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378.夜の告白1

「ななっ、木戸、今度の土曜の午後あいてるか? いや夕方からでもいいんだが」

 大切な話があると赤城に言われて、待ち合わせ場所についたのが五時だった。


 正直、そろそろ学園祭の準備とかもあるし忙しい日々に入ろうかというところなのだけれど。

 数少ない男友達からの申し出ということであれば、なんとか時間は調整しようじゃないか。

「それって、結構遅くなる感じか?」

「いちおー短時間で済むかもしれないし、宴もたけなわなら、オールってこともあり」

「夜遊びってやつですか」


 そんな彼の言葉を思い出して、ちょっとだけ自分も大人になったのだなぁなんて思った。

 数年前は、あいなさんに未成年だからいろいろやばい! とか店長に、ほれほれ子供はさっさとお家に帰れよー、補導されてまうぞーとか言われていたのに、いまや夜遊びも堂々とできる年齢である。


 とはいえ。

 まだ遅い時間に友達と待ち合わせということになれていない身としては少しそわそわしてしまう。あいなさんと昼間っから撮影で遅くなるというならまったくもって変な感じもないのだけれど、夜から、夜のためだけに集まるというのが何か危険な大人の香りである。

 まだもうちょっと二十歳の誕生日までに時間はあるのだけれど、夜遊び自体はもうやれるのである。


「あーよぅ。木戸。お待たせ。っていうか待たせちまったか?」

「いんや。三分前くらいだな。電車の関係でちょいと早くついただけだ」

 デートじゃあるまいし、そんくらい気にするなとまだ待ち合わせ時間一分前なのを見て苦笑する。

 今日の赤城はいつにもまして緊張しているようだ。それこそあの女子校に乗り込んだとき以来かもしれない。


 ここのところの赤城はどこか変だ。沙紀矢くんが現れてから、それは顕著で。

 大学に入った頃はあくせく友達を作って合コンをしたりもしていたものの、今は、それもなりを潜めているという。そんな友達がなにかを伝えたいというのならば、きちんと話は聞かなければならない。

 え。どうせ騙されて身ぐるみ剥がされてビデオでも撮られるって? そんなの数少ない男友達がするわけないじゃない。HAOTOのみなさんとは違うのですよ!


