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363.写真写りの悪い娘さん1

「呼び出しちゃってごめんねー」

 喫茶店で一人タブレットを開きながらパンツスタイルで座るあやめさんを遠目に堪能して撮影した後、オープンカフェになっているその向かいの席に座ると、彼女は顔を上げて嬉しそうにほほえんでくれた。


 さて。誰だよこのねーちゃんと思ったそこの貴方。

 はい。彼女は崎ちゃんのメイキャップアーティストをやっているあやめおねーさんです。

 初めて会ったのは、崎ちゃんの学校に女装して潜入するはめになったときのことだ。

 女装をさせるために一日まるまるお仕事をしてもらったわけなのだけど、ルイのからくりを知る数少ない業界の人である。

 そんな彼女から連絡がきたのはついこの前のことで。

 いちおう私生活がそこそこきちきちではあったものの、お仕事をしているあやめさんに出向いてもらうわけにもいかず、ルイがそちらにあわせたのだった。もちろん交通費は依頼料に上乗せするのは了承済みである。

 

「詳細はメールで書いたとおりなんだけど、いい加減うちらも疲れてしまってねー」

 あやめさんからの相談内容は簡単。写真写りの悪い子がいるからその子を何とかして欲しい、ということだった。

 メイキャップ担当の彼女が話を持ってきたのは、ルイと面識があるというのと、ダメ元というのもあるようだった。


 ルイさんはまだまだ、「看板を出してない」カメラマンだ。

 もちろん、知り合いに頼まれて、というのはやってきているし、あいなさんの助手や、どうしようもない状況での代理はやってきている。でも、それは公式にプロとして活動しているとは言いがたい。

 そんなわけで目の前にいるあやめさんも、無理を承知で知人に相談をしてきた、という形になったのである。


 メールに書かれてあった依頼の内容だと、本来ならばその被写体のマネージャーなり、事務所の人間がこちらに話をしにくるのが通常だものね。それがメイクさんを介するというのはちょっと不自然なのだ。

 こちらとしては仕事にしなくていいのかという話だけれど、今のところはこういう依頼を積み重ねていくのもいいのだろう。実際、他の人が撮ってぜんぜんダメだったというのを聞かされれば、燃える部分もあるしね。


「その写真、今日は持ってきてますよね?」

「いろいろレッスンしたりとかで、歌とかダンスとかすっごいいいんだけど、写真が駄目なのよ……」

「うわぁー、ひどい」

 彼女がバッグから取り出した数枚の写真を見せてもらった。

 話は聞いていたけれど、さすがになぁ、これは……すごいよ、ほんと。

 全部の写真がこの写り方になるのであれば、まず芸能界デビューは無理じゃないだろうか?


 だって、そこに表示された写真は、紙もデジタルも全部ぼけぼけで、ぶれぶれなのだから。 

 撮影者がダメなんじゃね? というのはコレに関しては無し。

 だって、背景はかっちりしっかり写っていて、うわ、この背景で真ん中にこの子がきっちり収まってたらやべぇって思ったのもあったくらいだ。いろいろ頼んでみたといってたのは本当で、メインの被写体はともかくそれ以外の撮り方が違っていて面白かった。


「これ、プロのカメラマンさんが撮ってるのですよね?」

「もっちろんよ。それでこれなの。っていうかオーディションの一次審査の写真くらいしかまともなのがないのよね」

 もー、事務所の写真とか撮るのも難儀してて、さゆりのやつ、この前くてんくてんになってたとあやめさんが嘆息した。

 さゆりというのが、この子のマネージャーなのだろう。飲み友達なのか。

 どうして、知り合う年上のねーさんは、酔っ払いばかりなんだろうなぁなんてふと思ってしまう。


「誰が撮っても、ぶれてしまう子、か。さてはもうホラーの領域でしょうかね」

 じぃとプリントされた写真を見て、うーんと首をかしげてしまう。

 ぼやぁっとした輪郭が定まらない姿が映っている。それこそシャッターを押した瞬間に高速移動でもしないかぎり、こんな風にはならないはずなのだけど。


 と、さきほどのぶれっぶれの写真を見て、何かが頭にひっかかった。

「その一枚って、どんなやつですか? もしかしてパーティーみたいな感じの?」

「あれ。よくわかったわね。確かにその通りだけど」

 これこれ。と彼女が取り出した写真は、くったくなく笑う彼女の姿。

 

