356.ルイさん除霊作戦(笑)4
「なかなかに見事な渓谷なことで」
カシャリと一枚、その景色を写真に収めておく。
下にはちょろちょろと川が流れているようで、水音がしている。
そんな光景を前に、真矢ちゃんは二の足を踏んでいた。
もしかしたら高いところが苦手なのかもしれない。
「いちおう腐ったりもしてないみたいだし、木と紐で出来ていても大丈夫なんじゃないかな」
そしてその渓谷にかかっているのは、一本の吊り橋だ。作りはそこそこなのだけど、どうしても経年劣化によるすり切れなどは目立ってしまっている。
「じゃー、おねーちゃん達は先に行くので、若者はあとから追ってきたまえ」
ふふんといいつつ、姉が新宮さんの肩をわしりと押さえながら先に進んでいく。
歩くたびに吊り橋はぐらぐら揺れて、さらに危なそうに見えた。
けれども。
「えいやっ、て感じで」
木戸にとっては、この手の吊り橋は特別問題はない。
あいなさんに夜景がすっごい綺麗なところがあるよーとか言われて連れ出された時にこんな吊り橋も経験済みなのだ。人が入らないからこそ撮れる写真もあるんだからね! と力説していたけれど、まぁ確かにそうなのだろう。
あのときのは相当いい出来で、実際今度特撮研の背景資料として使われる予定だ。
「馨さんは大丈夫なんですか? その……」
「んー、まあ、落ちないから大丈夫だよ。そんなにもろかったら、そもそも橋としての機能が維持できないから」
死亡事故なんてものが頻発するようでは立ち入り禁止になるだろうし、それでも橋が必要だ、ということであれば吊り橋ではなくもっと立派なものが立てられるはずである。
その説得が功を奏したのか、真矢ちゃんは恐る恐るその板の上に足を乗せた。
その瞬間、風が吹き込んだのだろう。ぐらりと吊り橋はゆれてバランスが崩れた。木戸はなんとかぐっと橋の紐を握りこんでその揺れに耐える。けれども。
「きゃっ」
とうぜんただでさえ恐がりの彼女はバランスを崩して、思い切り木戸の二の腕を取ってきた。
まあ、いずれ親戚になるかもしれない方であるなら、ある程度しかたないか、とも思う。
「す、すみません。その……でも……」
うぅ、とひどい顔をしている彼女の写真を片手でカシャリ。
怯える顔もなかなかに可愛いものである。
「ちょっ、今は写真撮るところじゃなくて、大丈夫だよ、俺がついているから、とか言うところじゃないんですか!?」
「いや、そこに撮りたい写真があれば撮るからなぁ。それにその台詞は新宮さんがうちの姉に言うような台詞であって、俺としては常時突風が吹くような所でも橋はずっと保たれてるから、大丈夫としか言えない」
「……うわ、超物理派」
えぇー、といいつつ彼女はまだ震えているようで、繋いだ手を放そうとはしなかった。
「まあ、あちらに渡りきるまで肩くらい貸すから、さっさと渡りきってしまおうよ」
ほら。おいでというと不安そうな顔をしながらも彼女は足をすすめてくれた。
なんというか、ちょっと恐がりな後輩を前にしているような気分である。
彼女のタイミングに合わせるようにゆっくりと。
あまり橋を揺らさないようにして先に進んでいくと、先に向こう岸についている姉様達がにやにやしながらこちらを見ていた。
はて。そんな顔をするような理由はなにもないと思うのだけど。
「このこのー、良い雰囲気じゃないの。あんたが肩を貸すだなんて」
「うわっ、これはですねっ、その……」
姉様ににやにや言われて、真矢ちゃんの方は赤面しながら握っていた腕を放した。
いや、そんな反応しなくてもいいのに。
「いいえ、存外揺れたので、いずれ親戚になるかもしれない子を助けただけです」
他意はありません、と冷たくいいきると、えぇーと不満げな声が漏れた。
それよりさっさと滝。ほれ、滝というと、はいはいと呆れたような声が漏れた。
そしてそれから歩くこと五分程度。
確かにその滝はあった。
「わりとしょぼいですね……」
「いや、でも滝は滝だね。こういうのも好き」
どうやら彼女は修学旅行とかでいくような大きな滝をイメージしていたようだ。
