368.振り袖撮影回2
「相変わらず、振り袖が似合う男子……くっ。なんというキラキラっぷり」
女子としていろいろ敗北感が……といいつつ、さくらは写真を撮りまくっていた。
前の袴姿の撮影の時は、おとなしめなポーズが多かったのだけど、せっかくだからさくらちゃんいろいろ指示だししてみて、と小春さんに言われて、あれこれと指示をされつつ撮っているところだった。
いま着ている振り袖は生地が黒で、とりどりの牡丹の花があしらわれたものだ。
可愛いではないですか、と木箱からだされたときには素直にそう思った。
着たいか着たくないかでいえば、袖を通してみたい、という思いは強かった。
去年のお正月に晴れ着はきているのだけど、振り袖はなんか、節目のための装いという感じでちょっと特殊な感じがする。
もちろんそれは、女性のための装いであって、自分が着ることにはいささか思うこともあるけれど。
だって、綺麗だし。着て違和感ないし。まあいいんじゃないのと納得することにする。
レンタル衣装を男が着ることに関しては、小春さんが「クリーニングはばっちりだから、気にしなさんな」といい顔をしてくれている。ま、確かに汚れが蓄積してしまっては、レンタル屋さんとしてもダメだものね。
そういう意味では、店頭での試着とレンタルはまったくの別物ということだ。
品質管理はしっかりと。
特に、ルイ=馨という件が発覚してからは、小春さんは別に躊躇しなくてもいいよとことある毎に言ってくれる。
いちおう。ルイは試着をするようにしている子だ。サイズと体の違いというのはあるものだし、最近は気にしないで普通にお店に行ったりもしている。例の聖さんのお店ならなおさらのことだ。
でもいちおう最初のうちは、ちょっとした良心の呵責というものはあったし、コレ欲しい! って思った時だけ試着する感じにしてた。
うん。ようはルイさんが試着したものを、誰か他の人に明け渡すことに抵抗があった訳なのでした。
だって、いちおう言葉面だけ見ていただきたい「男子が試着したものを、その後別の女性が購入する」ってダメじゃん。危ないじゃん。危険な香りじゃん。
別に女子同士なら試着とか普通でしょ、とかいうのは、性別移行した人だけの話だと思う。
少なくともルイはそういう思いがあるもので、これ絶対サイズが合うだろうってものしか基本、試着はしない。似合うかなどうかなーってのは鏡の前で合わせて見るだけにとどめている。
「それじゃー、そこで振り向きざまいってみようか。表情は任せる」
ふむ。まかされてしまったら、どういうシチュエーションがいいか頭で軽く思い描く。
成人式、実のところあまり実感はないけれど、大人の仲間入りということで、それを友達と祝う感じでいけばいいだろうか。
「おぉ。いいねいいね。裾がふわっと揺れて、かわいい」
「でしょー。どうせだったら、さくらも着てみない?」
「えええ。さすがに、あたしのキャラじゃないでしょ、それ」
「そっかなぁ。普段とはちょっと違う姿を見せれば、彼だって、ドキっとするかもよ?」
あ、一般論だった、と苦笑を浮かべたところを一枚カシャリと撮られた。
「失礼なっ。まあ確かにうちの彼氏はちょっと、こう、変わってるけど……っていうか、師匠と弟子みたいな感じではあるけれど」
「だよねぇ。石倉さんったら、きっとあたしが落とそうと思えば落ちるし」
「くぅっ。蛇蝎のごとく嫌われているくせに、そんなことを言うとはっ」
「ルイ、としてはね。でもあっちなら気に入られてるし」
抱き留められたりとかもしたし、というと、ぐぬぬとさくらは悔しそうな声をもらした。
「うちの彼氏が、男好きな件について」
「そんな中でちゃんと彼女やってるんだから、すごいと思うよ」
うんうん、と生暖かい視線を向けてあげたところを、カシャリと一枚。
「それ、採用するつもり?」
「いろんな顔撮って、あとで選別すんのよ。これでも最近はちゃんと写真の勉強してるしね」
勉強ってより修行って感じだけど、という彼女はどうよーとちょっとだけ誇らしい顔をしていた。
あの感じだと、そうとう石倉さんに鍛えられてるんだろうなぁ。
いいなぁ。いちおうこっちもあいなさんとやりとりはしてるけど、教えてもらってるっていうよりは、一緒に楽しく撮ってわいわいやってるだけだ。
ううん。今度、あいなさんが撮った写真を見せてもらおうかな。青木家にいくのはちょっと抵抗がないではないけど。
