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037.気分転換に新しい町へ、のはずが

「気分転換には、新しい町って感じですかね」

 ふふーと、真新しい景色に鼻唄がでる。

 いつも行っている銀香町の五つ先の町。ほどよく緑の風景が多いここは、都会からさらに遠く離れた穏やかな場所である。

 などと言ってみたものの、別段降りるのは初めてなので穏やかなのかどうかはよくわからない。遠くなればそれだけ電車賃もかかるわけで、おいそれと冒険はできないのだ。

 ただ、自然は多いぞ、というのだけは見ればわかる。


 そして。今日は服装の方もいつもと気分を変えてみたりしているのである。

 そう。珍しくショートパンツである。ルイといったらお嬢様風のワンピースだったりスカート姿のほうが圧倒的に多いのだけれど、若干体育祭のあれに触発されたりもしたのだ。もちろんいろいろ痛かったり圧迫されたり大変ではあるのだけれど、われながら足のラインがたまらなくきれいだったのでつい手を出してしまったのだった。


「新しい景色と被写体。いいもんです」

 スカートは風を感じることができるけれど、こちらは体が引き締まったような感じがする。

 季節は九月も終わりだ。実りの秋もまじかに控えたこの季節。

 周りの木々はいっそうに青みを増して、畑や田んぼは果実を膨らませている。

「んはぁ。おいしそう」

 リンゴの木に実っている果実をぱしりと撮影する。

 ほどよく色づいていて、光のあたる角度を調節してあげるとそれだけでつやみが濃くなってかじりつきたくなるほどのリンゴの写真になる。

 自然の景色はみんな美しい。路地をぬけた先にある広大な長ネギ畑と開けた空とのコントラスト。


「よぉ、じょーちゃん。見慣れない顔だが、この町になにかようかい?」

「こんにちは。いつも他の町で撮影してるんですが、今日は気分を変えようかなと」

 この町を撮らせてもらってますよ、というとおじさんが不思議そうな顔をする。

「こんな町になにかいいもんがあるとも思えねぇけどなぁ。若いじょーちゃんなら街のほうが楽しいだろうに」

「そうでもないですよ? 撮りたいのは自然とか植物なので」

 こういうネギ畑とか、大好きです、と笑いかけるとおっちゃんは照れたのか頬をかいていた。

「まあいいやな。撮影自体はかまわんけど、畑の中を踏み固めたりとかはしないでくれな」

「わかってます」

 撮影に集中はするけれど、それによって周りが見えなくなるのはいけないことだ。畑の中に入るというのも許可をとってからしかしないし、畑だけじゃない。民家の中に侵入というのもしたことはない。そもそもトラブルから警察沙汰になって困るのはルイ自身なのである。


 おじさんと別れて、別の路地へと入っていく。

 少し坂になっていて、その坂を上っていくと木々の合間に祠があった。

 ちょうど日の光を浴びて、きらきら輝いている。

 撮影をしたい衝動に駆られるものの、それはせずにまず祠に挨拶をする。

 神様を祀っているところだ。失礼があってはいけないだろう。


「おやまぁ。祠にお客だなんて珍しい」

 町の人その2はおばあさんだった。動きやすい服装をしつつ、農作業をしているという感じでもない。

「ここらの写真を撮らせていただいているのでご挨拶をと思いまして」

 立ち上がるとそちらに向き合う。新しい土地に来た時には丁寧にその土地の人と相対しないといけない。


「おばさまは、お仕事ですか?」

「いやぁ、医者から運動するように言われててねぇ。コレステロールが高いって」

 峠を歩くのが日課になっているのだとおばあさんは苦笑をもらす。

 散歩にはよさそうなところだけれど、さすがに毎日となると厳しいような気もする。

「それでお散歩というわけですか。いいお天気ですからねぇ」

「少しばかり日差しが強いけれどねぇ」

 歩くだけで汗がでるとおばあさんはタオルで顔を拭いた。

 確かに周りは暑いけれど、汗を気力でどうにかするのがルイというものである。というのはさすがに冗談で、適度に首や太ももなんかの太い血管のところを冷却しているのでそこまで汗はでないで済んでいるのである。