けれども、実際は白糸が流れるような、細い流れが別れているような滝だった。
水量もそこまでないので、迫力はそうないのだけれど、大人しい滝という感じで、これはこれで撮影のしがいがあるというものである。
カシャカシャ写真を撮って一通り満足したところで、周りの様子をチェック。
そんなとき、ろくに滝も見ないで、こちらの様子を観察している姉さんと目があった。
うーん。実を言えば先ほどからなにかおかしいという思いがあったのだ。
川といい、滝といい、あんまり姉様達は遊んでいないような気がする。
純粋に遊んでいるのは真矢ちゃんくらいなものだ。
「姉様、ちょっと」
男声のままながら、姉様呼びしたことで、姉はぴくりと体を震わせた。
滝のまえでほへーとかいいながら、マイナスイオンを浴びている二人を残して、姉だけちょっと離れたところに連れて行く。これくらい離れていれば話は聞かれないだろう。
「さっきからなんかおかしいんですけど。これって美人局かなにかですか?」
「……はい?」
姉はきょとんとした顔で、つつもたせってなんだっけ? と言い出した。
「美人局っていうのは、美人さんを男にあてがって良い雰囲気にさせたところで、強面の人が来て、なんじゃわれ、おいのツレになに声かけてんじゃぁーっていって、お金せびるあれです」
「……ずいぶんかわいい強面の台詞ね……」
う。ドスのきいた声ってあんまりでないんだからしょうがないじゃないか。
でも、さっきからちょっと気になっていたのだ。
川にしろ橋にしろ、真矢ちゃんがこちらにべたべたしすぎている気がする。
本人はたぶん、天然なのだろう。しょうがなくそうなっているのだろうけど、二回続くとさすがに作為的なものを感じざるを得ない。
そして。
その作為を用意しているのは姉達なのではないか、と思ったわけだ。
「で? 実際のところ、今回の旅行の趣旨はなんなんです?」
「……最初に言ったじゃない。いつかあたし達が結婚したときに子供世代で仲良くなるための旅行だって」
姉は少したじたじになりながらも、その主張を変えるつもりはないようだ。
だったら、一つ特大の爆弾を落としてあげようではないか。
「そもそも、同年代を集めての交流会なら、新宮さんのお兄さんはどうして呼ばなかったんですか?」
「うぐっ……」
新宮家には、実は長男がいるのである。オタクの。滅茶苦茶エレナさん大好きな方が。
そして当然、ルイのことも知っているであろう人がいるのである。
きっと弟ばっかりもてもてで、てらむかつくとか言ってるのだと思う。しかも嫁さんはおっぱいがでかい。
二次元にしか存在しないような相手なのだ。
「だって、忙しいとかなんとかで。それにほら、あんたと引き合わせたら、むおっっほールイさんでござるーとかいわれかねないよ?」
「そりゃ、うっかりでも女子っぽいところ出せないけれど」
まあすでに真矢ちゃんもオタクなので、新宮さんだけ三次元の人という変わったご家族なわけだが。
真矢ちゃんは上の兄の影響を受けたのだろうと思う。
きっと家にあった漫画とかからはいってしまったのだろう。薄い本とかはきちんと別の場所に保管しておいて欲しいものである。
「この季節のイベント……ああ、ゲームの祭典くらいはやってるだろうけど、八月でみんな散財して燃え尽きちゃうから、この時期その手のはあんまりいかないと思うのだけど」
実際、特撮研のオタクの皆さまも夏のイベントは大いに参加していたけれど、九月は撮影会の方に力を入れているところである。
「じゃ、じゃあ新作のゲームに忙しいのよ。ほら、萌えっていうんだっけ? そういうの」
「姉さん。すっごく雑な説明だね。まー俺もエロゲの新作を網羅するような人じゃないから、あたりかも知れないけど、エロゲと親睦会とどっちを取るかって言われたら、普通こっちにこない?」
エロゲはいつでもできるけど、旅行はそうそう簡単にできるものではない。
しかも、今回のに限っては姉たちからのご招待なのである。
アウトドアが嫌だ、という部屋の中にこもってる人というのならアレだけれど、そうでないならただでこの景色を満喫できるなら、来ないだろうか?
