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374.帰路にて1

「ふあー、けーくーん。どこ連れてくノー?」

 店を出てから少しして、佐々木さんがふにゃーっとしながら、可愛い声を漏らしていた。


「どこって家に帰るんでしょ。お兄さんから頼まれたし、どうせだから家まで送るっての」

 カタる会が解散となってから、大人達は二次会に流れ込み、帰宅組みとわかれたのはよいのだけど、残念ながら佐々木さんのお兄さんである動物さんは、急遽別件で出掛けなくてはならなくなったのだった。

 妹のことは任せた! なーんて言っていたわけなんだけど。


 このよっぱらい、どうすりゃいいってんですかね、ほんと。

「ほら、やっぱり俺もついてきて、正解、だろ?」

「そりゃまあ、感謝はしますが。ビーナさんとかにめっちゃ睨まれましたけど」

 にじかいー、二次会ーはー? とかあっちもあっちでへろへろになりながら、虹さんにすがりついていたもんな。

 そりゃ、イケメン芸能人と一緒な時間を少しでも過ごしたいというのは、一般女性ならではの発想なのだろうけど。


「そこらへんは、気にしてたら芸能人なんてやってらんねぇっての」

「俺は芸能人じゃないから気になります」

 はぁ。なんかそういうあしらいは慣れてますという虹さんに苦笑が漏れてしまった。いちおうこんなんでも人気アイドルなんだよなぁ。

 

「さてと。時間的には九時過ぎ……か。どうします? 虹さんもついてくるっていっても、さっちゃん送ってからうちの近所までってなるとさすがに遠いんじゃ?」

 ってか、電車で移動なんですか? というと、まあねーと緩い声がきた。

 正直、佐々木さんを家に運ぶだけでいいはずなのに、この人はなぜか、君のことも送るよとか言い始めたのである。別に夜に出歩くのが慣れてないわけではないし、問題はないんだけどね。

 

「一応、俺だってこういう姿してたら目立たないしさ。それこそエロゲ買っててもばれないくらいにはね」

「そんなこともありましたねぇ。こっちはこっちで滅茶苦茶目立ちましたけど」

 もぅ、エレナったら、と言うとくすくすと、佐々木さんが笑い始めた。


「なんだか、たーのしー。男の子同士なのにけーくんの口調がちょーっと色っぽくてミステリー」

「なっ、なにを言い出すかなこの子は」

 すへぇーとそのまま、彼女は反応がなくなった。

 あまり意識はしっかりしていないらしい。歩いてはくれているけれど、どこでどうなるかわからない感じだ。


「くぅっ。ここはかっこよく車で送迎とかしてくれたらよかったのに」

 そしてパパられるわけですねーと言ってやると、どうかなーと彼はひょうひょうとしたままだった。

 ううむ。肩にずしりとかかる重さはなかなかなもので、男二人で運んでいるのに佐々木さんはそれなりの重さだった。

 意識不明の人を運ぶのは大変だ、というけど、佐々木さんの場合、自力で動いてくれる時とそうじゃないときで重量が変わるので、変に力がはいってしまう。

 なのに、虹さんはまるで堪えたような顔はしていない。


「どこかで休んでいきます? ……ホテルはさすがにあれですけど、ファミレスとかで」

「んー、まあホテルはないなぁ。翅にぼこられるだろうし」

「そのまえに、俺がぼこりますが」

 にやりと笑顔を浮かべる虹さんにため息を漏らしておく。


「いちおー近くに知り合いの家はないではないけど……あいなさんちはないな」

 んー、と考えつつ、近くにある知り合いの家を頭に思い浮かべていく。


 先ほど宴会が行われていた場所は、ルイさんをカタる会ということもあって、銀香町から少し離れた繁華街だった。あいなさんの家は近いし、帰ろうと思えば木戸の家だって電車で二十分程度もかからないだろう。

