360.とある会社のパーティー会場1
「なぁ、馨、九月下旬の日曜日なんだけど、時間とれないか?」
なんか二年前を思い出すなぁというような父からのお願いは、夏休みに久しぶりに家にいるときにされたものだった。家にいるので今日はもちろん女装はしていない。
いちおうは、この前の旅行絡みの話もあって、家での女装は極力短時間にしているところだ。
「下旬か……そりゃま、大学始まるの十月からだし、無理じゃないけど……」
うーん、前に声をかけられた時は結婚式の写真を撮って欲しい、だったけれど、今度はなんだろうか。
撮影関係だ、というならもちろん無理にでも時間はとらせていただこうと思う。
「親子の親睦がどうのーってんなら、あんまり余裕ないよ」
「なっ。母さんとはカレー屋いったりしてるのに、父さんとは……ぐふぅ」
どうせ父親なんて働き蟻以下の存在だよ、ちくしょうと、なぜか父様はいじけてしまった。
いや。まあこの年になって親と一緒にっていうのが、ちょっと気恥ずかしいところもあるのが一般的だと思うんだけどどうだろう? 父親と一緒にご飯を食べにいく娘というのもちょっとあれだけど、男同士でもなかなかないのではないだろうか。家族で、というならアリだろうけど。
「ご近所にご飯食べに行くくらいなら付き合うっての。で? そういうのじゃないんでしょ?」
「あ? ああ。そうだな。本題にいかないと」
あー、と父さんはタブレットでスケジュールを確認しながら、あってるよなと呟く。
「実は父さんの会社の取引相手が社内パーティーをやるんだ。まあモチベーションのアップとか取引先との円滑なつながりとか、いろいろ狙いがあってそれに俺達も招待されてるわけなんだが……せっかくだから、息子さん連れてけばいいんじゃないか、なんて話になったわけだ」
「なんでまたそんなことに」
それ、父さんの会社が主催ってわけじゃないんだよね? と不思議そうに首をかしげて答えておく。
いくらなんでも招待される側が、家族を連れて行っちゃマズイだろう。
「ほら。お前って会社でカメラ上手いやつって認識だろ。それで記念撮影係みたいな感じで来てくれないもんかなってさ」
「いやいやいや、そういうのってプロ雇ったりとかするだろ。それこそ記事にしたりするレベルのプロジェクトとかって話ならさ」
「記事にはならん。さすがにそこまで大きなのじゃないし」
なんないのかよ。それでも記念にカメラマンを配置しておこうとかそういうことだろうか。
どことなく胡散臭い気もしないでもないけれど。
「って、じゃー俺いかなくてよくない?」
まさか、この前の計画の延長戦? と疑わしい視線を向けると、うぐっと父さんは口をつぐんだ。
「べ、別に。そのだな……お前をどうこうしようって思いは、な、ないよ?」
「ホントに-?」
女声に切り替えて問いかけると、ぱすんとソファに身を委ねながら父様は白状した。
「正直、良い機会かなって思いはした。お前が男としてカメラを握る機会が増えれば、ルイとして居る時間は必然的に減るだろ。それでそっち一本でいけるなら……てさ」
別に父さん、お前がカメラマンになることには全然反対じゃないんだぞ、と言われてちょっと嬉しかった。
安定していない業界だからどうのって言い始めない所はとてもいいと思う。
「ま、カメラのお仕事ばんばん回してくれるなら、構いませんが……でも毎週仕事もってくるとかはできないだろうし、その作戦はちょっと無理がありすぎる気がします」
「作戦ってほどでもないんだっての。ただ成り行きを利用できればいいなってくらいで」
