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364.写真写りの悪い娘さん2

 事務所の一室には紅茶の湯気がふわりと香っていた。

 あやめさんに煎れてもらった紅茶はしっかりとした味がでていて、アップルパイで甘くなった口をリフレッシュしてくれる。

 

 さて。シュークリームをはむついている加世子ちゃんはというと。

 ひとくちぱくりとしただけで、え? と不思議そうな顔を浮かべていた。

 まあ、そーなるでしょうとも。そんな美味しいものを食べさせられればね。まあそれ以外の理由ももちろん知ってるけど。


 そんな姿を横目にみつつも、あやめさんもアップルパイをフォークでつついて口に入れる。うまぁとほっぺたをとろけさせている姿は二十代のはずなのだけど、まだ若い娘さんのようである。そして紅茶ものみつつ完全なリラックスモードだ。まったく。演技はしてってお願いしたけど、それ素だよね。ほんともう。


「珠理ちゃんからうんまいよぅと聞いてたけど……もう、犯罪的なおいしさねこれ。都内でもこれほどのところってそうはお目にかかれないよー」

 あー、あたしも時間できたらお店いこうかなぁとあやめさんが本格的に悩み始める。そして悩みながらもパイを口にいれて頬をほころばせる。


 その姿にさすがに興味をそそられたのか加世子ちゃんも、いったんシュークリームはおいて、今度はアップルパイのほうに手をつける。

 シュークリームで驚いていたけれど、こちらの方はどうだろうか。

 あの結婚式でもでていたアップルパイは、いづもさんの得意メニューの一つなのである。


「ふわっ、さっくさく……」

「でしょー。シフォレのパイものはおすすめなのです。とりあえず紅茶もほら」

 甘さにちょうどいいよーとすすめると、カップを両手でもってすするように口をつける。かわいい。

 その姿をとりあえず一枚押さえる。


「かわえーですなぁ。あむっとしながらこっちに視線くださいなー」

 ほわんとしたまま、されるがままに写されてくれる。ふんわりした顔は女の子らしくてかわいらしい。

 年齢が若いのもあるのだろうけど、普通にかわいい子なのである。芸能人目指しちゃうくらいには。


 そして、半分残してあったシュークリームに再び手を伸ばした。こぼれでて口の脇についたクリームを指でぬぐって口に入れる。そこっ。これっ。よっしゃ。


「はわん。やっぱりケーキ食べてるときの写真はいいっ。もーいづもさんには頭あがんないなぁ」

 やっぱ持つべきものは優秀なパティシエール様ですと呟きつつ、写った画像をチェックしてにんまりとする。

 そこにはしっかりとぶれずにスイーツをほおばってる少女の姿が写し出されていたのである。


 さっそくこれを見てもらうためにも、食後の紅茶をいただいている加世子ちゃんにタブレットに移した写真を差し出す。大画面で見ても十分くっきりしたものが撮れている。

「えと、さっき撮ってたんですか?」

「あら。音は出てたはずだけど」

 それも気づかないくらい夢中になって食べていたのかな? と含み笑いをしてあげると、もぅ、意地悪ですーと加世子ちゃんは頬を膨らませた。


「それで、これ、あの結婚式のときのケーキと同じですか?」

「うん。おいしいっしょ?」

 写真をちらちら表示させながら、彼女の反応を伺う。

 そして、あやめさんもそれをのぞき込んだ。


「あらっ。ちゃんと撮れてるじゃない。ケーキ食べると撮れるってこと?」

 それなら今後も撮影前にスイーツ食べてから臨めばいいんじゃないの? とあやめさんがすっごくお手軽なことを言ってくださる。

「どうせまた撮れなくなりますよ。たぶんあと半日。いや、三時間後でもいいや。撮影すると前と同じのになる」

 なかば投げやりに、はぁとため息をつきながら、ちゅーと少し冷めた紅茶の残りをすする。


「はぁ!? どういうこと?」

「どういう……ことなんですか? また撮れなくなる……って」

 うーん、と愕然とする加世子ちゃんを前にしながらルイは予想通りという反応を返す。

 あやめさんも素っ頓狂な声を上げていた。クールビューティーだというのにそんな同性同士のテンションで驚かれてもこまる。


「ネタばらししちゃうとね。あたしも、そして君の写真をきちんと撮ったあのときの馨もね。偶然撮れただけなのさ」

「は? あのときって……知ってるんですか!? あの私を撮ってくれた人のこと」

「知ってる……人。愚痴られて、それで受験の間の息抜きに結婚式の撮影は良かったって喜んでた」

 馨の名前を出すのはどうなのかと思いつつ、身を乗り出す加世子ちゃんに苦笑気味に答える。

 あいつも、あたしと同じく写真馬鹿なんだよねぇ、と言ってあげると、おいおいとあやめさんが苦笑いをしていた。

