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365.イケメンモードといづもさん1

さぁイケメンモード解禁です。あいてはいづもさんなので、ちょぴっとGID系のネタになります。

「やだ、なんかすっごい可愛い子なんだけど」

「すっご。髪とかさらっさらだし。芸能人かな。声かけちゃおっかなぁ」

 大学が始まって少しした木曜日。

 

 待ち合わせ場所でちょこんとしていると、周りを通り過ぎるおねーさん方がひそひそとささやいているのが嫌でも耳に入った。

 まあ、そりゃ……今日の服装を思えばそんな意見がでるのもわからないでもないのだけど……

 ああ、もう。どうしてこんな格好をしなければならないのだろうか。


 今日の木戸は、いわゆるイケメンモードである。

 髪型もばっちり固めているし、眼鏡も薄めでフレームも半分というアレだ。

 この格好は芸能記者さん達からも割と好評だったし、そこそこ目を引くらしい。

 さすがは崎ちゃんプロデュースだ、とは思うけれど、すみっこ暮らしを基本としている木戸としてはあまりやりたくない服装である。


 では、なんでこんな格好で町中にいるのかといわれれば、数週前にいづもさんに、今日デートしよう! お願い。助けて、ヘルプです、へんにゃりと言われていたからだった。

 曰く、その日は絶対に落ち込んでガタガタになってるだろう。

 下手するとやけ酒しちゃうかもしれない、ということで、ちょうど午後の講義も一コマしかとっていなかったので、三時から合流することになったのである。

 別にやけ酒はいいのだけど、翌日のケーキがガタガタになるのは、乙女たちがへんにゃりするので、それもあわせて仕方なく引き受けたのである。


 正直、外で着替えるのがすっごい面倒だった。女装にかえるならそこまででもないのだけど、こっちだと気分的に盛り上がらないし、本当に面倒くさい。

 でも、あのいづもさんがそこまで弱るほどの事態とは一体なんなのだろう。

 

「おまたせー! おぉ、これがあのイケメンモードなのねー」

「……えっと、いづもさん? へんにゃりしてるからとか言ってませんでしたっけ?」

 待ち合わせ場所に到着したいづもさんは、いちおうめかし込んできたようで、店内でコックコート姿しか見ていない身としてはなかなかに新鮮なものだった。

 普通に町中を歩いているとおねーさんという感じに映る。

 そりゃ、ところどころごついなぁと思わなくもないけど、普通の人がみたならそこまでの違和感はないだろう。


 でも、そっちよりも大切な点が一つ。

 本日のいづもさんったら、なぜか元気なのである。

 絶対、ぼそーっと背後から小さく声をかけるものだと思っていたのに、この明るさといったらなんなのだろう。


「木戸くんに会ったら、気分がぱーっと明るくなってー」

「いやいや、さすがにイケメンモードでそんな癒やされても困りますって」

「まー、冗談。メールではあんなに悲壮な感じで書いちゃったけど、その……じつは、あんまりへこまなかったのよ」

「……帰っていいですか?」

 こちとら、あのメールのしょんぼりっぷりに、妥協してイケメンモードをしてきているのである。

 それを。元気にご登場、だと?


「んーま、荷物あるなら、女装でもいいわってくらいかな。イケメンと一緒だと確かに癒やされるから、もちろんこのまま推奨!」

「んぅ。着替えは持ってきてないです。一日イケメンモード推奨って書いてましたし」

 まったくもう、どうしてこうなっちゃいましたか、と膨れておく。


 いちおう無駄だろうけど、言っておこう。木戸としては「男装が嫌なんじゃない、目立つ格好が嫌なんだ」と。

 女装じゃないと嫌……なんて、こと、はないんだ! ないの!

