゃないの」
「そうはいっても、女装と同性愛は近くて遠いのですよ? それはともかく、いづもさんわざわざ配達なんて珍しい」
そんなのやってるなら教えてくださいよーというと、これは特別なのと肩をすくめた。
まあ、いちおうパーティーとかの特注は受けてるから、デリバリー自体はありだと思ってるけど、一個だけっていう注文まで受けるというのは不思議な感じがしたのだ。
「あー、こいつうちの弟なのよ。それで」
お手伝いしてるの、といづもさんは苦笑を浮かべた。だいぶ無理にお願いされて今の形になったのだろう。
っていうか、いづもさんとこ、姉は性転換してて、弟はゲイか……。まあ子供がすべてとは言わないけど、孫の顔がーとか騒がれたりとかしないのだろうか。木戸家はそんな空気が最近ございます。
「ねーちゃん、もしかして知り合い?」
「んっ。うちのお客さん。従業員とも仲が良くて時々一人でケーキ食べたいときは女装してきてくれるっていう、お得意様です」
「でも、珍しいですね? 共闘はしてても、TとGの間にはいろいろありそうなのに」
「昔の話とまで言い切れないけど、少なくともうちらはこんな関係だし、このお店にだってそういう子は来るわ。なにより木戸くん自身女装マスターなのに、同性愛嫌ではないんでしょう?」
「自分がターゲットになるとさすがに辟易しますけどね……」
「イケメンさんに追いかけられてますものね……」
うらやましーと、思い切りいづもさんにまで言われてしまった。
「い、いづもさんこそ、王子とどうなってるんです? 最近あんまり顔みませんけど」
「あー、あの子は今、パリ。あたしの紹介で海外のお菓子の学校行ってるところ」
あらまあ。直接的に交流があまりないから知らなかったけれど、そんなことになっていたのか。
卒業式の後とか、もーまったく見かけないなぁと思ってたらそんなことになっていたとは。
というか、今の今まで存在をすっかりわすれていて、ごめんな、朽木氏。
「お? ねーちゃんの恋バナかしら? それはしかと聞いておかねば」
あとでいじり倒すわーと甘い声がセキさんから漏れ出た。三十路すぎた姉の将来を少しは考えてくれているらしい。
「別に恋人じゃないわよ。あれは弟子。それに結構かわいい見た目してるしあっちでもモテるんじゃないかしら」
「そうですか? こっちじゃ変人の代名詞でしたよ? お菓子のことを語らせたら相手が誰でも、あぁあの生地がどうのとクリームがどうのって」
ひぃっ。あのときの手への口づけの感触を思い出してしまった。
「でも、腕はいいでしょ?」
「そりゃ否定しません。あいつに教わったから、さっくさくのクッキー焼けるようになったわけで」
ホワイトデーのために、有志で集まってクッキー作りをした話をみんなにも簡単に話しておく。
「なるほどなぁ。特撮研のクッキーもなにげにお前のだったりするんだろ? あれはたしかに美味かった」
うんうん、と赤城が頷いてくれている。とはいっても去年のあれはみんなのレシピも入ってるから木戸個人のではないのだけど。
「ま、こっちに帰ってきたら歓迎会とか企画してあげましょうか。それよりいづもさんは他の人にご執心だったりするのでは?」
こそっと追加情報を弟であるセキさんに与えてあげると、ちょ、やめてっ、そういうのやめてーと、いづもさんがわたわたし始めた。姉弟の前で振られるとやはり困るのだろう。
「お。いづも氏にもついに気になる方ができたと」
「それはちょっと気になるかな」
この店の常連である、ハナさんとシャッチョさんはいづもさんのことも知っているらしい。
にやにやと、いづもさんに期待のこもった視線を向けている。
でも、シャッチョさん。いづもさんが気になってる相手って、虹さんだからね? またスキャンダルになるからね? わかってますか? わかってないか。わかるわけないか。
「別に好きとかどうとかじゃなくて、きゅんと来ただけです。主婦が韓流ドラマみてきゅんとくるみたいなものなんですって」
「あぁ、テレビの人なんだ? なんならツテつかって会わせて上げたりもできるよ?」
ほら、俺、ギョーカイジンだし、とシャッチョさんがちょっとドヤ顔をし始めた。
こらこら。さっきのウィスキーの一気飲みがいけなかったんじゃないのかい。
ちょっと気が大きくなりすぎてますって。
「えぇー、さすがに本人にも申し訳ないですって」
「なら、いづもさんのお店に、HAOTOメンバーが潜入的な企画でいいんじゃ……あっ、ダメっ! それダメ」
やっべ、面白そうと思ってつい言ってしまったけど、そんなことやったらまた店が混んでなかなか入れなくなる。
月一で来てるって言う崎ちゃんからも、なにやってくれやがりますか、と怒られそうだ。
「木戸氏が百面相をしている……」
「気持ちはわかるわね。いづも姉のとこ、女性同伴限定だし、男性グループが行ってみましたみたいなのは企画にできるだろうけど、いまでさえあの混みっぷりだものね……」
「へぇ。確かにレインボータルトは美味しかったけど、隠れた名店ってやつだったか」
シャッチョさんまでそんなことを言い始めているわけだけど、すでにHAOTOのメンバーの何人かは極秘にお店に訪れております。
「ま、まぁ変な気はまわさずに、タルトを味わってくださいな」
相互理解に感謝を、といづもさんに言われつつ、タルトを口に入れると甘酸っぱい不思議な味がしたのだった。
さあ。夜の告白もついに終盤。
あの人が、あの人と兄弟だったなんてー。と、作者さんも驚いてますが、結構昔からの設定です。
そして今回はいろいろご飯の描写がんばったなーとしみじみ。うんうん。
まあ。ここまで読んでくださってる方々はきっと、友達に「俺、同性愛なんだ、実は」なんて言われたら、なんくるないさーって反応をしてくださることかと思います。
さて。次話。話はがらっとかわって、そろそろ学園祭シーズンです。大撮影会の話はもうちょい先にしようかと。いろんな学校の学園祭があるので、まず第一弾は母校ですね。写真部は果たしてどうなっているのかっ。という感じで。書き下ろし……でございます。




