351.銀香の撮影会3
「それで? そろそろお昼だけど、どうすんの? あんたのことだから、お昼はお弁当なんだろうけど」
「そうなんだよねぇ。ばっちりしっかり作ってきて、水筒もあるんだよ。でも……さすがに二人分はない」
うん。さくらに指摘されたとおり、もともとお昼ご飯はいつも通りお弁当にするつもりだったので、しっかり用意してきてしまっている。
今は、銀杏のところに戻って撮影をしているところだ。
祭りのシンボルの一つでもあるから、いつもみたいに静かとはいかないけれど、それでも映り込みをしないようにしつつ、なかなかなものが撮れている。花ちゃんも、おぉー立派ですねぇーとちょっと圧倒されつつ撮影をこなしていた。
朝からいろいろと回っているけれど、そろそろ時間はお昼時。でもお弁当を持ってくるというようなことをするのは、ルイだけなのだった。
花涌さんはもちろんのこと、さくらも外出の時は外で食べる派だ。
「二人って、あたしのは入っとらんのか……」
「はいらないっての。そりゃ崎ちゃんとお花見したときは二人分用意してたけど、今日は約束もなーんもしてないんだし、これで二人分も三人分も用意してたら、私がどれだけ大食漢なの? ってなっちゃうよ」
「大食漢……漢か……そんなキャラじゃないわね、あんた」
ふむ。とさくらがなにか意味ありげにこちらに視線を向けてきた。
うーん。でも大食女って単語はなんか違和感があるし、特に意識してつかったわけでもない。
「となると、持ち込みも可なお店にはいるか、どこかでテイクアウトを買いつつ、公園のベンチとかかな」
「持ち込みおっけってのはあんまり聞いたことはないけど」
あいなさんとこの町に来るときは、お弁当を持ってくるかどうかは先に打ち合わせ済みだ。あー、おごったげるよーって言われることもしょっちゅうだし、居酒屋付き合って(介抱してね♪)ということなわけだけど、まあ、お弁当を持ってきちゃって他の人と一緒という機会はそうそうないのだった。
「あんたがよく行ってるとんかつ屋さんだったら、さすがに持ち込みもOKなんじゃない? あとは……サンドイッチの市村。今の時間なら、割とまだあると思うし」
千紗さんちに上がり込んでごはんってのも、連絡つけばありなのではないかなぁというさくらに、おぉ、さくらさんも銀香に詳しいんですね、と花ちゃんは前のめりだった。
「んや。あたしっていうか、こいつが銀香の人たちと仲良しすぎるの。そりゃコロッケ屋の千紗さんとは、レイヤーと撮影者って関係で仲はいいけど、おばちゃんのハートをがっちりつかんでるのはこいつだし」
このマダムキラーめ、とさくらに言われて、その言いぐさはどうなのよ、と答えておいた。
たしかにルイはおばちゃんやおじちゃんからの人気が高い。
娘みたいに思われてる、というのはもちろん、話をするだけで喜んでくれる人は多くいる。
長年町歩きをつづけた結果が今にある。
「ま、でもそうだね。この町の人はこの町が気に入ってくれた子には優しいから、ちょっとは無茶も通せる気はするかな」
観光で来てる人とか、あたしの追っかけみたいな人だとそれなりになるんだろうけどね、とちょっと照れくさそうに笑ったところで、カシャリとシャッター音がなった。
「ぬぅ。半日一緒にいただけですっかり、遠慮なくなっちゃったなぁ」
「だって、ルイさんが、遠慮なんてしてちゃダメって教えてくれましたから」
撮りたいものを撮るのです、と開き直られて笑われてしまうと、そうかーという気分にもなる。
こっちで言った手前、やめてともいえないのである。
「ルイの照れ顔とか……きっとそれだったら巨万の富を得られるに違いない」
ごくりと、わざわざ口でいいつつ、さくらが茶化しにはいってきた。
「って、巨万は言い過ぎじゃない? そりゃ、おっかけの人がいるのは知ってるけど、せいぜい一枚五百え……はっ。今自然にそれくらいで売れそうかもと思った自分に愕然とした」
よく、漫画なんかでは、人気の女子の隠し撮り写真が男子の中で販売されるなんていう展開があるわけだけれど、いちおうそこそこお騒がせはしたけど、隅っこ暮らしのルイの写真がそうあっては、どうなのだろうか。
「売れるわよきっと。あたしも秘蔵の品で写真集でも作ろうかしら。一部二千円くらいでもばかすか売れそうよね」
この美人さんめー、と恨みがましい声がさくらから漏れているのだけど、さすがにさくらさんの事は信じてますよ。そんなことはしないって。
「秘蔵の品……どんなのがあるんですか?」
「花ちゃんも見たい? ほれほれ、特別にみせたげるよー」