 ただ、このイケメンモードだけは、ちょっと、頑張らないと維持ができないのである。それが非常に疲れる。


「じゃあ、せっかくだから、このままで行きましょ。イケメンを侍らせて歩く、なんて滅多にないんだから」

「はいはい。わかりましたよ。でも、なにがあったんですか?」

 もしかして、従業員がまた妊娠したとか? といってやるとふるふると首を横にふられてしまった。

 愛さんはすでに今年の春先に無事に出産していて、初めての育児にてんやわんやしているらしい。

 あのときのいづもさんは、かなりのダメージを負っていたように思う。


「今雇ってる子は、ちーちゃんも含めて妊娠の兆候はなし。元気に働いていただいています」

「……さすがに、青木にそんな甲斐性があるとは思えない件について」

 今のシフォレのウェイトレスさんは愛さんが抜けた穴にちーちゃんが入っている状態だ。

 フルで出れるわけではないのもあって、確か全部で四人くらいでシフトを組んで回している状態だということで。

 そのどれもに妊娠の兆候がないのは、みなさんまだまだ若いから、なのだと思う。

 思うのだけど……青木がお父さんになるっていう姿が、まだ全然想像できない自分がいる。

 まあ、千歳相手だとできはしない訳なのだけど。


「ちーちゃんの彼氏って、木戸くんと知り合いなんだっけ?」

「知り合いっていうか、腐れ縁っていうか。まあ今はあまり連絡とってませんけど、アホな男友達ですね」

 でも、千歳の話を聞く限りだと、優しくて素敵、らしいですがと肩をすくめておく。

 そんなしぐさに、へぇといづもさんは興味深そうな声を上げた。


「なんか意外ね。いつもお店に来るときの様子を見てる限りだと、日常で男同士で友達がいるっていうのがなんか新鮮」

「そりゃ、俺だって日常は男子なんですからね? 今みたいな感じじゃなくてモブ感全開ですけど」

 男友達くらいは居ますよ、もう、と言うと、だってあなた、女装友達ばっかりじゃないと言われてしまった。

 うぐ。確かに反論はできない。


「って、その話じゃなくてですね。いづもさんはなんでダメージがって思ったんですか?」

 あ、それとも喫茶店とか入って話します? と言うと、立ち話もなにかなぁといづもさんも頷いてくれた。

 出会い頭にいろいろ話をしてしまったけれど、待ち合わせ場所でずーっと話をしているのもさすがにちょっと、である。

 近場のベンチに座ってもいいのだけどね。


「それじゃ、いづもねーさんご推奨のお店にお連れしましょう」

 どーせ木戸くんのことだから、ファーストフードとかになりそうだし、といわれると、もちろん返す言葉はないわけで。

 あのスイーツを出しているいづもさんのご推奨ということなら、期待も大きいというものである。


「……コーヒーセットで四桁、だと」

 彼女の後ろについて歩くことものの数分。こちらがおすすめなお店です、と彼女が言い張るのは、なんちゃら珈琲店と、ちょっとかっこいい文字で書かれた看板のあるお店だった。

 お店のイメージはオシャレで、物静かな感じといえばいいだろうか。

 ファーストフードだとガラス張りで、中が見放題だけれど、ここはちゃんと外壁があって、中の様子をうかがうことはできない。


「まーうちでこの価格帯で出したら、お客様から大ひんしゅくね。でも、たまに美味しい珈琲飲みたくなったときにくる感じ」

 それに、雰囲気もいいから、入ろうか? と言われて恐る恐る店内に侵入。

 シフォレもオシャレで可愛い店内だけれど、こちらのほうがよりシックな感じ。飴色の木で作られた店内は純喫茶と言われてもわかるような伝統を思わせる。それでいて新しい今時のスタイルというのかな。そういうのも感じさせてくれるのだから、その……一言でいえば、お店がかっけー! なのだった。


「ここ、撮影オッケーですか?」

「やめたげて。みんな落ち着いた雰囲気を求めてここに来てるので」

 休みの日とかに交渉するならありかもだけどそれは別でやってください、といわれて、しぶしぶはーいと返事をした。

 ううぅ。ここを舞台にしてなにかエレナと作品撮れたら楽しそうだなとちょっと思ってしまったのである。


「いちおう、ほら、あの価格設定は、ふるいの意味合いもあるのよ。ビジネスマンとかそこそこ稼いでる大人じゃないとほいほい入れないから、店が徹底的に静かなの」

 たまに、ママ友が集まって話をしてることもあるけど、レアケースね、といづもさんは言い切った。

 うーん。確かにおしゃべりをする、というのであれば、このお店はちょっとハードル高いかもしれない。お値段的にも普段使いは厳しそうだ。


「そこでこそこそ話をする、というわけですね」

「そうね。ま、席と席の間もけっこう空いてるから、大声で話さなければ特別問題はなしよ」

 さぁどうぞ、と席をすすめられて、そちらに腰を下ろす。

 おぉ。椅子のクッションもかなりきいていて、ふかふかだった。

 