「そうだっ。この町で景色のいいところとか、ここが好きって場所があったら、教えてもらえませんか?」


「景色といってもねぇ……湧水がでてるところはあるけれど」

「湧水! そういうのは初めてかも」

 撮影ポイントとしては申し分はない。ルイは水の撮影は好きだ。湖の撮影はもとより朝露なんかの水分も好き。

 となると、この残暑に湧水という景色は対比としても面白い。

 おばあちゃんに場所を聞くと、手を振って別れた。

 新しい場所というのは、こういう出会いもあって楽しい。


「それじゃあ、湧水目指していきますかね」

 もちろん、山道を歩く最中も木漏れ日や町並み、景色を撮りながら進む。

 その最中にひょっこり狸にであったりとかもして、とても癒された。

 はわはわと触ろうか撮ろうかと悩みつつ、慌てて焦点を合わせてシャッターをきる。首をひょこひょこ動かして、それでも凛々しく立つ姿はかわいいしちょっとかっこいい。

 まさかこんなに数駅離れただけで狸がいるとは思わなかった。


「そういや、動物園とかでの撮影ってしたことないんだよねぇ」

 町中にいる猫や鳥、そういったものは割と撮ることも多いのだけれど、動物園でというのは今までなかった。

 なにせ、金がかかるのだ。

 それに動物園で熱烈撮影、というのもどれだけ動物大好きなのかという話になる。

 檻の中の撮影となると、それはそれでいろいろ試さないといけないし、むしろ身近に触れられるような施設のほうがあってるんじゃないだろうか。たとえばリス園みたいな、中に入って触れ合えますというような感じのところのほうが。