「はーい、じゃーそろそろ次の衣装いっちゃっていいかな?」
「いいですよー。そこそこ撮って終わったんで」
まだまだ衣装はあるんですよね? とさくらから小春さんに質問が行く。
今回の公告に載せるのは、全部で十着。
メインにすえるのはその中の一つだけれど、いろんな衣装があるよというのも見せたいそうで、公告には他の写真も載せる。
ネット上での公開もあり。
メインをどれにするかは、仕上がってから話し合って決める予定だ。
「ちなみに着替え中の撮影は可です?」
「って、さくらなにをいいだしてんのさ!?」
うふふふ、とちょっと目を細めながらさくらが変なことを言い出した。
そりゃ、着替えしてる最中は暇だろうけどさ。
そんな間は、さっき撮ったもののチェックとかしてて欲しいわけで。
「別にいいじゃん。減るもんでもないんだし。一緒にお風呂に入った仲じゃない」
「だからといって、写真はダメっ。仲が良かった相手と撮った写真がそのあと、重荷になってしまうという現象があるという話も……」
「それ、どこのカップル話よ……幸せ満開の写真がのちのち、黒歴史になるという……」
「だから、着替え写真はダメだからね」
「ええぇ、じゃあ、ちょっとだけ。ほら、脱ぎ始めるところだけでいいから」
ほらほら、さぁさぁと言われて、はぁとため息をついた。
そりゃ、自分だって、そう言っちゃうかもしれないけど、撮られる側としてはちょっと、びくっとなってしまうのだ。
「ほんと、二人とも仲良しね」
そんな様子を微笑ましく、小春さんが次の衣装を用意しながら見つめていた。
「やっぱりさくらちゃんにお願いして正解だったわね」
「いきなり話が来た時はびっくりしましたけどね。こちらこそこんな綺麗なものを撮らせてもらって嬉しいです」
少し照れたのか、さくらは少し視線をそらしながらぽつりとそう言った。
ふーん。綺麗なもの、ねぇ。
「それって、あたしも含めて綺麗ってことでいいのかな?」
ふふんと言ってやると、うぬぅとさくらの表情が変わる。
「馬子にも衣装って感じかしらね」
そして、しれっとそんなことを言い放った。
まったく。もっと綺麗って言ってくれてもいいのに。
「ルイちゃんはモデルとしてもとても良い素材ではあるんだけど、どうしても大人しい感じになっちゃうから、振り袖の写真だとちょっとなって思ってたのよ」
「卒業式と成人式だと、雰囲気が違う方がいいって話ですか?」
「うん。そういうこと。袴のほうはちょっと大人っぽい大人しい感じのほうがむしろよかったんだけど、成人式の方は年頃の娘さんの明るさっていうか、無邪気さっていうか、そういうのが欲しかったから」
二人で掛け合いをやってくれてると自然とそんな感じになるから、ちょうどいいわ、と小春さんは言い切った。
まあ、言いたいことはとてもわかる。
成人式の写真は、お祝い、という感じというか、華々しいというか、そういう印象だ。
だからちゃんとそれらしくないといけない。友達同士でわいわいやってるような写真の方がいいわけだ。
「じゃー、こんな感じで他のも撮っていきましょう。さぁルイ。ちょっと振り袖はだけさせてみようかぁ」
「ちょ、だから、そういう撮影じゃないから、今日は!」
「ちぇっ。旅行に行ったときは、くてんくてんに言うこと聞いていろいろ撮らせてくれたのに」
あぁ、あのときの写真、かーいかったなぁ、ネットで売っちゃおうかなぁとさくらは黒い話をしはじめた。
ちょ、あれは売っちゃ駄目なやつだからっ。
「う、売れないもんっ。買い手なんて絶対つかないし」
「そんなことないってば。眠そうにおめめこしこししてるのとか、女の子座りしてとろんとしてるのとか、緩んだ表情が可愛かったし、絶対大人気よ?」
「あー、それは確かについポチってしまいそうかも」
小春さんまでもがその写真の想像をしたらしく、おいくら万円ですか? とか言い始めた。
もう、悪のりしすぎだよ、まったく。
「しょーがないな。販売とかはしちゃダメだからね」
それとあんまり脱ぎすぎなのは撮らないこと、と言い含めて少し衣類を緩めることにした。
先ほどまではしっかりと形を保っていた振り袖が少しだけ崩される。肌の露出が少し増えたところでカシャリと写真を撮られた。
これくらいなら、まあいいだろう。
そして帯を外して、振り袖を脱ぐ。しわにならないように小春さんに渡したところでカシャリと一枚シャッター音が鳴った。
