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350.銀香の撮影会2

「あら。ルイちゃん。もう来ちゃって大丈夫なのかい?」

 すんと、揚げ物の匂いがする店先で、おばちゃんが心配そうな声を上げていた。


「いちおー、銀香でのマスコミさんたちも減ったって話ですしね。大丈夫でしょう」

 さっき見てきたかぎりだと、それらしい人はいなかったですよ? といいつつ一枚カシャリと撮影。

 おばちゃんの撮影ももはや定番といってしまってもいいだろう。

 まったくこのこったら、と最近は素直に写ってくれている。


「それより、コロッケくださいな。野菜コロッケと、あと……新作があればそれを」

「あいよっ。かにクリームコロッケが新作ね」

 二個ずつくださいな、というと、おやという顔をしながらもおばちゃんはそれぞれ包んでくれた。


「また新しい友達なのね。カメラつってるってことは、お仲間?」

「はいっ。銀香までついてきちゃったので、せっかくだから案内しちゃおうかなって」

「相変わらずだねぇ。こんな田舎の町に良いところなんてそうあるものじゃないと思うけど」

 あいよと、あつあつのコロッケを受け取って、片方の袋を花ちゃんに渡した。

 熱いから気をつけてねという言葉はもちろん忘れない。


「コロッケやさんか……常連さんなんですか?」

「うん。時々新メニューとか作ってくれることもあって、美味しくいただいてるよ」

 夏場より冬のほうがもっと美味しいけどねー、といいながら、野菜コロッケをいただく。

 中にごろごろ野菜が入っていてあっさりと美味しい。


「なんだか、意外です。もっとこールイさんってオシャレなイメージというか、パスタとかケーキとかそんな感じだったので」

「えええぇ。私、庶民ですよね?」

 おばちゃんに話をふると、あははと苦笑ぎみにおばちゃんが答えてくれた。


「この子は確かに田舎の子なんだけどねぇ。キラキラしちゃってるから、そうは見えないだろうね」

「うぅ。好物はどっちかといえば日本食というか、B級グルメだし、自分で作れるのも家庭料理なのに……」

 そんな、お上品な料理教室とかの料理はできないです、と言い切ると、それってすごいことなんだけど、とおばちゃんは目を細めて笑っていた。娘さんたちの料理の腕前はどうなのだろうか。今度千紗さんに聞いておこう。