 まあ、同一人物ですしね。


「でもね。たぶん彼でも今のあなたをきちんと撮れないよ? 彼が特別だったわけじゃない。全部偶然が重なって撮れただけだって話」

 あれは、スナップだからこそ撮れた作品だ。たぶん本人が「撮られる覚悟」を持って撮った写真であったら、どれもぶれる。彼女は無意識にカメラに写るのを嫌がっている。


 あのとき上手くいったのは、結婚式の雰囲気とシフォレのお菓子。

 お菓子に心を奪われていて、無意識なところすらふわんとしてしまった結果だろう。

 そんな空気だったから、撮ってくださいなと、ちょっととろんとした顔で申し出て来たのだと思う。


「これ、見て欲しいんだけどね」

 タブレットを開いて、彼女に挨拶するまえに、望遠でねらった写真を見せる。

 これが、先日あやめさんに頼んだ誘導(、、)の目的だ。

 彼女を窓際に連れてこさせて、隣のビルからその姿を撮ったのである。

 ほとんど向かいの棟からの窓越しに撮るようなスキャンダル写真なのだが、それでも彼女がぶれるようなことはまったくない。望遠レンズもってて、ほんと良かった。


「ぶれてない……でも、いつ撮ったんです?」

「窓際に立つって話はきいてたし、少し離れたところから狙ってたの。ほんとに呪いがかかってて、写真全部が駄目なんだっていうなら、その反証をまずつくらなきゃ。馨が撮ったのは運命的なものだなんて、思われちゃうのもちょっと」

 まーそれはそれで素敵な話ですけどね、と苦笑交じりにつなげる。

 ルイならば、それくらいの冗談はちゃんと言ってあげないといけない。ま、馨のことは、ただの知り合い扱いだしね。


「ちょっと誤解しないで聞いて欲しいのだけど、どうもあなたは、自然界の動物のようにカメラを向けられるのも危機と思っているみたいなんだよね。カメラに対して警戒心を持っている、んだと思う。無意識でね。でも表層では撮ってもらいたいって思ってる。目立ちたいとか注目されたいとかそういうのがあるんだと思う」

「そうです。たしかに私は目立ちたい。注目されたいって思ってます。でも写真が苦手って……そんなのわからない」

 怖がる理由がわかりません、とカメラのレンズの前にあえて立って、こちらに睨むような視線を向けてくる。

 さぁ、撮ってくれと言わんばかりだ。

 でも、実際に撮ってみると、驚くほどにぶれる。スイーツ効果もすっぱりなくなったようだ。


「そりゃ無意識なんだもの。自覚なんてないよ。写真撮られて嫌な目にあったーっていうのがあると、あんまりいい写真にならないことが多いのさ」

 まーあなたほどだとちょっと、珍しいんだけどと頭を抱える。

 そう。問題の指摘はできた。でもそれを明るみに出すことと解決することは別だ。


「で、何か心当たりは?」

「いえ。まったく心当たりないですよ」

 うーんと考え込むような顔をしはじめた加世子ちゃんの隣で、にやにやしているあやめさんに話をふる。いかにも何か知ってますという風だ。

 それもそのはず。その手のエピソードを探しておいてと依頼しておいたからである。


「四歳のときに、心霊写真が写ったという話があるそうです」

「は?」

 まじまじと言われた言葉があんまりなもので、力が抜けそうになった。

 いや、カメラに関わるトラウマをご家族から聞き出しておいて! とは言ったけどさすがにそれはないんじゃないの?


「ご両親に話は聞いておきました。ちょーっとツテをつかった荒技ですけれどね」

「それで、どんなのになってたんです?」

 少し呆れながら先を促すと、あやめさんは、いやぁそれがねぇと苦笑気味に話し始めた。


「どうも下半身がすけてたみたいです」

「ほほぅ。四歳っていうと十年前くらいですか。その頃だともうデジタル移行してそうですが……」

 デジタルならば、そもそもそういうあからさまなミス写真は削除してしまうものだ。

 少し体を震わせて、話を聞いている加世子ちゃんの写真を撮ってもやはり、まだ綺麗に写ってはくれない。


「お父様が持ってらっしゃったカメラは、けっこう渋いフィルム式カメラでしたので」

「あぁ。ならフィルム一枚だけ切って捨てるのは難しいですねぇ。私は自分の未熟さの証拠として駄目写真もとってありますが、デジタルな今だとあっさり消したりしますし」

「失敗……写真?」

 え? と加世子ちゃんは不思議そうに首をかしげる。

 なにを言ってるの? と本当にこちらの発言の意味を理解していないようだった。


「今のカメラだとあまりないんだけどね。昔のだと先に撮った風景が次のに焼き付いちゃったり、光の入り方で体が欠けたりってのはあったみたい。そのとき怖い話でも冗談で吹き込まれたんじゃないかな」

