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375.帰路にて2

「あの-、いづもさーん。これ、羽まで必要だったんですか?」

 はぁ、と着替えを済ませてみんなのところに戻るといづもさんにとりあえず苦情を伝えておいた。


 本日の衣装は黒ゴスである。ヴァンパイアモチーフという感じだろうか。

 小さな黒ハットも髪飾りにセットでくっついているし、腰くらいまでの黒髪ロングのウィッグにちょこんとあるのはワンポイントで可愛らしい。


 でも、背中についた羽の様なものはちょっと動き回るのにはじゃまくさいかなと思ったのだ。


「ふぉ、想像以上に可愛い……まさかシマニーをここまではきこなす子がいるとは」

 なにか返事がくるかと思いきや、先に反応を返したのは虹さんだった。

 彼はこちらの姿をまじまじと見つめながら、すげぇーと興奮したような声をもらしていた。


 うん。確かにしましまニーソというものは、二次元ではよく見るけど、町中だとあまり見ないよね。どっちかというとカラータイツの方が主流だと思う。

 二次元だと、ミニスカ+パーカー×シマニーというのもありなんだけど、あんまり現実にはいないと思うのだ。


「黒タイツだと、黒一色になっちゃうし、絶対領域も欲しいし。んじゃーモノトーンのシマニーだなぁって思ったのよ。ハロウィンの間だけだったら従業員もみんな、やってくれるだろうし」

 あぁ、今からちーちゃんのこの格好が楽しみだわーとコックコートのまんまのいづもさんはうっとりした声をもらした。

 ええと。羽のことはまる無視ですか。まあすれ違う時にぶつかるとかが無ければそれはそれでいいのですけどね。


「ところで、この店って下着の貸し出しとかってやってるんですか?」

 こそこそと、虹さんがちょっと鼻息を荒くしながら、下はどうなってるんで? といづもさんに問いかけている。

 ああ。男ものの下着なのかどうか、というのが知りたいというわけですか。


「んー、この子、男状態でも癖で女性用下着をバッグにいれてる希有な子だから」

「……まじか。いいやっ。それでこそ男の娘の鏡! さぁ、じゃあ、ちょっとこけちゃって、M字開脚をして、下着をででんと出して、ころんじゃったよぉ~って言ってみようか」

 スマホスマホ。スマホのカメラの準備をしなければと、虹さんが欲望を隠そうともせずにバッグからごそごそスマートフォンを取り出した。メタリックゴールドのちょっとオシャレさんなスマホである。


「……翅から連絡きてるけど、とりあえず無視」

「そこは返事してあげようよ。ってか、さすがにお約束なもんまりシーンとかやらないからね!」

「えぇぇ、やっておこうよー。王道は大事だって。絶対ルイちゃんなら、神がかった男の娘写真を撮らせてくれるよ!」

「こっちは撮る側なの。いい? 虹さん。表情を中心にすえるのかスカートの中を激写するのか、そういう違いも意識して撮ろうとしてる? ただ漠然とその場面を撮っただけじゃ、ダメなのですよ!」

 ふふん、と言ってやりつつ、内心ではそんなポーズしないよ! と呟いておく。

 男の娘の名シーンの一つで、転んでもんまり大発覚なシーンがあるわけなのだけど、もちろんそんなドジっこアピールなどするつもりはない。


「う。そりゃ、気にしたことはないけど……つーか、男の視線としたら、目の前でこけてたら、スカートの中の方にいくものであって……」

 そこで現れる脚線美と、その先の禁断の光景がたまらないのですと虹さんは緩みきった顔をさらした。

 一枚カシャリと撮っておく。こんな写真がでまわったらファンの人達は幻滅するだろうなぁ。


「そこは、腰を打ってないかなとか、すりむいてないかなとかそういう心配をして欲しいものです」

「ルイちゃんの言ってるのも正論だけど、年頃の男の子にそれは酷ってものよ……」

 パンチラ一つで大喜びなお年頃なのだもの、といづもさんも同情めいた声を漏らしていた。

 えぇー、なんでいづもさんまで虹さんの肩を持つのさ。


「ま、どうでもいいですが。いづもさん。この格好したらパンプキンパイを食べさせてくれる約束ですよね」

 さぁ、はよっ。さぁさぁ、というと。仕方ないわねぇと彼女は苦笑をもらした。

「カボチャを求めてる姿ったら、ホント乙女なんだからもう」

「カボチャ好きに性別はかんけーないと思いますっ」

 熱々のパンプキンパイは、正直かなり期待値は大きい。

 アップルパイのあのうまさをそのままに、それがカボチャになっているのを想像すると、完成度はすごいことになるだろう。個人的にはさつまいものパイも食べてみたい。


「やれやれ、仕方ないわね。ちょっと冷めちゃってるけど、ほれ、試食してみて」

 少し冷めてるといいつつ、まだ湯気が立っているパイをいづもさんは出してくれた。

 とりあえずルイと虹さんの分として二つだ。

 