「じゃ、とりあえず移動しよう。ちなみに今日の会計は全部俺が持つ。気にしないでついてきて欲しい」

 そう前置きをされると、むしろはてと思ってしまう。

 どんな店に連れて行かれるのだろうか。基本安い店なら赤城はそういうことは言ってこない。大学に入ったばかりの飲み会だって割り勘だったしね。


 でも、今回の店はそんな高級店ということだろうか。それともなんかあるのかな。

 とりあえず緊急の連絡手段である携帯だけはしっかりと握りしめて、彼の後についていく。

「ああ、足元気をつけてな。けっこー段差きついからさ」

 時々転ぶヤツもいるんだわ、というとおり確かに段差がきつい。スカート姿じゃ歩きたくないなと思ってしまうほどだ。


「これくらいなら大丈夫。っと、でもなんかすげー大人っぽい店じゃね?」

 急な階段をおりて地下に入ると、そこにはネオンで表示された店名とともに、いかにもバーがありますよ、という雰囲気の店が現れた。


 ちょっと大人初心者な身としては怖いのですがというと、そんなこたぁーねーよと赤城はしれっと言い切った。

 ふむん。さすがは浪人生活を一年しただけあって、一歳年上なだけはある。

 そんな彼は気兼ねなく少し古びた扉を開ける。

 からんからんとカウベルが鳴るのが聞こえた。あまり広い店でもないのだがそれでも雰囲気を出すためでもあるのだろうか。


「あらぁ、いらっしゃい赤城くん。今日はお友達連れかしらー」

 出迎えてくれたバーテンダーのおにーさんはテノールの声音のおねえ言葉で出迎えてくれた。

 ぱりっとした黒いベスト姿なので、バーテンダーのおにーさんなのだが、それでも口調だけはおねぇというやつである。


 いつもの癖で周りに視線を飛ばしてしまう。お客は男性客が四人。むしろこんな早い時間にこれだけいる方が不思議か。店自体は三十人程度を収容できる割と広めの店だ。

 ふむ。客層をみてると、だんだんどういう店なのかは理解できてくるものである。

 赤城さんや。こういうお店に連れてきて、どうしようっていうんですか。もう。


「セキさん。こいつ俺の大学の一番のダチで、その……今日は話をしようかと思って連れてきた」

「んまっ。そうなのねぇ。まさか大学の同級生にカミングアウトするとか、あたしには出来ない芸当だわぁ」

「こいつ自体そーとー変わってるヤツだし、二年近く見てきたから」

 それで決心ついたと彼はバーテンダーのセキさんに言った。

 まあ、がんばんなさいと、こっちは蚊帳の外で話は進められるのだけれど、まあ大人しく従おうではないか。

 でも、セキさん誰かに似てるような気がするのは気のせいだろうか。どこかで会ったことはないとは思うけど。


「じゃ、とりあえず座ろうぜ。二人だしカウンターでいいかな?」

「別にかまわんけど……って、お前が奥なのかい」

 すぐにその話題に入るわけではなく、まずはカウンターへと案内される。

 一番はじの席に赤城が座ってその隣に木戸が座らされた。こういうアウェイなところだとできれば壁際にして赤城にもう片側の壁になっていただきたいのだが、まあ仕方ない。


「さて。それでは人が少ないうちに」

 こほんと。赤城は背筋を伸ばして、こちらに真剣な目を向けてきた。

「おまえなら薄々この空気でわかると思うんだが……その……おれ、な、実はゲイなんだよ」

「はぁ」

 きょとんと、してしまった。


 確かにわかるよ。店の雰囲気でなんとなく、あーここって男性の同性愛者さんの集まりそうな店だなーって。バーテンダーさんもおねえ言葉でゲイっぽいし。

 そう。女性らしくしているわけではなくおねぇ言葉を使うだけの場合、なんとなく木戸の中でその人はゲイのイメージである。

 他のお客さんも男性客のみ。しかもすさまじく親しそうな感じだったし、ふぅんって感じはしてたのだ。


 でも、赤城がどうなのかというと、はて、となってしまう。

「でも、赤城さんや。あんた女の子と仲良くなりたいってすごい真剣だったじゃん」

「そんなのフェイクに決まってんだろ。ってか女友達は欲しいにきまってんだろうよ。友情は男女両方ともありだろ」

 そう言われれば、まあそうなのかもしれない。ゼフィ女の一件だって結局こいつはがんばったもんな。


「ああ、まあ、そうだな。おまえお祭り男だしな」

「そうだろー? 企画してみんなでわいわいやるの好きなんだよ、で。好きになるのはたいてい男」

 初恋は、小学校の担任でしたといいだしました。

 この展開はいったい。


「それで、なんで急にその話をするんだ?」

 いままでそんなのおくびにも出してなかっただろうというと、まあなーと神妙そうな顔をされてしまった。

「その、だな、俺はその、おまえのこと、す……」

「す?」

 嫌な予感がするのだが、本当に外れて欲しい。男にもてるのは確かだけれど、そんなのルイの時だけにして欲しい。


「すっげーやつって思ってんだよ。しかも女装もすさまじいクオリティで仕上げるだろ。ならさ、俺の趣味っていうか性指向も認めてくれるんじゃないかなって」

「なるほどね。LGBTは仲間ーって言うし。って、俺の女装はトランスじゃねーからな」

 まあ、否定的にはならないけれどと付け加えておく。


 ときどき勘違いされることがあるのだが、木戸自身はいちおうまっとうに男子である。

 もちろん異性関係はとことん蛋白ではあるものの、男子でいることに対してなにか思うこともない。Tの人ってそれ自体に違和感みたいなのを持つわけでしょ? それなら木戸馨はトランスではないんじゃないかな。

 女装は滅茶苦茶楽しいけど、男子だっていちおう、周りから変な顔はされてるけど、やれてるとは思うし。


「そうか? 女装もトランスの一部だと思うけどなぁ、俺は」

「いや、でも女装は趣味っつーとあれだけど、そこまで悲壮感はないぞ? っていうか俺が悲壮感ないだけなのかな、実際どうなのかな……みんな楽しくコスプレ女装とかするし」