「さて。注文すませてからお話しましょっか」

 さぁ。どうぞ、とメニューを渡されて、むむむと少しうめき声が出てしまう。

 珈琲とケーキのセットで四桁なのだ。この価格帯にはさすがにためらいが出てしまう。

「遠慮しないで好きなもの注文してね。普段うちで出してないのとかもあるし」

「じゃ、シフォンケーキのセットで」

 いちおう今日の経費は全部いづもさんもち、ということなのでそれもあって躊躇していたのだけれど、とりあえず本日のおすすめ! と書かれているものを選んでみることにした。

 シフォンケーキはふわふわで美味しいし、珈琲にも合うだろう。


「んじゃ、わたしも同じくそれにしておこうかな」

 うちはサクサク系が多いから、ふわふわ系もたまには食べたくなるのよねー、なんていいつつ、店員さんにオーダーを通す。

 従業員さんもしっかりと教育を受けているようで、動きがとても洗練されていて美しかった。

 執事喫茶もかくやという勢いである。


「さて。出てくるまでに時間があるから、さっそく今日なにがあったのか、教えちゃおうかな」

「是非。けろっとしてる理由も含めてお伺いしたい」

 お冷やに手を伸ばしつつ、しれっと言うと、わかりましたよーと彼女は弱々しい声をあげた。 


「あのね……実は健康診断が、あったの。今日の午前にね」

 ほら、うち、今日お休みだし、覚悟を決めて行ってきたの、といういづもさんは、苦笑まじりである。

 よっぽど断腸の思いで行ってきたということなのだろう。


「あー、体重が増えていて、それでげんなりーというパターンですね、乙女ですね」

 しらーっと、そんな台詞を言ってあげると、そうじゃないからっ、といづもさんが釣り針にひっかかってくれた。

 いやぁ、健康診断といったら、体重でドキっ、が女子の定番だと思うものだけれど。


「うち、開店してからいちおう真面目に健康診断はみんな受けるようにさせてるのね。飲食店で真面目にやってるところってそう多くないっていうけど、まあ、うちの主治医のお達しってやつで」

「ちゃんと健康管理しなさいって、あの人なら言いそうですね」

「そうなの。だから、店長である自分も受けなきゃなわけだけど……」

「去年も受けてたのなら、別にいいのではないですか?」

 はて。シフォレができてからもう三年も経っているわけで、当然去年も健康診断は受けているはずなのである。

 それなのに今年だけダメっていうのはよくわからない。


「あー、わたし今年で35歳なの。この歳の意味がわかるかしら?」

「えっと、アラフォーって呼ばれる?」

「……ひどい。木戸くんが地味にひどい。なんかさっきの検診以上に、今の一言でHPがごりごり削られたわ」

「ご、ごめん。でも、いづもさん見た目若いからいいじゃないですか」

 ほらほら、まだまだイケル! とフォローすると、へんにゃりした彼女は少しだけ元気になってくれたようだった。


「で? 35歳がどうしたんですか?」

 いまいち、その年齢の意味がわからない木戸はそのまま問いかける。

 適齢期を過ぎているとか、そろそろ結婚を諦めはじめる年齢とか、そういう話でもないのだろうし。

「成人病検診が始まる歳、なのよ」

 はぁ、とため息交じりに言ったいづもさんの台詞に首をかしげる。

 人間ドックとか言われるあれのことなんだろうか。


「まだ若い木戸くんに、かるーく説明しておくとね。若いうちは普通の健康診断だけなの。採血と尿検査と、身長体重、視力聴力と肺のレントゲンくらいね。あっさり終わるわけ」