「ま、花ちゃんもほれ、さっさとおあがり」

 熱いうちのが美味しいよとすすめると、彼女もまずは野菜コロッケから手をだした。

 はふはふと口の中がかなり熱そうだけど、美味しそうにいただいている。


「そしてかにクリームコロッケというこ……おぉ」

 あむっと、俵型をしたコロッケをいただくと、中からなめらかなクリームが飛び出してきた。

 かにの量はそこまで多くはないようだけど、しっかり風味はでていると思う。

 これで一個六十円となるとおばちゃんそうとう無理したんじゃないだろうか。


「これ、いいですね! 是非とも秋とか冬に食べたいところ!」

「それまでにお客が付けば続けようとは思うけど……どうなんだろうねぇ」

 どこかにお得意さまでもできればいいんだけどねぇ、とにんまり笑うおばちゃんは、暗にルイさんにどんどん友達つれてこいと言ってるのかもしれなかった。


「ま、まぁ、お客は付くとは思いますヨ! きっと。町の子たちもほら」

 きっと中学生くらいに大人気になるお味ですというと、じゃ-、ルイちゃんご推薦って看板立てとくかねぇと、おばちゃんはにまりと笑った。


「うぅ。別にかまいませんけど……私で町興しとかはさすがに無茶ですからね?」

「あー町内会長さんがそんなこと言ってたっけ? でもあれ、マスコミさんたちわんさときたりもして、苦笑気味に言ってただけだと思うけど」

 やろうと思えばやれそうな人気っぷりじゃないの、とおばちゃんに言われつつ、となりにちらりと視線を向けると、熱心にコロッケにはむついてる花ちゃんの姿があった。


 ウェットティッシュで手をぬぐいつつ、そんな横顔をカシャリと一枚。

 うんうん。女の子がモノを食べてる時の顔ってやっぱり可愛い。


「って、ルイさんどうしてそこでいきなり撮っちゃうんですかっ。恥ずかしいなぁもう」

「そこは撮るところじゃないかな?」

 ですよねー、っておばちゃんに問いかけると、まーこの子はこーだから諦めなさいと同情的な声がもれた。

 えええ。そんな馬鹿な……おばちゃんは理解者だと思っていたのに。


「ごちそうさまでした。えと、お金とかは……?」

「別にいいよ。おばちゃんのコロッケを今後ともごひいきにしてくれるならね」

 ほい、お手々を拭くがいい、とウェットティッシュを渡すと、あ、どうもと少し恐縮したようすで花ちゃんは手を拭いていた。

 あのけちなルイさんが人様に奢るなど、それこそ珍しいことなのだけど、かにクリームコロッケの売り上げが今後少しでも上がってくれるのならば安いものである。


「さてと。それじゃー引き続き撮影タイムと行きましょうかね。もうお祭りの準備は始まってるんですよね?」

「そうねぇ。来週に迫ってるから、ほら、提灯ももうつけてあるしね」

 そういいつつ、商店街の町並みに視線を向けるおばちゃんが言うとおり。町中はもうお祭りの空気感というものが出ているのだった。夜になったらほんのりした明かりが道路を照らすことだろう。

 

「じゃあ、神社のほうって大賑わいな感じですか?」

 お邪魔になってしまうかなぁ? とやんわり聞いてみると、大丈夫なんじゃない? と答えがきた。

「それにルイちゃんなら別に誰も邪魔に思わないだろうし、ただで記念写真撮ってくれるっていうならそれこそ、会長さんも大喜びよ」

「そういうことなら。今日は撮影がてらあっちにも寄ってみようかな」

 もちろん銀杏さまのところにも行きますけど、と言うと、ほらほら行ってらっしゃいとおばちゃんに見送られた。

 さて。まだまだ撮影は始まったばかり。今日はどんな光景が撮れるのか楽しみである。



「ルイさんっていつもこんな感じの撮影なんですか?」

 なんか、特撮研で聞いてた話とだいぶ違う、と神社の階段を昇りながら花ちゃんが首をかしげていた。

 ここに来るまで、田んぼの写真とか、銀杏の写真とか、それこそそこら辺の花の写真とかもばんばん撮ってきたわけだけれど、特撮研というか、イベント関係でのルイしか知らない人から見れば、これは少し新鮮にも映るかも知れない。


「まあ、そうかな。っていうか特撮研の方なら、私が提供した風景写真も見てもらってると思っていたんだけど」

 そこのところどうなのさ、と苦笑まじりに花ちゃんに問いかける。

 先日、クロキシから正式にオファーがきて、大撮影会のための四季折々の背景画像を譲ったばかりである。

 数ある写真からピックアップしたものをDVDに焼いてお渡ししたのである。

 DVD二枚に千枚くらいの写真を封入させていただいたのだけど、健には、ルイねぇそれちょっとやりすぎ、と呆れた顔をされた。

 まあ、どーせ、選別するのは馨がやってもいいかなってことで、背景になりそうなものをばしばし入れていったら、あんな数になってしまった。それでも今まで撮ってきたものの一部なんだけどね。


「それは……まあ。綺麗なの多かったですけど。その……やっぱりイベントの人っていう印象が強いというか」

「うーん。確かに人と交流してるのはあっちだから、どうしてもそう思われちゃうのかな」

 本当は風景の人なのですよ、と階段の途中から振り向いて町並みを撮影しておく。

 高台にある神社は、大銀杏と少し離れたところにあるのだけど、この町の隠れたスポットの一つだ。


 でも、つい、こっちにくると、神社そのものではなく、そこから見える風景の方を撮ってしまう。

 一番上から見える景色もそうだけれど、これくらいの高さからのものも好き。

 なんというか、人の生活を覗きこんでいるというか。

 神様はこんな風にして見ているのかな、なんて変なことすら考えてしまうのだ。


「でも、実際こうやって一緒にいると、雰囲気違いますよね」

 カシャリ、とカメラの音が鳴った。

 あ、また撮られてしまったらしい。


「つい、真剣な顔をして撮影してるルイさんを撮ってしまいます」

 撮りたい写真を撮れって言葉に嘘はないですよね? と笑顔で言われてしまうと、こちらも撮っちゃヤダとは言えない。

 うぅ。そんなに写されるの得意じゃないんだけどなぁ。

 まあ、のど仏もそこまで目立つほうじゃないし、角度だけ注意していただければそれでいい。

 それに最後にチェックさせてもらって、駄目な写真は消してもらう約束もしているしね。


 テレ顔とか、にまにま顔とかはいいのだけど、そこに男っぽさが出てしまうのはさすがに困るのである。

 撮る角度によっては、やっぱりでてしまう部分は少なからずあるものだ。

 それが元でルイさん男の娘疑惑なんてのが出てしまうと、今後の活動としては困ってしまう。


「まあ、あっちだと会話しながら引き出す感じになるけど、こっちはもう、駆け引きとかあまりしないで、その場で撮る感じになるからね。歩きながらよさそうって思ったところを撮る感じ」