「それがね……新宮さんのお兄さんは、その……極度のヒキコモリで……うぅ」
「真矢ちゃんに聞けばすぐわかるような嘘はやめようね」
うん。そもそもからして、イベント会場にであるける人が極度のヒキコモリなはずはないのである。
重度になると、あんなに人がいっぱいいるところには出られないだろう。
まあ、好きな所にだけは行けるけど他が苦手って人もいるみたいだけれど。
「はぁ……もうお手上げだわ。うちの弟は勘が良すぎて困る」
「で? どうしてこんなイベントになってるんです?」
あえて女声でそう問いかける。
真矢ちゃん達からも離れてるし、別に問題はないだろう。
「あんたのそれがちょっと問題になってんのよ。女装全般。最近あんた、いっろんなことで騒ぎになったでしょ? それで両親は思ったわけ。ああ、あの子ったらどんどん変な事になってるなって」
「そんなのっ、前からだよっ。高校時代からHAOTOとは付き合いあるし、蠢とか小学生のころからの付き合いだし」
崎ちゃんとだって、普通に高校時代から仲良しじゃんというと、やれやれと姉は肩をすくめた。
「それに今時は、女装なんて珍しくもないじゃない? 性別かえるって人達も知り合いにいっぱいいるし」
「母さん的には、ちゃんと性別かえるならとやかく言わないって言ってたけど、あんたにその気はあるの?」
さぁどうなの? と言われてうーんと少しだけ頭を悩ませる。
正直なところ、やはりこの年になっても、いづもさんや千歳のような熱は自分の中にはない。
性転換しなきゃやばいっ、世界は暗いっ、なんていう感覚がないのだ。
「今のままの生活で十分楽しいし、手術の話は聞いたからあんまりそこまでしようとは思わない、かな」
だって、水着まで着こなせるのに、わざわざあそこをああしてこうして、ひっくりかえしたり、大腸があーでこーでということをやらなくてもいい。メンテナンスも面倒なようだし。
そして、できるのは謎穴だけ、といういづもさんの言い分を聞いていると、ちょっとそこまで頑張る気はない。
「でしょう? あんた自然体でそれだもんね。でもそれが母さん的には不安みたいなの」
レールがあるならいいけど、貴方の場合はもう道なき道を全力疾走って感じじゃないといわれて、へ? と間抜けな声を上げてしまった。
まあ、千歳にはいづもさんがいるようにあちらの業界もレールはあるか。
でも、こっちだってちゃんとレールはあるよ。
「うちの師匠さんたちすでにカメラで食べて行ってるし、別にレールはあるってば」
「女装撮影家って人がいたらアレだけど、そういう人なんていないでしょ?」
「……そもそも、腕と名前がこの業界では大切で、別にビジュアルはどーだっていいの。良い写真撮るために被写体をリラックスさせるために女装してるんだから、それで良い写真さえ撮れれば条件は一緒だよ」
確かにちょっとやり方は他の人と違うかもしれないけれど、ようは、「これくらいの写真を撮れる誰々」という名前が売れれば、仕事は来ると思うのである。
そこに本人の容姿はそんなに関係ないし、実際、あいなさんだって、美人さんな部類には入るだろうけど、写る側から比べたら普通なのである。
撮る側は別に、相手が萎縮しなければどうでも良いのである。
「な、なら、男でもいいじゃない。今だってカメラ握ってるんだしさ」
「……そこがねぇ。正直長年ルイで撮ってきてしまってるから、そっちのほうが慣れちゃってて。たぶん今日のよりいつもルイとして撮ってるやつのほうが絶対いい写真なんだよ」
こちらの気分の問題もあるんだろうけど、と付け加えると、はぁとため息をつかれた。
「そもそもいつまでも女装し続けられるとか思っているの?」
「んー、声変わりはすんだ状態でやってるからね。もう二次性徴は終わってるし身長も停まってる。そりゃ三十路すぎたらおっさんっぽく見える可能性がないではないだろうけど、少なくすぐさまどうこうってことはないよ」
それに、知り合いには、ルイちゃんますます大人っぽくなって、とか、色気が出てきたよね、なんて言われるよ? と答えると、牡丹姉様は、あぁぁーもう、この子はーと頭を抱えていた。
「そんなんじゃ彼女の一人もできないわよ。母さんとしては孫の顔が見たいんだってさ」
「だったら、姉様達が見せてあげればいいじゃない? 少なくとも今のあたしはカメラ優先で、恋人とかつくる気はさっぱりないよ」
「うぐっ……あと二年くらいしたら考えようかって話はしてるけど。まったくもってもったいない……」
あんた地味にイケメンなんだから身長のことはなしにしてもモテるだろうに、と嘆かれてしまった。
「女子側として合コンに引っ張り出す姉に言われたくはないです。それと、今回のこと、真矢ちゃんは知らないの?」
「ああ、うん。あの子は完璧今回は被害者。川辺では良い感じに転んでくれたけど、あれがたとえば水浸しで下着が透けて見えるとかでも良かったし、吊り橋は、まあ吊り橋効果ってやつね。あんたにはまったく聞かなかったけど」
吊り橋効果というのは、ちょっと怖いところでドキドキするのを、恋愛のドキドキと勘違いするというアレである。残念ながら木戸としては全然ドキドキしなかったので、全くの無意味である。
「姉さん。いまさら私が透ける下着程度でどうこうなると思いますか?」
「……うん。なんないと思ってた」
がくんとうなだれる姉の肩をぽふぽふ叩いてなぐさめてあげる。
いろいろと計画したんだろうけど、残念ながらこちらの女装を止めるなんてことは不可能である。
「なら、計画のことはしっかり忘れて、本来の意味での交流会を楽しむことにしましょう」
それでいいですね? と姉の顔を覗き込んでにこりと笑顔を浮かべてあげると、姉は、はいわかりました。その通りにしますと、納得してくれたのだった。
お待たせいたしました! いちおーなんとか一日おきで行けそうな感じで。
まだまだ除霊作戦(笑)は続きます。
そして姉さま敗北! 負けるの早すぎです。
むしろ、真矢ちゃんがどーなってしまうのかのほうが見所かと思って下ります。
さて、次話はバーベキューと夜にかけてでございます。