 そう、たとえばそれは足を失う暗示だ、とかね、といってやると、あからさまに加世子ちゃんの顔は青ざめた。

 体が冷え切ってしまっているのかもしれない。自分で体を抱きしめて体をかたかた震わせている。


 そんな彼女があまりにもかわいそうだったので、改めて電気ポットに残っているお茶をカップに注いでやる。ふわりと湯気がたってるところを見るとまだまだ十分に温かいようだ。


「で? 十年経って君は怪我をしたのかな?」

「転んで膝をすりむいたことが……」

 うわぁ。なんともかわいらしい話である。

 ひざをちらりと見ても、今はすでに跡すら残っていない。どこからどうみても綺麗なおみ足である。


「いや、それはほら、それくらいだったら転んで膝をすりむくとか普通にあることでしょ? 平衡感覚がちょっと弱いとぽてぽて転ぶってば」

「そうだよねぇ。うちの姪もそれくらいだけどよく転ぶっていうもの」

 親の世代だとよく昔はそういう写真の特集とかテレビでやってたみたいだけど、むしろうちらが生まれる前の話題じゃないの? と言ってやる。デジタル写真全盛の時代にそこまで怖がって写れないというのは、ちょっと哀れすぎである。


「もちろん、迷信深い人もいるし、そういう伝承みたいなのもあるし、気をつけるのも一興だとは思うけど、だからといって写真を撮られるのを拒否してしまうっていうのは違うと思うんだよね」

 だって、それはよく言えば警告ってことでしょ、というと彼女はよくわからないという顔をしている。

 あくまでも深層心理のほうの話だから、頭でわからなくてもそれでいいのだ。撮られやすい状態に持って行ければそれで。


「それに今のデジカメだと、そういうエラー写真はほとんどできないもん。ぶれたり露光のミスでぼやっとしたりはあっても、まずそんなのカメラマンの腕の問題。己の腕をはじて失敗写真でしたって処分するなり保管するなりすればいい」

 ぶれずに、焦点があっていて、赤目にならないってだけでいいとはよく言ったものだ。そこからどう見せるかが腕の見せ所。それ以前の写真は、狙ってやったということ以外ではあってはならない。


「写真を撮られて不安がることはないよ。君はそれだけがんばって、かわいいんだから。ちゃんとそれを写させて」

 ぽふりと頭をなでてやると、彼女はふるふると体を震わせていた。

 これでいけるだろうか。

 とりあえず、カメラを構えて数枚シャッターを押していく。

  

「もぅ。ルイさんったら。その台詞は恥ずかしいです」

 てれた顔が背面パネルに映し出される。よし。ぶれずに完璧な写真が撮れた。

 それもあって、にんまりとしながら、おまけでもう一言添えておく。


「あーそれと、写真撮っても撮らなくても怪奇的なことはいっぱいあるから、恐れるだけ無駄かなーってのが私の信条なんだけど」

 どうだろうか。そう尋ねると彼女は、やだーこわいーと言いつつ、自分から進んで事務所の、背景が雑然としないところまで歩いて行った。少し背景としては寂しいけれど、逆に無難な場所だと思う。


 本番の撮影はまた別にするのだろうが、とりあえず予行演習みたいなものはしておきたいということなのだろう。

 言われるままに撮影を続けて。気がついたら外から夕日がのぞき込んでいた。

 そのとき撮った三百枚ほどの写真はあやめさんに渡しておく。


「これは……これから大変になりそうかな」

 さゆりには今度儲かったら、飲みに連れて行ってもらおうとあやめさんも本心がダダ漏れだった。 


 なんにせよ、スイーツにつられずに写真に写れるようになった彼女は、少年誌のグラビアなんかでお目にかかったりなどして、その後も活躍することになったのだけど。

 とあるインタビューで、ルイさんっていう存在が一番奇怪です、などと言われてしまったこともあったのだけど、それはまた、別のお話。

たいていスイーツで餌付けをするルイさんですが、今回は少しばかり趣向をかえてお届けです。

いやー、さすがに動物的本能で写真を怖がる子がいるかどうかっていうと、悩ましいのですが、そこらへんはご都合ということで……

ルイさん的には、動物を撮る感じでありました。さくらさんみたいに上手く手なずけて撮れないので、望遠でございますとも。


さて。次話ですが。久しぶりにいづもさんに登場してもらおうかと。木戸くんのイケメンバージョンと町歩きの予定です。書き下ろしですので、どうなるかはまだわかりませんけれども。

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