 それに比べると、この深刻っぷりはちょっとなじみがありませんぜと伝えておく。

 特別な場所につれていって伝えるというほどのことなのだろう。同性愛であることって。


「そういう意味ではマイノリティか? と自分では思ってる。正直否定されたことってないしな。ま、一部女子からは不評なんだがね……」

「不評なのか?」

「できが良すぎて、自分たちの立場がないってorzってなったケースは多々あるかな」

「そりゃしのさんならそうか」

 ふむ、と彼は頼んだバーボンをちびりとなめて、顔をしかめている。まったく。慣れてないのに大人っぽいモノをたのむからそうなるのである。

 ちなみに木戸は未成年なので、まだまだホットミルクである。

 バーテンダーさんは、もうちょっとで誕生日なら呑んじゃえばいいじゃないのと、言ってきたのだけど、法令遵守ですよ。とっつかまっちゃいますよーというと、んまっ、最近厳しいからねぇと低いおねぇ言葉で答えてくれた。


 さて。とりあえず赤城氏から衝撃的告白を受けたのだけれど。ううむ。

 ここからどうやって話をしていくべきだろうか。

 実は、ゆったりしてるように見えて、ぐったりしているという部分は内心ではある。

 だって、数少ない男友達がまた、ゲイなのである。

 まともな男子の数がまた減ってしまって、ちょっとがっかりだ。

 え、青木はまともだろって? んー、まぁ。残念な男ではあるけど、ちーちゃんが伝えてない以上はまだノーマルなのかな。発覚しても受け止めて欲しいものだけど。

 あとはよーじくんはまともだと言っておきたい。相手はエレナだけど、あんな可愛い子を彼女にしているのだから、ノーマルなのである。うんうん。男の娘だから好きなわけじゃないしね。


「さて。それで……赤城氏っ」

 ちらっとバーテンさんの方に視線をちらっと送るとこっちの様子を少し興味深そうに見ているようだった。

 ならば、こちらとしては、あれをやってみるしかないじゃないか。赤城のことももっと知りたいしね。


「お、俺のお尻は、ダメだからなっ。その。お願いだから、タベナイデー」

 めっちゃ棒読みになったのだけど、定番の台詞を言ってのけた。

 普通の男性が、男性同性愛者からカミングアウトされたときの常套句である。

「ちょっ……はぁ?」

 その反応に、赤城はびくっとなりつつ、しゅーんと肩をすぼめた。

 あれ? 棒読みだよ? こっちの意図に気付いてくれてもいいんじゃないかな?


「こらこら。その反応、あたしたちが一番傷つくパターンなんだから、いくら棒読みだってね」

「あうっ」

 おでこを指先でちょこんとつっつかれて、軽く可愛い声がでてしまった。バーテンダーさんも、ん? と不思議そうな声を上げている。 


「赤城くんも、がっくりきてないで。冗談で返せばいいじゃないの。この子、そうとうこっちの業界わかってるわよ、きっと」

 むしろ本人もお仲間なのではないかしら? と言われて、いいえ、滅相も無いと首を横に振って否定しておいた。


「ただ、これでも結構同性愛の友達いるんですよね。カミングアウトもされましたし。ま、あの人達は女子が苦手なだけっていう感じではありましたけど」

 約一名は私の大親友の女友達と付き合ってるからバイなのかもねーとも答えておく。

 海斗も岸田さんも、女性の嫌な面を極度に嫌っているところがあるのは確かだけど、じゃー男性とがっつりお付き合いしたいのか、と言われたら首を横に振るだろう。岸田さんなんかは特にはるかさんじゃないとダメってくらいの入れ込みようである。さっさと付き合っちゃいなよ、って感じだ。

 

「まじか。それうちの大学?」

「んー、大学にもいるけど、誰かは言わないよ。アウティングになるし」

 自分でお探しなさいな、と言うと、お、おぅ、と赤城は少しだけ元気になった。


「それで? 俺は赤城のその告白を聞いてどうすればいいんだ? 悪いが男友達を紹介してくれってのは無理だぞ? 俺、女友達の方が多いし」

 っていうか男友達ほとんどいねーしとしょげると、まあまあと慰められた。


「今まで通り仲良くしてくれればそれでいい。誰かに知っといてもらうだけでなんかさ、安心するんだよ」

「そういう……もんかな」

 よーわからんけど、いままでと変わらなくってことなら、それでいいと答えておく。

 こちらとしては、赤城に友情以上の感情はないのだし、他に男から求愛される例なんていうのはとことんあるのだし、いまさらそれを恐れて友達づきあいをしないというのではしかたがない。


