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367.振り袖撮影回1

「ふむ」

 彼の部屋で、パソコンとにらめっこをしていると、目が少しちかちかした。

 現在あたしが何をしているか、と言えば、写真のお勉強会というやつなのだった。

 彼とつきあい始めてから、割と頻繁に開催されてる個人レッスンとでもいえばいいのだろうか。

 ちなみに、彼は彼で自分のパソコンを使っているので、これは持ち込んだ自前のものである。


 さて。じゃあパソコンでなにをやっているの、といわれると、まあ、その。

 石倉さんが撮った写真のデータをほいとわたされて、それ、選別しろって。

 今時のカメラはもちろん連写もするわけで、撮ったものすべてが採用されるということはない。

 そんなわけで、選別眼を養うために、没写真と、いまいちなのと、まあまあなのと、とてもいいものを選別する作業をしているのだ。


 自分で撮ったのをサンプルとして使わないのは……まあ、写真の出来にむらがあって、選別しやすいからだ。

 石倉さんクラスのなら、ほとんど没もなし。均一な仕上がりの写真ばかりで、正直これをどう見分けろっていうねんというくらいのものがたんまりなのだった。


 いちおう、あからさまに没だなってのはわかる。彼でもこういう失敗するんだなぁなんて思いながら没フォルダにいれていくわけだけど、そこからが大変だ。

 正直、人を中心に撮ってきてるあたしとしては、この作業は相手任せにしていたところが多々ある。

 レイヤーさんはたいてい十枚撮ったら十枚全部データくださいっていってくるし、いいのだけくださいなんていうことを言う人はほとんどいないのだ。


 ルイのやつは、この選別の作業を割とばばっとできたりするらしい。風景の写真を撮ってそこから良いものを選んでサイトに載せているのあるし、個人で仕事もらったりもしてるみたいだから、選別まで含めて納品しているというのだ。まあ、結婚式のとかは没作品を除いただけということもあったようだけど。

 ルイ(あいつ)にできるならお前にもできるよな、というわけで、最近の石倉さんは集中的にそこらへんを鍛えてくれているのだった。

 天才に勝つためには、なんでもやらねぇとな、くそ、がここのところの石倉さんの口癖である。

 先日あいな先輩に、なんかの賞で負けたのが悔しいらしく、あたしにも、ルイにはぜってぇまけんなと言ってくるのだ。


 うーむ。石倉さんの写真も相当なんだけどな。

 特に、パネルの男性の写真たちは、いい顔をしていて普通に嫉妬をするできあがりだ。

 ルイのやつ、あの人の家にいったらどんびくかもよ? といってたけど、まーそれだけ極めてるのなら、いいことだと思う。そりゃ男性ばっかりに特化してるわけだけど、良いものは良いので、どんびいたりはしない。

 あたしが彼女でいいのか、という疑問はあるけれど。


「ふあ? メール?」

 そんな選別作業をしていたら、メールの着信を知らせるアラームが鳴った。

 かちりとそれを開いてみると。

「はい!?」

 そこに載っていた文面に、ちょっとだけわたわたしてしまった。


「あん? どうした?」

「えと……その、名指しで依頼がきちゃって」

 石倉さんがパソコンから目を上げてこちらに視線を向けてくる。

 素直に、今起きたことを話した。


「で? どうしてそんなに慌ててるんだ? そんなん当たり前だろ」

 カメラマンが依頼されるなんて普通のことだと言い張る石倉さんはなんもわかってないと思う。

 こちとらそんなの、初めてだし、どういう経路の仕事なのかもさっぱりだ。

 まあ、錯乱さんって書いてあるから、コス関係なのだろうけど。

 

「で、でもー、こうやって依頼受けるの初めてで、その、受けちゃっていいのかどうか」

 自分にそこまでのスキルがあるかどうか、というところが特に不安になる。

  