はいはい、わかりました、と答えつつ、あ、と一つ気になったことを確認しておく。
「服装ってどうすればいいんだろ? 前の結婚式のときのでいいのかな?」
「ああ、いいんじゃないか? カジュアルすぎってこともないし」
「んし。じゃーその日はカメラマンとして参加しましょう」
ご飯の方は自制するから心配しないでねと、あえて女声で父様に言ってあげると、毎日馨で仕事させなきゃダメかもしれん、と嘆き節が聞こえてきたのだった。
「そして、こうなる、と」
パーティー会場に顔を出すと、珍しい若い子がいるっ! なんて女性社員さんに囲まれつつ、よろしければ一枚いかがですか? と問いかけると、いいのかしら……なんて困惑した顔をされてしまった。
いまいち撮られ慣れてなくて戸惑っているというところだろうか。
たしかに、木戸の年齢でこの場所はあからさまに場違いだった。
結婚式場というなら、親族に若いのが居ても問題はないだろうけれど、ここに居るのは基本的に社会人ばかりなのだ。忘年会とかなら家族一緒というのもありだろうけど、共同プロジェクトのためのという話だったし、もしかしたら同年代は全然いないかもしれない。
「大人気だね、馨くん」
久しぶり、と父の会社で働いている岸田さんが声をかけてきた。
周りを見渡しても、はるかさん……西さんの姿はないから彼一人らしい。
「ああ、西のやつは今日は不参加なんだ。いちおうプロジェクトに参加するやつ全員がこれてるわけじゃなくてね」
「それは残念です。っていうか、先に詳しい話をメールで聞いておけば良かった」
よくよく考えれば父の会社関係の仕事をするということならば、岸田さんや西さんがいるので、そっちから情報をとってもよかったんだよね、といまさらながらに思ってしまう。
はるかさんとは、あの後も時々シフォレでお茶をしたりイベントで会ったりしているし、連絡するって発想がでてもよかったんだろうけど……はい。もうはるかさんのことは、レイヤーのお姉さんという印象しかございませんでした。
え。守秘義務とかあるから、あんまり言えないよ? とか相談しても言われそうだけど。
「それでだ。馨くん。来てもらって悪いんだけどさ……カメラの扱いのこと、聞いたかな?」
「へ? なんですか改まって」
ちょっと歯切れの悪い岸田さんの言葉に、首をかしげておく。
まったくもって父からは何も聞いていない。
「実はさ、ついさっき聞いたんだけど、あっちの会社の連中には撮影禁止令がでてるんだってさ。俺達のほうには話は来なかったから、馨くんを呼んじゃったんだけど……」
もしかしたら撮影ダメになっちゃうかも、という話をきいて、えええぇ、と困惑した声を漏らしてしまった。
さすがに、呼ばれて来てみたら撮れませんでしたなんてケースは初めてのことだ。
まー、最初からちょっと今回の参加は無理矢理感はあったので、ダメならさっさと外にでて別の場所を撮りに行くだけである。
「別に構いませんよ。お客様に関しては撮影していただく分には。それに馨さまならまったくもって問題はないでしょう」
「ふぉっ。中田さん?」
そんな会話をしていたら、横からすっと執事服を着たおっちゃんが姿を現した。
気配を全然感じなかったけれど、さすがは有能な執事さんである。
「馨さま。そちらのお姿でお会いするのは三年ぶりくらいになりますか」
相変わらず若々しくていらっしゃる、と言う中田さんの台詞に少しばかり、しょぼんとしてしまった。
たしかに男としては一ミリも成長してないとは思ってるけど、この前の六月の時は、大人っぽくなられましたなぁとかルイに言ってませんでしたっけ!?