「あー、大学ではさらにあっさりでしたね」

 春先に受けた検査を思い出すと、採血がなかったような気がする。


「若いうちはそれでよくても、35を過ぎると、それに加えていろんな検査がばーっと増えるのよね」

 ああ、胃の検査つらかった……と、いづもさんは遠い目をしていた。

 どう検査項目が増えたかわからないけれど、わりとダメージが大きい検査が多いらしい。


「でも、それと、かならず落ち込むだろうってのがよくわからないのですが?」

「それはほら、女子の場合は成人病婦人科検診になるから、なのよ」

「ええと、男女で検査項目違うんですか?」

「うん。いちおーわたし、戸籍も変えてるし、婦人科検診扱いになる……んだけど」

 正直、どうなっちゃうのかちょーびくびくだったわけよ、とはぁとため息。

 想像するに、女性ならではの病気を検査するということなのだろうけど、肉体的に女性か? というような状態のいづもさんとしては、げんなりするものなのかもしれない。


「おっぱい周りは別にいいのよ。シリコンいれてるわけでもないし、そりゃあちょっと違うかもだけど、人の数だけおっぱいというものは存在するのだから、気にしないようにしてる。でも下のほうはどうしようもないじゃない?」

「あー、工事済みでも、普通とは……か」

 そう言われてみると、確かにいづもさんのそれは、普通の女性とは異なるのだろう。

 検診をすれば、それを思い切りつきつけられて、傷つくはず、ということなわけだ。


「いちおう、わたし自身が事業主だから、結果はうちに送られておしまいだから、そこらへんは勤め人よりは気楽でいいんだけど、検査の間にいろいろと変な目で見られるんじゃないかって、心配だったの。さすがに婦人科検診で、性別変えてますって言わないのも、正確なデータが取れないだろうし」

 去年までは、別にそういう話してなかったんだけどね、といづもさんは遠い目をした。

 若いっていいわぁと。


「でも、けろっとしてますよね? 案外大丈夫だったってことですか?」

「んー、まぁ、そうね。あっちの対応もまあよかったし、こっちも思ってたほどダメージなかったのよ。昔だったらもっとぐったりしてただろうけど、段々、諦めも混じってるのかもね」

 諦観というやつですよ、といづもさんはおどけながら言った。


「逆に、検査する側の方がちょっとかまえちゃった感じだったかな。どう配慮すればいいのかなーとか、あんまり下手なことをいうと刺激するかもーとか、そんな感じね。一昔前なら、はぁ? なに堂々とこんなところにきてんの? カスがっ、みたいなノリだったんだろうけど、時代も変わるものよね」

「いや、カスがっ、はさすがにないんじゃないですか?」

 それは言い過ぎですって、と苦笑をすると、あら、でもあながち間違いじゃないと思うけど、と病院ぎらいのいづもさんはしれっと言い切った。ひどい時代もあったものである。


「そういえば、昔、マンモがどうのーって話聞いたことありますけど、痛くなかったですか?」

「あー、いちおう三十代のうちは触診とエコーの方がいいっていわれたのよね。乳腺が発達してるからって。でもホル胸でどの程度発達してるのかは……」

 ああ、つくづく、異形感が……といづもさんはいまさらへんにゃりしていた。


「ま、まぁ、そんなわけで。イケメンになぐさめてもらおうって思って呼び出したわけなのでした。今日は夜までしっかり付き合ってもらうから、覚悟してね」

「はいはい、了解でございますよ。いちおうバイトもない日なので、俺で良ければエスコートさせていただきます」

 ちょうどそんな話をしていたところで、珈琲とシフォンケーキがサーブされた。

 ふわりと湯気をたてる珈琲は、普段なかなかお目にかかれないほど芳醇な香りを放っていた。さすがは四桁である。


「じゃ、どこにいくのかも合わせて、珈琲をいただきながら語らいましょうか」

 ぱーっと嫌なこと忘れて、デートなのです、といういづもさんの表情がどこか可愛くて、とりあえずカシャリと一枚だけ写真を撮らせていただいた。

 当初の予定とは少し違うけれど、まあこれはこれで。普段シフォレのケーキにお世話になっている身としては付き合ってあげよう。そんな風に思いながらシフォンケーキをいただきはじめた。

作者も先日健康診断にいってきましてね。それで、あ、35歳っていうといづもさんいまじゃない!? みたいになって、せっかくだからネタにしようということで、即興で書き上げました。

乳がん、子宮がん検診が追加でつく、ということですが、工事済みの場合は検査どうすんだろうね? っていう疑問がついてまわるわけであります。そもそも子宮頸がなかろうし……。まあトラブルなくみなさまが検診をうけられることを祈りつつ。


はい。次話では、いづもさんと町中デートです。プラン? え、ノープランですよまだ(苦笑)

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