タブレットに鍵付きでいれてあるんだよーといいつつ、さくらは花ちゃんとの距離をつめて隣に寄った。
何枚かの写真を見せてるようだが、二人ともとても楽しそうだ。
そんな二人の姿をこちらもカシャリと一枚。
女の子同士で戯れる姿というものもいいものだろう。二人とも楽しそうな顔をしているから特にね。
「ただネタにされるだけなのいやだから、こっちも撮りますよ」
「別にどーせ、いい感じに撮ってくれてるだろうから、あたしは全然おっけーだけど」
「……うわぁ。この時のルイさんすっごい可愛い。なにこれ……えっ。うそっ。そんな乱れたポーズなんてっ」
花ちゃんは熱心に写真を見ているようで、まったくもって、こっちの言葉なんてきいちゃいなかった。
「卒業旅行リベンジの写真は、なるべく封印しておいていただきたいのですが?」
さくらさんや、と問いかけると、いやぁ、と彼女は肩をすくめた。
「あんたがやたらと花ちゃんと仲良しだから、それなら見せてもいいかなぁって思っただけよ。そこらの男には絶対見せないから安心して」
「HAOTOの連中にも?」
さくらの言い分を疑うわけでもないのだが、ちょっとだけ心配で聞いておいた。
あの写真はきっと、翅さんとか大喜びするだろうと思う。
われながら、ちょっと煽情的で、自分でこんなポーズとってたのかと思ってしまうくらいだったのだ。
「当然。ああでも、珠理さんには、一回見せたことあるけど」
顔色青くしてたけど? と言われても、こちらとしては、ああやっぱりかと思っただけだった。
だって、珠理ちゃんはこちらの仕掛けを知っているわけで。
男があんなちょっと、アレな格好をしていると思えば、うわぁともなるだろう。
「でも、ホント。あの時はしょうがなかったんだってば。湯あたりしてぼーっとしてたし」
それをさくらが無理やりいろんな格好させたんじゃない、と責めるような声をあげると、くすくすと花ちゃんが笑いだした。
「ほんと、お二人は仲良しなんですね。これだと錯乱と狂乱って言われるのはわかるなぁ」
「んもう、だからその呼び方はやめてっていったじゃない。それよりお昼ご飯いこうよ」
ほれほれ、さっさと選んでちょうだいよ、と急かすさくらの顔は少しだけ恥ずかしがってるようにも見えて。
思い切り一枚、カシャリとその姿を撮影させていただいたのは、言うまでもない。
「あ……」
かつの一切れを咬み切って咀嚼をすると、お肉の味わいが口に広がった。
杏美がお店のカツを食べるのは実はこれが初めてだったりする。
家で、ゲン担ぎに、なんてことでカツが並ぶことはあっても、お店であえて選ぼうという気にならなかったためだ。
おまけにいえば、かつ丼専門店というものも初体験である。家族はそこまでこういうところが好きではないし、女友達と一緒に入るか、といえばなかなか選択肢としてでてこないところだ。
イタリアンやファミレスに落ち着くのが今までの常だった。
だから、最初にかつ屋と聞いて、あのルイさんがかつ屋なの? と疑問に思ったものだったのだ。
コロッケといい、見た目とちょっとギャップがあって、意外に庶民的なのだなと思わせられる。
「どう? おいしいでしょー」
「おいしいです。じゅわっと油がでてきて、お肉もやわらかいし」
「といいつつ、ルイさんはお手製のお弁当という」
さぁ、その卵焼きをよこすのだー、とさくらさんはひょこりと弁当ばこに箸をのばしていた。
ルイさんの弁当箱の中身は、割と普通なお弁当だった。
ご飯がおにぎりになってるところを見ると外で食べる気まんまんというものだったのかもしれない。
おかずは、ほうれん草のお浸しに、厚焼き玉子、そして唐揚げとプチトマトだ。
おにぎりの中身は、梅とおかかという、オーソドックスなものに仕上げているらしい。
「まー大抵どこに行くときもお弁当だからね。食べる場所がなければどうしようもないけど」
館内飲食厳禁のところとかね、なんていわれてしまうと、なんて家庭的な人なんだろうか、と思わされる。
どうにもニュースでの話なんかを見る限りだと、華々しい人という感じがするのに、こうして実際に触れ合ってみると、とことん庶民というか、できた女性である。
そういえば、木戸くんが料理できると聞いたときも、意外だと思ったものだった。
「あ……」
そこで杏美は、先ほど引っかかっていたことをようやく思い出した。
つい、うっかり流されるように楽しく写真撮影をしてしまったけれど、本来杏美は、木戸家からでてきたルイさんを追ってここまでやってきたのだった。
「ん?」