 佐々木さんの家はまた別の路線にのらないといけないわけだけど。


「シフォレか」

 そんな思考の中で、一つ知り合いのところあるじゃんとひらめいた場所があった。

 金曜日はもう店自体はしまってるだろうけど、軒先くらいは借りれないだろうか。

 ちょいと聞いてみるかな。


『はいよー、いつも貴方に幸せと甘味を、シフォレのいづもでっす。えーと、どちらさまかなー』

「俺です。木戸です」

『へぇー木戸くんって、どの木戸くんー? さぁー可愛いかおたんボイスを聞かせてくださいな』

「いま、シフォレあいてますか?」

『えぇー、かわいくないなぁ』

「んぅ……けーくんどーしたのー?」


 いづもさんのスマホはすぐに反応を返してくれた。

 最初のは、符丁というか、最近電話をかけるとときどき返ってくるシフォレの留守番電話候補集である。

 そして、名前がでてるのにどちらさまーと聞いてくるのは、まあ、こっちがルイなのか木戸なのかの確認のため。

 ほっとんどの場合、連絡をとるのはルイでではあるんだけどね。


 そして、そんな電話の最中、耳元でなぜか、変な声を上げる佐々木さん。

 あの。本当は酔いとか醒めてるんじゃないんでしょうかね。それで絶妙にからかってるような気がする。


『かおたんったら、女の子の声が聞こえたけど、まさかついに……』

「ちがいますって。それに他に同伴者もいます。つれが酔いつぶれてしまったので、休める場所ないかなーって」

 だから、近くでもあるいづもさんの所に連絡を入れたんです、というと、んーと、彼女は少し考えるような間をあけた。

 相変わらず、電話で喋っても完璧な女声というやつだ。少し人をくったように聞こえるのは、実際からかい混じりだからだろう。


『いちおー店には居るわよ。明日の仕込みもあるし、もうちょっとは居残りかなとは思ってるけど』

 ま、あんまり騒がしくしないなら、来てくれてもいいわよ、といづもさんはあっさり了承してくれた。


『他の従業員は帰っちゃったし、気兼ねしないで可愛い格好とかしてくれてもいいわよー』

 ふふー、とちょっとねっとりわざとらしく言ってくるいづもさんに苦笑を浮かべる。

 そうはいっても、今日は男子なのでござる。


「んじゃ、お店の近くについたらまた電話しますね」

 十分もすればつくと思うのでといいつつ、電話をきる。

 とりあえずこれで、お休みスペース確保である。もちろんいづもさんも明日があるだろうから、そんなに長居はできないだろうけど、一時間も休ませればこのよっぱらいも多少はマシになるだろう。


「話はついた? ってか、その店って?」

「あー、ほら。蚕と蠢が来た時一緒にいった店ですよ。結構人気な女性同伴じゃないと入れないとこ」

「おっほ。あそこか-。確か珠理ちゃんが、わざわざ遠くから取り寄せてもう、みたいなこと言ってたけど、たしかになぁ。これは確かに取り寄せるのちょいと遠いかも」

 普段都会に住んでると銀香町も、ちょい距離あるんだよね、と虹さんはちょっと残念そうな顔を浮かべた。

 近くなら通って常連になろうとか思っていたのだろう。


「仕事上であったりとかも……ああ。なんか、崎ちゃんをヒロインにして逆ハーものをやるとかかんとかでしたっけ」

「そ。んで、俺達と珠理ちゃんって実は険悪じゃん? 絡んでるけどめっちゃ険悪じゃん?」

 主に誰かを取り合ってなわけだけど、と言われて、ん? と小首をかしげてしまった。

 誰かって、誰やねん。


「まー、いろいろやらかしてくれてるから、崎ちゃんが女子としてみんなを嫌ってるのは知ってる」

「そういう認識ならまあ、いいけど」

 んで、と、彼はよいせと、佐々木さんを支え直しつつ、続けた。


「この前、製作会見やった後にちょっと一緒にご飯食べてね。いちおう打ち解けたというか」

 その時にシフォレのデザートも取り寄せたんだ、とちょっと思い出したのか虹さんは少しにやけた表情になった。

 ううむ。佐々木さんに肩を貸してなければ撮ったのに!