「ちょ、長襦袢姿はさすがにダメでしょ! 下着姿撮ってるようなもんじゃん」
「それだけ露出がないなら良くない?」
「よくない。っていうかさくらは被写体選びにロマンがないよ! 脱ぎかけがいいんじゃないのさ」
「ええぇ。ルイからそんな台詞がでるとはっ……明日ヒョウかアラレでも降るのかしら」
ああ、コンペイトウでも降ってこないかなぁーと言われても、いまいち何のことなのかわからなかった。
別に普通のことじゃない? 脱ぎかけがいちばん色っぽく撮れるし、うなじのラインがちょっと大胆に見えたりするのがいいのであって、いきなりばーんとか裸体をさらされても、はぁ、そうですか、になってしまうよ。
「そもそも、春の旅行の時だって、もーちょっとこうさ、脱ぐにしても躊躇したり恥じらいをもってくれれば感じるところもあったかもしれないのに、二人ともばーんとか脱ぎ始めるから、こっちはもうなんも感じなかったというか」
普通にお風呂だったじゃんというと、いや、まぁとさくらが視線をそらした。
「わざわざルイ相手にサービスする必要がないでしょうが。それに女子同士って感覚だったからああだったわけで、木戸くん相手なら一緒に風呂などはいらんデス」
「はいらんデスよね……よっと」
小春さんに渡された新しい振り袖に袖を通す。今度は、緋色ベースのものでサクラの花があしらってあるものだった。先ほどのものとはまたがらりと印象が変わる。
「長襦袢とかは脱ぐ必要はないわけね……」
「まあ、そうなるね。どのみち他の振り袖にも着替えるし、わざわざ中まで換えないで行く感じで」
「時間も無いし、今回は白でいく感じで。いちおう柄物もあるし、ちょっと覗いたりするからそこまで合わせてもいいんだけどね」
あんまり拘束するのも悪いので、そこまではさせられないと小春さんは苦笑を浮かべた。
さすがに十着は多いかなとでも思ってるのかも知れない。
ホントなら、柄付きの長襦袢とかでそれぞれ合わせたいとか思ってたのかもね。
「本番は、そこらへんも合わせてコーディネイトしてあげるからね。さくらちゃんもご希望なら格安でレンタルしてあげるから」
「って、あたしは本番は着るつもりないんですが……」
「……おやまぁ」
「おやまぁじゃないですよ。あたし一応男子なんですって。成人式はスーツでびしっと行くんですってば」
「あー、なんか幻聴が聞こえるなぁ。疲れてるのかなぁあたし」
結構真剣に答えたというのにさくらの反応は大概にひどいものだった。
「そもそもルイ。あんたスーツとかもってんの? ウエストとか大丈夫なの? 子供用? ねぇ」
「ひどっ。持ってます-。大学の入学式で着たし。それ使えばいいし……」
言いつつ、ちょっと視線が泳いだ。赤城に滅茶苦茶爆笑されたのを思い出したせいだ。
似合わねー、まじ似合わねーと爆笑されたのだ。
「私としては是非ルイちゃんには振り袖きて成人式に出て欲しいものだけど……」
自分は男子だとか、変なこと言ってるなら仕方ないかしら、と小春さんまでひどいことを言い始めた。
えっと、小春さん。小さいころから木戸馨のことを知ってますよね? 髪切りに言ったときに家にいましたよね?
それと、司さん。どうしてそんなに離れたところでにこやかにこちらの様子を見ているのですか。フォローしてやってくださいよ、もう。
「ま、どうせあんたのことだから、なし崩し的に当日は振り袖になったりするのだろうし、撮影、いきましょっか」
「うぅ。今日いっぱい着るから当日着たいなんていわないもん……」
くすん、と帯しめが完了したところで言ってあげると、さくらはカシャリと撮影をして、しょんぼり顔いただきましたーと、ドヤ顔をしたのだった。
はぁ。モデルをやるのも本当に大変である。
すっかり女子会の空気になってまいりました。
いやぁ、ちょいと振り袖とか調べたけど、あでやかで可愛くて、もーいいですね!
成人式でてない身としては、ああぁー綺麗やなぁーとしみじみ見入ってしまいました。
成人式当日の話はすでにもう、そこそこ下書きができていたりするので、展開は決まっているのですが、まあ内緒ということで。ちなみに、ルイと、さくら&エレナは市が違うので、別会場になってしまいます。
さぁ。次話ですが。長谷川先生につれられて、「掲示板回」の面々とオフ会をする予定です。
そして作者さんは、ちょいと規則正しい生活をしようと決めました。お酒……へらさんと。まじで。




