372.ルイさんをカタる会4
こりこり。もにゅもにゅ。
ちょっと酸っぱい味付けがされたタコを口の中で咀嚼していると、ちょっと幸せな気分になった。
ああ。どうしてカルパッチョってこんなに美味しいんだろう。
きっと、水炊きも美味しいんだろうなぁ。今度エレナんちで作ろうかなぁ。参鶏湯も美味しかったしなぁ。
そんな現実逃避をしたくなるほど、目の前の会場はヒートアップしていた。
「ふおぉぉぉ。ぽってたん。ぽってたんコスきたこれー」
「かわいい。女子高生姿かわいー。うわっ、足とか滅茶苦茶きれいー」
「くっそ。こんな可愛い子と一緒に学園生活とか……ケイくん羨ましい!」
タブレットに表示された写真を見ながら、みなさまが変な声を上げた。
「ちょ、俺は別に一緒に学園生活とかしてないし! てか、それ、さっ、よーこさんと条件同じだよね!?」
「いやあ、あんまりに可愛いので、つい八つ当たりなのでござるおおぉぉぅぅー、てらかわー」
八つ当たりかよ。長谷川先生まで、ふぉおぉとかいってて正直かなり引いた。
おまえら……そりゃ、あのときのルイさんはそれはそれは、周りから、やーんといわれていたものだけれど。
その反応はちょっとどうなんだろう。レアもの感だろうか。
「女子高生のルイたん。制服姿のルイたん。あああ。僕は結局私服姿しか見てないわけだけど、よくよく考えるとあのとき女子高生だったわけで……」
あああー、制服姿。制服姿ーと長谷川先生がぶつぶつなにかを呟いていた。
ちょ、なにその女子高生ってレアですみたいなのは。まだ二年も経ってないですし。まだまだぴちぴちですし。
「いちおう二月に一回くらい、うちの学校に来てた時は制服だったみたいですけど。どこの学校かはミステリー」
誰も知らないのです、としれっと言い切る佐々木さんは写真をスライドさせながらにまにましていた。
一緒に通えたら楽しかっただろうにーってさくらは嘆いていたんですよというおまけ付きである。
「う、うぅ……下手に絡むといじられそうだから、大人しくご飯食べとくし。ああ、ちょい冷めた唐揚げうまー」
まだ残っていた唐揚げをあむりと噛みしめると、冷めても美味しい肉汁が溢れてきた。
ブタもいいけど、トリさんもいいものである。
「君は見に行かなくて良いの?」
そんなようすを見つつ、席の場所的にあまり身を乗り出せない料理さんが声をかけてきた。
長谷川先生みたいに思い切り席を移動すれば見れるのだろうけど、それをやると混みすぎてしまうから自重してくれているのだろう。
「いいんすよー別に。あとで見せてもらえばいいんで」
はむはむと、唐揚げを咀嚼しつつ、お箸を宙にゆらしながら答えた。
さくらに言えば大喜びで出してくれることだろう。それに、この会が終わったら個人的に佐々木さんは呼び出しをしようかと思っているのだ。その時にでも見せてもらえばいい。
「それより、俺としてはりょーさんと、ルイの写真館の話で盛り上がりたいところです」
俺としては、ルイの魅力は100%写真派なので! と言い切ると、ほほーと興味深そうに彼は目を細めた。
まあ、誰しもいくらかはルイさん本人の魅力についても言及するものだから、この反応は珍しいのだろう。
「それで、りょーさん的にはお気に入りの写真とかあります?」
こそこそと店のWIFIにすでに繋いであるタブレットを持ち出してルイの写真館を表示する。
サムネイルだけだから、この画面はそんなに重たいこともなくするっと表示である。
「やっぱり、エレナちゃんの写真かなぁ。サイトの三割くらいはそうだし」
力の入り方とか、やっぱ違うかなーっていう彼の言葉は間違いではない。
コスROM用はまたさらに力を入れるけれど、ネット上にあげるのは、その時撮った中で良い感じのモノを選んでいる。
他の人達が20から30枚くらいの中でアップするのを決めるのに比べれば、エレナのは、その五倍くらいは軽く撮っているので、その質も自然とよくなってしまう。
けれどね、りょーさん。ルイさんの写真はこれで終わりではないのですよ?