 あとは乗馬場だとか。


「でも、今年になって少しは余裕出来たし、一回くらいは行ってみてもいいのかなぁ」

 食わず嫌いはいいとは思えない。

 狸さんがおろおろしながらとことこと走り去っていくのを見送ると、先へと進む。

 高度があがってきたせいなのか、少しだけ先ほどよりもひんやりとしてきている。

 そして。


「おおお。確かに湧水。こう、下からぽこぽこって感じかと思ったけど、溢れ出す感じ?」

 湧水は地面から湧き出しているのではなく壁面になっているところから噴き出すようにしてこぽこぽと漏れ出ている。小さな滝といってもいいだろうか。本当にミニチュアの。

「とりあえず」

 あふれる水の撮影だ。しぶきが飛び散るさまが克明にカメラに収まる。

 日の当たり方が変わればまた変わった絵もとれるだろう。


「でも、ちょっとお腹すいた、かな?」

 最初のおっちゃんに会ったところはもうずいぶんと遠くになってしまっている。

 撮影をしながら進んでいるから、疲れた感じはまったくないのだけれど、時間はしっかり経っているのである。

 さすさすとお腹をさすりながら、バックの中をちらりと見る。

 言うまでもなくお弁当は持参である。周りにお店らしいお店もないし、もともと外で買って食べる習慣というものがない。

 とはいえ、周りを見渡してみても、木々が広がるだけだった。

 ベンチのようなところは、まずない。

 公園と呼ばれるようなところがまったくないのだ。


「こうなるとお昼ご飯はどこで食べようか」

 座れるところを探すとすると、芝生だとか切り株だとか、そういうところを探すしかない。

 幸い、しばらく雨は降ってないから土はきれいに乾いている。

「最悪、それも検討にいれつつ、ですかね」

 木戸としては別にそう問題ではないのだけれど、ルイにそれをさせるのかといわれると、少しばかり躊躇みたいなものはある。

 あはは、気にしないしーって言いそうだけれど、それでも座れそうなところを確保することも大切なのだ。

 少し歩くと、町を一望できる高台に出た。

 けれどやはり座れるようなところは、ない。


「おや、さっきの娘さんじゃないかい。こんなところでどうしたんだい?」

「ベンチとかないもんかなぁって」

 うろうろとしていたら、祠であったおばあさまにまた会った。

「うちの畑の脇に切り株はあるけど、ベンチとなるとさすがにねぇ」

 ウォーキングの帰りみたいでほどよい汗をかいている。

 彼女が言うようにやはりこの町には休憩所的なものはないらしい。

「それなら、うちにくるかい? 縁側でばあさまの話の相手をしてくれればええ」

 そんなに遠くもないし、どうかね、とさそわれて、少しばかり気持ちが揺らぐ。

 別段、おばあちゃんが悪い人には見えない。

 地元の人とは仲良くしたほうがいいし、もっと話を聞けるかもしれない。

「それではお言葉に甘えてしまいますかね」

 お借りしますというと、おばあさまはそれじゃ、いきますかね、とかなりしっかりとした歩調で歩き始めたのだった。元気たっぷりである。




「はぅ。町の人もいい人ばっかりだし、田舎最高」

 ほくほくとカメラの画像を見ながら電車の揺れに体を任せる。

 日曜日の帰りの癖に、今日は少しばかり人が多かった。

 時間が少し遅いというのもあるのだろうが、この込みっぷりは珍しい気がする。


「うくぅっ」

 二駅行ったところで乗り換えの影響なのか人がわっと入ってくる。どうやら別路線が止まっている影響で人が多いらしい。放送ですみませんと言っているけれど、あやまって済む込みっぷりではなかった。

 カメラを急いでしまって懐に抱える。

 なによりも抱えないといけないのは、カメラである。本体も高価だし壊れたらしゃれにならない。

 あと三つの駅を我慢すれば乗り換えだ。

 田舎だけあってそれだけで十数分の時間がかかるわけだけれど、しかたない。


 さわり。

 あまりに混雑しすぎて、誰かの手が腰回りに当たった。

 気にしないで窓の外を見る。

 流れていく光の粒はやはり少ない。 

 さわり。

 また誰かの手が触れた。今度はお尻のあたりだ。

 仕方がない。そう思った瞬間だ。

 手の動き方が変わった。それは触れているのではなく明らかに、触っているという力の入れ具合だ。

 そしてその手は太ももに伸びてくる。

 今日はショートパンツなので全力で生足だ。

 そこに少しかさついた手の感触が這った。

 ええと。これはどういうことだろうか。


「んっ……」

 反対の手が胸のあたりに伸びてくる。

 触っても別段そこに膨らみなどないのだけれど、その手は胸ぱっとを触るのに必死だ。

 そんなにその感触が好きなら自分でブラをつけて自分の胸でも揉んでおけと言いたくなる。嫌悪感はあるのだが、なんというかシュールすぎて複雑な気分なのである。


 さてどうしたものか。

 感触自体はけして気持ちのいいものではない。

 とはいえ、痴漢をしょっぴくとなるとこちらの身元もいろいろと問題になるのは明白だ。

 次の駅で降りるとしよう。そう思って手の感触を我慢していたら、不意にそれが止まった。

「それくらいにしておけ」

 うらやましいやつめ、と男の声が聞こえた。


「俺は知らないっ。言いがかりはやめろ」

「警察に突き出してやろうか」

 中年男性と若い声が言い争っている。

 その声の片方は聞き覚えがあるものだった。

 それにかぶるようにして車内のアナウンスがなる。

 もうそろそろ次の駅に到着する。近い側の扉があいて、雪崩出るようにして駅のホームに降りた。

 そして。


「あっ、まてこのやろう!」

 降りた拍子に力がゆるんだのか、男はホームを走り抜けた。

「追わなくていい!」

 追いかけようと走り出す青木を止める。

「追わなくていい、から」

 彼の腕をつかんで、その場所で立ち止まる。

 どのみち捕まえても駅員に引き渡すこともできやしないのだ。むしろ変に捕まえられても困る。

 そうこうしているうちに電車は走り出してしまう。個人のトラブルなど駅員は見ることをせず、時間を守ることだけに熱心なのだ。ただでさえ遅れたり混雑したりという状態なのだから仕方ないのかもしれない。