 そう。木戸が高校三年の時に結婚式のカメラをまかされたときのものだ。

「これ撮ったのが木戸馨だから、ですよ。必然的にあたしも知ってる感じになっちゃうんです」

「これも縁ってやつなのかしらね。なら今日もすんなりばっちりとれちゃうのかな」

 一瞬、はあ? という顔はされたものの、すぐに切り替えて彼女は期待に目を輝かせていた。

 いや。気楽に、これでいける! みたいに思われても、正直どうなるかはわからないってば。


「どうでしょうね。ただ、あのとき撮った感じだと特別なことってそんなにやってないんですよ」

 再現できるかはわかんないですよ、というと、なーに弱気なことを言っているんだか、とおでこをこつんとつっつかれてしまった。

 

 ふむ。ならばやれるだけやってやろうではないですか。

「とりあえず試すだけはしてみます。部屋に入る前にちょっと試したいことがあるので、誘導というか、そういうのをお願いシマス」

「ゆう、どう?」

 きょとんとされながらも、やってもらうことを伝えると、おっけーと彼女は言ってそのビルの構造を教えてくれたのだった。




「やっ。どうもどうも。今日のカメラマンをやらせていただく、豆木ルイといいます。なんだか苦戦してるというのでお手伝いをしにきました」

 どーもーと手を軽くあげると、目に映るのはぶすっとした顔をしている加世子ちゃんだった。あれから二年が経ってずいぶん彼女も成長したものだ。あの頃で十二歳とかくらいだから思い切り成長期を経て大人になったという感じがする。


 崎ちゃんの受け売りではあるけれど、芸能界は小学生くらいから活動を開始する子も多いということなので、中学生だろうとデビューを夢見るのは早すぎるということはないのだろう。


「今日はよろしくお願いします」

 とりあえず頭は下げるものの、それでも彼女の表情は浮かない。どうせ今回も駄目だろうと思っているのだ。

 それほどには撮影をしまくってきたということなのだろうけど、そんなうつむいた顔なんて、おねーさんは撮りたく無いんだけどな。

 あのときみたいに、幸せいっぱいで、はにかんだ笑顔をして欲しいものだ。


「んじゃー、さっそく何枚か試し撮りさせてもらうね」

 ほい、リラックスリラックスと、声をかけながら、シャッターを切っていく。カシャリカシャリと音がなる。

 その音が聞こえるたびに、彼女は顔をこわばらせて表情を曇らせていく。

 むぅ。ほんともー、どうしてそんなに投げやりなのよ。ダンスとか頑張ったなら、もう一歩頑張ってみようよ。


 数十枚撮ったところで、いったんそれをタブレットに移して確認した。

「ふむ……カメラ目線ができない子、という感じなのかな」

 あーあ、やっぱりという感じで、できあがった写真は、カメラ目線云々以前の話になっていた。


 全力でぶれていて、UMAかなにかかと言われても信じそうなくらいだ。

 半分くらい予想はしていたけれど、ちょっとこれ、へこむなぁ。

 実際、若干濁したけど、まあカメラ目線がどうのーって話じゃ片付けられないレベルだ。

 ぶれる、視線がずれる、はずかしがる。

 たとえ、このまま撮影を続けたところで、これが変わってくれるはずもないわけで。


「あやめさん。ちょっと休憩入れてもいいですかね。今のままだと私でも無理です」

 七十枚を越えるぶれぶれ写真を撮ったあたりで、そろそろ頃合いかなとあやめさんに紅茶を入れてもらう。

 もちろんティーパックで、ということになるわけだけど、お湯は沸かさねばならないのだ。

 彼女は部屋を出て、給湯室に向かっている。手には電気で沸くポットを持っているようだった。

 

 その間、少し話をすることにした。というか、もともと休憩をいれて話をする予定だったのだ。

「どうせ今回も駄目なんですよね……」

 あのときふわふわな笑顔を浮かべていた子はしょんぼりしつつ、そうつぶやいた。

 ダンスや歌のレッスンはすっごく頑張ってて、それでも写真に写れない少女。

 それは、露出が一番大切な業界では致命的なことに違いない。

 でも、いくらルイさんがまだ経験浅そうな小娘だからといって、諦めてもらっては困る。


「まーさっきの結果から言えばそうなんだけどねぇ……でもまだまだ試せることはあるから。とりあえずオーディションの写真を撮ったときの状況を教えてくれる?」

 よいせ、とあえて加世子ちゃんの斜め向かいに座り直して、うつむき気味の顔を覗き込む。

 もちろん、あのときの状況は、撮影者である木戸馨と同じ記憶を持っているルイ(じぶん)だって、知ってはいるのだけれど、あえて彼女に語ってもらうことで見えてくることもあるかな、と思っての確認だ。


「あれは叔父の結婚式のことでした。いままで写真が苦手で、どうにも撮るのが無理だったんですけど、そのときカメラマンやってる人がいたから、プロならもしかしたらって思って撮ってもらったんです」

