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362.とある会社のパーティー会場3

「あああ、あの。馨? どうして父さんまで呼び出しくらうはめに?」

 パーティーも無事に終わって、それじゃおつかれさまーなんて挨拶をしたあとのこと。

 中田さんから、残っていくように言づてをされた我々は、いまだ会場の一室に残っているのだった。


 一室といっても先ほどの広い会場ではなく、その脇にある小さい準備室のような小さな部屋である。

 もちろん、今日の写真の件など話をしなければならないことはあるから、木戸が残る分には十分な理由があるし、報酬の件なども含めてお話をしましょうというのは、納得だ。


 でも、では木戸さまもご一緒に残っていただけませんか? と言われた時の父の顔といったら、へ? え? という困惑に満ちたものなのだった。

 別に、普通に係長ですがなにか、みたいなそんな感じである。呼ばれる理由がさっぱりわからないようだった。


「もっと話をして、親交を深めたいとかなんじゃないの?」

「って、俺と話してなんかいいことあるとは思えないんだが」

「そりゃ、ほら、保護者としての交流みたいな感じで」

 まあ、保護者が必要な年でもないわけですが、といいつつ、ちょぴっと三枝のおじさまのことに思考を巡らせる。


 さて、父まで残された理由ははたしてなんだろうか。

 もちろんある程度は予想はつくのだけど。


「保護者会って言われると少しは、なんとかなりそうな気がしてきた」

「ま、相手は社長さんなので、失礼のないようにね」

 ちょっと元気になってきた父様に追撃をかけると、うぐぅと再び肩を落とした。

 まあ、見てて不憫だけれど、さきほどへたれて性別の件のフォローをいれてくれなかったお返しである。


「お待たせしてすみませんね。後片付けや見送りで少し手間取ってしまって」

「いいえ。むしろ父様が落ち着く時間になってよかったくらいです」

 にこりと眼鏡をかけたままの男性声で笑顔を向けておく。

 中田さんだけは、は!? って顔をしているのだけど、今は男子だからね! そこちゃんと把握してくださいよ、執事なんだし。


「さて。では、ルイさん。君との商談にはいるまえに。一ついいだろうか?」

 エレナパパがソファに座って。さらにエレナはそのそばに控えている。座るかと思っていたけど、にこにここちらを伺いながら、立ったまま休めの姿勢である。


「なんでしょう? 父が呼ばれた理由とか聞かれる感じデスか?」

「ま、あたりだな。木戸さん。貴方はうちの娘についてどこまで知っていますか?」

 尋問めいたその声に、え? と、父は困惑気味だ。


「いいから。エレナについて、知ってることを全部はいちまえってはなし」

 ほれほれ、緊張しなくていいから、というと、父は、あーそうかーと、本当にわかってるんだかわからずに語り始めた。


「この子に写真を見せられたのは、三年前かな。うちの子のカメラの中にいて、かわいいなーって。で、一緒に写真見てた子からは、噂のレイヤーのエレナたんだって言われました」


「噂の……エレナたん……」

 うぅと、エレナパパはダメージを受けたようだった。さすがに自分の娘が、たん付けで呼ばれて男に群がられているという現状に、葛藤があるのだろう。

 そこらへんの機微を察するほど父様はオタク関連の知識が疎いので、申し訳ないけどそのまま受け止めていただこうかと思う。


「すっごい綺麗な子だったし、むしろうちの子が変な道にいってないか心配になりました」

 馨ちゃんは変じゃないけどなぁと、エレナからつぶやきが入ったけれど、あまり会話には影響しなかった。


「ということは、あの話、は内緒にしてた、と?」

 ちらりとおじさまの視線がこちらに向いた。

 当然、エレナの秘密は誰にも言うはずないじゃない。


「おじさまにだって内緒にしてたくらいですからね」

 本人が口を滑らせる以外は、絶対話したりはしません、と断言をすると、さすがは馨さまでございますと中田さんから褒められた。おじさまに関しては、うーんとなぜか表情を曇らせている。自分にくらいは話してくれてもいいじゃないって前にいっていたものね。