「しかし……その。普段よりも破壊力があるというか、なんというか」

 電車が行ってしまって二人きりになると、視線に困ると青木は頬をかいた。

「さわり、ます?」

 青木のバカにちょっと意地悪をしてみせる。ちょっとした気分転換をしたかったというのもあるし、二人きりで気まずかったというのもある。

「まった! そういうのは本当に勘弁してくれ」

「あはっ。冗談ですっ。ちょっと気持ち悪かったから、気分変えたくて」

「それにしても、その格好は刺激ありすぎ。普段おとなしめなのが多いから、最初見たときは驚いた」

「それ、最初に制服姿を見たときも言ってませんでしたっけ?」

 学校に女子の制服で行ったとき、青木はまじまじと足を見やがっていたのだ。今回もそれと同じ。

「だって、そりゃその……ルイさんの足、すっごいきれいだし」

 つい見とれてしまうのはしかたないとすごく恥ずかしそうに彼は言う。

 まったく。こちらまで恥ずかしくなってくる。


「だからその、あんまり露出が多いのはちょっとこう」

 あんまりやめておいた方がいいと、青木は真面目に顔を赤くして照れている。

「じゃーこんな感じでバックで隠してみますか?」

 いい感じに隠れていますか? と問いかけると、うぬぬぬと青木は腕を前に組んで呻いた。隠せといったけれどもっと見たいというところなのだろう。

 本当にこいつはバカでどうしようもない。

「実はこうやって二人きりで話をするのってすごく久しぶりですよね」

 たいてい、青木とルイで絡む場合はあいなさんがそこにいるのだ。姉の友人がルイであって、そこに青木との直接のつながりはない。

 そしてこの前の体育祭の時はさくらも一緒にいたので、二人きりで話をしたのはそれこそばったり最初の講習会の時、ルイが初めてあの学校に行ったときのことだ。


「学校であったとき以来、かな」

 あの時も偶然ばったりといった感じだった。

 生活圏がかぶってはいるけれど、それでも偶然に会うというのはそれなりに縁みたいなものはあるのかもしれない。 

「あの後も学校には行ってるの?」

「はい。といってもあいなさんの講習会だけなんで、二月に一回とかそれくらいですけど」

「そっか。ならその時に学校にいれば会えるのかな」

 ぽそりといいつつ、顔がふやけてるところを見ると、制服姿でも想像しているのだろうか。ルイの制服姿はわれながら相当にかわいらしいものだし、貰い物なのでスカート裾も短めだったりするけれども、青木にそんな顔をさせるのもなんだか申し訳ない気になる。


「何言ってますか。普段はカラオケにいくのに忙しいっていってたじゃないですか」

「ま、まぁそうなんだけどさ。その……」

 電車がくるまでにはまだそこそこ時間がかかる。都会ほど頻繁に後続列車がこないのが少し離れた周辺都市の実態だ。そもそも三分に一本電車がくることのほうが異常である。

 そんな二人きりのホームで、彼は照れながらそれでも言った。

「俺さ。やっぱりルイちゃんのこと、好きなんだ」

「ふえ?」

 何を言われているのか一瞬わからなかった。

 ルイの太ももが好き。知ってる。ルイの撮る写真が好き。知ってる。

 制服姿が好き。知ってる。

 でも。

「忙しいとは思うけど、できるだけでいい。俺と付き合ってほしい」

「カラオケにってことですか?」

 付き合ってほしいという単語が、本来の意味で頭にはいっていかない。

 だから小首を傾げながらのこちらの返しに青木はくぅとうめき声をあげてつづけた。


「彼女に、なってはくれないか」

 そうまで確実に言われてしまったら、認めざるを得ないのか。

 どこか心の奥の方で、それはあり得ないことという壁がある。

 だからそれらしい単語で置き換えができてしまうものは、そちらを取った。

「どう、しよう」

 さっきふとももと胸を触られた以上に、混乱している。

 体に力がはいらなくて、かしゃんとフェンスに体を預ける。勢いがなくて痛くはないのだが、普段まずないことなので、青木は驚いておろおろとしはじめる。

「あ、うわ、ごめん。別にその困らせたかったわけじゃなくて」

 答えは決まってる。わかってる。素直に断ればいいだけのことだ。

 お友達でいましょうといえばいい。恋愛とかよくわかんないと。

 でも、言葉がでない。体が硬直してうまく動いてくれない。

 なんだ。本当に簡単なことのはずなのに、なぜその言葉がでない。


「と、とにかく今日は帰ろう。電車も来たし」

 きっと蒼白になっていたのだと思う。

 結局その日は、途中まで青木に付き添われて、そこから先は電車の壁に体を預けながら。

 何とか家に帰るのだった。 

 さあ初、痴漢体験。女装をする人間としては一度目はステータスだといいますが、そこから癖になるのか嫌悪するのかはわかれるそうです。

 しかし男の娘のショートパンツ姿はもうエロくてたまりません。実際はけるのか? という話ですが水着いけると豪語するルイさんですから。方法はあるのでございます。

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