353.ルイさん除霊作戦(笑)1
今回は導入部分なので、木戸くんの出番めっちゃ少ないです。
「さて。集まっていただいて、恐縮なのだけれど、これよりゲストを含めて家族会議をはじめようと思います」
平日の夜、木戸家の一室では、極秘会議が行われていた。
リビングのテレビには男女の姿が映っている。会議を始める前に、男親の方が、牡丹が嫁にーなんて騒いだものの、今は長男の方が大問題ですという女親の一喝でしゅんとなってしまっていた。
そしてその長男はといえば、ちょうどアルバイトの時間帯なので、あと数時間は帰ってこない予定だった。この会議が彼の耳に入ることはないだろう。
「さて。議題はずばり、うちの馨のことです。青春時代のお遊びなら別にいいと思っていたし、心がそうだとかいい始めるならそれはそれで、仕方ないと思っています。ですがっ」
ばん、と女親である静香はテーブルを叩いて、拳を握りしめた。
「これを見てちょうだい」
雑誌に掲載された記事をしめして、静香が沈鬱そうな声を漏らす。
「ここ半年、こんな記事ばっかり。そりゃあの子ったら私に似て美人だから? 人気になっちゃうのはわかるけど」
示された記事には、芸能人男性に壁ドンされている姿だったり、別の男性に告白されていたりと、さまざまである。
「普通に美人さんだし、そもそも一般女性扱いのはずなのにモザイクが入らないうえに、全く動じた様子がないとか……あぁ、翅さんの壁ドンはちょっときゅんと来そう」
「さすがルイさんだなぁ……年末のイベントの時も思ったけど、まさか告白までされてしまうとは」
のほほんとテレビ画面に映っている男がその不鮮明な記事を見ながらつぶやいた。
隣の女性から、あんたはそんな呑気なことを言わないのと、小突かれているのだが、あまり気にした様子はないようだ。
「でも、母さん。あの子をどうこうしようって無理だと思うんだけど?」
考えただけで頭痛が痛いと、画面の中の女性がこめかみに指を当てながら難しい顔をしている。
「それは……そうだけど。でも、このままでいいって思ってるの?」
「本人が楽しければ、いいんじゃないの? ってあたしは思うけどなぁ。あの子からカメラ取ったらなんにも残らないだろうし……」
「カメラじゃなくて、女装の方を取るんです。男状態でもカメラ握ってるんだから、それでいいじゃない」
静香の一言に、一同がうーんと悩みこむ。
言われてみればいまさらではあるのだが。女装とカメラ撮影はそれぞれ独立したものであって、両方セットでなければならないわけではない。もちろんルイがあまりにカメラとつながりが強すぎるから、女装をやめるならカメラもやめるしかないのでは? なんていう風にも思ってしまうのだが。
女装だけやめることもありではあるのだ。
もちろんそうなれば、レイヤーのカメコとしてのルイが世の中から消えて、かなりの数のファンが涙目になるわけなのだけれど、そのようなことになってるだなんてこの会議に臨む人達は知りうるはずもない。
「やっぱり、女装禁止しないとダメなんですかね?」
画面の男性。新宮は恐る恐る挙手しながら発言を始めた。
彼はまだ家族ではないのも含めて、少しだけ三人とは感覚が違うようだった。
彼に取ってすれば、一緒にいた時間が多いのは女装の方の彼なのだ。
そもそも木戸馨って誰? というレベルで一緒にいたことがない。
家にご挨拶に行ったときにちょこっと会ったくらい。印象の薄いもっさり男子という感じだったので、恋人の義弟は、女子だという認識の方が強いのだ。
義弟が女子という言葉自体が、日本語的な矛盾があるのだけど、あの姿を見せられてしまえば、そんな矛盾さえ飲み込んでしまえるようになる。
「新宮くん……君はあの子との付き合いが短いからそうかもしれんが、我らにとっては大切な息子なんだよ……うん」
「父さん、思い切り目が泳いでるけど?」
「お、およいでないよー、父さん泳いでないとも。ほうら。きちんと息子は息子だって思ってます。そう思ってないのは、健二くらいなもんで」
「健二おじさんにも言い含めないとね。きっと次に会ったときも女装を迫るわよあの人。それでうちに嫁にっていうのよ」
牡丹が今までの叔父の言動や視線を思い出してため息交じりに忠告をする。お正月やらその前やら、自分がいない時間でもそうとう馨にべったりだったというし、それ以前、小さかった頃もなにかと馨をかまっていたのを思い出すと、あぁ、これ確かに静香母さんをその先に見てるのだとしても、馨の方が彼の注目を集めていたよねぇと感じてしまうのだった。
「うわぁーーーん。どうして健二さんったらそんなになっちゃったのよもー! 昔は美味しいご飯食べさせてくれたり、月が綺麗ですね、とかいってくれたのに」
「か、母さんそれ、プロポーズですか。なんですか」