「んぅ……なんかいーにおいがするよー」

 そんなやりとりをしていたら、長いすに寝かせておいた佐々木さんが、それにつられて目を覚ましたようだった。

 食べ物の匂いで起きるって、佐々木さんそんな食いしん坊キャラじゃなかったと思うんだけど。


「はれ? ルイさん!? どうしてそんなかっこしてんの?」

「うぅ。ちょっといろいろあったのですよ。っていうかここがどこだかおわかりかな?」

 ちらりとパンプキンパイのほうが気になるモノの、とりあえずは佐々木さんの状態を確認するのが優先だ。


「えーっと、うーん。どこかの喫茶店?」

 えっと、確か飲み屋さんにいたー、のは覚えてるんだけど……その後、なんだっけ。アイマスクをとろーとか、そんな話をしてたような……そこからの記憶がない、と断言する佐々木さんのおでこを軽くちょんと小突いておく。


「だーめだよ。ああいう場でのお酒の飲み過ぎは。お兄さんが居て気が緩んだってのはあるんだろうけど、あたしをカタる会だよ? 成人男性多いに決まってるし、そんな中で意識不明とかありえないからっ」

 まじ危ないから! と言ってあげると、は、はいっ。と佐々木さんは素直に頷いてくれた。


「わかればよろしい。女の子の体は危ないんだから、気をつけなきゃだよ」

「あんたが言うな、あんたが……」

 はて。いづもさんが軽くおでこに手を当てながら悩ましげにそんなことを言っているのだけど、あれだろうか。お前が女子のなにを語ってるんだとでも思ってるのだろうか。


「まあいいわ。じゃあ試食分もう一個追加しといたから、食べて感想ちょうだい」

 起き抜けで食べられるかはわからないけど、といづもさんは新しいお皿をだしてくれた。


「ええっと、いただいてしまっていいんですか?」

「ええ。試作品だからダメならダメって言って欲しいわ」

 佐々木さんはすっかりお酒が抜けたようで、さっきのよれよれだったのとは違ってきちんと受け答えをしているようだった。

 そんな彼女に珈琲を勧めておく。

 

 そしてこちらは、パンプキンパイにナイフを入れ始めた。

 まだ中には余熱が残っていて、断面からは軽く湯気が立っている。

 少し冷めてからのしっかりしたパイも好きだけど、中身が温かいのも大好きだ。


「んっ。おおぉ。ほっこりあまうまです」

「相変わらず、生地も美味しいし、カボチャ滅茶苦茶あいますね」

 幸せだーと虹さんまでもがうっとりしているようだった。

 もう、季節限定とは言わずに、カボチャが手に入る時期はずっと作って欲しいくらいである。


「よっぱらった先でルイさんに介抱してもらったあげくにこんなに美味しいモノたべてていいんだろうか……」

 んー、にやけちゃうけど、ちょっと罪悪感が、と佐々木さんはちょっと複雑そうな顔をしていた。


 あ、そういえば目が覚めたらいろいろ聞こうと思っていたことがあったんだった。

「じゃあ、ここまで連れてきたご褒美というのもアレだけど、佐々木さんには答えてもらおうかな」

 そう言うと、彼女はぽかんとしながらパイに向かっていた視線をこちらに向けてくれた。


「どうしてあたしのこと、わかったの?」

 誰から聞いた? と尋ねると、え? というような顔をされてしまった。

 はて。てっきりさくらとか斉藤さんとかがちらっと口を滑らせたのだと思っていたのだけど。


「ええっと、誰からも聞いてないよ? まあ答え合わせみたいな感じで、ちづにはカマかけしてみたけどそれだけ。ばれちゃいけない類いだろうなーって思って内緒にしてたんだけど」

「……自然に気付いたってこと? いつ?」

 ええと。確か高校時代は特別彼女のリアクションはおかしくはなかったと思う。

 さっきの、校内新聞のやりとりをしたときだって、こちらがルイだ、なんてことをまったく知らない様子だった。じゃあ、そのあと、と言うことになるのだろうか。


「いつって、ルイちゃんがテレビにばんばん出てるのを見て、大変だなーこの子ーって思ってさ。結構アップで写ったりもしてたし、んー、なんかこれひっかかるなーって思ったら、あのときのかおたんではないですかーって」