「それはありがたいことだと思うんだが……ルイさん。眼鏡外してくれないかな? やっぱり印象が違いすぎて違和感が」

 なんて思っていたら、困惑の元はどうやらこちらの見た目のほうだったらしい。

 とはいっても、眼鏡を外してしまってもいいものだろうか。今日は馨として参加しているわけだし。

 ちらりと父様の方を向くと、俺? というようにびくりと体を震わせた。

 本日は保護者会なのですよ。保護者がそこで傍観決め込まないでいただきたい。


「あ、あの、三枝さん。申し訳ないのですがうちの子は、息子なので、あまりルイと言わないでやって欲しいのですが」

「またまた、ご冗談を。ルイさんの知名度はすごいですからね。だからわざわざ男装なんてしてきてくれたのでしょう?」

「いえ。本当に息子なんです。そりゃ親の私から見ても、肌は綺麗だし身長もないし、男っぽさはないなとは思いますが」

「へ? え……ええ?」

 あ、三枝のおじさまが硬直しながら、視線をうろうろさせてる。

 誰かこのことを否定してくれよと言わんばかりだ。


「残念ですが、旦那様。馨さまが最初に当家にお越しになった際は、現在の黒縁眼鏡と、もっさりした男性用の服装でございました」

 もちろん、それきりでございましたが、と苦笑ぎみな中田さんに三枝のおじさまは、なん、だと……という定番台詞を言ってくださった。


「かなり前に会ったときも、馨ちゃんは黒学ランだったし、日常から男装癖があるみたいね」

 もー可愛い格好すればいいのにー、とエレナがからかってくるのだけど、さすがにこれは否定しておかねばならない。

「そりゃ、可愛い格好してるけど、あくまでもあれは撮影のためなの。基本はこっち」

「というわりには、口調がずいぶんルイちゃんっぽくなってない?」

「うぐっ」

 ああ、思い切りエレナに指摘されたけれど、確かにその通りだ。

 ついうっかりこの子と話していると、男っぽい話口調ができなくなってしまっている。


「お、俺は、その……あの、ですね」

「無理しちゃって、かわいー」

 ぽふぽふとエレナに頭をなでられると、うぅと弱々しい声が漏れた。

 む、無理じゃないの! ただ、スイッチが切り替わってないというか、変なところで切り替わっちゃったというか。


「いろいろ思うところはあるものの……まあ、ルイさん。君がやりやすい状態でかまわないんだが……そろそろ本題に入らせてもらおう」

 はぁと思い切り疲れた顔をしながら、三枝のおじさまはタブレットを取り出して、こちらに手を差し出してきた。

 普段木戸が使っているものよりも、サイズも大きくて薄い、高級機である。う、羨ましくなんかないんだからねっ。


「今日撮った写真のチェック、ですね」

「ルイさんなら、うちの子を変な風に撮らないとは思うものの、それだけ、じゃないだろう?」

「あーばれてましたか」

 カメラからSDカードを取り出して、彼に渡す。

 すぐに読み込んで、今日撮った写真全部が吸い上げられた。


「相変わらず、入り口からだねぇ。それでこそって感じだけど」

「ここらへんは撮影するときのポリシーだからね。入学式とか卒業式とか、朝からしっかり撮影するスタイルです」

 画面がスクロールしていくと、どんどん今日の時間順に写真が移り変わっていく。

 この瞬間はやはり、今日がんばったなーと思える瞬間でもあった。


「そして、壇上のおじさま登場ですね。格好良く撮れてるかと」

「なかなかだね」

「私のも負けてはいませんけどね」

 中田さんがちょっと張り合うようにして声をかけてくる。まあ彼もちゃんと撮っていたものね。


「おぉ、さすがはうちのこをあれだけ撮り慣れてるだけのことはある」

「さすがにこれは、私も負けそうな勢いですな」

 そしてエレナさん登場。壇上で話す姿は正直かなりかっこいいと思う。

 美しさだけじゃない部分がしっかりと写し出されていて、中田さんもおぉと普通にうなっていた。


「あとは、会場の写真ですね。エレナを見て誰がどう思ったのかってのもおさえてあります」

 そのあとのは、個別チェックです、といいきると、さすがはルイさんだなぁよくわかってるとおじさまに褒められてしまった。父様はそのやりとりに目を白黒させているだけだ。なにがどうなってるかよくわからないらしい。


