376.体育1
本日はちょい短め&男子更衣室です。
「さぁ、体育の授業だな、木戸」
「なにそのニコニコした感じは」
十月。新学期早々我ら一回生二回生の間では共同でやらねばならないイベントがある。
それが、「体育」だ。
大学まできてなんでやんのって声は身近では多かった。
やっと解放されたのに、また、長距離はしるのかよおおぉーとか涙目なのもあった。
でも、さすがにそんな理不尽を、大学はしない。
この体育の必修授業は、ほどよく体を動かせればいいという程度のもので、一年、二年のどちらかでとればいいものだ。
去年は他にとりたいのがあったので、そっちを優先して、先送りにしていたわけだけれど。
けして、やだったわけじゃないよ? たまたまです。ええ、たまたまです。
そして、隣にいる赤城も二年まで体育を残していた人だった。
「ほら、体育っていったら活躍の場所っつーかさ。いままで男女混合で体育なんてやったことあるか?」
「……あたしが男子の間でいろいろやったことはある」
男女混合と聞いたので、しのさん声で言ってやったら、おまっ、それは異次元だろと赤城には言われた。ごもっともだ。
「ま。でも確かに小学生以来の男女混合かもな」
基本、中学からは体育の授業は男女別になる。それでいままでほどほどに目立たない生活をしてきたわけだけれど。なるほど。一部の男子としては、良いところを見せるチャンスと思ってしまうのもいるというわけか。
「とはいっても、更衣室で気合いを入れる必要はないと思うけど」
はい。どこで話しているか、というのは触れてなかったけれど、現在男子更衣室の中に木戸さんはいます。
え。部屋まちがってね? とかって突っ込みはもう……はい。
男子は男子更衣室を使うんですっ! 異論は……え、危なくないのって? ああ。
きっと大丈夫デス。こちらより視線を集める人がこの更衣室にはいるので。
「沙紀矢くんへの視線、なんか変なのまじってるし、お前も気をつけとけよ」
そういいつつ、その姿をじぃと熱心に見ている赤城に、はぁとため息をついた。
そりゃ、沙紀矢っちが視線を集めるのはしかたないと思う。
あんなきらきらした子には純粋に興味もあるだろう。
男子更衣室の中でさえ視線を集める……恐ろしい子、である。
うん? いちおう女子更衣室の中ではキャッキャやったわけだけどね。男子更衣室ってものはまじで「着替える場」なんだよみんな。
他の男子の品定めなんてもんは普通はしないの。赤城はちらちら視線飛ばしてるけどこういうのは、あんまいない。
男は結果をもとめて、経過はなあなあというけど、更衣室だって着替える場所でしかないはずなんだ。
そこで、まじまじ見られている沙紀ちゃんがおかしいんだと思う。
もちろん。いろっぺぇのだ。女子っぽいか、といわれるとそうでもないのだけど。体もしまってるし、良い感じに筋肉もある。合気道とか武術やってる関係もあって正直木戸さんより筋肉あると思います。
でも、なんだろ。
着替え方に品があるというか。服とかちゃんと畳んでおいたりとかするし、どこか違和感のようなものは染みついているように思う。おねーさまとして染みついたアレだ。
ばれはしないだろうけど、うん。咲宮のご当主……なんかいろいろやばいと思います貴方のお孫どのたちは。
「まー、こっちは別に関係ないっての。あれはオーラがあるから視線を集めるけど、こっちにゃそんなもんはないわけだし」
だいじょーぶ、と思って上着に手をかけたときだ。なぜか視線を感じたのでそちらを確認する。
ん? にこっ。
目が合った男子に、満面の笑顔を浮かべて見せたら、彼はふおっ、と視線をそらせてせかせか着替えを始めた。
うんうん。だいじょうぶ。みなさんちゃんと、もさモードに馴染んでくださっているようだ。
「おま。純情な若人をたぶらかすのやめてくれよな。しのさんがお前なの知ってるヤツはちょっと、着替えシーンに夢とかもっちゃってるんだからさ」
「いや、でも俺、男だぞ? しのさんはそりゃ可愛くなるように調整しているけど、ここでサービスして女子っぽい着替え、なんていうのはしないっての」
「女子っぽい着替え、がまずどんなものかよくわからないわけだが」
「んー、なんだろ。あまり豪快にがばっといかない感じ、かな。ま、もちろん男子に混じって着替えをする女子というシチュエーション自体稀な感じだから、潜入系の少女漫画のような感じに、ちょっと困惑顔をしながら恥ずかしそうに着替えるわけだな」
いままで、潜入モノとして話をしてきたのは、たいてい女子高に男子が潜入するものだったけれど、世の中には男子校に女子が潜り込んでしまうようなお話もある。
状況的にはエレナさんっぽいけど、あれの場合は周りがもう甲斐甲斐しい状態になってたので、着替えとかも特別問題はなかったのだろう。ちょっと羨ましい。