「いちおう、これでもちょっとは育ってるつもりではいるのですが……まだ子供っぽく見られちゃいますかね」
がくんと肩を落としていると、岸田さんは不思議そうな視線をこちらに向けていた。
まあ、いきなり壮年の執事さんに声をかけられているのは、よくわからないよね。
まず、普通の男子大学生が、執事さんと知り合う機会なんてないはずだもの。これもカメラをやっているから、なんだけれどね。
「岸田さま。本日は三枝主催のパーティーにご参加ありがとうございます。私、三枝邸で執事をしております、中田と申します」
「えっ、私のことも知っているのですか?」
丁寧な挨拶をされて少し面を食らいながら、岸田さんは疑問の声を上げる。
面識は無いはず、と思っているのだろう。
「ええ、本日ご案内した方のプロフィールは把握させていただいております。お客様のことはなんでも知っていなければならない、というのがポリシーでして」
「そのリストの中に、僕のものはなかったのですか?」
「今思えば、確かに馨さまのお名前ではありましたが……木戸様の息子さんと伺っていたので、貴方様とリンクがつながりませんで、私としたことが……となっていたのでございます」
それにご家族様であれば、それなりに対応する、くらいまでしかできません、と少しだけ不満足げに目を伏せた。
彼としてはお客様のことはなんだって把握しておきたいと思うのだろう。
でも、詳しいプロフィールを取れるのは、社会人だけだ。
でもさ。息子さんと書かれていたからわからなかった、という言いぐさはあんまりじゃないかと思うのです。
「ところで、どうして中田さんが直々にこっちに出向いてるんです? あくまでもお屋敷だけで、おじさまの秘書ってわけではないんですよね?」
「それはそうなのですが……今日はちょっとした余興もありますので。まあ馨さまがいらっしゃってるのでしたら、私は撮影ではなく、お客さまのおもてなしに力を入れようかと思っておりますが」
あなたがいるならこれは必要ないでしょうし、とすっと胸元につっているカメラを見せられた。
数年前に発売されたカメラで、けっこー良いお値段がするデジタル一眼だ。黒い服に黒いカメラ。なかなかにかっこいい取り合わせである。
「そういえば、撮影が禁止というような話でしたね。部外秘の何かがあったりするんですか?」
「ええ。馨さまなら予想はつくかとは思いますが」
いや。そう言われてもイマイチわからないのだけれど。
こういう場所だと、開発してるなにかのお披露目を内々にするとか、そういう感じなのだろうか。
父は、特別発表するようなネタはないっていっていたけれど、馨さまならわかるってどういうことだろう。
「本日は、お集まりいただきありがとうございます。プロジェクトの成功のために宴を用意しましたので、ささやかですがお楽しみ頂ければと思います」
そんなやりとりをしていたら、会場のひな壇のようになっているところに、一人の男性が姿を現した。
年齢は五十に行かないくらい。たしかうちの父さんよりも二つくらい上とかだったかな。
社長挨拶とプログラムにあったけれど、どうやら一番最初にそれをやってしまうらしい。
「さて。私事ではありますが、本日はこの場をお借りしまして、みなさんに紹介したい私の家族がおります。そのために本日は撮影禁止を言い渡させていただきました」
できれば、父の会社の方にもご協力いただければと思います、と言われたものの。父さんの会社の人間はみなさんいまいちその提案に、は、はぁ、というような困惑を隠しきれないようだった。
社交パーティーならともかく、社内でのパーティーでこういう話がくるとは思っていなかったのだろう。
「へぇ。まさか三枝さん、再婚とかって流れだったりして」
「……それとは別でしょうね」
そこに登場した人をみて、馨さまならわかるはず、の理由が薄々わかってきた。
三枝のおじさまに浮いた話があるというなら、絶対エレナがぶつくさなにかをいうはずだし、岸田さんが呟いたようなことはおそらくない。
「では、おいで。今までみなさまには伝えていませんでしたが、うちには娘もいましてね。少し遅いですがデビューとさせていただきましょう」
そして。
そのアナウンスとともにエスコートされて姿を現したのは、ライトイエローのドレスに身をまとったエレナさんの姿だったのである。
社内パーティーでここまで社長の私事が通るのか、とちょっと思ったりもしましたが、株式の50%以上を保有してればオッケーなのかな、と開き直ることにしました。一族経営ってけっこー好き放題できるイメージです。
とはいえ、ちょっと非常識なの気はするので次話でフォローはいれますよ。