「エレナさんったらこれで滅茶苦茶有名人なのね。コスROMだせば千部単位で売れるような子で、毎日ホームページのカウンターは二千とか普通にまわるの。となると、その界隈の人間が社内にいた場合、どうなるのかなって話でさ」

 おまけに性別不明で売ってるから、大炎上よ? っていってあげると、そんなに人気あるのか……と父様はきょとんとしていた。


「あ、この二人は……前に撮影してもらったことあるかも」

 写真をスライドさせながら、エレナがこの人達っ、と指摘をする。

「うちの可愛い子に、はあはあしながらカメラを向けるとは……うぅ。飛ばしちまうか、こいつめ」

 おじさまがなにを想像したのか、黒い話をしはじめている。


「それいうと、僕もそんな感じなんですけど。どうなんでしょう?」

「……ルイさんはほら、同性として純粋に撮ってくれてるわけだから」

 別にはあはあしてても、嫌悪感はないよっ、とからりとおじさまに言われてしまった。絵的には同じはずなのだが。


「と、まあこんな感じで、エレナさんのことを知ってる人をあぶり出してるわけだけど……」

「そういう話しならデビューさせなきゃ良かったんじゃないですか?」

 父がいまいちわからんという様子で首をかしげている。

 父様としては、レイヤー活動のほうが大切ならそっちに専念して、あえて社交界のほうに顔を出さなくてもと思っているのだろう。


「そういうわけにもいかないのですよ。エレナがどうなるかはまだ考え中でも、娘として紹介しておいたほうが風当たりは遥かに少ないだろうし。それに少なくともエレンとしての生活にあまり未練もないみたいだから」

 将来的に、この子は、こっちのほうで生活するだろうから、紹介は早いにこしたことはないのです、とおじさまはぽふぽふとエレナの柔らかい髪の毛を撫でた。父と娘、という感じだったので一枚撮らせていただいた。


「なぁ、馨。エレンくんって確か、三枝家の一人息子だったよな?」

 ちょいちょいと、父様が服の裾を引っ張ってくる。

「それで正解だけど、なにか?」

 なあに? と当たり前の答えを返しておくと、いや、だって、と父様は怪訝そうな顔をした。


「ああ、木戸さんはまだご存じではなかったですね。うちの子も息子なんですよ」

「は?」

 あ、父様が変な声を上げた。

 まあ、エレナの肩をぽふぽふ叩きながら、息子ですとかいいはじめたらそうなるよね。

 

「……なんというか、木戸さん。妙にシンパシーを感じますね。私も先ほど同じようなショックを受けたところですよ」

 ははは、と力ない苦笑が漏れたけど、別段こちらとしては悪いことをしているつもりはないよ。

 それに、エレナはどっちかというと女子の方に振れ幅が大きいけど、こっちはちゃんと木戸馨としての生活だって重視……ちょこっと気にかけてますよ!