「プラネタリウムとかすっごいオシャレで綺麗だったしー。水族館も綺麗だったなぁ。あーあ、でもお父さんとは公園とかばっかりだったような」
「い、いまはそれは関係ないだろう?」
わたわたと、画面の前の痴話げんかに、子供世代はゲンナリした表情を隠しきれていない。
「牡丹さん……君のご親族って、なんていうかその……」
「ええ。ちょっと変わってるのが悩ましいけど、馨の事が片付けば普通だから」
そんなにどんびかないで、と牡丹は彼氏の腕をぎゅむっと引き寄せた。
二の腕に思い切り豊満な胸が押しつけられて、彼は少し幸せそうに頬を緩ませる。
「でも、あの子だって、ベースは男子だってわかってるはずだよ? のりのりなら成人式だって振り袖着たいとかいうだろう? でも実際は男子の装いで行く気まんまんみたいだし」
「……振り袖のモデルのオファーを受けてる息子を前にしても貴方はそれが言えるのかしら」
「うぐっ」
先日、報告という形で新しくモデルの仕事をするという連絡を受けた静香は、それも合わせてそろそろやばいという風に思ったのだった。
話によると、前に大学の卒業式用のレンタル会社でモデルをやったつながりで、今度は成人式のを是非! という話が来たそうだ。もっと早めに連絡が来てもということも普通考えるものなのだけど、そこは先方もぎりぎりまで頼りたくなかったのだという。
あくまでもルイの振り袖写真は、最後躊躇してるお客さんを引っ張り込むための補填用なのだそうだ。
馨も、最初からモデルを頼まれたら断ったけど、こういう状態ならしかたないじゃない? なんてすました顔をしていっていた。
アレは絶対、振り袖も着てみたいとかっていうのを隠してる顔だよなぁと牡丹は思ったものだった。
「そもそも、母さんはどうして馨に、男に戻れーなんて急に言い出したの? 確かにマズイかなぁとは思うけど」
「だって、孫の顔とかみたいじゃない? 今のままでどーやって恋人作るっていうのよ。あの子に言い寄ってくるのは男子ばっかりなのよ? いつかころっとだまされてお嫁に行ってしまうかもしれないのよ」
「よ、嫁だって!? 馨は嫁にはださんからなっ」
はいはい、お父さん。あの子は嫁には出しませんよ、といつもの発作を起こした父を静香母さんは宥めていた。
そんな画面先のやりとりにゲンナリしながら、牡丹は話を進めることにする。
「で? 具体的にどーすんの? 男に戻すっていっても。あんだけ性根まで女子だと、あの子どーしょもないと思うけど?」
「男性が男になるとき、ってのはね。大体女子が手を引いてあげる時なのよ」
なぜか、意味ありげに静香は微笑んだ。なにか勝算があるのかもしれない。
「新宮くん? 君たしか、妹が居たよね? その妹さんって、美人さんかな?」
「うえ? なんすかその質問は」
「質問を質問で返すなんて無粋よ? 妹さん、たしかこの前高校出たばかりで19歳って話よね」
なら、馨と仲良くなるにはちょうど良いんじゃないかな? と悪戯っこのような笑顔を見せる。
そんな母親を見ながら、牡丹は密かに、あぁルイと親子だなぁとしみじみ痛感してしまった。
あの子が何かするときの顔に、母の顔が重なりすぎていたのである。
「はぁ……どうして大学一年の夏休みの最後におにぃに付き合わなきゃならないんだろう……」
私の名前は、新宮真矢。兄は四歳上の、今年社会人になったばかりの新人さんだ。
おにぃは、身びいきだろうと良く出来た人だと思うし、実際、数年付き合った彼女もいる。
学生時代からしっかり恋愛をしているあたり、いわゆるリア充と言われるものだし、晩婚化がささやかれている中ではそうとうに早いほうなのだと思う。
「そして、早すぎる気もするわけで」
おにぃに限って、変な女に捕まる、ということは多分ないと思う。今回の彼女は四年来の付き合いだというし、写真を見せてもらったら、優しそうな雰囲気の美人さんだった。背後からの写真だとか顔だけの写真しか見せてもらったことがないのが気がかりでもあったのだが。
そんな心配をこちらがしているのを見越していたのかは知らない。
牡丹さんのご家族と懇親会として旅行に行きますという兄の唐突な発言に、まじですかと答えたのが二週間前のことだった。
どうしてそれに自分が出席しなきゃわからないと答えたのだけど、ほら、うちらの世代だけの交流目的だから、頼むよと拝まれてしまい、おにぃがそこまで言うなら、ということでしぶしぶ承諾したのだった。
まあ、確かに。おにぃが結婚するということになれば、そのお相手の兄弟や両親は親戚となるわけだ。
積極的に仲良くしようとは思わないけれど、険悪な仲でいいとも思わない。
となると、顔を合わせておくのは悪いことではないのだろう。
それに、今回の旅行は残暑の九月ということもあって、山間部での合宿みたいな感じだったのだ。