 そんなこちらの心情をやっと把握してくれたのか、石倉さんは頭をがしがし掻きながら、言ったのだった。

「お前まだ駆け出しなんだし、依頼がくるならどんどん受けりゃいいんだよ。その経験がお前をもっとよくしてくれるしな」

 打倒ルイなんだし、やれることはやれよ、と背中を押されてしまったのなら、まあ。

 了承の返事を出す以外に道はないのだった。



 さて。

 なんというか、久しぶりに町の撮影をしてるなぁ、と思いつつ、町をぶらぶらしているルイさんです。

 どーもどーも。

 なんて、言っている暇はなくて。

 本日は、若宮さんの仕事依頼で町に繰り出している。

 そう。成人式に着るための振り袖の写真撮影である。あ、ルイさんが当日着るため、ではなく、レンタル促進のための追加広告用のためのもの。


 ではなんで町でぶらぶらしているかといえば、なかなかにそこに行く気がでないからだった。

 だって、ルイさん写真撮る側で、撮られる側ではないじゃない? それなのに振り袖のモデルってどーよって感じで。

 そりゃ、三年前はばたばたと袴姿の撮影をやってしまったけれど、今回のはどうなのだろうかと思ったりもするのだった。

 待ち合わせの時間まではあともうちょっと。

 さすがに遅刻をするわけにはいかないわけだけど、覚悟完了するためにはちょっとの時間が必要なのである。


「振り袖着ること自体は……まあ楽しそうかなとは思うんだけど」

 うむぅ。晴れ着というものは綺麗だし、カラフルだし、あでやかだし、いまさら女装がどうだとかいうつもりはないし、いう資格もない。いまさら何言ってんの? とか呆れられるだろう。

 むしろ着てみたいけど、撮られるの前提となると二の足を踏んでしまうところがある。


「というか以前の時は司さんも含めてひどいテンションだったしなぁ」

 二度目の振り袖撮影回は、美容院にいった時だった。その時に小春さんも司さんもルイ=馨というのを知って、あのときもそうとう、アレを着てみようコレを着てみようとハイテンションだったのだ。