「それはなによりだけど、今日はなにも食べられないと思っておくように」

 ほんと軒先借りるだけだから、といいつつ公園を抜けてシフォレの前に到着。

 相変わらず、わさわさと木々が揺れる音がして、さわやかなお店である。


『あー、木戸くんねー、入り口あいてるから入っていいわよ』

 ワンコールで電話に出ると、いづもさんから中に入る許可をいただいた。

 もう店自体はクローズになっていて外の照明も思い切り落とされている。


「結構メルヘンなお店というか……可愛いね、ここ」

「地域で人気だからねー」

 明かりがついてるともーっと良いですよ、と言ってあげつつ、店に入って長いすになっているところに佐々木さんを座らせる。

 くてーっとなってるので、一枚撮影させていただいた。

 目があいた様子がないからそのまま、眠り込んでしまったらしい。


「いらっしゃーいって……また、変な子連れてるわね、木戸くんったら」

「あ、いづもさん。こちらは、友達の佐々木さんで、こっちは、まー行きずりの男性です」

 ちょ、ひどくねって反応を狙って言ってみたのだけど、虹さんは吸い込まれるようにいづもさんを見つめて微動だにしなかった。

 あれ、これって恋とかに発展しちゃうパターンでございましょうか。


「ふお……まさか……シフォレのご主人ですか!?」

「ご主人はないわよ。一瞬でみやぶりくさって、この子ったら……」

 とびっきりの笑顔でご主人呼びをした虹さんに、とたんにいづもさんは嫌そうに顔をしかめた。

 まあ、マスターとかオーナーって呼ぶなら女性も含まれるけど、ご主人っていったら男性を連想するもんね。


「では、女主人とお呼びすれば?」

「たんにいづもで良いわよ。で? あんたらルイちゃんに相当ひどいことしてたみたいじゃない?」

「あれ。この眼鏡つけてても、誰かわかっちゃいますか?」

 おかしいなぁ、と虹さんは眼鏡をはずすと、髪の毛をくしゃりとラフにかえて改めていづもさんに向き合った。


「あの、どういう会話の流れですか?」

「お互いに、相手の素性を見破りっこをした、という感じかしらね。もう最近パス率ほぼ100%だったっていうのに、どうしてするっとばれたのかしら」

「そこは、僕の魔眼の力としか言いようがありません。男の娘好きなら目も肥えますから」

 ふふ、とイケメンオーラをだしながら、虹さんはいづもさんの手をやわらかく取っていた。


「でも、こんなに美しい方を見たのは、久しぶりです。この手であのスイーツが出来てるんですね」

「もう、なによこの子ったら。いきなり口説きモードとか、おばちゃんもう照れちゃうじゃないの」

「……おねーさんって呼べっていってませんでしたっけ?」

 じとーっと、てれってれないづもさんに女声でつっこみを入れておく。

 若い男の子にやさしくされて、あのいづもさんが少し可愛い感じになっていた。木戸さんのイケメンモードだとこうはならなかったっていうのに。

 まあ、でもいいや。

 思わずカシャリと一枚。うんうん。さぁもっとかわいい顔を見せておくれよ。


「それはそうと、しまくんの一件、ちゃんと落ち着いたんでしょうね?」

 その音が聞こえたのか、こほんと咳払いをしてからいづもさんはちらりと虹さんに問いかけた。

 そう。いづもさんは蠢の数少ない昔なじみだ。あれだけニュースにでていて、心配していたのは知ってる。

 ルイから、いちおうの顛末は伝えたけど、メンバー本人からも感想を聞きたいらしい。


「って、蠢の本名知ってるとか……昔馴染みなんですか?」

「まあねぇ。あの子が中学生の頃から知ってるからね。いろいろ相談にも乗ったし」

 いちおーそういう知り合いです、といづもさんはテーブルにことりと珈琲を置いてくれた。

 さっき自分用に入れたのだからーとか言ってたけど、いくよって伝えてからいれてくれたんだろうなぁ。けっこうたっぷりコーヒーポットに入ってるし。


「虹くんは酔ってる? かおたんは……未成年だから呑んでないよね」

「かおたん言わんでくださいよ……」

「だって、かおたんはかおたんでしょ? うちの店は女性同伴じゃないと入れないんだから、素直にかおたんしてなさいな」

「って、ここにちゃんと女子いますからっ。同伴ですからっ」

「あらやだ、同伴だなんて、かおたんったらエッチなんだから」

 あの、いづもさん。あらやだってやり始めたら、おばさんの仲間入りだと思うのですが。

 あらさーだ、とかおねーさんって呼べとかいろいろ言ってたじゃないですか。


「なんか、滅茶苦茶仲良しなんですね、二人とも」

「まあ、付き合い長いしねー。よく来てくれてる常連さんだし。いま、あたしが一番気兼ねなく話せる相手、かな」

 まー、かおたんのほーとはそんなに付き合いはないんだけど、となぜか意味ありげな視線をこちらに向けてきた。

 この子ら、知ってんの? ということだろう。


「自然に話しちゃってだいじょぶです。虹さんも知ってるし、佐々木さんはなぜか知ってたし」

 言った覚えはないし、知られてる道理はないんですけどねぇ、とふにゃふにゃ眠りこけている佐々木さんのほっぺたをつんつんしておく。


「……言っとくけど、普通の男子は寝てる女の子のほっぺを自然につんつんしないからね?」

「ふえ? ああ。可愛かったからつい」

 佐々木さんには内緒な方向で、とお願いすると、これだからかおたんはと呆れた声をもらされた。

 別に、ほっぺつんつんとかさくらもしてくるし、下手するとひろんひろんしたりすらしてくるよ?