「頼むからやめてくれよ。いちおう俺はまだ、お前のこと男友達だと思ってるからな」
「清水君のことは?」
「もち、男友達だ。でもあいつ今日はいねーのな」
「別のところで着替えてるらしいよ。さすがにどっちの更衣室もつかえませんってさ」
どーせ、木戸がいるんだから、男子更衣室にぶちこんでもたいして問題ないと思うんだが、という意見に苦笑がもれた。
自分はともかく、沙紀ちゃんがいるので視線はそちらに向かうだろう。
清水くんはそこまで女子っぽく見えるわけでもないし、十分目立たずに着替えができたろうになとちょっと思ったりはする。
「よっし。ならこの十回ある体育の中で、最後までには清水くんをこの男子更衣室にひっぱりこむのを目標ということで」
「いいんじゃね? お前と一緒じゃなきゃ目立たないし、きっとだいじょぶだ」
「……はぁ。そか。俺と一緒だと目立つか」
悩ましいところだ。
木戸としては清水くんと更衣室を一緒に使う気まんまんではあるけれど、春先にやらかしたり、去年もしのさんとしていろいろやらかしている身としては、更衣室の中で目立つのも当然。
そして、それと一緒にいるということで、清水くんにまでいろいろな嫌疑がかけられる恐れがあるわけだ。
うぅ。なんかそれかなりなジレンマな気がする。
「赤城氏。なんとか清水くんのことは頼まれてくれないだろうか」
「ダメだろ。俺がこの位置でお前のガードしてないと、むっつりなやつらがお前を凝視して、今夜のおかずにするぞ?」
「またまたぁいくらなんでも脳内変換は無理じゃね?」
「無理じゃねぇって。普通にお前華奢だしさ。むしろちゃんと食ってるのか心配になるくらいだ」
細すぎだろーと言われても、まーそりゃねぇ。
でも、それは骨のせいもあるような気はする。手首とかなぁ。
他の男子に比べるとすっきりしてるところは否定しないよ。手首ほっそって言われたことはあるし。
「食っちゃいるけど、お腹周りにつかないようにコントロールしてんだよ」
「乙女かお前はっ」
「女装するためには必要な措置だし。それに男子でもお腹に貫禄がでるにはまだ若いっての」
「……お前胸囲ってどれくらいあんの?」
「70くらいかな?」
アンダーがそれくらいなので、まあ、それが胸囲ってことでいいのだと思う。
姉様とかは65とかなのでそれに比べれば、少し大ぶりである。
「乙女がいる……まじでお前、ついてんの?」
「お正月には小学生に思い切り、がつっと掴まれましたが?」
「……どういうイベントだよそれ」
ほんと、お前、呆れるほどに変な体験してるよな、なんて言われる隙に、なんとか着替えは終了。
ま、女装するときよりは、着替えに時間はかかるものでもない。
下はジャージに着替えて、上はTシャツ。
しかも、本日はきちんと男ものなので、ちょっとぶかっとした感じのものである。
「ま、体のラインがでるのとか着ちゃうと細さが目立っちゃうけど、こういう感じにすれば普通に貧弱男子に見えるだろ?」
「……見えなくはないが。きっと多くのやつらが脳内変換でおっぱいつきのお前を想像してるんじゃね?」
「おかしいなぁ。今までしのさんやってるときにそこまで盛ったことはないんだけどな。そもそも女装=Eカップ以上という図式はおかしいと思うんだよ。そんなにでかくてどーすんだって」
「お、かおさまは貧乳派か。ま、俺も無駄にでかいのはちょっと気持ち悪いとすら思っているが」
赤城も着替えをすませて、胸トークをするっと終了。
もうちょっと食いついてくるかと思ったけど、こいつったらかなり淡泊だなぁ。
「赤城の好みって聞いたことなかったけど、どんなのがいいの?」
「スレンダーで、ちょっと筋肉質なのがいいな。すっきりした感じの美人というか」
美人か、と少しだけ生暖かい視線を赤城に向けてしまった。
まあ、これくらいの歳のやつが、美人じゃない方がいい、だなんてなかなか言えないだろうけど。
なかなかにお相手探しは大変そうである。
「えぇー、じゃあ沙紀ちゃんみたいなのがいいってこと?」
「ちょっ、おまっ。なにを引き合いにだしてんだよっ。俺は別に男が好きとかそういうわけではなくてだな」
「わかってるっての。ちょっとからかっただけだし」
いちおう男子更衣室で視線を集めている、きらきらした男子である沙紀ちゃんの方に視線をむけつつ。
おお。なんか今日は普通に男子同士やれてるやん、と少しだけ拳を握り閉める木戸さんでありました。
さぁ。はりきって体育の講義を受けにいこうではないですか。
さー体育です。作者さんも大学の体育は基本「体動かすくらいなもの」な認識で、割と楽しんだものですが。男子更衣室か……と、想像を広げてみました。
男子の中であっても視線を集める沙紀矢くんは危険な感じが、いといたします。
それ以上に、自覚がナイ木戸くんのほうがいろいろやばいのですが。
さて。次話はソフトボールの予定です。さー頑張って体育しましょー。