 あのやりとりをやった上で今回の撮影を企画しているわけなのだけど、どれくらいの衣装があって、スタッフがどうなってるのかというのは詳しくは聞いていない。

 さすがにあんまり大所帯にはしないとは思うけどね。ルイの正体については内緒にしてねとお願いしてあるし。


「いくっきゃないかぁ」

 少しだけ重い腰をあげつつ、小春さんがやっている和服レンタルやに足を運ぶ。

 もう何度か来ているのでさすがに迷うようなことはない。

 小春さんのお店は商店街の一区画にあって、入り口の所にはもちろん和服が展示されていて華やかだ。

 ガラス張りになっていて、外からもここは和服を扱ってますというのがよくわかる。


「こんにちはー、小春さんいますかー?」

「あ」

 待ち合わせ場所である小春さんの店に入ると、その店頭にはなぜか見知った顔があった。

 カメラを首からつったその姿は、あまりにも馴染み深いそれだ。


「さくら!? どうしてここに?」

「それ、あたしの台詞! って、ルイがいるってことはダブルブッキングとかか……」

 あー、どうせこんなことだと思ってたわよ、とさくらはなぜか遠い目をしていた。

 はて。どういうことだろうか。


「あ、ルイちゃん、いらっしゃーい。それとさくらちゃんも依頼受けてくれてありがとねー。今日は撮影期待してます」

「え? ルイに頼んだんじゃないんですか?」

「ん? どうしてそういう話に?」

 小春さんが首をかしげて、へ? という顔をしている。

 ちょっとお互いに勘違いがあるようだ。


「残念ながら、本当に不本意ながら、本日、あたしはモデルのほうなのです」

「……まじで?」

「ほら、前に話したことあったじゃん。和装のモデルやったってさ」

 むしろその後、振り袖で一緒に初詣行ったよね? と話をすると、ああああ、とさくらがなにか合点がいったというような声を上げた。


「それで、あたしを名指しで仕事が来たのか……」

 うぅ。ルイつながりだったか、と少しだけしょんぼりした声が漏れた。

 はて。別にそこはそんなに落ち込むところではないと思うのだけど。

 まだ我々は看板を出していないのだし、貰える仕事はなんであってもやりこなすだけだと思う。


「もう、ルイちゃんったら。着替え始めちゃうと、はわーって大喜びなくせにモデルやるの渋るんだもんなぁ。もう覚悟して撮られてくださいな」

「ええぇ、だってあくまでこちらは撮る側ですもん。まあ今回のカメラやるのがさくらなのはちょっと安心ですけど」

「安心? 安心ってどういう意味で?」

「両方の意味で、ね? 腕のほどはしっかりとしてるし、その……ね。やっぱり男の人の前とかで着替えるよりは、女の子の前の方が安心じゃない?」

「こいつ……さらに乙女ちっくになっていやがる」

 にこりと言ってあげると、さくらがなぜかげんなりしたような声を漏らした。

 いちおう、店頭には他のスタッフさんもいたので言葉を濁しただけである。

 本音を言えば、事情を知っている人間が撮ってくれた方が安心というのが一番だ。ローアングルから狙うなんてことは絶対にしないだろうしね。


「あー、でも司は毛の提供で参加するんで、そこは許してね」

 出来れば女子会ムードで行きたいところだけど、すまぬと小春さんがさっきの発言を受けて、謝ってきた。

「毛の提供っていう言い方はさすがにちょっと。ああ、それと司さんならいいですよ。男だと思ってないので」

 なんなら、司さんも女装すれば女の子同士ですね? とさわやかに言ってあげると、ないわー、と小春さんがあきれ顔をしていた。

 うーん。いちおう司さんだって線は細い方だし、女装させようと思えばできると思うんだけどな。


「ああ、もしかして振り袖に合わせてウィッグも多種多彩な感じですか?」

「ええ。もちろんそのつもり。成人式用だからけっこう盛ったりもするからね」

 覚悟するんよ! と言われて少しだけびくりとなった。

 うええ。ノーマルウィッグならショートでもロングでもなんでもいいんだけど、盛り毛は初めてだ。


「あはは。ルイったら普段おとなしめな服の方が多いもんね。髪の毛盛るとか初めてなんじゃない?」

 せっかくいろいろいじれるんだから、楽しめばいいのにとさくらにまで言われてしまった。

「でも、晴れ着とかならまだしも、日頃髪の毛盛るタイプじゃないよ、あたし」

「うん、知ってる」

 さくらが掌を返したようににこやかに答えた。

 ああ、なんかこういうやりとり久しぶりだなぁなんてちょっと懐かしく思ってしまった。

 最近のさくらは、彼氏ができた影響で一緒に撮影に行く頻度もかなり減ったのだ。


 男ができたら、女は変わるものだ、とかいうけど、さくらさんもそれなのだろうか。

 それをつっこむと、ルイだってきっと、好きな男でもできればわかるわよ、とかいう反撃が来そうだからこそこそしておこうと思う。今は恋愛のことはあまり考えられないのである。


「さて。それじゃ奥座敷にいこっか。今日はいろいろ撮るものあるから、忙しくなるし」

 はい、お着替えしましょうかー、とさわやかな笑顔でいう小春さんを前に、お手柔らかにお願いシマスと、弱々しくいうことしか、その時のルイにはできなかったのだった。

撮影本編までいこうと思っていたけど、無理でした! 休日出勤さえなければ……

ま、まあとりあえず導入までです。

彼氏の家で、甘い時間を過ごしていないさくらさんですが、絶賛修行中です。かれかのっていうより、師弟だよねこれ。

そしてルイさんは久しぶりのモデルにちょいきょどりぎみです。

どうせ服を前にしたらはしゃぐのだろうけどね、この子ったら。お正月の時も晴れ着をきこなしてたし。


さて。次話では振り袖の撮影回です。ルイさんが七変化ですよ。振り袖の写真をとりあえずネットでみて気に入った柄を探さねばなりませぬ。というか、成人式用のアイテムをいろいろ調べないと。(作者さん成人式にいってない系なので)

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