「無事に告白タイムが終わって良かったじゃないの。けれどあっさりしすぎてて、無理してないかちょっと心配だわん」

 バーテンダーのおにいさんにおねえ言葉で心配されてしまったのだが、それにはとりあえず軽口で返しておくことにする。


「むしろ、誰を好きになるかってだけで迫害されちゃう心理がわかりません。そもそもどうして男の人にゲイですーとかいうと、お尻狙われちゃうかもとか思うのか、自意識過剰じゃないの? って言いたくなります」

 女装の技術なりを仕入れる時に関連知識として同性愛だとか、ゲイとかビアンとかそこら辺の知識もごっそり頭に入れてある。純粋に男同士で好き同士という知り合いに会ったことはまだないが、それでもエレナや千歳のことは身近で見ている。それを否定なんてそもそも出来るはずがない。


「あはは。おもしろいこという子ね。おそらく現実を直視できないってのと、防衛本能がごちゃ混ぜになって、「俺を食べないでくれ」ってことなんだと思うわよ」

「そういうことなら、俺の場合ふっつのー男たちに狙われた経験たんまりですから。いまさらですかね」

 にははと笑って見せると、あらまとバーテンダーさんが驚いた顔をする。

 だって、ノーマル男性に迫られるなんて日常茶飯事だもの。


「さっきも話でましたけど、こいつ女装するとすっげーかわいくなるんですよ。おおかたそれで告られたとか、危ない目にあったとか、そんなんでしょう」

 しのの姿をみている赤城はそんな想像をしてみせた。


 実際は眼鏡を外すと美少女だから、中学の頃までもってもてだったというような話なのだが。

 それをいったら今素顔を見せろと言われるだろうから、女装のほうの扱いのままにしておく。

 あいまいに笑顔を浮かべていると、からんからんと来客を告げるベルがなった。

 右隣の席が空いていたけれど、今度のお客で埋まるのだろうか。なんだかんだで、話し込んでいるうちに店の中は徐々に混んできてしまっていたのだ。


「お。きたきた」

 こそりと赤城はこちらの影に隠れながら、その来客になにやら意味深な視線を向けていた。

 確かに、見た目麗しい男性である。年の頃は三十路に入る前といったところだろうか。

 他のお客が来たときは特別反応していなかったのに、わざわざ伝えるということは何かある人ということか。


 なんていうまでもなく、赤城のお目当ての人というわけなのだろう。どっちが攻めで、どっちが受けで、リバなんですか!? とか楓香あたりなら目を血走らせそうだけど、さすがにそこまで詮索する気はない。

 が。まさか知り合いとは。

 

 彼は、すらりとした洗練された動きで木戸の隣の席に腰を下ろす。

 そしてこちらにちらりと視線を向けて、おや? という表情をした。

「君は……初めて見る顔だね」

「こんばんは、咲宮さん。はい。友人につれてこられて、ちょっとした爆弾発言というやつを受けていたところです」

 にこりとよそ行きの笑顔を浮かべつつ、それでも女っぽくならないように注意する。

 いちおうルイとしての面識がある相手でもあり、彼らの秘密も知ってしまっているので、ばれるとややこしいことになる。


「おや、私のことはご存じなのかな?」

「雑誌で見たこともありますし、なにより沙紀矢くんの従兄弟さんなわけですから」

 顔くらい知っておかないといけません、とあくまで、知人の従兄弟である人だという意識にしておく。

 ルイと木戸の両方であったことがある相手、というのは、相手をどういう人だと認識しておくのかが大切なのである。


 そんな風に普通にやりとりをしているこちらを、なぜか赤城は左隣からじぃっとのぞき込んで来たりしているわけだけれど。

 まったく。奥手な乙女ですか貴方は、と言いたい気分にさらされてしまった。

 まだまだ夜は長いわけで。さて、咲宮さんとは何を話そうか、なんて考えながらホットミルクを木戸はちびりと舐めた。

さあ、いいお友達でいた赤城くんもそっち側の人間ということで。

実はこの設定自体はだいぶ前からあったもので、ちょろちょろ大学編にはいってから彼の動きにその前提をいれていたりします。

まあそんな相手に「ただの友達」扱いされてる木戸くんもどうなのかと、思いますけれどね。


さて。次話では咲宮の従兄弟さんも含めて夜のバータイムです。

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