「えっと、自然の写真の方はどうですか?」
「へ?」
あ……うん。はい。わかってましたとも。
スクロールして、それで、ほら、ほらっ、と期待してても料理さんの顔はあんまりかわらなかった。
「これ、隠しサイトがあるんです。風景の写真オンリーのやつ」
まあ、僕も同級生のルイフェチの女の子に聞いたのですが、というと、へぇと彼はあまり乗り気にならずに、タブレットを受け取った。
うぅ。もう隠しサイトとかやめようかな。みんな、写ってる人の方に興味があるんだもん。正直ちょっとへこんでしまうよ。
「……なんだ、これ」
けれど、そんながっかり感は、料理さんの硬直した動きで払拭された。
サムネイルの中から一枚、適当に選んで表示されたのは広大な長ネギ畑のそれだった。
「すげぇー。どこまでも続く長ネギ畑でじんときてしまったよ……」
「でしょー。吸い込まれるような感じというか、この圧倒的ネギ畑感」
よいですよねぇ、とにまにましていると、他のは!? と料理さんはサムネイルの方に戻って写真を選び始めた。
うんうん。さすがは料理人だ。でも、実は農作物の写真って一割くらいしかなかったりするんだよね。
「くぅ……なんか……うぅ」
写真を表示しながら、料理さんは顔を背けていた。なんかふるふる震えているのはなんなのだろう。
「ちょ、そこまで感動していただけるのは嬉しいですが」
大丈夫ですか? と問いかけると、ああ、ゴメンと彼はくぴりとビールをあおった。
「ごめん。ちょっと田舎のこと思い出してさ。俺、しばらくふるさとに帰ってなかったんだ」
「お? おぉ。ルイさんの風景写真? これ、綺麗だよねー。銀香の周りなんだろうけど」
しれっと、佐々木さんはタブレットをもちさって覗き込んだ。
ルイさんを写した写真の鑑賞会は大人達で盛り上がっているようで、そちらは放置してこちらの様子を見に来たらしい。
「お酒も入ってるからですって。そりゃ……ちょっとノスタルジーっぽい感じの写真もあるけど」
そこまで感情を揺さぶれる写真を撮れているのか、という疑問はある。
あるけど、実際そうなっている人がいるとなると、じわっと胸のあたりが温かくなってくる。
くぅ。やっぱり自然の風景写真を褒められるのが一番嬉しい。
「そこでケイ君が幸せそうな顔をしているのが一番ミステリー」
あ、でも銀香の銀杏ってすっごい立派だよね、と佐々木さんは例の銀杏を表示した。
いくつかあるバリエーションのうち、最近撮った昼間のものである。
「さくらが撮ったのも見せてもらったことあるけど……なんだろ。ちょっと違う印象があるというか」
「たぶん、角度の問題もあるとは思うけどね。引きで撮るかどうかとか、下から見上げた感じにするかとかね」
今回表示されてるのは、まさに根元から上を見上げる感じで撮っているので、果てしなくローアングルだ。
人のローアングルはダメだけど、樹木のローアングルなら好きなルイさんである。
「っと、飲み物きれたな。みなさーん。注文あるかたは一緒に頼みませんか?」
まだ集まってルイさんのコスプレ写真を見ているみなさまに料理さんが声をかけた。
自分のグラスもだけど、他の人もぽつぽつ空になりそうなのを見ての配慮だろう。
木戸さんのグラスはまだウーロン茶が半分くらい入っているけれど、飲み放題ということもあってオーダーすることにした。
「水炊きに合う飲み物ってなんでしょう?」
「そうだねぇ。さっぱりした感じの方がいいんじゃないかな。ジャスミンティーとかどうだろう?」
癖があるから好き好きだとは思うけど、と言われて、それをオーダーしておく。
グラス交換制なので、温くなってしまったウーロン茶をこくこく飲み干しておく。
「では、拙者もビールをお願いしたいでござる」
いやぁ、ルイたんのコス写真かわいかったでござるーと、いいつつ席に戻ってきた長谷川先生も料理さんにオーダー。それ以外の人達もそれぞれ追加ドリンクの注文である。
それが終わったところでとりあえず仕切り直し、という感じでみなさんは席に戻った。
「おまたせしやしたー、水炊きの鍋おもちしましたー」