 その人は、ルイさん? 貴女と同じくらいの若い人で、それでその……もさ眼鏡でプロっぽくなかったですけど、その場の勢いなのかその時は綺麗に撮れたんです! とぐっと身を乗り出しながら語ってくれた彼女は、それでもしゅんとなってしまった。


「他のプロの人に撮ってもらってもあんなに良くは撮れなくて。あの人だけが特別なのかもって思ってあの人がどこの誰なのか聞こうとしてもおじさんはどこの誰なのか教えてくれないし。あーもぅ!」

 なるほど。木戸馨なら撮れると彼女は思っているようだ。

 でも、その思い込みはたぶん違う。ルイで撮ってもだめなのだから木戸がやってもたぶんぶれた写真になる。

 となると。どうすればいいのか。


「だいたいわかりました。じゃー、とりあえず私が持ってきたシフォレのアップルパイとシュークリームをお茶請けにして、休憩しよ。あやめさんもちょうど戻ってきたし」

「おまちどー。いやー、あのルイちゃんがこんなに太っ腹になってくれるだなんておねーさんは嬉しい限りです」

 ほかほかと湯気をたてるお茶を煎れながら、ホクホクしたあやめさんがケーキやシュークリームをお皿に取り分けてくれる。

 打ち合わせ通りではあるものの、ちゃっかり自分の所にもアップルパイを置くあたり、それも必要経費ですからね、と内心で呟いておいた。


「とりあえずお茶会用に持ってきたまでですよ。シフォレには顔が利きますしね」

 一人二つ分ずつで、と伝えたとおり中に入っているのは全部で六個。

 ううむ。あやめさんが手を引いてくれるなら三つずつだったというのにっ!


「んは。アールグレイですねぇ。パックなのにいい味をだしております」

「あはっ。味でわかるんだ?」

「いいえー。時間的に。こういうスタジオならインスタントでしょ?」

 かまかけしただけです、というと彼女にくふふと笑われてしまった。

 こちらが言った通り、電気ポットで沸かせたお湯で煎れたティーパックのお茶である。


「ちなみに、茶葉に関してもテキトーでーす。ダージリンだけはなんとなく飲み慣れたからわかるんですが、ウバもアールグレイも全然さっぱり。全部おいしいからそれでいいじゃない、が私の主義ですが……上流階級のみなさんは茶葉の選別くらい当たり前みたいなことをいいやがるのです」

 まったく、紅茶、ウーロン茶、緑茶の別だけあればいいじゃないと言い切ると、くくっとあやめさんが笑いを漏らす。


「それに、一流なら茶葉とお菓子の相乗効果がどうのって話になるんだろうけど、シフォレのケーキは単品で普通においしいし、あの店で紅茶の種類であーだこーだ聞かれたことないのですよ?」

 そういいつつ、紅茶の味が違うことがあったけれど、頼んでスイーツに合わせて紅茶を選んで変える、なんていままでしたことはない。もしかしたら注文に合わせてお茶の種類を変えているんだろうか。だとしたらすごいというしかない。今度いづもさんに確認をしておこう。


「さ、加世子ちゃんもどうぞどうぞ」

 まだ時間もあるしまったりしよー、と言うとむぅと不満そうな顔をされた。

 写真をどうにかしなきゃという気持ちの方が強いのだろう。

 彼女自身、努力してきたことは多くあるのだろうが、それでも写真はどうにもならない。

 そして、ビジュアルが大きなウェイトをしめるこの業界でそれがないのはあまりにも痛いというのをよく実感しているがゆえだ。スイーツにすら手を伸ばせないだなんて重傷すぎる。


「うぅ。こんなことしてる場合じゃないのに……」

「ほらほら、いつもはケチで通ってるルイちゃんが持ってきてくれた差し入れなんだから、食べなきゃ損よ?」

 あふぅ。幸せーと、おまけで食べてるあやめさんがほっぺたを押さえている。まあアップルパイ美味しいしね。

「女の子は、甘いものを食べると頬が緩むものだからさ」

 ほれ、遠慮しないでお食べ、というと、彼女は渋々、シュークリームに手を伸ばすのだった。 

さぁ久しぶりに登場のあやめさんと加世子ちゃんです。加世子ちゃんのネタはもともとパーティーで写真撮られるところから登場予定でして。回収できてなによりでございます。


最近、二重生活やっててもあんまりこう、どっちかで会っててーみたいなパターンがあまりなかったので、嬉しいのですが……芸能系としても、写真系としてもちょっとご都合主義に走ってるような感じになるのは、おおめに見ていただけると。


さて。次話では、がんばってルイさんが写真を撮ります。さあ甘いものでも食べて写されておくれよ。

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