 どっちかといえばルイとしての撮影重視になってしまってる現状は、いちおうわかっております。


「それで、エレナさんてきには、もー女子まっしぐらなつもりなの?」

 お互いの意思の疎通ができたところで、こちらも聞きたかったことをようやくエレナに問いかける。

 お披露目をした、ということは千歳と同じような感じでいくのだろうか。


「あくまでも僕がなりたいのは、強くてしなやかな男の娘だからねぇ。ちぃちゃんみたいに思い切り女性になりたいってわけでもないんだよ。ただ、世間的にはそういうのが受け入れられないってのがあって、今日みたいな感じになったわけ」

 本当は、エレンさん女装癖があります! で良かったんだけど、父様がどうしてもね、と彼女は苦笑を浮かべた。

 なるほど。お父様と和解してもこの子はどうやら、今のまま性別不明で行くつもりらしい。


「十中八九、薬とか治療とか始めるものだと思ってたけど、ちょっと意外」

「そりゃ、彼氏でもできて、彼が望むなら、考えなくもないけど……」

 ね、とエレナさんは唇に人差し指をあててて、ぱちりとウィンクをしてくれた。

 おじさまからは見えない角度である。


「お付き合いする相手の趣味で性別は変えるものではない、というガクセツが有力ですが」

 まあ、自分の好きにやるといいよと言うと、うんと思い切り頷かれた。

 にしても、よーじくんったら、てっきりおっぱい大好きって感じだと思ったのに、そんなこともないらしい。

 さすがは紳士である。


「まあ、おいおい、って感じかな。それより今はレイヤー活動の方に支障がでるかどうかってところだと思うけど」

 ルイちゃんはどう思う? と聞かれてうーんと小首をかしげておく。

 さっきまで馨ちゃん呼びだったのに、ここでルイ呼びにしているのは、そういう話題だからなのだろう。


「性別不明疑惑に関しては話が大きすぎるから、たとえばうちの会社のパーティーでエレナたんご降臨、娘で確定ですた、とかって書き込みがあっても、他の声で塗りつぶされると思うんだよ。実際ローアングル写真がでても、大丈夫だったでしょ?」

「はぁ!? ローアングルって……」

「父様は黙ってて」

 はいはい、暴れないの、とおじさまは思い切りエレナにいなされていた。

 まあ、娘のきわどい写真撮られたって話を聞かされたら父親としては黙ってはいられないだろうけれど、今は静かにしていて欲しい。


「そんなわけで、そこまで過敏にならなくても大丈夫なんじゃないかな。いちおうさっきの人には、世の中には似た人が三人はいるみたいなので! と言っておいたし」

「釘まで刺しといてくれたんだね」

 ありがとー、と思い切り手を取られたわけだけど、相変わらずエレナたんのお手々はすべすべで小さくて可愛い。

 これが実は男子だなんて、誰も思わないに違いない。


「相変わらずエレナたんのお手々は規格外だよね……女装する子は手をどうするかで悩むものなのに」

「それ、ルイちゃんに言われたくないって人多いと思うよ?」

 まあ、一応、自分の手もそんなに大きなほうじゃないのは知っているけれど。

 エレナさまに比べたら少しばかり大きいのである。


「なんというか……木戸さん。これを言っていいのかわからないけど、実に乙女同士ですね」

「眼鏡かけてるはずなのにそう見える現実に……うちの妻が見たら卒倒しそうです」

 あーあ、と外野はなにか言っているわけだけれど。

 とりあえずエレナさんの会社デビューはこんな感じで無事に終わったのだった。


 その後、ネット上で実際にエレナたん女子説がささやかれたのだけど、男の娘派からの圧倒的な攻撃の前にそんな噂は木っ端微塵になったことは付け加えておこうと思う。人は見たいものを見るという言葉をしみじみと木戸は噛みしめたものであった。

父親同士の交流もあってもいいじゃないの! って感じでの確認回となりました。

男装してるはずなのに、ルイ指摘を受けた後の口調がやばい感じになりましたが、まあ仕方ありますまい。


エレナさんが女子化するかどうかですごく悩んだんですが、この路線で行くことにしました。よくよく考えると男の娘大好きってところから入ってるのだから、にょたはなぁ、という感じデスね。

私も意外とジェンダーバイアスに縛られているのなぁと痛感しました。


さて。次話ですが……ルイさんとしてお仕事がはいります。ちょっと真面目な撮影回となります。


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