 ほら、一年の女子部屋の一件、といわれて、あぁとなんか納得がいった。

 

 佐々木さん達はあのときの素顔の木戸馨を見ているのである。

 男湯で素顔を見ている男子達もいるわけだけど、まーそこは観察レベルが全然違うので、彼らは気づけないとは思うけど。

 あのときは、肌がーとか、美人さんだーとかいろいろ言われて、結構眼鏡なしの顔を見られている。


「ってことは、あの部屋にいた女子は気付いてる可能性ありってこと?」

「いちおう確認とったけど、みんな気付いてないみたいよ? 肌きれーとかみんなで見まくってたけど」 

 そこで正解にたどり着いたのはミステリーハンターの私だけなのだ、と佐々木さんはドヤ顔だ。

 そっか。でもあの時のメンバーに確認をとってくれてるなら、こちらとしては助かる。


 正直、木戸としては、ルイ=木戸馨を当時はことさら隠してはいなかった。

 別段、ばれたとしても、悪いことしているわけでもないし、と言い切れる自信もあった。

 でも、今となってしまえば。


 しがらみが増えすぎてしまった。今、そのことが曝露されるとなると、それなりに影響を受ける人達が多くなってしまったのだ。

 もちろん、ばれたところでまだまだ悪いことをしてないよとつっぱねられるとは思うけど、HAOTOの件もあるし、ゼフィ女の件もある。

 些細な噂、くらいで済むのならいいけど、本格的に広まってしまうのは阻止したい。

 なにより、片方がトラブルに巻き込まれたときに、安全な方の性別で過ごすという手がつかえなくなると困るのだ。

 この後だって、きっとなんだかんだで騒ぎに巻き込まれるのだろうし。

 隅っこくらしがいいんだけどなぁ。


「それで、今回のカタる会に参加してたの?」

「んー、さすがに本人がくるって思ってたわけじゃないよー。ただ、あそこまで熱心なファンの人達ってどんなのだろうって思って、様子見をしようかなぁって。お兄もいくっていうならちょうどいいかなって」

 それで本人と鉢合わせしたのはホントミステリーだよー、と佐々木さんはにこやかな顔をしてくれた。


「ちなみに、アイマスクつけててケイ氏があたしなのはどこでわかったの?」

「そりゃ、カメラと声と反応かな。それで、四年前に銀香でガラスごしってので、あぁ、これガラスに映った自分のこと言ってるんだねぇーって思って」

 ま、いちおうは声も男の子だし、その推理に行けるのは真相を知ってる人だけだと思うけど、といいつつパンプキンパイを一口ほうりこんで、幸せそうな表情を浮かべる。

 うん。とても可愛いので、一枚撮影させていただいた。


「でも、ルイちゃんとこうしてちゃんと話すの初めてだけど、ホントぶれないんだねぇ」

 普段と口調が変わっててミステリーって言われてしまっても、こればっかりはしょうがないと思う。

「さっき着替えた段階でもうスイッチ切り替わっちゃってるからね。そうなるとこっちの口調がベースになるの。おまけにさっちゃんと話してるってので、女子同士な空気だとなおさらね」