 

「さて。それでお腹の具合はどうかしら? 別腹実装してるなら、さっき焼いた試作品食べさせたげるけど」

「まじで!?」

 うお。それはとても嬉しい。冬にかけてなにかやるって話はきいてたけれど。


「今年は素直にパンプキンパイにしてみるつもり。そろそろハロウィンだしね」

「例年、ハロウィンはあんまりっていってませんでした?」

 流行にはあまり乗らないって言ってたような気はするけれど。


「まー、そうねぇ。馬鹿騒ぎするような歳でもないし、若い頃のハロウィンとか楽しめなかったし、お前がバケモノかーみたいな風に言われるのもねーって感じで」

 しょーじきあんまり気乗りはしなかったんだけどねぇ、と苦笑気味に頬杖をつきながらいづもさんは指で髪をいじる。

「何をいってますかいづもさん。貴女のような可愛らしいお化けがいるなら、悪戯されてしまってもいいってみんないいますよ」

 ちょっとしょぼーんとしたいづもさんを元気づけるかのように、虹さんはウィンク混じりにそんなイケメン台詞を言ってのけた。

 うわぁ。それ、ルイとしてなら言えるけど、今の格好じゃ言えないですよ。


「さすがにイケメンは言うこともいいわね。もう。そこの残念美少女とはできが違うわね。できが」

「なっ。いづもさんに残念美少女とか言われるのは心外ですぅ。私だってこんなかっこしてなかったら、いづもさんを元気づけることくらい……」

 思わず女声で言いつつ、まずっと、内心で思ってしまった。

 うん。ここでこの発言は大変によろしくない。あーあ。フラグ踏み抜いちまったという感じである。


「……ああ。性別を超越した二人が目の前に……かたや妙齢、かたや無邪気な年齢」

 ここは天国やーとか言ってる虹さんに視線を向けておく。

 うん。ここは話を思い切りずらしておこう。

 べ、別に今日は女装しないでおうち帰るんだから。家に帰るまでがカタる会です。

 本人降臨してちゃ話になりませんってば。


「い、今のはですね。言葉の綾というか、イケメンモードに入らないと女性を勇気づけられる台詞なんてほいほい言えないというか、むしろ虹さんがさらっとそんな台詞を吐くのがいかんのです」

 全部虹さんが悪いというと、えぇーとまるで動じないでにっこにこな笑顔な虹さんがこちらを見つめていた。

 可愛い犬にじたばたされても笑顔を絶やさないみたいなそんな感じである。


「ふふ。だいじょーぶよ、かおたん。お望みならちゃんとウィッグも衣装も用意してあるから」

 そうだっ、せっかくだからハロウィンコスもお披露目しようじゃないの、といづもさんは弾んだ声を隠そうともしなかった。


「えっと、虹さん? 男の娘大好きなんですよね? 男状態のほうが好きだったりしません?」

「え? 可愛く着飾ってたほう希望。切望、まじ生きる希望」

「ぐふ。ここに味方はいなかった……」

 じぃといづもさんの方をみると、さー、お着替えしましょうかー、とにんまりした顔をされてしまったので。

 とりあえず、悔しいのでその顔は一枚カシャリと撮らせていただいたのだった。


 おうちに帰れなかった……orz

 どころか、佐々木さんが目覚めるところまでいきませんでした。

 実は宴会場の場所表記はなかったのですが、ルイさんをカタるなら銀香のそばで! は自然な流れかと思います。


 さて。そんなわけでシフォレにやってきたわけですが。物語上の季節は十月です。ハロウィンがそろそろということで。そろそろいづもさんもいろんな思考の束縛をぶちきってもいいころあいかな、ということで。

 次話はようやっと木戸くんが女装してくださいます。一話で終わるつもりの帰路が二話に……orz

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