沸騰したら弱火にしてくださいねー、といいつつ、店のにーちゃんはコンロの上に鍋を置いていった。
二つのセットである。半分ずつつつくという感じになるのだろうか。
「食材と別でも良かったけど……まあ、こっちのほうが楽は楽かな」
料理さんがちょっと見せ場を奪われたような感じでしょんぼりしている。
別に用意されていれば、自分がやるのにっ、とか思っていたのだろう。
でも、たいてい居酒屋というのは、ちゃんとセットして温めて煮立ったらどうぞ、というようなところまで仕上げているものである。
「んふー。良い匂いですねぇ」
くつくつ煮えていく鍋を見ていたら、追加オーダーのドリンクも到着した。
ジャスミン茶はすっきりしていて、確かに油ものには良く合うようだ。
そして佐々木さんったらあんまり飲まないとかいいつつ、追加でイチゴリキュールのお酒を頼んでいた。
度数は低めみたいだけど、大丈夫なのかな。
「ふっふっふ。妹よ。では、俺からもみなさんにお土産をだしてやろうではないかっ」
妹にみなさんの注目が集まるのをよしとしていないのか、動物さんはバッグの中から一枚の紙をとりだしてきた。
「みんなはルイさんがモデルをやったことを知っているだろうか! 地域限定すぎて知らない人の方が多いに違いない」
どやぁと公開されたのは、先日作った振り袖のチラシである。
十着の振り袖とともに、今からでも間に合う! 成人式を華やかに彩りませんか、みたいなことが書かれている。
「ま、まじか……」
「お兄……それ、ないなぁと思ってたらお兄が持ってたか……」
純粋に振り袖選ぼうと思ってたのに! と佐々木さんがお兄さんに苦情を向けていた。
うん。佐々木さんだって今年成人式だもんね。気に入ったのがあったら着たいとか思って当然だと思う。
「うわ、めっちゃ綺麗……こんなに着こなせるとか、ルイさん普通にモデルもやれるじゃないの」
だからこそ撮影もできるのかなぁとビーナさんは素直にそれに見入っていた。
女性ならではという感じでしっかり衣装の方にも視線を向けている。
「えっと、動物さん。これ、売って……くれまいか?」
「ちょ。はえ!?」
それに比べると、男性陣はしっかりと邪な感情を持っているようで。
元気さんと新妻さんから出た取引の申し出に、木戸は変な声を上げてしまっていた。
男の娘……いや、虹さんはにまにまとそのやりとりを見守っている。
視線を向けると、ちらりとウインクとかしてきやがりました。
あとで、ちょーだい♪ とかそういうことなんだろうか。
「か、カラーコピーならいいけど、原本はダメだって」
俺だって大切に保管しておく所存! と言い切る動物さんに、コピーでもいい! と彼らはノリノリだった。
地域限定といったけれど、確かにあのチラシはあのレンタル屋のものなので、そんなに大々的に配っているモノでもないのだ。
しかし、コピーって……そこまで欲しいチラシですか、それ。
「じゃあ、この飲み会が終わったら、コンビニにGOだな! なんなら家でスキャナーで取り込んでもいいし!」
どっちがいいかなぁと、新妻さん達はまじめに悩み始めた。
あの……そちらよりも、ほら、自然の写真の方で盛り上がっていただきたいのですが。ね。
「なんか、わたわたしてるケイくんも地味に可愛いよね。ほれ、なにをそんなに苦悩してるのかわからないけど、そろそろ炊けてきたからお鍋いこうよ」
くつくつ言い始めてきたお鍋をあけると、もわりとした湯気とともに鳥と野菜の香りが部屋に充満した。
うぉ。いいなぁ。わくわくする香りである。
「そっちもそろそろ良いから、蓋あけちゃって」
さぁ。メインの始まりだ、とにこやかに言う料理さんの指示の通り。
いったん、ルイさん鑑賞会はやめにして、お鍋のスタートなのだった。
ふぉおおお。
お酒が入るとみなさんテンションあげあげですね。
さて、イチゴリキュールのお酒は作者も好きです。でも弱いので……お酒がorz
どうしたってルイさんそのものに視線が行く中で自然の写真も見てやっていただきたいところでありますが。
さて、次話まで宴会は続きます。まだ水炊き食べてないしね!