周りの木々は青々としていて美しいし、心なしか都会の空気よりも心地よいように思える。
こんな所への旅行なんて久しぶりだし、旅費を全部おにぃが持ってくれるというのなら、旅行だけ楽しんでしまったとしてもよいのかもしれなかった。
「にしても、婚約者のご家族か……弟さん、だっけ?」
親睦を深めるっていうなら、ご両親同士も引き合わせないの? と尋ねたら、ちょ、馬鹿お前、まだそんな段階じゃないってのとおにぃがわたわた慌てたのが可愛かった。本人達は結納を済ませていないから婚約はしていないだなんていっていたけれど、こんな旅行を企画してしまうくらいなのだから、もうそうとう仲は進んでいるとみて間違いはなかった。
「今日はきてくれてありがとうね。真矢ちゃん、って呼んでいいかな?」
「は、はいっ。えっとこちらは、牡丹さん、でいいですか?」
さて。おにぃに一つだけ苦情を言いたいことがある。
それは今までの牡丹さんの写真についてだった。
優しそうな美人さんという感じはしていたけれど、実際に会ってみると実にけしからん部分があったのだ。
今まで見せてもらった写真には写っていなかった部分。つまりはおっぱいである。
夏の薄着ということも手伝って、そこに鎮座されている双丘は甘食でも、古墳でもなく、コンビニの肉まんを通り越してグレープフルーツでもはいってんの? と言わんばかり。
私の学生友達ではそのサイズは一人もいないし、それこそ漫画やアニメの中でしかなかなかお目にかかれない大きなおっぱいの方なのだった。
さすがにおにぃがそれにやられてしまった、とは思いたくないものの……
少しだけ、おにぃの方を不潔と思ってしまうのは妹として当然の権利なのだと思う。
「牡丹でも、ぼーさんでもなんでもいいけどね。んで、あっちでカメラ握ってんのが、弟の馨ね。真矢ちゃんの一つ上かな」
まー、なんの変哲もないやつだけど、仲良くしてやって、と変哲あるおっぱいから言われてしまうと弟くんの方は大丈夫だろうか、とちょっと心配になった。
見たところ、一般的な男子大学生という感じ、ではなく大人しそうな目立たなさそうな子だった。
黒縁眼鏡をがっちりとかけている上に、身長もそんなにない。
下手をすると私と同じくらいじゃないだろうか。女子の平均身長よりちょいと高いくらい、と言えばいいだろうか。
でも、男子といえば今時は最低170センチはあるものだという意識なので、小さめな部類に入るのだろう。
「いちおう、無害すぎるやつなので……できれば、ちょっとは有害になるように真矢ちゃんには頑張っていただきたく」
「えっと?」
じぃと視線を弟くんのほうに向けていたら、牡丹さんに変な事を言われた。自分の弟を捕まえて有害になれとはどういうことだろうか。
「まあ出来れば仲良くなって欲しいなってこと、かな」
困惑顔のこちらになぜか苦笑を向けながら、牡丹さんはおねがいっ、と手を合わせてきた。
ええと、むしろ手を合わされるとかまでされてしまうと、弟くんになにか問題があるようにしか思えないのですが。
じぃとこちらから視線を向けると、うーん。地味すぎて女の子と接点がないとか?
浮かんでくるのはそんなことばかりだ。
カメラを持つ男子というと、たいてい「視線こっちにおねがーい」とか「はぁはぁまーやたんてらかわいす」とかな人ばかりだと思っているのだけど、そういう感じもない。
「にしても、そういう初対面の相手といきなり森での旅行ってハードル高すぎませんかね、おにぃ……」
今日の予定はあらかた聞いている。親睦を深めるために、あえてホテルを取らずにコテージにして、料理も材料もちよって自分達で作ろうという話だ。
牡丹さんは戦力として数えていいだろうけど、残念ながら私も料理はそこまで出来る方ではないし、実家暮らしの男子大学生になにかの期待をするのも無茶というものだろう。おにぃは全然ダメだ。
きっとおにぃとしては、うちの嫁さんは料理も美味いのだぜ的なのをお披露目したいのかもしれない。
そうなると牡丹さんの料理の腕前は相当なものになるのだろう。
その時点では、私にはそういう推理しかできないくらい、手持ちの材料がなかったのである。
は、始まってしまった……全面書き下ろし企画がっ!
でも、土曜休みだし、きっとなんとか……なるといいなぁ(遠い目)
さて。そろそろやべぇ、ということで新宮さんの妹さんにご登場していただいたわけですが。
珠理ちゃんを後押ししてあげたほうが、いろいろいいのではないかなぁと牡丹さんなんかは思いつつ、どーせむりでしょー(笑)みたいな感じのゆるゆる企画です。
楽しく旅行させてあげたいところです。
さて。次話は。森での撮影でちょっとにまにましつつ、初めての相手の前でちょっと自制をしている馨くんのターンです。