とはいえ、こちらの困惑顔に微笑をたたえたまま首をかしげるこの子を前に、それを問いただすことは難しい。
楽しく撮影をしているというのに、いきなりマスコミみたいに、実は隠し子なんですか? なにか秘密でもあるんですか? そもそも木戸くんとの関係はどうなってるんですか、なんてことを聞くことはできないのだ。
「あ、おっちゃん、こっちにお茶ちょーだい!」
「ええ、お茶ですか?」
「花ちゃんもそろそろいいころあいだよね。おいしいよー、ここのお茶漬け」
「あいよー」
話がよくつかめないままにさくらさんが、店主を呼んだ。
彼は、鉄瓶に入ったお茶をこちらに持ってきてくれる。
「久しぶりのとん茶のお客さんだねぇ。四月からお客増えたけど、かつ丼並のお客は多くても、ここまでやってくれる人はそうはいないんだよなぁ」
「隠しメニューにしないで教えてあげればいいのに」
お茶が注がれると、とんかつの衣がしんなりして、油がお湯の中に溶けだしているのが見えた。
「隠れてない隠しメニューとか、俺のポリシーが許さんのよ。っていうか隠すっていうと、ルイちゃんもう来ちゃって大丈夫なのか?」
「まあ大丈夫でしょう。コロッケ屋のおばちゃんにも話してきましたけど、だいぶ静かになりましたし」
「って、予言通りだな、ほんと。夏祭りまでにはなんとかって、アレ」
うぐっと、そこでルイさんが表情をしかめた。予言という単語にちょっとだけびくっとなった感じだった。
「予言って、ルイったら、とんかつ屋さんとそこまでフレンドリーだったんだ?」
来る余裕なんてなかったでしょうに、というさくらさんの言葉は確かに正解だった。
四月に町中が騒がしくなってから、ルイさんはこの町に来ていない。来てたら、本人降臨wwとかネットで話題になるだろう。
「さくらちゃんたちならいいかなぁ……実はねぇ」
他のお客に声が聞こえないように、こっそりとおっちゃんはこちらに近づいてきて教えてくれたのだった。
「ぶっ。やばっ。あははっ。なにそれっ。イケメンショタ風味って……しっかりおっちゃんにばれてるってっ。あーおかしい。もうなに笑わせてんのよ、ルイったら」
おっちゃんが教えてくれた、春先にルイさんが男装して町を訪れていた、という話はさくらさんを爆笑させていた。
まあ、確かに、騒がしいから性別を着替えて、春祭りの撮影をしようとする行為は、ちょっとやりすぎとは思うけど。
……ああ。身近にそういうの一人いたっけ。性別をほいほい着替える人が。
「あぅ。やっぱりあの時、ばれてたか……」
「最初はわかんなかったけどな。後半のおいしいもの食べて緩んだ顔とか、最後のほうのやり取りとか、声低めにだしてたけど、ああ、ルイちゃんだって思ってさ」
っていうか、よくあんな低い声でるよなぁ、とおっちゃんはなぜか関心した声を上げていた。
「他のお客さんにはばれなかったんですか?」
「普通に、別のにーちゃんと会話してたみたいだけど、全然だな。むしろ、ルイちゃんのおっかけで来てるような観光の人たちだったから、しれっと普通に会話してて、すげぇーって思ったね、俺は」
「だって、ばれるわけにもいかないし、それに……低めの声を出すのは苦じゃないので」
そりゃーあそこで本人ですなんていったら大騒ぎでしょ? という彼女の言葉は確かに正しいものだった。
人気があって、おっかけまで出てしまっている状態で、男装ででかけてしまおうというのも不思議だけれど、それ以上にやりこなせてしまうというのが驚きだった。
誰も、こんなかわいい子が男装できるとは思わないだろう。
絶対、可愛いショタ少年になるに決まっている。
「というわけなので、花ちゃんも。さっきの話は極秘でお願いね。自由に動ける格好がどんどんなくなるのは嫌なので」
お願いします、と手を合わせられては、まあしょうがないかとも思うわけで。
「仕方ない人ですね」
あきれ半分で答えつつ、しんなりしたとんかつをはむつくと、油がおちてさっぱりしたお肉の味が口に広がった。
裏メニューという名前に恥じない、おいしい仕掛けだなと思いつつ、残りのとん茶に箸を伸ばした。
さくらさんとの掛け合いが実は一番、するっとでてくる昨今です。一番ルイに遠慮がない女友達はやっぱりこの子だなとしみじみ思います。
そして大食漢。大食女という単語も世の中には存在しますが、変換ででないのであまり一般的には使われない単語なのだろうなと。
そしてとんかつ屋さんで、ついに花ちゃんが今朝のことを思い出しつつ。
次話に続きます。一話伸ばして夕暮れまでいこうと思って下ります。