「僕と話してても十分に女性口調だと思うけどね」

 虹さんがいらん相の手をいれ始めた。いや。女子同士で会話してると引っ張られるってのは事実だからね? まあ、ルイ状態だとあんまり関係ない話かもしれないけど。


「……ちづに話を聞いた時には、別人扱いしてた方が幸せじゃないの? って言われたけど、その理由がわかったような気がするかも」

「まー別人をつくっちゃってるようなもんだしね。それでみなさんが喜んでくれて楽しんでくれるなら、それはそれでいいし」

 こっちはただ撮影のためにルイさんやってるだけだし、と言ってやると、いづもさんたちから、えぇーと不満そうな声が漏れた。


「でも、さっちゃん。今日のことは内緒ってことでお願いしてもいいかな?」

「んー。正直なところ、もーっと早くに教えてよーって感じだったんだけど。仕方ないのかなぁ。知ってたら高校生活がさらに充実したものになってた気がするんだけど」

 まーでも、十分楽しかったから、いいのはいいんだけどと、佐々木さんはからっとした笑顔を浮かべてくれた。

 ミステリー大好きっことしては、ルイさんの話を知った上で木戸馨と絡むというのは楽しい体験だっただろうなとは想像はつくのだけどね。


「なので、ルイさんのことを知ってるメンバーを集めて同窓会などしていただきたいところで」

「えっと、知ってるのっていうと、斉藤さんとさくらと、山田さんもだね。男子はいらんのでしょ?」

「男の子でも知ってる人いるんだ?」

 それはちょっと意外、と佐々木さんが驚いている。知ってたのなら大騒ぎになりそうなのに、と言いたいらしい。


「いるよ。木村くんあたりは、小学生の頃からの付き合いだし。あたしが声を教えた人達も知ってるし。同学年だとあとは八瀬かな」

 青木は知らないから。絶対言っちゃダメだから、とマジ顔でいうと。わかってるよーと緩い声がきた。

「あとは春隆も知ってるけど、あれはなぁ。和解はしたけどそういう会につれてくる相手じゃない気がする」

 同学年で知ってる人といったらあとはそれくらいだろうか。

 ああ、でも春隆自体は素顔が可愛いってのを知ってるってだけだったっけ? でも、あいつも最近の報道を見てれば行き着いているような気がしなくもない。


「ええと、ルイさん? 結構男の名前も出てたようだけど、まさか付き合ってる相手がその中にいるとかってことは……」

「ないねー。恋人とか作る気ぜーんぜんないし」

「清々しいまでの鉄壁さ。翅の純愛も木っ端微塵かぁ」

 まー、僕としてはそういう男の娘も大好きだけど! と虹さんがいい顔をしている。


「え? 虹くん、てっきりルイちゃんを自分のモノにしようとか画策してるんだとばかり思ってたけど」

 恋愛対象ってわけじゃないの? といづもさんが不思議そうな声を上げる。

 あれだけ、男の娘ラブーって言ってるのもあってそう思ったのだろう。


「んー、まあ、萌えと恋愛対象は違うのはオタクとして常識ってものですよ。さながら恋愛対象よりも深く強く支える所存にござるっ!」

 きりっと、長谷川先生をマネしたのか、虹さんが残念な敬礼をしてくださった。

 ちょ。やめて。アイドルなんだから、その全力でオタクですーってアピールはイメージ壊れちゃうよっ!

 もちろん一枚撮ったけど。


「じゃー、女子会ってことで是非。会場はうちを提供してあげよう!」

「お兄さんが変なテンションにならない?」

「お(にい)の居ぬ間にという感じで。ここのケーキってテイクアウトはできるんですか?」

「できるわよー。あっちのショーケースの中に入ってるのなら、あまり並ばないでも買えるし」

 男性だけでも買い物OKなのよ、といづもさんはそこで、はっとした顔になった。


「やだ。あたしがそこの担当になれば、男性との接点が……」

 これは盲点だったと、いづもさんがマジ顔をしはじめた。この前町中デートしたとき散々だったもんね。

「いづもさんは厨房にこもりっきりじゃないとダメでしょ? 手があいたらやるくらいにしないと、店内のはらぺこ乙女達が暴動をおこしますよ?」

「やーん。もー、結局、男性との出会いなんてあたしにはないのね」

 くすんと、肩をおとすいづもさんの前に、影がさした。


「気を落とさないでください、レディ。いつか良い出会いは必ずあります。こんなにも綺麗なのですから自分を信じて」

 キラキラオーラをだしながら再び手を取る虹さんの顔を激写。

 こういう姿ならファンも納得である。

 しかし、男の娘は萌え対象で全力で支えますという宣言は本当なんだなぁこの人。


「うわぁ。なんか虹さんのことも内緒な方がいい様な気がしてきた」

「だねぇ。もうちょっと売れてから、実は隠れオタクでーすっていうならアレだろうけど、まだまだ不動とまではいかないし、しばらくは封印だね」

 んまー、とパイをつつきながら、そんなことを話しつつ。

 佐々木さんとは、ルイさんお近づき女子限定の同窓会の大枠を話し合ったのだった。

黒ゴスとヴァンパイア。黒髪、長髪、力の解放時に目が赤くなる、的な厨二設定であります。

二次元では見るけど、三次元ではお目にかかれないというアレです。かわいい。


そして、カボチャやイモに目がないのは女子の特性だと作者思っております。

どうしてあんなに美味しいのかっ。


さて。次話は話は変わって学校での体育の話をお届け予定です。一、二年の選択必修科目なので、ちょっと体を動かしていただきましょう。

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