 いちおう、あっちから撮った方が良い感じかも、とか撮ってて思うこともあるし、目的なしに徘徊してるわけじゃないけどね、と伝えておく。

 ルイさんアホな子扱いなことが多いけど、写真のことに関してはいちおういろいろ考えているのですよ。


「花ちゃんとしてはどっちの撮影の方が向いてる感じする?」

 まだあまり経験がないって話だったけど、と少し覗き込むように問いかける。

 じぃと期待混じりの視線を向けていると、花ちゃんはわたわたしながら、ええっとと言いよどんだ。


「初めてすぎてまだよくわからないです。特撮研の方もレベルアップしなきゃって思ってるところだし、こっちはこっちで緑の中での撮影は気持ちよかったし、銀杏はすごいって思ったけど、上手く撮れてるかって言われると……」

 うーん、と今まで撮影してきたものを背面に写し出しつつ、彼女はうなる。

 一年半たつけれど、まだいまいち自分のスタイルってものが出来てないのかもしれない。


「じゃあ、そんな花ちゃんに一つアドバイスをしましょう。上手く撮ろうとするより、外回りの時は楽しく撮るといいよ?」

 まー、特撮研の方は上手くって気持ちになっちゃうだろうから、そっちではあんまり楽しくしようとは言えないかもしれないけどね、と言いながら、階段を数段上ってくるりと振り返る。

 下から見られるのはちょっと好ましくはないけど、まあ今回くらいは良いだろう。


「プロになるなら求められる水準ってのはあるけどさ、まずは撮ることを大好きでいて欲しいんだよね」

 だって、大好きならもっと撮ろうって思うし、どんな無茶なことでもできるからさ、と言うと彼女はこちらを見上げながら、少しだけ呆けたような顔をした。


「大好き、か」

 そうですね、と彼女はなにかを思ったのか、こちらに追いついてくると、隣に並んで言った。

「ちょっと焦ってたってところは正直あったんです。特撮研の人達、撮影上手い人が多いし、後輩もそっちの道にぐいぐいつっこんだ子だから、ここにいて良いのかな、なんて思っちゃって」

 あらら。いつも熱心に撮影技術の話だとかを聞いてきた花ちゃんは、実はそんな事を思っていたのか。


「とくに木戸くん……ああ、同い年の男の子なんですけど。彼と比較されると、あー自分まだまだダメだーって思っちゃうんです」

 あれ。そういえば何か忘れてるような……と彼女はあごに軽く曲げた指をあてて、ふむーと何かを思い出そうとしているようだった。


「んー、経験者相手に比較ってなっちゃうと、へこむのはわかるけど……そこまで身構えなくてもいいと思う」

 もちろんプロになりたいとか、もっと上手くなりたいっていうなら、話は別だ。

 ルイ自身もあいなさん達の写真を見て、うぐっとなることが多いのだし、もっとがんばらなきゃって気持ちにもなる。

 でも、彼女の場合はもっとリラックスしたほうが逆にいいものが撮れるような気がする。


「ま、なにはともあれ、神社にご到着でございます」

 鳥居をくぐり抜けると、古びた神社の建物が目の前にあった。

 敷地内にはすでにテントが張られてあって、そこでおっちゃん達が集まって、なにやら話し合いなのか無駄話なのかをしているようだった。

 いつもならば、しーんとした静謐がここにあるのだけど、祭りの前となると賑やかなものである。


「あ、ここ、あの写真リストの中に入ってましたね」

「うん。どんなコスプレするのかわからないけど、神社は割と背景としては映えるかなぁって思ってね」

 四季でそれぞれ風景も違うし、味わいも違う。巫女さんコスは鉄板としても、それ以外にもいろいろとあるだろう。神社での密会みたいな風にすれば、学生コスとかでもいいかもしれない。

 神様の前でなんて破廉恥なのーとか言われそうだけれど。


 ちなみに、使用許可に関しては神主さんにも確認してある。

 ルイちゃんのお願いなら、まったく問題ないですよ、と穏やかに言っていただけたのは僥倖だった。


「そして、さらに私のおすすめスポットとしてはこちらなわけです」

 とりあえず神様にご挨拶をしてから、ついておいでと建物から離れたところに案内する。

「うわぁ」

 その景色を見て、花ちゃんはカシャリと無意識にシャッターを切った。

 うんうん。そりゃそうだよね、撮りたいよねこれ。


「さっきの途中で撮ったのもあれだけど、上に昇りきると町が一望できたりするんだよね。民家があって、森があって、田んぼがあって。それにここからだと銀杏もばっちり見えるの」

 銀香町がまるっと収められるここは、前に配布されたルイさん出没マップには載っていないところだ。

 どうも、神社にはよく現れるというところまでは書かれていても、何を見ていたのかまでは気が回らなかったらしい。

 まったく、興明さんの息子さんだというのに、どうして才能が引き継がれていないのだろうか。


「あ、ルイじゃん。やほー」

 そんな景色を撮っていたら、背後から聞き慣れた声がかかった。

「やほーい。さくらも撮影きてたんだ」

 振り向くとそこには、カメラを首からさげているさくらの姿があった。

 約束していたわけじゃないから、偶然というやつである。

 

「まあねー、ほら、祭りの準備の風景って楽しいじゃない?」

「うんうん。わかるー。っていうか、あたしが教えたことのような気がしますがね?」

「そんな昔の事は忘れたさー」

 んで、あんたはまた女の子ひっかけてんの? と隣にいる花ちゃんを見て首をかしげた。


「なんか、私のこと尾行してたから、じゃあ一緒に銀香撮影ツアーしよっかーって話になったんだよね」

 はい、こちら、花ちゃんです、と紹介すると、彼女は、は、花涌杏美といいます、と自己紹介をしてくれた。

「ご丁寧にどうも。あたしは遠峰さくら。ルイとは……まあ腐れ縁みたいな仲の人です」

 そして、撮影もする人です、とごついカメラを見せつつさくらも自己紹介をする。

 腐れ縁は間違ってないけれど、なんて言おうか言いよどんだところが、さくらの困惑が見えるところだ。


 あんた、これ、どこまで事情知ってる子なのよ、どう話をしていいのよって言うのが手に取るようにわかる。

 ま、ほぼ初対面です、という宣言はしているので、彼女の対応で良い訳なのだけどね。


「さて。それでさくらさんや。君は一人なのかい?」

「あによそれ、お一人さまよ。石倉さんはお仕事だし、一人に決まってるじゃないの」

「……いや、もし一人なら一緒にまわらない? って誘おうと思ったんだけど」

 別に色恋の話をしようとは思ってなかったんだけどねー、というと、まーあんたはそういうヤツよね、となぜか呆れたような顔をされてしまった。

 おかしい。こっちは普通に誘っただけだというのに。


「花ちゃんもいいかな? 私とはタイプがちょっと違うけど、こんなんでもカメラ歴ながい子なんで」

 いろんな話、聞けるかもね? と花ちゃんに声をかける。

 もしかしたら、花ちゃんにならさくらが動物撮影の方法なんてのを教えてくれたりとかしないかな、という淡い期待があるとは、さすがに言えない。

 

「もちろんですっ。さくらんさんの写真も好きですし」

「……あ。あたしの事は知ってるんだ?」

 でも、錯乱っていわないでね? どっかのアホとセットだと思われて付いた名前だから、とさくらさんはちょっと真面目な顔で花ちゃんにせまっていた。

 いや、でも狂乱なんて言われたこっちのほうがダメージおっきいんですけれどね。


「はい。さくらさんっておよびすればいいですか?」

「うん。それでOK。それと……同い年くらいだろうから、別に敬語じゃなくていいよ」

「口調は……その、こっちのほうが楽なので」

 ごめんなさい、とうつむく花ちゃんの前で、カシャリとシャッターの音がなった。

 ルイさんが撮ったのではないのです。

 さくらが思い切り撮ったのでした。


「ううぅ。かわいいなぁ。ルイと違って初々しいというか、奥ゆかしいというか。ずけずけ誰とでも話をしちゃうどこかの誰かさんと違って、いい顔だなぁ」

「なにその、当てつけのような言いぐさは……」

「えー、でもこれだよ? あんたもこういう表情好きでしょ?」

 ほれほれ、と大きめな背面パネルに写し出されたそれは、たしかに可愛い花ちゃんの姿だった。

 特撮研の中ではまず見れない表情といってもいい。

 

「ま、こんな人ですが、怖くないので。夕暮れまで町の様子を一緒に撮る感じでいいかな?」

「は、はい」

 花ちゃんはちょっと困惑した様子で、こちらの提案を了承してくれたのだった。


撮影会2です。いやぁかにクリームコロッケはいいものだと思います。

そして、連れ回された花涌さんったら「自分がなんで尾行していたのか」うっかり忘れているのでした。


神社に関しては、祭りがあるなら神社もあるよね、的な感じです。初の登場ですが今までもルイさんは出没していたりします。


さて。次話ですが、さくらさんも交えて撮影タイムはまだまだ続きます。

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